すごく体が楽になったような気がした。それでも体は鉛のように重かった。だけど意識混濁とか、倒れそうになるとか、頭痛とか、もう涙を流したいほどの辛さは無くなっていて…。
眠っていたらしいベットの近くのデジタル時計を見れば13時45分と表示されていて。

「大丈夫か?」

ベットから上半身だけを起き上がらせていた私は、ベットに腰かけるように座っている壱成さんを見つめた。

「はい…」

「本当に?」

「すごく楽に…」

「うん、朝よりはずっといい」

「あの、ここは…」

見渡せば、ワンルームみたいな部屋があって。見たこともなければ、来たこともなかった。誰かの家だろうか?壱成さんの?でも壱成さんは学生だから…。

「駅前のホテル。家に送ろうと思ったけど、あんたの顔色がやばかったからすぐに寝かせた方がいいと思って」

駅前…?
たしかに駅の近くには、ビジネスホテルとかあったような気がして。

「ラブホとか、そういうのじゃない」

ラブホ…?

「学校に行けそうにないから、あんたの学校に休むと連絡したんだが良かったか?」

「学校に?…ありがとうございます…」

だとすれば、学校に行っていないこと、親に連絡は行っていないようだった。

「腹は?減らないか?何か頼むけど…」

「大丈夫です、お弁当があるので…」

「喉は?」

「あの、ごめんなさい…ここへ運んでくださったのですか?」

「…ああ、」

「私、あんまり覚えていなくて。意識を失ったのは分かるんです、けど、曖昧というか、…壱成さんが声をかけてくれたことは覚えているんです。でもどうして、ここにいるのか、あやふやで…」

「うん」

「…ごめんなさい…」

「あんたが謝ることは何ひとつもない」

「でも、私はまたあなたに助けて頂いたのでは…」

「気にしなくていい」

気にするなと言われても。
返答に困っていると、壱成さんが立ち上がり、どこかへ行き、飲み物を持ってきてくれた。それはどこにでもある水と、スポーツ飲料だった。
それを見て、どうしようと困った私は、「喉、乾いてるだろうから」と、渡されたそのふたつを恐る恐る受け取った。
何度も助けてくれる、優しい人…。
でも私は飲むことが出来ない…。
ううん、水なら…。

「飲めねぇ?」

「あの、」

「うん」

「ごめんなさい…」

「謝る意味が分からない」

「…飲めなくて、」

「飲めない?」

「…ごめんなさい…」

少し、顔を顰めた壱成さんは、「なんで飲めない?」と、もう一度腰かけた。
なんで…。言ってもいいんだろうか?
でも言わなければ…。

「わたし、」

「うん」

「すごく、アレルギーが多いんです」

「アレルギー?」

「あと、すごく病気になりやすいというか、」

「え?」

私の言葉に、一瞬にして顔色が変わった壱成さん。

「病気?まさか、今回倒れたもの…」

「ち、違います、今回は本当に貧血で…」

「けど、やっぱり病院に…」

「アレルギーが、関係しているんです」

壱成さんの眉間に、シワがよる。

「私、本当にアレルギーが多くて。主に食品なんですけど、お肉も、魚も、卵も大豆も…。ほんと、食べられるのが野菜とお米だけというか…。野菜も無農薬しか…農薬野菜を食べると肌がすぐに反応するんです」

「…」

「だから栄養が偏って、貧血とか、病気になりやすくて。今回もそういうので……」

「うん」

「だから母に、強く言われていて。外では食べるなと」

「この前の、」

「え?」

「この前の飯を断った理由も、それで?」

「…ごめんなさい…」

「いや、謝ることじゃない。知らなかった俺が悪かった。──…水もダメなのか?」

「水は飲めます、飲めるんです、でも、本当にアレルギーが酷くて。些細なことでも症状が出るんじゃないかと、口につけるものは家から用意するものと決まっていて。スポーツ飲料は、お腹が凄く痛くなるんです…ごめんなさい…」

「いや、話してくれてありがとう」

話してくれて……。
壱成さんは優しく微笑むと、泣きそうになっている私からペットボトルを受け取った。

「ひとつ、聞いてもいいか?」

「…?」

「倒れた理由は分かったんだが、その顔は?」

「顔、ですか?」

私は自分の指で頬に触れた。きっとここには内出血の痣があるだろう。

「これは、ぶつかって…」

「ぶつかった?」

「はい、その、貧血でふらついて。教室の中で男子生徒のうでにあたってしまって」

「…そうか、…痛くなかったか?」

「いえ、全く、もたれるように当たっただけなので」

「もたれるように?」

「はい」

「痛みはなく?」

「…はい」

「肘にあったったりしたわけでもない?」

「いえ、」

「…」

「たまにあるんです、酷い時は全身に内出血ができる時もあって」

私は笑いながら呟いた。

「…そうか」

「心配をかけてごめんなさい…」

「…いや」

「また壱成さんにお礼をしなければなりませんね」