──壱成さんがベットの上で座り、私は壱成さんの足の間に座り背中を預けるようにもたれて座った。「重くないですか?」と聞いても、「あんたは軽すぎる」とそのまま後ろから私を抱きしめる。
軽すぎる……、ご飯は主にサラダばかりだから。
座って壱成さんに背中を預けるこの姿勢は、ソファに座るよりも心地よかった。
「兄に、朝に帰ると連絡したのですか?」
「ああ、──…圭加は、この現状を止めようとしているのか?」
「はい、だからあと1年の我慢なんです」
「…あと1年?」
「兄が、お兄ちゃんが高校を卒業したら、家を出ようって言ってくれているんです」
「卒業?」
「はい、私は退学ということになりますが…」
「……そうか、だから、」
「だから?」
「圭加は昼も夜もバイトをしてる、金を貯めるためだったんだな」
昼も夜もバイト。
あまり、家に帰らず、学校も行かず、ずっと外にいるお兄ちゃん……。
「壱成さんは兄を知ってましたか?」
「名前だけは」
「名前だけ?」
「頭がいいとは聞いていた」
「そうなんですね。お兄ちゃん、中学の時は、成績1番でしたから」
思い出すようにクスクスと笑った。
「だからこそ、やめた兄を、両親は許さないんだと思います」
「あんたは」
「…?」
「……あんたは嫌じゃないのか」
「両親をですか?」
「ああ、あんたにしてる事は虐待だろう」
「そうですね、虐待に入るのだと思います。それでも、やっぱり私の中では家族なんです…。だから虐待として捕まって欲しいという考えは無くて…」
「…うん」
「両親には、何もしないでください…」
「……あんたはそれでいいのか」
「はい、あと1年だけ……。1年経てば、私はきっと自由になりますから」
笑いながら後ろに振り向けば、険しい顔をした壱成さんと目が合う。
「あんたが明日帰れば、また飲まされるって事だろう」
「…大丈夫です」
「あんたが犠牲になる必要は無い…。耐えられない」
「……大丈夫ですよ」
「なんで望まない、親から離れたいって」
「離れたいです、離れたい、ですけど、私の両親ですから……嫌いにはなれないんです」
「……」
「壱成さんとは、しばらく会えないと思います」
「……」
「1年後に、また会ってくれますか?」
「あんたは、」
「はい」
「死ぬかもしれない、それでもいいのか」
死ぬかもしれない……。
それは分かっていたこと。
お母さんからの薬の量が増えれば。
「はい、いいです。もう壱成さんに会いたいという願いは叶ったので」
笑って言えば、壱成さんの眉が寄せられるのがわかった。
「俺に何もするなと?」
「……はい」
「あんたの顔が痣だらけでも。また倒れても、帰りたくないって家出しても、これからは何もするなって言ってんのか?」
「……はい」
「あんたが死んでも、あんたの親には何もするなって?」
「はい……」
「………」
「壱成さん、これは手が乾燥しているんですか?」
私は話を変えるために、壱成さんの手に触れた。壱成さんの左手の指……。指の付け根の関節部分に触れた。少し膨らみがあり、かと言って柔らかくなく硬く。部分的に乾燥しているようだった。
「……」
「壱成さん?」
「…これは、拳ダコって言って、殴るとできる」
「けんだこ?」
「血が出たり、そういうのを繰り返す度に薄かった皮膚が硬くなる。だからこんなふうになってる」
「そうなのですね、勉強になりました」
笑って言えば、どうしてか壱成さんに「悪かった…」と謝られた。なぜ壱成さんが謝るのか全く分からず、「え…?」と、困惑する。
「この傷、殴られたのは俺と関わったからだろう」
「壱成さん……」
「分かるから。殴られて痛いのは」
「……」
「……悪かった……」
「壱成さんは何も悪くないです」
私は壱成さんが好き、壱成さんも私のことを好きでいてくれて。
そんな壱成さんとは、夜が明けるまでたくさん話をした。
お父さんが用意した内容を、全て壱成さんの口から聞くほど、たくさん話をしたと思う。
その日の夜は、今までの人生の中で1番楽しかった。