壱成さんの作ってくれたお弁当は、とてもシンプルなものだった。一段のお弁当に、半分ほどご飯が入っていた。湯掻いたらしいブロッコリー、ミートボール。そして、壱成さんが焼いたのだろう卵焼きが入っていた。
その卵焼きの形は綺麗ではなかった。折りたたんでいるような卵焼きに少しお焦げがついていた。それを見ると、壱成さんが凄く頑張って作ってくれたんだろうなって、涙が出そうになった。

一口一口が、とても美味しくて。

壱成さんもそう思ってくれるんだろうか?
壱成さんが卒業して、一緒に住むことになり、私が壱成さんのお弁当を作れば……、壱成さんも私と同じように喜んでくれるのだろうか?

夜ご飯を作って壱成さんの帰りを待っていれば、壱成さんは喜んでくれるのだろうか?

朝ご飯を作って、「行ってらっしゃい」と伝えれば、壱成さんは喜んでくれるのだろうか?

私にそばにいることだけを求める壱成さん…。



夜は、お兄ちゃんがスーパーのお弁当を買ってきてくれた。お兄ちゃんも私が食べないことを知っているらしい。気づかれたか、壱成さんがお兄ちゃんに伝えたのか。

買ってきてくれたお弁当、私の分を一口食べたお兄ちゃんは、「なんも入ってないから大丈夫」と、私に安心感を与えた。
そのお弁当は食べることが出来た。
私はお兄ちゃんと壱成さんがいなければ、食べることが出来ない。


────朝、外で壱成さんが待っているはずだから、私はお父さんよりも早い時間に家を出た。そこには壱成さんがいて、今日も小さな紙袋を持っている壱成さんを見て──……
私も、壱成さんにお弁当を作りたいと思った。


「おはようございます……」

「おはよう」

「お弁当、ありがとうございました」

「不味くなかったか?」

「とても美味しかったです。あ、あの、洗ってきました」


頭を下げてお礼を言えば、「洗わなくて良かったのに」と、空になっているお弁当を壱成さんは受けとった。

お父さんが来るから、早く家から離れようとした時、「あんたの父親はいるか?」と、私に問いてきて。

いるから、壱成さんと鉢合わせしないように慌てている私は、戸惑いながら頷いた。


「挨拶をしたいから、もう少しいてもいいか?」

「え?」

「昨日より顔色がいい、良かった」


お父さんに会うつもりらしい壱成さんは、私の顔を見て微笑む。何時から家の前で待っているか分からない壱成さんは、数分後、玄関から出てくるお父さんに、顔を向けた。

お父さんは、一瞬私たちの方に視線を向けたけど、まるで私たちがいないように視線を逸らした。

そして私たちの前を通り過ぎ、お父さんがガレージにある車の方に向かおうとした時、「おはようございます」と、真剣な、落ち着いた声が横から聞こえた。

その声は壱成さんで、え、と、壱成さんの方へ向けば、壱成さんの頭が凄く低い位置にあった。

上半身を折り、深く頭を下げ、足も揃えて……。壱成さんはお父さんに朝の挨拶をしたらしく、「壱成さん、」と、声をかけるけど、壱成さんはその深々とした礼をやめることはなく。
その礼は、お父さんが車に乗り、車が見えなくなるまで続いた。
まさか、昨日も、こんな挨拶を?お父さんに?
頭を上げた壱成さんは、「行こう」と、駅の方に歩き出す。


「壱成さん、昨日も、ずっと頭を下げていたのですか?」

「俺は好印象を持たれていないから」

「でも、だからって。……お父さんも、壱成さんを無視するなんて……」

「1晩、自分の娘と一緒にいた男だ。それは仕方ない」

「……それは、私のせいで!」

「行こう、遅れる」


お父さんが無視したことに怒っていない壱成さんは、ゆっくりと私のペースで歩き出した。

壱成さんは私が家族を好きな事を知っているから……。私のために頭を下げてくれるらしい。私のことを思って。
これ以上、家族の溝が深くならないように。


「明日から、私も頭を下げます」

「あんたはしなくていい、これは俺の問題だから」

「私も、……親からの許しを得ます」

「許し?」

「はい、4月から、──壱成さんにお弁当を作りたいです」

「──」

「私のお弁当は、壱成さんへのお礼にはなりますか?」


少し、壱成さんに寄り添うと、少し驚いた表情の壱成さんが、「それは、」と、優しい声を出す。


「一緒に住む、ってことでいいのか?」

「はい、でも、……学費は、少しでもバイトをして払おうと思います。兄が払うと言ってくれましたが、2人に守られっきりは……、私は罪悪感で学校を楽しめなくなると思うんです」

「うん」

「私、壱成さんの朝食も作りたい」

「うん」

「喜んでくれますか……?」


壱成さんはまた、穏やかに微笑むと、「毎日が幸せだな」と、私が喜ぶ言葉をくれた。