リビングに行けば、私のスマホが机の上に置かれていた。返してくれるらしい。でももう壱成さんの番号は消されているだろうし、私の番号も変わっているだろう。
壱成さんとは連絡がとれない。
お兄ちゃんに聞く?
いやでも、壱成さんのことはこれから〝私自身〟がしたい。

昨晩、ずっと壱成さんと起きていたから少し睡眠不足だけれど、そのせいで学校を休むわけにはいかない。

お父さんとお母さんは私がお兄ちゃんと話し合い、学校の準備をしているうちに仕事に行ってしまったらしい。スマホの横には弁当と水筒があって。お弁当を見つめた私は、その弁当の蓋をあけた。

そのお弁当は、私がアレルギーとして食べることが出来なかった食材が使われていた。
学校にアレルギーがあると伝えているのに、このお弁当を持っていけるわけがなく。
そのお弁当は夜に食べようと、冷蔵庫の中に入れた。
水筒の中にあったお茶は、どうしても飲もうと思えなかった。薬なんてもう、ないと分かっているのに。もしかしたら入っているかもという気持ちが止まらない。

──飲めない…。
お母さんごめんなさい…。

そう思いながら水筒は机に置いたまま、私は家を出た。


一睡もしていない日の授業は眠く、ウトウトしながら考えるのは壱成さんだった。
壱成さんは今頃眠っているのだろうか。それとも起きたまま学校へ行っているのだろうか?どちらでも申し訳なくてたまらなかった。
眠っているのなら、私のせいで学校へ行けないってこと。起きたままならこうして睡魔と戦っているのだろう。

昼休みの時間に少しだけ仮眠した。
少しすっきりしたものの、まだまだ眠く。ぼんやりとしたまま帰宅し誰もいないリビングの中に入る。

誰が捨てたのか。
ううん、きっと兄が捨てたのだろう。
空っぽの水筒がシンクの中に置かれてあった。罪悪感があるのに、自分の心の中に安心という気持ちが芽生えるのが分かる。
朝も昼も何も食べてなく、お腹がすいてお母さんが作ってくれた弁当を食べようとしたけど。
何故が冷蔵庫を開けることが出来なかった。

キッチン棚に置いているコップを取りだし、それを洗剤でよく洗ったコップを使い水道水の水を飲んだ。
体はお腹がすいているらしく、空腹時特有の音が鳴る。それでも食べることができない…。


──お母さんが何かを入れてるかもしれない


そう思えば食べることができなかった。


少し休もうと自室に行き、イスに座ろうとすれば、とあるものが視界に入ってきて、ああそうだったと思い出す。


山本さんのパーカーの服と、ブランケットを借りたままだった。
返さなくちゃ…。
どうやって…。
お兄ちゃんに頼む…?
いやでも、私が借りたものだから…。
西高に行けば会えるだろうか?
ううん、行こうにも門限が…。
その前にまずはこの服とブランケットをクリーニングに出さないと。
そのお金は…?
前にお兄ちゃんから貰ったお金を使う?
でもあのお金は……。

だめ、頭がうまくまわらない。
お腹がすいた。
眠たい。
──寝よう…。

制服から私服にさえ着替えず、机にふせて私は眠った。
一体どれだけ眠ったのか。
「ご飯よ」と、私を呼びに来たお母さんに起こされた。もう窓の外は暗かった。
今から夜ご飯らしい。
夜ご飯…、私には弁当がある。ご飯…、ご飯、ご飯。──お母さんの作ったご飯…。


「…ごめんなさい、食欲ない…」


本当は凄くお腹がすいているのに。起きたばかりでもお腹がすいていると分かっているのに、──どうしても食べるのが怖い。

「そう」と、あまり深く考えていないような返事をしたお母さんは、部屋から出て階段を降りていく。



翌朝もそうだった。もう食べてもいいらしいトーストが用意されていた。バターを塗られたトーストと、コーヒー。きゅるきゅるとお腹は鳴っているのに。


「ごめんなさい…食欲が…」


私の言葉に、お母さんはに何も言わず、トーストがのったお皿を自分の元に下げた。
謝罪の言葉を心の中で思っていると、「門限、」と、お母さんが呟いた。

「6時になったから」と。


「え…?」

「分かったわね」


門限が6時になった。
どうして。
いつも学校が終わればすぐに帰るようにって。私が外の楽しさを覚えないように。


「いいの…?」

「成績が下がるようなら元の時間に戻すから」


成績が下がるのようなら。
頷いた私に、お母さんは顔を逸らした。まるで私の顔を見ないように。その仕草は、お兄ちゃんに対してする行動そのもので。

お母さんの中で、私の存在は歪になったらしい。昨日のお弁当の中はゴミ袋に捨てられていた。