ネックレス……。


「あんたは首が細いから、チェーンが細めの小さいネックレスが似合うと思うんだが」


細め……。
私の首元を見つめる壱成さん。


「お揃いで、ですか?」


細くもなく、太くもない壱成さんの首。筋が入っている壱成さんの首に、細いチェーンは似合わないような気がした。
お揃いならば、どちらとも細いチェーンのはずだから。


「別にネックレスじゃなくても。腕時計でも、──……指輪でも」

「指輪?」

「……いや、指輪はダメだな」

「ダメなのですか?」

「ああ」

「……どうしてですか?」


指輪は、恋人の証なのでは……。


「婚約指輪を先にあんたの指にはめたいから」


私と結婚してくれるらしい壱成さんは、また私の手を握ると、「俺のわがままだな」と嬉しそうに呟いた。


デパートにつき、壱成さんの言葉通りにデパートの中でブラブラし、壱成さんと楽しい時間を過ごした。
その時間の中で、壱成さんは私にとあるものを買ってくれた。これなら私の耳に傷を付けずに済むし、壱成さんとお揃いができると。
イヤーカフという、品物だった。
細くてシンプルな、シルバー色。


「イヤリングとピアスの同じデザインにしようと思ったが、これは軟骨あたりだから、学校でも見えにくい」


私のことを考えてくれる壱成さんの耳にも、イヤーカフが付けれ。私の耳にも、同じイヤーカフが付けられた。


「ありがとうございます、壱成さん……」


ちっとも、耳は痛くない。


「ああ、よく似合ってる」


壱成さんが愛おしそうに、髪を撫でた。──頃合になり、お父さんとの約束場所に向かう。時間が近づくにつれ、不安や緊張の気持ちが増えていく。

ワタミという喫茶店は、夜になるとディナーができる洋食店になっていて。お父さんを待っていれば、お父さんは、待ち合わせから約3分ほど前にきた。
お父さんは何も言うことなく、店に入ると「予約していたものです」と、店員さんに向かって言っていた。──予約をしていたんだと、少し驚いた。

いったい、いつ連絡をしたのだろうか。
さっき?朝?それとも、昨晩私の話を聞いてから?──それとも、もっと前か。


四人席に座り、私と壱成さんが横に座り、壱成さんの前にお父さんが座った。


「君の名前は、もう知っているから自己紹介なんてしなくていい」


お父さんはそう言うと、何も言わなくなった。何かを考えている壱成さんは、「この度は、お誘い頂いて、ありがとうございます」と、頭を下げていて。


「君、アレルギーは?」

「特にありません」

「好き嫌いは?」

「それも、特には」

「そうか、」


お父さんは店員さんを呼ぶと、「このコース料理を」と、注文していた。その注文した数は3つで、私の分も入っていた。


「今ここで、佳乃から聞いた話をするつもりはない。ただ君は食べるだけでいい」


何を考えているか分からないお父さんは、私の話をするつもりはないと言う。食べるだけ?食べるだけで、何をしようと……。


「分かりました」


お父さんに敬語を使う壱成さんは肯定の言葉を出したけど、料理である副菜が運ばれてきて──壱成さんはお父さんのその副菜を食べる光景を見ながらも、壱成さんはその副菜を食べようとしなかった。


「食べないのか?」


壱成さんが食べないことに、お父さんが、鋭く言った。


「…申し訳ありません」

「さっき、〝分かった〟と言わなかったか?」

「僕が佳乃さんよりも先に、食べることはできません」


壱成さんの言葉に、私の方に視線を向けたお父さんは、「……店も無理なのか」と、ぽつりと呟くと、少し1呼吸おいて。


「……どうすれば佳乃は食べれる?」

「佳加さんが言うには、コンビニのお弁当は先に1口佳加さんが食べると」

「……君なら、佳乃に食べさすことが出来るだろう。君が先に食べてもいいから佳乃にも食べさせてあげなさい」

「はい」


まるで毒味役。
私のお皿を手に取った壱成さんは、それをフォークで1口食べると、「大丈夫」と、柔らかく微笑んだ。


「ありがとうございます壱成さん……」


壱成さんのおかげで食べることが出来て、次にと運ばれてくる料理も、壱成さんが私の料理を1口食べていてから、自分の料理も食べていた。
お父さんはその事に対して何も言わず──、ただ静かにメイン料理をナイフとフォークを使い食べていた。


「君、ご両親は?」


調べているのに、どうして聞くの。


「健在です」

「ご両親とは、食事をするか?」

「いえ、あまり」

「外食は?」

「両親とは、年に数回ほど」

「家族は不仲なのか?」

「不仲ではありません。──ただ、両親は仕事が忙しく、昔から祖父母と一緒にいました。食事や外食と言われれば、祖父母の方が回数は多いです」

「そうか」


壱成さんの家族のことを聞いて、何が分かったのか分からない。
壱成さんは分かっているのだろうか?


「──昔から、佳乃には、食事の作法を教えてきた。綺麗に食べなさいと。箸、スプーン、フォークの持ち方も。食べる順も。……鉛筆の持ち方でさえも」

「はい」

「……食事の仕方は、その人間を表すとはよく言ったものだ」

「……」

「君の食べ方は佳乃に似ている」


それは……。いったい、


「でしたら、両親と祖父母には感謝しかありません」


そう言って笑った壱成さんは、私に「大丈夫か?」と、顔を向けた。
うん、と、頷いた私は、「私も感謝しているよ、お父さん」と、笑った。