「……高価?」

壱成さんは、少し顔を傾けた。


「髪留め…」

「ああ…、あれはそんなに高いもんじゃない」

「違うんです、買わせてしまったんです」

「うん?」

「あれは、私が嘘をついて買わせてしまったものなんです」


また泣いてしまいそうになって。
いつの間にか暖房がきくこの室内は、暖かくなっていく。


「っ、わたし、アレルギーなんて、本当は無くて…!」

「うん」

「ないんですっ」

「うん」

「壱成さんに嘘をついてましたっ…」

「うん」

「アレルギーなんて、なくて、」

「うん」

「スポーツドリンクだって、飲めるんです…」

「うん」

「ごめんなさい……」

「なんで謝る?」

「私は、健康です、病気になりやすいなんて嘘なんです……」

「うん」

「嘘をついていてごめんなさい……」


ポロポロと涙を流しながら両手で顔を隠せば、本当に自分はどうしようと無い、愚かな人間だと死にたくなった。

顔を隠している私の手が、何かに触れた。そこには力の籠っていない私の手を退かし、見えた私の顔を見つめる壱成さんがいて。


「家に帰りたくないんだな?アレルギーもない?」


壱成さんの声は、先程と同じで優しく。


「本当なら、明日の朝に送ろうと思ってた。けどはあんたが何も食べられないし…。その、なんだ、水分も取れないから、出来るだけ早く家に帰った方がいいと思ったんだ」

「……──」

「何が食べたい?」

「……壱成さん、」

「何か食べよう」


なんで、嘘をついた?
その言葉を言わない壱成さんは、立ち上がると、机の上においていた冊子をとる。それは間違いなく、何かの料理が乗っている本で。


「お、怒ってないのですか?」


焦った私は、立ち上がって、壱成さんの方に近づいた。


「怒る?」

「だって、たくさん、嘘を……」

「あんたは、」


私が?


「理由もなく、そんなことを言わない。何か訳があるんだろう?」


理由……。


「怒るわけない」


優しすぎる壱成さんは、冊子を持っていない方の手を私の頭に伸ばしてきた。そのまま頭を包み込むように頭を撫でてきた壱成さんは、力を入れ私を抱き寄せる。


「…あんたに怒るわけない」


私の頬は、壱成さん胸元にあたる。
着替えたばかりの壱成さんの服に涙が滲むのが分かった。
優しすぎる人……。


「…………複雑で……」

「うん」

「複雑すぎて、」

「…何が複雑?」


私は、壱成さんの服を掴んだ。


「………家庭が、複雑で」

「うん」

「この頬は、父に、叩かれました」


私を抱きよせる壱成さんの腕の力が、僅かに強くなるのが分かった。


「──…他の、痣は、母です」

「…叩かれているのか?」


声が、優しい。


「いえ、叩かれた、ことは……1度もありません」


叩かれた、ことは、1度も。


「……母が、入れる、飲み物には何かが入ってます……」

「──…何?」


優しかった声が、一瞬にして低くなるのが分かった。


「母は、〝代理ミュンヒハウゼン症候群〟という病気なんです…」