私はまだ分からなかった。


「……お兄ちゃんが壱成さんに?」

「うん」

「あの、よく分からないのですが、」

「え?」

「お兄ちゃんが私を探して……、どうして壱成さんに連絡をしたんですか?」

「んー、〝俺ら〟に探せって言ったのは壱成さんだからかな?」


〝俺ら〟──。俺らとは、いったい何人か。

山本さんは「寒くない?」「どこか店入ろう」と言ってきたけど、私は曖昧な返事しか出来なかった。出来なかったのはまだこの現実に、頭が追いついていないからか。

しばらくしてロータリーに1台のバイクが入ってきた。音が静かなそのバイクは、猛スピードでロータリーに入ってくる。雨はもう小雨。直に止む、そんな降り方をしていた。
猛スピードで入ってきたバイクは、私たちの前に止まる。ヘルメットさえしていないその人は、バイクを置いて走ってくる。
走って、──私の前に来て、一瞬眉を寄せて怒っているような顔をしたけど、その人が優しいことを知っている私は、「……すみません」と声を出した。


「……聖、バイクにブランケットつんでるから持ってきてくれるか?」

「はい、すぐに持ってきます」


山本さんがバイクの方に向かって走る。パシャパシャと水の弾く音が聞こえた。


「マスクを、」

「……」

「マスクを外してもいいか?」


聞いたことのある言葉だった。
駅のホームで倒れた時も、そう言われた。


「……ごめんなさい……」

「見せてくれ」

「私、もう、壱成さんとは──」

「見るぞ」

「ごめんなさい──……」


壱成さんが、私の耳にふれ、マスクをゆっくりと外す。そして頬の痣を見て、眉が寄せられるのが分かった。険しい顔をして、また、そのマスクは耳にかけられ戻される。


「持ってきました」


山本さんが、壱成さんに茶色いブランケットを渡し、受け取った壱成さんは、山本さんのパーカーの上からそのブランケットを被せてきた。
壱成さん髪はずぶ濡れで、服も全てが濡れていた。
いつから。
いつから壱成さんは私を探してたんだろう。


「聖、バイク頼めるか?」

「はい」


山本さんが、バイクの方に歩いていく。


「佳乃」


背の高い壱成さんが、少し屈んで私の顔を見つめる。


「……ごめんなさい……」

「佳乃?」

「ごめんなさい……」

「なんで謝る?」

「ごめんなさい…………」

「佳乃、」

「わたし、いっぱい、嘘を……」

「うん」

「…わたし、壱成さんに嘘を──……」

「うん」

「わ、わた、わたしが、喋りたいって……なのに、会いたくないって……」

「そんなことはいい」

「わたし、わたしが、」

「佳乃、いいから」

「──…で、でも、──…」

「他に怪我は無いか?」

「わたし──……」

「ここ以外、怪我は無いか?」

「いっせい、さ」

「寒かっただろう、遅くなってごめんな」


壱成さんが、痣の無い方の頬をさすった。
壱成さんは私が痣が出来やすいことを知っているのに、〝怪我は無いか〟と尋ねてくる。
その指先が冷たすぎて、涙が出そうになった。


「なんで、そんなに冷たいの……」


目の奥が熱くなって、涙腺が緩み出す。


「なんで、いるの……」

「うん」

「なんで、壱成さんが私をさがすの……」

「うん」

「どうしてお兄ちゃん、壱成さんに言うの、」

「好きだから」


壱成さんが、泣いている私を見つめる。


「あんたのこと好きだから…。探すに決まってる」

「すき…?」

「寒くないか? 痛いところは?」

「…わたしのこと、好きなんですか?」

「…ああ、」


どちらが?
お兄ちゃんが?
壱成さんが?
どちらが私の事を好きだから探してたの?


「……何があった?」

「……」

「誰があんたを泣かせた」

「……っ…」

「誰があんたを殴った?」

「……壱成さん…、」


壱成さんの低い声が、耳に届く。


「誰があんたに嘘をつかせた?」