──夕食と、朝食が準備されていた。
それでも私が食べないと分かっているお母さんは、私に何も言うことなく処分していた。
作ってくれたという申し訳なさが支配する。
食べなくてごめんなさいと、お母さんに言うこともなく、私は家を出た。

家から出れば、壱成さんが言っていたとおり、壱成さんが家の前に立っていた。
私を見て、微笑んでくれる壱成さん。
壱成さんは学生服に、小さな紙袋を持っていた。
ここまで歩いて来てくれたらしい。
いったいどれだけの距離を歩いたのか。
車では15分ほどかかった距離。


「おはよう」

「おはようございます…」


約10分ほど前に、お父さんが家から出たはずだった。


「…父と会いませんでしたか?」


不安気味に呟けば、壱成さんは穏やかに笑う。


「会った。けど、何も言われてない」

「何もなかったのですか?」

「ああ、」

「……本当に……」

「あんたが不安がることは一つもないよ」


優しい壱成さんは、「行こう」と駅の方に歩き出した。壱成さんの横に並ぶ私は、こうして迎えに来てくれる申し訳なさにいっぱいだった。

お父さんと会ったらしい壱成さん。
もう少し時間をずらせば良かった。
待ち合わせはコンビニにした方が良かったのでは……。それでも私と壱成さんの関係になんの歪もない。

私の歩く速さに合わせてくれる優しい人。


「昨日の夜はどうだった?」

「……特に何も、ありません。会話もしていません」

「そうか…」

「本当に父とは何も無かったですか……?」

「大丈夫」


お父さんは壱成さんをよく思っていない。
お父さんは壱成さんに暴力をしないだろうか。
警察を、呼ぶなんてこと、しないだろうか?
それでも今警察がいないってことは、お父さんは警察を呼んでいない……?

警察を呼ばないのは、お兄ちゃんが撮った動画があるから?




「これを」


最寄り駅につき、駅のホームで電車を待っている時、壱成さんが持っていた紙袋を差し出してきた。
なんだろう?と、自然の動作で手が伸びる。
重たいようで軽く、軽いようで重い何かが紙袋に入っていて。


「……これは?」

「あんたに作ってきた」


作ってきた……?


「弁当。もし良かったら食べてくれ」


自分の目が、見開くのが分かった。
壱成さんは私のためにお弁当を作って来てくれたらしい。私が食べられないのを知っているから。
優しすぎる壱成さんは、一体何時に起きたのだろうか。私のために……。

そう思うと、お母さんもだった。
私の為に作ってくれている夕食と朝食を、私は食べることが出来なかった。お母さんだって早い時間に起きている。


「……頂いても……?」

「ああ、味は、保証できないが」

「ありがとうございます……」

「不味かったら捨ててくれ」

「食べます、全て。本当にありがとうございます……」


泣きそうになりながら噛み締めるように伝えれば、癖のように壱成さんが私の頭を撫でる。


「お礼を……」

「いい」

「でも、私は壱成さんに何のお返しも出来ていません」

「あんたがいればそれだけでいい」

「…重荷になっていませんか?」

「なに?」

「私たち、付き合っていません…。それなのにこれだけの事をしてくれるんですか?」

「…俺は別に、付き合いたいとか、求めているわけじゃない」


求めているわけじゃない?
好き同士なのに?
それはつまり、付き合わないってこと?
壱成さんが私の彼氏になることは、これからもないってこと?


「…私とは、付き合いたくないということですか?」

「そうじゃない、そんなことは思ってない」

「でも、求めてる訳じゃないって……」

「佳乃」

「……私、」

「これからもずっと一緒にいるから、付き合わなくてもいいと思っただけだ」


これからとずっと一緒にいるから?
付き合わなくていい?


「俺たちのこの関係は、変わらないから」