「その、なんていうか、ひかないでほしいんだが」


ひかない?
壱成さんを拒絶しない、ということだろうか。



「多分あんたに、ストーカーみたいなことをしていたんだと思う」


ストーカー?


「付きまとっていた、という意味ですか?」

「いや、……なんて言うか。ただ、見てた」


見てた?


「見てた……?」

「ああ、あんたが中2の頃だと思う」


中2の頃?
中学2年生の頃?


「朝の駅のホームで、あんたがいた。初めは頭いい学校の奴がいるな、って。特に何も、考えてたなかった」

「……」

「次の日も、またいるなって。あんたの後ろ姿を眺めてた。あんたの長い髪が印象的だった」

「……」

「あんたはいつも、同じ時間にいる。絶対遅れて来ない……、そんな姿を後ろから眺めてて。──……気がつけば、あんたの顔を見たくなってた」

「……わたしの?」

「それでもあんたはいつも綺麗に並んでるから、わざわざ顔を覗き込むようなかっこ悪い姿は見せられないし。ずっと後ろから見てた」

「……」

「振り向いてくれたらって、けど、見るのは後ろ姿ばっかで」

「……」

「あんたが後ろを向かないのをいいことに、ずっと見てた」

「……」

「あんたの顔を見たのは、帰り──、こうして座っているあんただった」

「座ってる私……」

「ああ、やっと見れたと思って、その時から好気になってたんだと思う」

「……顔を見れたから、ですか?」

「いや、なんていうか、」


なんていうか?


「俺だったらいいなと思った」

「壱成さんだったら?」

「後ろ姿じゃなくて、正面から来るあんたを見ることが出来るの、俺だったらなって」


正面から来る私を見ることができる……。
思い返せば、待ち合わせの時、必ず壱成さんが先に待っていた。すぐに私を見つけ出してくれる壱成さん。


「……雨の日、傘を、あんたが持って無かった日、恥ずかしい話だが声をかけようと思った」

「え?」

「でも、俺が手に怪我をしていたから、ガーゼをしていたんだが、まだ軽く血が滲んでいたし。あんたを怖がらせる訳にはいかないって思った。だから駅員に任せた」


あの、雨の日のことを思いだす。
金の髪をした人の後ろ姿。


「制服が変わって、2歳年下だということも知った」


制服が変わって……。


「あんたのこと、何も知らないのに、好きになってた」

「わたし、」

「うん?」

「あの、傘を渡してきた壱成さんを探していました。なんて親切な方がいるんだろうと。もしかして私の知り合いじゃないかとか」

「…うん」

「それでも、金色の髪をした知り合いなんて、私にはいなくて。あの日から、金色の髪をした男性を……探すというか、会えたらいいなと思っていたんです」

「うん」

「でも、そういう方はいらっしゃらなくて…」

「髪、変えたから」

「え?」

「黒にした、さっきの怪我といい、もしあんたと話せる機会が会った時、あんたが怖がるといけないと思って」

「落ち着いたように見せるために、黒に?」

「……ああ」

「もしかして、兄みたいに着崩している制服を着るのでなくて、きちんと着ているのも怖がらせないためですか?」


少し、耳を赤くさせた壱成さんは、恥ずかしそうに口元に手を置く。


「……ああ」


そして、恥ずかしそうに私を見つめた。


「あんたにはずっといいようで見られたかった。ずっと怖そうって言われていたから」

「私、壱成さんを怖いなんて思ったことないです」

「うん、」

「…」

「今も、夢みたいだ」