──ここは、壱成さんの家らしい。
静かだから、誰もいないのだと思う。


「──…ここは、この家は特殊な鍵でできていて、誰かが入るとセキュリティで通報されることになってる」


壱成さんが何かの説明をしてる。


「だから家族以外、入ったらすぐに反応する」


私をキッチンの方に連れてきた壱成さんは、「だからあんたの家族がここに入ったことは無い」と、安心させる言葉を呟いた。


「お粥を作る、俺もそれを食べる。何も入ってないと、ちゃんと証明する」


壱成さんがお粥を作ってくれるらしい。
何も入っていないと。
それはまるで、壱成さんを疑うような行為なのに。

黙り込んでいると、壱成さんが私の頭を撫でてきた。その手つきは優しく、思わず背の高い壱成を見つめてしまう。


「…壱成さんを疑っているわけじゃないんです」

「分かってる」

「…食べられなくても、怒らないですか…?」

「怖いのは分かってる。あんたがされてきた事、今まで辛かっただろう。よく耐えたなって思うぐらいだ」


辛かった…。
よく耐えた…。
壱成さんに抱き寄せられる私は、「証明はいりません…」と、壱成さんの背中に腕を回した。

こんなにも私を想ってくれる人が、毒を入れるはずないもの…。






壱成さんの作ってくれたお粥は、塩が入っていた。恐る恐るという動作もなかった。こんなにも私を想ってくれている壱成さんが作ったものだと思えば、木製のスプーンを手に取っていた。

塩が入っていたものの、そのお粥は甘く、たったひと口食べただけなのに、ポロポロとその瞬間涙がこぼれ落ちた。

今までにこんなにも、ご飯が美味しいと思ったことはあっただろうか…。


「…食べられそうか?」


泣く私に、壱成さんが横から問いかけてくる。
涙が止まらなくて、壱成さんの心のこもったお粥さえ涙が入りそうだった。


「…佳乃…」


スプーンを置き、隣にいる壱成さんに触れた。体を斜めにして、さっきのように壱成さんを抱きしめる。
その中で声を出しながら泣けば、壱成さんの腕の力が強くなり。

強いけれど、どこまでも優しい壱成さんの抱きしめ方に、また涙が溢れてくる。


「…頑張った」

「っ、う…」

「頑張ったな」

「ッ─…、ひっ、く、」

「ずっと怒られてたんだな」

「…っ、」

「俺は絶対、あんたには怒らない」

「…ふっ…、っ、…」

「あんたを苦しめたりしない」

「っ…ッ、…」

「あんたを泣かせない」

「っ、わ、…わたし、ッ…」

「うん」

「いつもっ、怖かった──…っ、」

「ああ」

「これを、口にしたらッ、明日死ぬかもって──…ッ!」

「ああ」

「わたし死にたくないッ…、生きたいッ!もう痛いこともされたくないッ…」

「うん」

「っ、ふ、っ、う」

「…頑張った、話してくれてありがとう」

「うっ、うぅ…怖い……」

「大丈夫、もう俺がいる」

「こわい……」

「頑張った、頑張ったな…」


子供をあやす様に、ずっと泣いている私を受け止めてくれた壱成さんは、私の耳元でずっと「頑張った」と私を褒めてくれた。







数十分たった頃、泣くのも落ち着き、食べることを再開させた。さすがに胃が小さくなってたみたいで、あんなにもお腹がすいていたのに、茶碗一杯でお腹が満たされた。
それでも最後の一口まで美味しかった…。


使った鍋を洗っている壱成さんの元に「…ありがとうございました」と、茶碗を持っていく。
「…良かった」っと、微笑んでくれた壱成さんに、よく分からない気持ちが込み上げてきた。

茶碗をシンクの横に置く。


「洗います、壱成さん」

「いい」

「…洗わせてください」

「本当にいい、座っててくれ。まだ顔色は悪い」


顔色が悪い…?
それでも食べたおかげで、ふらつきとかは無くなったのに…。


「なにか、すること…」

「いい、座っててくれ。あんたが倒れたら俺の心臓が止まりそうだ」


笑って言う壱成さんに、また、気持ちが込み上げてきた。私の使った茶碗を洗い出す壱成さんの背中を見つめ、後ろから壱成さんのお腹に腕を通す。
動きを止めた壱成さんは、少し戸惑いがちに後ろに向いた。


「どうした?」


その声も戸惑っている。さっきまで泣いている私を抱きしめていたのに。

壱成さんを抱きしめて分かる。私のこの込み上げる気持ちは、壱成さんを愛しいと思う気持ちだと。

それが分かった瞬間、もう少しと、壱成さんの体に回す腕の力を強めた。


「…何かあったか?吐きそうか?」


蛇口を止め、タオルで手を拭いた壱成さんは、私の方に振り向こうとする。


「壱成さんも、こんな気持ちなのですか」

「え?」

「壱成さんの事が、好きで……、すごく抱きしめたくなりました…」

「──」

「だから、ずっと抱きしめててもいい…?」


壱成さんの方を見上げる。壱成さんは体を少し傾けていたから、壱成さんの顔を見ることができた。


「…それは」


それは…?


「心臓が止まりそうだな」


壱成さんは優しく笑うと、今度こそ私の方に向いて、立ったまま私を抱きしめた。


「いっぱい心臓止まっちゃうね、壱成さん」


壱成さんの腕の中で私も笑った。


「──…俺の心臓を動かせるのはあんただけだよ」