コロコロ……。
ゴロゴロ……。
視界が左右に揺れる。
物凄いスピードで。
たまに激しい衝撃が俺のこめかみを襲う。
その反動で更にスピードは増していく。
「いえ~い! クリーンヒット! このボール、超楽しいよねぇ」
とはしゃぐのは少年A。貧しい村の住人の一人。
「ホント、ホント! 拾って良かったね! 球蹴りにちょうどいいよ!」
と蹴り返すのは少年B。同じくこの村の住人だ。
そうだ、俺は今。ボールと称された。
これは彼らの勘違いだ。
現実世界ではサッカーボールとされるスポーツ、遊びも、この“異世界”で普及しているようだ。
しかし、俺はボールでも球でもない。
ちゃんとした名前がある。
生田 六郎。
死ぬ前までは、そんな名前だった。
だが会社帰りの居酒屋で、しこたま酒を飲んで泥酔し、フラフラと交差点に入ったところ、トラックで轢かれて死んでしまった。
と思ったら、なんかアニメで見たことあるような胡散臭い女神が出てきて……。
「間違って殺しちゃった、てへぺろ♪」
「異世界で頑張って生きてね」
「その変わり、好きなチートスキルを3つあげる」
なんて言われたから、俺は歓喜した。
だって、現実世界ではブラック企業の低賃金労働者だったし、彼女もいないし、童貞だったし。
だから、俺は異世界で生き直すことにした。
女神に頼んだチートスキルは、こうだ。
1、イケメンのモテモテキャラにしてくれ。(スキルじゃない)
2、なかなか死なない最強ステータスが欲しい。
3、各スキルレベル・技レベルなどがすぐに上がる成長スピードが欲しい。
それらを要望すると、女神はすぐにOKサインをくれて、この異世界に俺は転生したはずだった……。
なのに、なのに。
「このザマはなんだぁ!!!」
クソガキに砂利の上でサッカーされて、頭皮がボロボロだよ、バカヤロー!
おまけに、縦横無尽に転がされるから気持ち悪くて仕方ない。
なんだか気持ち悪くなってきた。
「おぇぇぇ!」
思わず、口からゲロを吐き出す。
吐しゃ物が空中を舞う。
それを見た少年たちは、気持ち悪がる。
「うわっ! このボール、人間の首だった! キモッ!」
「ゲロ吐いている! 新種のモンスターじゃん! 早く逃げよ!」
散々、人の頭でサッカーしやがったくせに、その正体を知るや否や、逃げ去ってしまった。
動けない俺を取り残して……。
そうだ。
俺は異世界へと無事に転生したはずだった。
ちかくにあった水たまりで、自分の顔を確かめる。
サラサラの金髪、透き通るような青い瞳、整った顔立ち。
ゲームやマンガに出てくるようなイケメンだ。
だが、だがしかし!
顔だけ。
そこから下がない。
肝心の身体が、戦える身体が。女の子とムフフ出来る身体がない。
ふと、ステータスを開いてみる。
「ステータス、オープン」
こう叫べば空中に今の俺の状態が確認できる。
名前 ロクロウ・イクタ。
HP 9999(カンスト)
MP 9999(カンスト)
LV 1
固有スキル イケメン(女性にモテる可能性大)
各学習能力、最速最大。
備考、トラックで身体がぐちゃぐちゃになったから、首から上しか転生できなかった。
「……」
なんだこれ?
超強いのに、レベル1で、イケメン。
うん、確かに異世界でも余裕で生きていけるし、ハーレムできるよね。
人族はもちろん、エルフとか獣人とか魔族とかの美少女達と……色々ムフフできるよね。
身体があればの話なんだけど。
「クソがっ!」
首から下がないのに、腹が減った。
だが、歩く脚もない。
なので先ほどの少年たちの遊びを真似て、コロコロと動くことにした。
砂利道を動くせいもあってか、振動がすごい。
それに視界もグラグラと揺れまくる。
どうなるか?
「おぇぇぇ!」
また吐いてしまった。
近くにいた村人の若き女性がそれを見て叫ぶ。
「きゃあああ! 新種のモンスターがゲロを吐いてるわぁ!」
そう悲鳴をあげたので、近くにいた鍛冶屋のおっさんたちが店から出てくる。
「このクソモンスターがっ!」
捨てセリフを吐くと、俺を力いっぱい蹴り飛ばした。
ドワーフのおっさんたちだから、脚力が半端ない。
おかげさまで、村から出られた。
どうやら、俺は近くの森に放り投げられたようだ。
弱そうなスライムたちが俺に寄ってくるが、俺のステータスが最強なので、攻撃してきても、痛みも感じない。
俺も反撃しようと体当たりを試みるが、中々当たらない。
振動でまた酔いが回り、吐き出す。
「おぇぇぇ!」
首から下がないのに、なぜかゲロは出るんだよな。
ピコン! と通知音が鳴った。
『スキルの経験値が一定値を越えました! ゲロスキルがレベル1から2へとランクアップしました!』
「ちょっと待て! ゲロスキルってなんだよ! 何の役にも立たないだろ!」
俺のツッコミに謎の機械音声は答えてくれた。
『ゲロスキルはその名の通り、吐しゃ物のスキルです。ご健闘をお祈りいたします』
「えぇ……」
仕方ないので、近くに生えていた雑草を食べてみる。
「むしゃむしゃ……んぐっ!」
急に寒気を覚える。
その直後、全身、いや全首に痺れを感じた。
どうやら毒草だったようだ。
ピコン! と通知音が鳴る。
『スキル毒とスキル毒耐性を取得しました! これにより、ゲロスキルと毒が融合。新たな技として“毒のゲロ”が使用できます』
「えぇ……」
そんなの技として使えるのか?
俺は傾げる首もないので、コロコロとまた森の中を進んでいく。
その間もずっと揺れで酔ってしまい、ゲロを吐きまくる。
※
「きゃあああ!」
どこからか、女性の甲高い悲鳴が聞こえてくる。
俺は急いで首を回して転がしていく。
そこには、天使のような美少女がいた。
長い銀髪に緑の瞳、小顔で守りたくなるような女の子。
豊満なバストにモデルのような長身。
短い丈の修道服を着ている。
頭には白いベールをかけて。
地面に倒れ込み、腰を抜かしているようだ。
そのシスターを囲むように、5匹のモンスターが睨みつけている。
名前はわからないが、見たところ、狼の系統だな。
俺はとりあえず、助けに入ることにした。
と言っても、戦う手段は持ち合わせていないのだけど。
「グシャアア!」
雄たけびをあげる狼共。
俺は情けなくコロコロと頭を転がしての登場。
「大丈夫ですか? お嬢さん?」
なんてテンプレのセリフを言ってみた。
「あ、あの魔物さんですか?」
この子も俺をモンスター扱いか。
まあいいや。とりあえず、助けてやろう。
「俺が相手になってやる! 来い、貴様ら!」
「グシャアア!」
一匹の狼が俺に目掛けて飛びかかった。
ガブリ! と鋭い牙で嚙まれる。
だが痛くも何ともない。
しばらく噛まれること数分間。
俺はなにも出来ないでいた。
敵の狼も噛み殺せないことに、苛立ちを隠せないでいるようだ。
それをシスターちゃんと残りの狼たちが黙って見守るというシュールな空間。
どうしたものか、俺は最強だが攻撃方法がない。
そう言えば、さっき毒のゲロを取得したとか言ってたな。
よし試してみよう。
「うおぇぇぇ!」
いつも通り、ゲロを吐き散らす。
すると驚いたことに吐しゃ物を喰らった狼は、一発で死んでしまった。
口から泡を吹き出して。
「こ、これは使える!」
そう思ったら、あとは楽勝。
同様の攻撃を繰り返すだけ。
あとの4匹も秒で倒してしまう。
『ゲロスキルがレベル3に上昇しました。毒のゲロもレベル3に上昇』
つ、強い。
ゲロのくせして強すぎる。
気がつくと、俺は空中に浮かんでいた。
なぜならば、先ほど助けてあげたシスターちゃんが、俺の顔を宙にかかげているから。
「あなた様は神から祝福を受けた勇者様ですね!」
なんて人をヒーロー扱いしてきた。
「いや、違うよ。俺の名前はロクロウだよ……」
自己紹介をしてみると、彼女は目をキラキラと輝かせる。
「勇者ロクロウ様ですね! 私はシスター、アンジェラ。アンジーとお呼びくださいませ」
勝手に勇者と認定されちゃったよ。
※
それから俺はアンジーと旅に出た。
というか、勝手に勇者と祀り上げられて、この国の王様と謁見。
魔王を倒してこいと命令された。
アンジーがそれを勝手に承諾。
まあ歩く脚が出来たので、もうあまり酔うこともなく、街を歩くこともできた。
飯もアンジーが買ってくれるし、生活に支障はない。
あるとすれば、夜のことか。
アンジーは俺に惚れているようだ。
だが、宿で一緒に寝るとしよう。
彼女は下着姿になり、俺を誘惑するようにして一緒に寝るのだが、俺は手も足もない。
豊満なアンジーの胸にプニプニと押し付けられて、気持ちはいいのだけど。
それだけだ。
期待していた展開はなにもない。
「クソがっ! 誰だよ、異世界に転生したら、ムフフなライフがおくれるって言ったヤツ!」
気がつけば、俺たち二人は魔王城についていた。
他の幹部連中とかもいたけど、毒のゲロを使い、ワンパンで倒してしまったから。
その他にも、技を1つ身に着けた。
火炎草というものをとある村で買い、それを食べたことで俺は『しゃくねつのゲロ』という技を会得。
頭に巨大な二本の角。紫色の屈強な肉体。身長は3メートルほど。
髑髏のマントを羽織って、玉座の前で偉そうに座っているのが、魔王らしい。
魔王が、俺とアンジーを見て咆哮をあげる。
「グルアアア! 貴様が勇者か!」
「いや、違うよ」
一応否定しておく。
だが、天然で正義感の強いアンジーがすぐに叫ぶ。
「このロクロウ様こそ、あなたを倒す勇者様よ!」
「ほほう。とうとう、我に仇名すバカな人間が来たか」
勝手に話を進められた。
「勇者ロクロウ。貴様、今まで数々のモンスターを倒し、我の最強四天王まで打ち破ったそうだな。……認めてやろう。貴様の力を。どうだ、我の配下にならないか? さすれば、お前の望みはなんでも叶えてやるぞ?」
以外な展開に俺は、ちょっと驚いた。
「え、マジで?」
「ああ、1つだけならな」
俺は即座に答えた。
「それなら身体をくれ! くれたら配下になってやってもいいぞ」
身体さえあれば、アンジーとムフフできるし、他にもハーレム城を作れるからな。
「ほほう、そういうことか……。ならば、我が城に“魔法の鎧”という秘宝がある。貴様の首に、それをくっつけたら、自由に動けるだろうなぁ」
「なんだってぇ!? マジ? 欲しい! やるよ、魔王軍!」
俺と魔王で商談が成立しようとしていたが、アンジーが横から入ってくる。
「なりません、ロクロウ様! こんな邪悪な者の言葉に耳を貸しては!」
「いや、でも……身体が」
言いかけた瞬間。
何を思ったのか、アンジーは腰にかけていたバッグから、馬糞を取り出した。
「ロクロウ様、これを口にしてください!」
アンジーは異臭を放つ馬の糞を、俺の口に放り込み、頭を上下左右にブンブンと振り回す。
「ぐぉぉぉ……」
口の中に広がる糞の悪臭と、視界が揺れに揺れて、最悪の状態だ。
「うおおぇぇぇぇぇ!!!」
今までに見たこともないぐらいの大量のゲロを口から吐き出す。
しゃくねつのゲロが魔王を襲う。
「ぐあああ!」
最強で極悪な魔王でさえ、俺のゲロの前では一撃だった。
「やりましたわ! これで世界は平和になりましたわ、ロクロウ様! お慕い申しております!」
そう言ってアンジーは、ふくよかな胸の谷間に、俺の顔を埋める。
当の俺と言えば、放心状態。
せっかく身体を手に入れるチャンスだったのに。
※
魔王が座っていた玉座の後ろに、小さな隠し扉を見つけた。
アンジーに開いてもらい、二人して部屋の中に入ると、そこには膨大な宝石や金が山のように並べられていた。
隠し財産ってやつか。
その部屋の中央に、何やら煌びやかな鎧が一体、飾られていた。
「あ、これか。魔王が言っていた。魔法の鎧って!」
俺は早速アンジーに首を鎧にくっつけてもらう。
すると、あら不思議。
鎧が自分の肉体のように、自然と動かせる。
「おお! これで自分で動けるな!」
「本当ですわね! ロクロウ様と一緒に手を繋げますわ!」
抱きしめ合って、喜びを分かち合う俺とアンジー。
彼女の豊満なバストがプニプニと心地よい。
しかし、ここであることに気がつく。
あくまでも鎧だ。
股間に“そういう装備”は備えられていない。
「クソがっ!」
確かに、自由に動けるし、これで無双できるし、アンジーとも一緒に暮らせる。
だけど、なにもエチエチな展開がないじゃないか!
「どうされましたの? ロクロウ様?」
天然なアンジーには、俺の目論みに気づいていない。
部屋を出ようとした瞬間、一人の少女が現れた。
小さな角を2つ頭から生やしたロリッ娘。
褐色の肌に、ツルペタのまな板の魔人。
どうやら、魔王の忘れ形見のようだ。
「あ、あの……私も連れて行ってくれない?」
父親である魔王も、部下の魔王軍も全滅させたしな。
身寄りがないのだろう。
よく見れば、顔もカワイイ。
「いいけど、俺はお前の仇だぞ?」
「私もオヤジ嫌いだったから別にいい……」
「そっか。なら着いてこい」
「いいの?」
アンジーが俺の答えに激怒する。
「なりません、ロクロウ様! 相手は魔王の娘ですよ?」
「しかしだな。もう魔王軍はこいつ以外いないんだ。敵意もないようだし、一人ぼっちは可哀そうだろ?」
「ロクロウ様はお優しいですわね……。ロクロウ様が言う事でしたら、仕方ありませんわ」
渋々、アンジーは話を吞んでくれた。
城を出る際、魔王の娘こと、チビルが恥ずかしそうにこちらをチラチラと見て、こう言った。
「あのさ、ロクロウって股間が欲しいの?」
「うん……まあな」
「それなら西の国に幻のアーティファクト、“魔法の股間”っていうのがあるって聞いたよ。それを鎧にくっつけたら、その……おしっことか、色々使えるらしいよ」
どうやら、チビルも俺に気があるようだ。
「マジか! 大マジなのか!?」
俺は小さなチビルの身体を激しく揺らす。
「ほ、本当だよ……オヤジが話してたから」
頬を赤くして、照れている。
話し方からして、彼女はウソをついていない。
噂でも信じる価値はある。
俺は決心した。
「アンジー、王国への凱旋はまだだ!」
「ほえ?」
天然なアンジーは分かっていない。
「俺たちは今から、魔法の股間を手に入れるため、西の国へと出陣だ!」
「ほえぇ?」
チビルも俺に協力的だ。
「ロクロウのためなら、私も頑張る!」
身体を手に入れた俺は、魔王城で手に入れた大剣『ダークキャリバー』を担ぎ、最強勇者となった。
もちろん、ゲロスキルが今の所、最強スキルだが。
天然なアンジーは、回復魔法を使うヒーラー。
チビルは魔族の腕力を活かした、斧をぶん回すロリッ娘戦士。
こうして、俺たち三人の股間を探す度は、始まったのであった。
のちに最強の勇者たちとして、語られる三人。
『伝説の股間パーティ』の誕生であった。
了