そんな顔がどんな顔かは分からないけど。
電話をしても、しなくても壱成さんに迷惑をかけてしまったということに、罪悪感を覚えた。

壱成さんが山本さんを、電話で呼んでくれた。壱成さんのように走って来てくれた山本さんにも、罪悪感を覚えながら、クリーニング屋の袋を渡す……。


「クリーニング? そのままで良かったのに…ありがとう」


穏やかに笑った山本さんは、私の横にいる唯に目を向けると、「友達?」と、聞いてきて。
「はい、佳乃の友達の市川唯です」と、唯も笑って返事をしていた。


「──……俺は聖です、山本聖。──これ、この前の服?」


山本さんは少し言葉を詰まらせながら紹介をして、私の方に目を向けた。


「はい、ブランケットも入ってます。あの、本当にありがとうございました」

「ブランケット?たまり場のかな。俺のじゃないかも。壱成さん、これたまり場のやつですよね?」

「ああ」

「俺置いときます、今から行くんで」

「分かった、頼めるか?」

「はい」


ブランケットは山本さんのものじゃなかったらしい。あの時は精神的に不安定だったから、間違えて山本さんのものだと勘違いをしていたようで……。


「送ろう」


壱成さんが、私に言う。


「佳乃、私は塾がここから近いから、このまま帰るね」

「塾?近いの?送ろうか?」


唯の言葉に、反応したのは山本さんで。


「え?」

「壱成さんの彼女の友達だろ?」

「そうしてもらうといい、さっきも言ったように治安が悪いから」

「え、でも、そんなっ、大丈夫ですよ?」

「ダメダメ送らせて。送らないと俺が壱成さんに怒られる」


3人の会話を聞きながら、私は3人に迷惑をかけるバカな女だと思った。明日にでも、壱成さんに預ければよかった。壱成さんに連絡をすればよかった。
お兄ちゃんに、伝えればよかった。
もうすぐ塾の唯にも、案内してもらって……。


「ごめんね、唯。道教えてくれてありがとう」

「ううん、どういたしまして!また一緒に帰ろうね!」

「うん」


手を振り、山本さんとの2人の光景を見ながら、唯を送ってくれるらしい山本さんに感謝の気持ちを送った。

私を送ってくれるらしい壱成さんは、私を連れ、少し歩くと「悪かった」と、私に謝ってきた。
どうして壱成さんが謝るか分からない。
どう考えても、壱成さんに知らせなかった私が悪いのに。


「……あの、ごめんなさい……」

「怒ってない、」

「でも、勝手に来たこと、良くは思われて無いでしょう……」

「それはもういい、顔をあげてくれ」

「ごめんなさい……」

「悪かった」

「わたし、」

「頼むから怖いと思わないでくれ」


怖い、そんなことは無い。
壱成さんに怖いなんて、思ったことは無い。
ただ私が、迷惑なことをしただけで。


「…勝手に来たことが、ダメでしたか?」

「いや、あんたに会えて嬉しい」

「……」

「ただ、この辺りは馬鹿な奴らが多いから、あんたが心配なだけだ」

「……ごめんなさい」

「謝るのは俺の方だ、怖がらせて悪かった」


壱成さんは、私が〝怖がる〟ということを気にしているようだった。お父さんとお母さんは、私にとって〝怖い存在〟。

いつもいつも優しい壱成さん。
私を怖がらせないようにしてる人。


「……私、壱成さんが好きです」

「え?」

「壱成さんが優しい人だと、知ってます。だから、私がしたこと、壱成さんが嫌なら言っていただけると嬉しいです」

「……」

「嫌が積み重なって、壱成さんに嫌われる事になると、悲しいです」


少し視線を上げて、ほぼ上目遣いで壱成さんを見上げた。壱成さんは「分かった」と、私を引き寄せると、駅の方に向かって歩いていく。


「…嫌だと思ったことは、ちゃんと言う」

「はい」

「けど、」

「……?」

「あんたを嫌うことは無いから、あんたが悲しむことは絶対無い」





しばらく歩いて駅につき、ちょうどよく来た電車に乗り込んだ。
珍しく車内がすいていて、私の横に壱成さんが座った。もう唯は塾に着いたのだろうかと、考えて事をしていると、「前に、」と、壱成さんが私の手を握った。

柔らかく包み込み、私の指の間に、壱成さんの指が絡み合う。
まるで壱成さんの性格を表している繋ぎ方だった。


「あんたのどこを好きになったか、聞いたことあるな」

「え?」


何を言い出すのかと、壱成さんを見つめた。
さっきの怒ったような表情とは違い、また穏やかな顔を向ける壱成さんに、心が少し穏やかになるのが分かった。