黄蘭瑛、並びに娘の珠瑛は、皇族だけでなく数多の人を殺害した罪により、斬首の刑が下された。
しかし、あまりにも多い罪の数と、当人たちに反省の色が全く見られないことから、それだけでは償いきれないとされ、本来はどんな者であろうと死者は埋葬するのが巳の国の風習であるにもかかわらず、遺体は埋葬されることなく山奥へ打ち捨てられた。
黄一族は全財産を没収。
大小の違いはあれど、肉刑に処された。
また、黄一族に加担していた朱一族と緑一族にも刑が言い渡された。
結果、肉刑は免れたものの、財産の半分以上が没収。実質、没落である。
朱紅葉は皇帝陛下殺害に加担した罪で、緑桜桃は宮女候補である菊花を拐かした罪により、紫詠明と同じく貴族専用の牢獄の中である。
懲役は十年。
刑期を終えて外へ出られたとしても、もう以前のような華やかな生活には戻れない。泥水をすするような人生が待っているだろう。
のちに、この一連の事件は物語として語り継がれることとなる。
正妃になるために手段を厭わない残忍な娘が、毒を使って邪魔者を消していくという、背筋の凍るような話として。
夏の夜には、涼を求めてそこかしこで語られるようになるだろう。
今も、とある山の奥からは彼女の断末魔が聞こえるのだとか。
これらは全て、菊花は知らないことになっている。
思いのほか過保護な香樹が、彼女から遠ざけたためだ。
(でも、それでは私があなたを守れない)
菊花は、守られるだけのか弱いお姫様ではない。
野を駆け、野草を摘み、時に猪から逃げ果せる……何もない田舎村で生き抜ける、たくましい少女なのだ。
(たとえあなたが、私を守るために皇帝陛下になったのだとしても。私は、守られるだけなんてまっぴらごめんよ)
香樹を守るためならば、どんなことも受け入れる。努力してみせる。
だってそうしないと、香樹は菊花を守るために何をしでかすか分かったものではないのだ。
現に菊花が攫われた時、最も手っ取り早いのが毒を飲むことだったという理由で、彼は珠瑛が出した茶を白梅草入りと分かっていながら飲んだらしい。
(お兄さんの毒が効かなかったら……)
考えるだけで、心臓が止まりそうになる。
「──教えてくれてありがとう、柚安」
「いえいえ。こちらも仕事なんで」
宦官の柚安は、もういない。
今、菊花の目の前にいるのは、密偵の柚安である。
日焼けして色褪せた黒髪に、青い目をした青年。
それが、本来の彼の姿らしい。
柚安は、香樹の命令で菊花の護衛兼密偵として宦官に成り済まして後宮に入っていた。
本来、後宮には皇帝陛下以外の男は居られないが、香樹が信頼できる人物であること、そして柚安が恐妻家であることで、特例として許可されていたそうだ。
「僕が教えたって、陛下には言わんでくださいよ?」
「言わないわ。教えてくれてありがとうね、柚安。お礼はそれで良かったの?」
菊花の言葉に、柚安はひょいっと肩を竦めた。どういたしまして、と言うように。
それから、穴蔵から出てきた野兎のように部屋の外を気にかける。
「ええ、十分ですよ。毎晩飲んでいたせいで、すっかり習慣付いてしまいまして。毎日飲まないとどうにも調子が出ない。正妃自ら淹れた茶なんて、そうそう飲めるものでもないですしね。情報料は、これで結構です」
茶杯をクイっと傾けて、柚安は茶を飲み干した。
「では、そろそろ陛下が来るみたいなんで、僕は行くとします。また何かありましたら、遠慮なく呼んでください」
「ええ、分かったわ。茶飲み友達がいなくて寂しくなったら、呼ばせてもらう」
「その際は、女官の花林に言付けを」
「ふふ。あなたの奥さんにね? 分かった」
「では」
柚安はクスクスと笑う菊花に、バツが悪そうに唇を尖らせて去っていった。
ほどなくして、女官が「皇帝陛下のおなりです」と告げてくる。
長椅子に腰掛けていた菊花は、部屋の入り口へと歩いていった。
「こちらへおいで、菊花」
優しい声が、名前を呼ぶ。
くすぐったそうに微笑んで、菊花は差し出された手を取った。
しかし、あまりにも多い罪の数と、当人たちに反省の色が全く見られないことから、それだけでは償いきれないとされ、本来はどんな者であろうと死者は埋葬するのが巳の国の風習であるにもかかわらず、遺体は埋葬されることなく山奥へ打ち捨てられた。
黄一族は全財産を没収。
大小の違いはあれど、肉刑に処された。
また、黄一族に加担していた朱一族と緑一族にも刑が言い渡された。
結果、肉刑は免れたものの、財産の半分以上が没収。実質、没落である。
朱紅葉は皇帝陛下殺害に加担した罪で、緑桜桃は宮女候補である菊花を拐かした罪により、紫詠明と同じく貴族専用の牢獄の中である。
懲役は十年。
刑期を終えて外へ出られたとしても、もう以前のような華やかな生活には戻れない。泥水をすするような人生が待っているだろう。
のちに、この一連の事件は物語として語り継がれることとなる。
正妃になるために手段を厭わない残忍な娘が、毒を使って邪魔者を消していくという、背筋の凍るような話として。
夏の夜には、涼を求めてそこかしこで語られるようになるだろう。
今も、とある山の奥からは彼女の断末魔が聞こえるのだとか。
これらは全て、菊花は知らないことになっている。
思いのほか過保護な香樹が、彼女から遠ざけたためだ。
(でも、それでは私があなたを守れない)
菊花は、守られるだけのか弱いお姫様ではない。
野を駆け、野草を摘み、時に猪から逃げ果せる……何もない田舎村で生き抜ける、たくましい少女なのだ。
(たとえあなたが、私を守るために皇帝陛下になったのだとしても。私は、守られるだけなんてまっぴらごめんよ)
香樹を守るためならば、どんなことも受け入れる。努力してみせる。
だってそうしないと、香樹は菊花を守るために何をしでかすか分かったものではないのだ。
現に菊花が攫われた時、最も手っ取り早いのが毒を飲むことだったという理由で、彼は珠瑛が出した茶を白梅草入りと分かっていながら飲んだらしい。
(お兄さんの毒が効かなかったら……)
考えるだけで、心臓が止まりそうになる。
「──教えてくれてありがとう、柚安」
「いえいえ。こちらも仕事なんで」
宦官の柚安は、もういない。
今、菊花の目の前にいるのは、密偵の柚安である。
日焼けして色褪せた黒髪に、青い目をした青年。
それが、本来の彼の姿らしい。
柚安は、香樹の命令で菊花の護衛兼密偵として宦官に成り済まして後宮に入っていた。
本来、後宮には皇帝陛下以外の男は居られないが、香樹が信頼できる人物であること、そして柚安が恐妻家であることで、特例として許可されていたそうだ。
「僕が教えたって、陛下には言わんでくださいよ?」
「言わないわ。教えてくれてありがとうね、柚安。お礼はそれで良かったの?」
菊花の言葉に、柚安はひょいっと肩を竦めた。どういたしまして、と言うように。
それから、穴蔵から出てきた野兎のように部屋の外を気にかける。
「ええ、十分ですよ。毎晩飲んでいたせいで、すっかり習慣付いてしまいまして。毎日飲まないとどうにも調子が出ない。正妃自ら淹れた茶なんて、そうそう飲めるものでもないですしね。情報料は、これで結構です」
茶杯をクイっと傾けて、柚安は茶を飲み干した。
「では、そろそろ陛下が来るみたいなんで、僕は行くとします。また何かありましたら、遠慮なく呼んでください」
「ええ、分かったわ。茶飲み友達がいなくて寂しくなったら、呼ばせてもらう」
「その際は、女官の花林に言付けを」
「ふふ。あなたの奥さんにね? 分かった」
「では」
柚安はクスクスと笑う菊花に、バツが悪そうに唇を尖らせて去っていった。
ほどなくして、女官が「皇帝陛下のおなりです」と告げてくる。
長椅子に腰掛けていた菊花は、部屋の入り口へと歩いていった。
「こちらへおいで、菊花」
優しい声が、名前を呼ぶ。
くすぐったそうに微笑んで、菊花は差し出された手を取った。