その日の夕方にクリーニング屋に行き、山本さんのパーカーと、ブランケットを取りに行った。
昼のお弁当もとても美味しくて、完食して空っぽのお弁当箱が入った紙袋の横に、クリーニングの袋が並んだ。
歩くことが、苦痛にならないない。
今まではふらふらしていたり、薬の影響で動けなかったり、栄養不足であまり体力がなかった。
だけどこうして口にするようになってから、ほんの少し、楽になったような気がする。
もしかすると、精神的に落ち着いてきたのかもしれない。
壱成さんから電話が来て、その電話に出る。壱成さんから電話が来て嬉しく。家に帰るまで、その電話は繋がっていた。
夜にお父さんと会っても、壱成さんのことは全く触れてこなかった。壱成さんのことを空気のように扱うお父さん…。
次の日の朝もそうだった。ずっとずっと、「おはようございます」と壱成さんが挨拶をして父の姿が見えなくなるまで頭を下げていたのに、お父さんは一切壱成さんの方を見なかった。
壱成さんと一緒に暮らしたいということも、お父さんは反対してくるだろう。
だけど、反対されても、私はずっと壱成さんと一緒にいたい。そんなことをずっと考えていたら、壱成さんに山本さんにクリーニング済みのパーカーとブランケットが入った袋を渡すのを忘れてしまい。
忘れてしまったけど、やはり借りたのは私で。私が山本さんに返さないとと思った。門限も18時になって、今日はたまたま学校も早く終わる。だから今日の帰りに、山本さんに返しに行こうと思った。
返しに行こうと思ったものの、私は山本さん……、壱成さんや、お兄ちゃんが通っている学校の場所が分からないから。
「唯、西高って、どこにあるか分かる?」
昼休み、今日も美人な唯に話しかける。
「西高? 分かるよ? 」
「どこか教えて欲しい。地図とか書いてもらっていい?」
「いいけど、西高に行きたいの?」
「うん、借りたもの返しに行きたいの」
「借りたもの……、この前言ってた人に返しに行くの?」
「ううん違うよ。また別の人」
壱成さんではなく、山本さんだから。
「んー、西高って、危なくないかな」
「危ない?」
「不良が多いって聞くから…」
不良が多い……。
確かに、壱成さんも、お兄ちゃんも、山本さんもそういう見た目な気がする。それでも3人の人達が凄く優しくて、いい人だと分かっているから。
怖い、とは思わない。
「…そうかな、私の知ってる人はみんないい人だよ」
「一人で行くの?」
「うん」
「じゃあ私もついて行くね。何かあったら駄目だし、地図よりも案内の方が確かでしょ?」
「でも、悪いよ」
「いいよいいよ、塾までの暇つぶしになるから!」
美人で優しい唯は、「2人で放課後いるの、初めてじゃない?」と嬉しそうだった。
唯の案内役の元、西高に行くことになり。2駅向こうのその場所に、西高はあるらしい。唯の家は、その向こうだそうで。
西高の最寄り駅でおり、「確かこっち」と、唯が歩く。スレンダーで、美人な唯。
「会いたい人はどんな人なの?」
「どんな人…、優しい人だよ。山本さんって言うんだけど、寒がる私に服を貸してくれたの。ブランケットも」
「そうなの?」
「うん、お兄ちゃんも同じ高校に行ってるけど、みんないい人だよ。怖い人なんていないよ」
「そっかぁ、っていうか、佳乃ってお兄さんいたの?」
我が家では、禁忌だったから。
お兄ちゃんが西高に通ってることが。
それでももう、内緒にする必要は無い。
「うん、確か唯は妹がいるんだよね」
「そうだよ。すごく可愛いの。自慢の妹!」
ニコニコと、笑っている唯に私も微笑む。
しばらくして歩いていると、西高校らしい校舎が見えてきた。──まだ終わっていないらしく、校門には誰一人もいなく。
「まだみたいだね、もう少し、待ってようか」
唯の言葉に頷き、その、校門近くで待ちながら、西高の校舎を見上げた。
ここが壱成さんが通っている高校。
不良の集まる高校と言われているみたいだけど、壁に落書きなんて、そんなものはひとつも無かった。綺麗な校舎だった。
──この校門に来て、3分程経っただろうか。唯と学校の提出物の話をしている時、足音が聞こえたような気がして。
ああ、誰か来たと、校門の方に振り向いた。その足音は速く、誰かが走っているような足音で。
誰かが早く帰りたいのかもしれない、そんなことを思いながら校門を見ていると、そこから現れたのは──……
あれ、と、頭に疑問が浮かぶのが分かった。
でもその疑問はすぐに解けた。もしかすると校舎から見えていたのかもしれない。
それで、来てくれたのかもしれない。
私のことをすぐに見つけてくれる人……。
「なんで、いる?」
ほんの少し、眉を寄せている壱成さんは、走るのをやめたらしく、私達の方に歩いてきた。壱成さんの肩は、少し上下していた。
「…あの、ごめんなさい、お借りしたものを、山本さんに返しに来たんです」
そう言って袋を差し出せば、壱成さんの眉がまた深まったのが分かる。──どうやら壱成さんは、私がここに来る事を良く思わなかったらしく……。
「聖に? なんの?」
「服と、ブランケットを……」
壱成さんが怒っている、私が無断でここに来たことを怒っている。そう思って顔を下に向ければ、壱成さんは「なんで連絡くれなかった…?」と、静かに声を出した。
「私が、直接返したくて…」
「意味は分かるが、なんで…」
「ごめんなさい……」
「謝って欲しいわけじゃない、ただ、ここは治安が悪いから、来るなら迎えに──……」
壱成さんは言葉を止めたあと、「俺に迷惑がかかるから、しなかったのか?」と、小さく呟く。
壱成さんは、私の横にいる唯を見たあと「…歩くの疲れただろう」と、優しい声を出した。
「…連絡をしなくてごめんなさい」
「できれば、これからは連絡をくれると助かる」
「……ごめんなさい」
「誰にも声はかけられなかったか?」
声?
「いや、いい。聖を呼べばいいか?」
「呼んでくださるのですか?」
「……佳乃、怒ってない。びっくりしただけだ。そんな顔をしないでくれ」
昼のお弁当もとても美味しくて、完食して空っぽのお弁当箱が入った紙袋の横に、クリーニングの袋が並んだ。
歩くことが、苦痛にならないない。
今まではふらふらしていたり、薬の影響で動けなかったり、栄養不足であまり体力がなかった。
だけどこうして口にするようになってから、ほんの少し、楽になったような気がする。
もしかすると、精神的に落ち着いてきたのかもしれない。
壱成さんから電話が来て、その電話に出る。壱成さんから電話が来て嬉しく。家に帰るまで、その電話は繋がっていた。
夜にお父さんと会っても、壱成さんのことは全く触れてこなかった。壱成さんのことを空気のように扱うお父さん…。
次の日の朝もそうだった。ずっとずっと、「おはようございます」と壱成さんが挨拶をして父の姿が見えなくなるまで頭を下げていたのに、お父さんは一切壱成さんの方を見なかった。
壱成さんと一緒に暮らしたいということも、お父さんは反対してくるだろう。
だけど、反対されても、私はずっと壱成さんと一緒にいたい。そんなことをずっと考えていたら、壱成さんに山本さんにクリーニング済みのパーカーとブランケットが入った袋を渡すのを忘れてしまい。
忘れてしまったけど、やはり借りたのは私で。私が山本さんに返さないとと思った。門限も18時になって、今日はたまたま学校も早く終わる。だから今日の帰りに、山本さんに返しに行こうと思った。
返しに行こうと思ったものの、私は山本さん……、壱成さんや、お兄ちゃんが通っている学校の場所が分からないから。
「唯、西高って、どこにあるか分かる?」
昼休み、今日も美人な唯に話しかける。
「西高? 分かるよ? 」
「どこか教えて欲しい。地図とか書いてもらっていい?」
「いいけど、西高に行きたいの?」
「うん、借りたもの返しに行きたいの」
「借りたもの……、この前言ってた人に返しに行くの?」
「ううん違うよ。また別の人」
壱成さんではなく、山本さんだから。
「んー、西高って、危なくないかな」
「危ない?」
「不良が多いって聞くから…」
不良が多い……。
確かに、壱成さんも、お兄ちゃんも、山本さんもそういう見た目な気がする。それでも3人の人達が凄く優しくて、いい人だと分かっているから。
怖い、とは思わない。
「…そうかな、私の知ってる人はみんないい人だよ」
「一人で行くの?」
「うん」
「じゃあ私もついて行くね。何かあったら駄目だし、地図よりも案内の方が確かでしょ?」
「でも、悪いよ」
「いいよいいよ、塾までの暇つぶしになるから!」
美人で優しい唯は、「2人で放課後いるの、初めてじゃない?」と嬉しそうだった。
唯の案内役の元、西高に行くことになり。2駅向こうのその場所に、西高はあるらしい。唯の家は、その向こうだそうで。
西高の最寄り駅でおり、「確かこっち」と、唯が歩く。スレンダーで、美人な唯。
「会いたい人はどんな人なの?」
「どんな人…、優しい人だよ。山本さんって言うんだけど、寒がる私に服を貸してくれたの。ブランケットも」
「そうなの?」
「うん、お兄ちゃんも同じ高校に行ってるけど、みんないい人だよ。怖い人なんていないよ」
「そっかぁ、っていうか、佳乃ってお兄さんいたの?」
我が家では、禁忌だったから。
お兄ちゃんが西高に通ってることが。
それでももう、内緒にする必要は無い。
「うん、確か唯は妹がいるんだよね」
「そうだよ。すごく可愛いの。自慢の妹!」
ニコニコと、笑っている唯に私も微笑む。
しばらくして歩いていると、西高校らしい校舎が見えてきた。──まだ終わっていないらしく、校門には誰一人もいなく。
「まだみたいだね、もう少し、待ってようか」
唯の言葉に頷き、その、校門近くで待ちながら、西高の校舎を見上げた。
ここが壱成さんが通っている高校。
不良の集まる高校と言われているみたいだけど、壁に落書きなんて、そんなものはひとつも無かった。綺麗な校舎だった。
──この校門に来て、3分程経っただろうか。唯と学校の提出物の話をしている時、足音が聞こえたような気がして。
ああ、誰か来たと、校門の方に振り向いた。その足音は速く、誰かが走っているような足音で。
誰かが早く帰りたいのかもしれない、そんなことを思いながら校門を見ていると、そこから現れたのは──……
あれ、と、頭に疑問が浮かぶのが分かった。
でもその疑問はすぐに解けた。もしかすると校舎から見えていたのかもしれない。
それで、来てくれたのかもしれない。
私のことをすぐに見つけてくれる人……。
「なんで、いる?」
ほんの少し、眉を寄せている壱成さんは、走るのをやめたらしく、私達の方に歩いてきた。壱成さんの肩は、少し上下していた。
「…あの、ごめんなさい、お借りしたものを、山本さんに返しに来たんです」
そう言って袋を差し出せば、壱成さんの眉がまた深まったのが分かる。──どうやら壱成さんは、私がここに来る事を良く思わなかったらしく……。
「聖に? なんの?」
「服と、ブランケットを……」
壱成さんが怒っている、私が無断でここに来たことを怒っている。そう思って顔を下に向ければ、壱成さんは「なんで連絡くれなかった…?」と、静かに声を出した。
「私が、直接返したくて…」
「意味は分かるが、なんで…」
「ごめんなさい……」
「謝って欲しいわけじゃない、ただ、ここは治安が悪いから、来るなら迎えに──……」
壱成さんは言葉を止めたあと、「俺に迷惑がかかるから、しなかったのか?」と、小さく呟く。
壱成さんは、私の横にいる唯を見たあと「…歩くの疲れただろう」と、優しい声を出した。
「…連絡をしなくてごめんなさい」
「できれば、これからは連絡をくれると助かる」
「……ごめんなさい」
「誰にも声はかけられなかったか?」
声?
「いや、いい。聖を呼べばいいか?」
「呼んでくださるのですか?」
「……佳乃、怒ってない。びっくりしただけだ。そんな顔をしないでくれ」