「りっ……リアム」
 私は声を出せただろうか。しっかり声を出したつもりだけれど、もしかしたら口パクで音にならなかったかもしれない。頭の中が真っ白になって身体が動かない。想定外の出来事すぎて、どうしていいのかわからない。
 
 リアムは課長の奥に潜んでいた私を見つけて表情を変えた。
「リナ」
 リアム?やっぱりリアムなの?ふたりの目線は絡み合い、私は涙で彼の姿がゆがんでしまう。リアムは上司たちの間をかきわけて、まっすぐ私の前に立つ。先導していた社長はきっと驚いているだろう。
「リナ」
 私の名前を呼ぶ低く響きのある声は、間違いなく私の愛する人だった。
「捜す前に現れた」
「真っ先に探してよバカ!」
 最高の笑顔を見せる彼の胸に何も迷わず飛び込んだ。上質なスーツはいつもの騎士団の服とは違って柔らかい。
「もう二度と離れない」
 泣きながらそう私が言うと
「俺が絶対離さない」耳元で彼がそう言い強い力で私を抱きしめた。この懐かしい感触はリアムだ。あらためてそう思い、また私は彼のスーツに涙を流していた。幸せでこのまま時間が止まってもいいと思ってたけど、別の意味で止まって欲しい事に気付く。副社長のお披露目の大切な場所で、その胸に抱かれた一般社員、それは私です。これは……ちょっと……事件です。

「知り合いかな?」社長が抱き合う私達に声をかけると、リアムも我に返って私の身体を離した。うわぁ周りの視線をガンガン感じてしまう。恥ずかしい。
「僕の愛する人です」リアムは照れる仕草もなく堂々と社長に私を紹介する。
 えっ!ちょっと待って!!急にそんな事を言われたら社長が驚くでしょう!リアムの顔を二度見する私だったけど、一番驚いた顔をしたのはうちの課長で、報告された当人は「あぁ、お前がずっと捜していた例の彼女か」と普通に納得して笑顔を見せていた。

「皆さんすいません。急用ができたので、ここでご挨拶させていただきます」
リアムはよく響く声で大きな声を出す。

「京都支社からやってきました。高橋勇翔《たかはしゆうき》です。副社長というポストで社長の下、精一杯頑張りますのでご指導のほどよろしくお願いいたします」
 あの上から目線のドSリアムが、柔らかい挨拶をして頭を下げているのが不思議だった。それから、これからの展望とか今の会社の状態とか、わかりやすく的確なスピーチをしてから「では、来週の会議で……」と、私の手を握って逃げるように廊下を歩いて重役室のひとつに滑り込んだ。

「本当にリアムなの?」
「今は高橋勇翔」
 彼はそう言って胸元から黒いレザーの名刺入れを出し、一枚私に差し出す。シンプルだけど厚みのある名刺には、肩書は副社長で名前は高橋勇翔と書いてあった。
 勇翔(ゆうき)勇ましく空高く飛ぶ、リアムにピッタリの名前だね。