「ありがとうございました、ご馳走様でした」


店を出て、私は頭を下げる壱成さんを見つめていた。礼儀正しく、誠実で優しい壱成さんのことをお父さんに伝わっただろうか。

お父さんは私たちに車の後部座席に乗るように言うと、車を走らせた。壱成さんを家まで送るのかと思ったけど、方向的に私とお父さんの家に向かっているのだと分かった。
壱成さんの家があるのは、走っている車の正反対の位置だから。
──自宅につき、お父さんはいったいどうするのかと黙っていれば、「佳乃だけおりて家に帰りなさい」と、私の顔を見せずにそう言ってきて。


「……壱成さんは?」


車内で、壱成さんとお父さんの二人きりになる。


「先に帰りなさい」


だから、壱成さんは……どうするの?


「佳乃、先に家の中に」


不安な顔をしている私に、壱成さんが穏やかな表情をしながら言ってきた。壱成さんの声に戸惑いはなかった。壱成さんはお父さんと2人きりになってもいいらしくて……。


「私が、いると、だめな話……?」

「お前がいるとこの男の本音が聞けない」


壱成さんがいるのに失礼な言い方をするお父さんに、言い返しそうになったけど、「佳乃」と、また、壱成さんが私の名前を呼んだ。


「大丈夫だから、また夜に電話する」


まだ不安はあったけど、壱成さんを信じている私は「……はい、待っています」と、静かにそう呟いた。
車から出れば、お父さんがアクセルを踏んだらしい。瞬く間にお父さんと壱成さんが乗った車は私の視界からいなくなった。

不安が募る。
でも、壱成さんを信じているから。
私は黙って家の中に入った。家の中にはお母さんとお兄ちゃんがいた。
2階に行き、お兄ちゃんと鉢合わせした。
「アイツは?」と、お父さんのことを聞くお兄ちゃんに「壱成さんとどこかに行ったよ」と言えば、ただお兄ちゃんは頷いた。
お兄ちゃんは、壱成さんとお父さんとご飯に食べに行っていたことを知っていたらしい。


「アイツが認めれば、女の方も認めるよ」


お父さんが認めれば、お母さんも壱成さんを認める。


「……認めてくれると思う?」

「認めるだろ」

「……どうしてそう思うの?」

「壱成さんがお前のこと好きだから」


壱成さんが私のことを好きだから?
それがどうして、認めるに繋がるのか分からなくて。


「どういう意味?」

「佳乃も知ってるだろ?暴走族の頭をしてるのが壱成さんだって」

「うん……、でも、あんまり知らないよ」

「ようするに、壱成さんは頭を下げられる側の人間」


下げられる側……。


「お前のために、ずっと頭を下げる壱成さんを認めねぇバカはいねぇだろ」


私のためにずっと頭を下げる人。


「うん……」

「まあ、待っとけば?壱成さんからの連絡」


そう言ったお兄ちゃんは、自室に戻った。信じているけどまだドキドキしている私は、制服から私服に着替える事もできず、ただ待った。
待ちながら左耳に触れた。そこには壱成さんが買ってくれたイヤーカフがあった。


──……40分ほどで、お父さんが帰ってきた。そう終わったのは玄関の音がしたから。でもまだ壱成さんからの連絡はなくて。
階段を降り、お父さんの姿を捉えた。でもそこに壱成さんの姿はない……。


「壱成さんは……」


お父さんは一瞬、私の方を見ると、「お前の言っていた話、」と、私の今後について、言ってきた。

やっぱり壱成さんと、私の話をしていたらしい。不安で、嫌な汗が背中から流れた。
壱成さんと話がしたい……。


「学費は出す」

「……え?」

「後はもう、好きにしなさい」


好きに、好きにとは。
それはそういう意味で……。
それは認めてくれたということで……。


本当に?


「…私ずっと、壱成さんといてもいいの?」

「ただし、」


ただし…?


「……いや、約束を破ったらすぐに家に連れ戻すと、……彼に言っておけ」


約束を破ったら?
何の約束をしたんだろうと思ったけど、〝あの男〟から〝彼〟になったお父さんの言葉で、認めてくれたんだと理解した。


「あと、退学することは無いように」