それからも、珠瑛(しゅえい)と取り巻き三人娘による嫌がらせは続いた。

 物を隠す、物を捨てる。
 そんなことは日常茶飯事だ。

(よくもまぁ、いろいろ思いつくわね)

 部屋を荒らされるのも、そろそろ日常になるかもしれない。
 残念ながら、貧乏暮らしが長い菊花は、彼女たちのように荷物が多くないので、そろそろネタ切れかもしれないけれど。

 最初こそイライラしたりモヤモヤしたりしていた菊花だが、一周回って尊敬してしまいそうになってきた。

(こんなことをする暇があるなら、少しでも勉強すれば良いのに)

 菊花は知っている。
 ここ最近、彼女たちはとある宦官に興味津々なのだ。暇さえあれば呼びつけて、無理難題を吹っかけている。

 宦官の名は、柚安(ゆあん)
 菊花と同じ金の髪を持ち、秋の空のような澄んだ青色の目をした、若い宦官である。
 ほんの少し彼の方が細身ではあるが、ぱっと見は菊花に似ていた。

 散々嫌がらせをしても、菊花に堪える様子がないからだろうか。
 菊花に似た柚安を身代わりにして、彼女たちは憂さ晴らしをしているらしい。

「ほんと、ごめんなさいね」

「いえ、これが僕の役目ですから」

 ハハハと乾いた笑みを浮かべて、柚安は重いため息を吐いた。

 丸めた背中に、哀愁が漂っている。
 菊花は慰めるように、彼の肩をポンポンとたたいた。

 実のところ、柚安は珠瑛たちに目をつけられたわけではない。
 月派に属する彼は、登月の指示で珠瑛たちに目を付けられるように自ら仕向けたのである。

 その目的は、菊花を珠瑛たちから守るため。
 彼女がより良い後宮生活を送れるようにすることが、登月の、ひいては柚安の願いなのだ。

「菊花様。最近、嫌がらせは減りましたか?」

「うん、減った。(かわや)に閉じ込められることはまだあるけど、窓から脱出できるからそこは問題なし。物がなくなる回数も、かなり減った気がする。柚安のおかげだよ、ありがとう……っていうのもおかしいかな?」

「いいえ。それなら良かったです」

 ふにゃり。
 柚安はいつも、しまりのない顔で笑う。
 まるで無邪気な子犬のようで、菊花はかわいいと毎度のように思っていた。

(癒やされるぅぅ)

 ふわん、ほわわん。
 柚安からは、()の国で言う【癒やしの風(マイナスイオン)】が出ているに違いない。
 習ったばかりの言葉を思い出して、菊花は納得したように一人うなずいた。

「ところで、菊花様。まもなく宮女候補の選別があるのはご存じですか?」

「選別? なにそれ」

「正式に宮女が決まるまで、月に数人ずつ後宮から追い出されるのです。菊花様は勉強熱心でいらっしゃるので大丈夫かと思いますが、決まり事だけは破らないように気をつけてくださいね」

 小指同士を絡ませて「約束ですよ」と指切りげんまんをしたのは、つい最近のことだった──。