私はこのまま何も食べられず死ぬのだろうか?
そうなると、1年後という壱成さんとの約束が守れなくなってしまう。
いやそもそも私は壱成さんと会ってもいいのだろうか?あれだけ拒絶して…。すごくすごく、壱成さんを傷つけてしまったのに…。


足が重い。耳鳴りして、キーンと頭に響く。
あと何日食べなければ人は死ぬのだろうか?
そう思って階段を登りきった時、──…見知った黒い服を見つけた。
お兄ちゃんみたいにどこの制服か分からないほどの着崩しはなく、上下とも制服を身につけているその人。
着ているものの、きちんとは着ていなくて…。

どこかを見ていたはずなのに、私が階段から登ってきた瞬間、こっちに目を向けた。
何度目だろうか。
この人はすぐに私を見つけることができる。

目が合い、見つめ合い、思わず足が止まった。どうしてここに壱成さんがいるの?──そう残りの少ない糖分で頭が考えた時、壱成さんが私の方に歩いてくるのが分かった。

1メートルあいた距離で、背の高い壱成さんは私を見下ろした。会うのは1年後のはずで…。
私に近づいてくるということは、間違いなく私を待っていたということ。


「…あんたの様子がおかしいと」

「──…?」


壱成さんの第一声が、それだった。


「ご飯を食べていないのか?」


ご飯を食べていない──…。

どうして壱成さんがそれを?
それほどふらふらしてた?
ふらつきで分かるもの?
もしかして痩せた?やつれた?
それほど外見が変わった…?
でも、まだ数日。
私の様子がおかしい?
誰から言われたの?
もしかしてお兄ちゃん…?

グルグルとよく分からない事が頭で回る。
頭が集中できていない。
素早く答えが見つけ出せない。
不思議で、不思議で。
壱成さんの存在自体が不思議でならない。


「…前から、不思議に思っていたことがありました…」

「うん?」

「わたし、それほど目立ちますでしょうか?」

「え?」


それほどふらふらしていますか?


「…人混みの中でも、壱成さんはすぐに私を見つけます。それが今まで不思議で…。壱成さんのように背も高くないですし、」

「うん」

「…どこだろう?と、キョロキョロと探したりしないですから」

「あんたを探さないってことか?」

「…探さないというか、すぐに見つけるというか…」

「俺はいつでもあんたを探してるよ」


いつでも探している?
それはどういう意味か。
壱成さんは、私を探したりなんて──


「──…俺はずっとあんたを探してた」


壱成さんが何を言っているのか分からないのは、私の脳の糖分が足りていないせいか。


「それが、…先程の答えですか?」

「答えというか、あんただけしか見てないって意味」

「壱成さん……」

「うん」

「私が今ここで…、」

「うん」

「…会いたかったと言えば怒りますか?」


壱成さんの顔が見れない。
それでも分かったことがある。壱成さんと私の距離が縮まった。なぜなら私の視界の中に壱成さんの靴が入ってきたから。

耳鳴りの中、ジャリ…とした壱成さんが靴で砂を踏んだ音がしたような気がした。


「俺が約束を破ってあんたに会いに来た。怒られるのは俺の方だ」


怒るはずない──…。
優しい壱成さんに、怒ることなんてひとつもない。だって私を心配で来てくれたんでしょう?


心配で…。


「…嫌いになるか?」


なるわけない。
でも、もう、私は──…。


「…食事が、怖いんです…」

「しょくじ?」

「それで、食べられません…」

「…いつから?」


優しいのに、壱成さんの声のトーンが変わった気がした。


「壱成さんと別れてから、ひと口も…」

「……あの朝飯から?」

「すみません…、だから1年後でも、壱成さんとの食事は行けそうにないです…。申し訳ありません…」

「そんなことはいい」


…そんなこと?


「何も食べられないのか?」

「……それは、コンビニなどでという意味ですか?なら、無理です…」

「…飲み物は…」

「水道水しか…」

「あの朝飯から?」


小さく頷けば、壱成さんの体が動いたような気がした。「だから…」と、小さな壱成さんの声が聞こえて。


「…薬が入ってるかもしれないから?」

「…はい」

「あんた自身が、作ろうとしても?」

「…鍋などに、入ってるかもしれないと思うと…」

「……」

「ごめんなさい…」