歩いても歩いても、知らない道が続く。だけど歩き続けていれば体も疲れてきて、どこかで体を休もうとしたけど、私はお金を持っていなくて飲食店に入るわけにもいかない。
雨の強さは強くなったり、弱くなったりする。
腕時計の時間を見れば夜の7時頃で。もうお父さんが帰っている時間だ。きっと家は今頃騒動になっているだろうな、と考えたら、自分は今なんてことをしているんだろうと思ったけど。
私の足は家の方向には向かない。
ゆっくりと歩いていればどこかの駅へと続く道を見つけて、念の為にここはどこだろうと、駅の名前を確認した。
だけどいつも私が使っている路線ではなく、聞いたことの無い駅名に少し顔を傾けた。
もしかすると本当に迷子になったのかもしれないと思ったら笑えてきて。
笑えてきたけど、もう身体的に疲労が溜まっていたらしく、駅前のベンチはもう濡れて座れないから、立ったまま一先ず休憩する事にした。
私のスマホはお母さんが持っているし、私に電話がかかってくることは絶対ない。──ああ、でも、お兄ちゃんには電話をしておこうかと思ったけど、お兄ちゃんのスマホの番号を知らない私はその考えを諦めた。
腕時計の時間は───午後8時。空は真っ暗。
その空を見ていると、また、笑えてきて。
──私はこの数年間、夜の空の下で歩くこともなかった。それほど両親に大事にされていたらしい。
私がいる駅の帰宅ラッシュも終わったらしく、午後9時頃になれば、もうあまり人はいなかった。バスも時間的に運行していないらしく、ロータリーでタクシーの順番待ちをしている仕事帰りのサラリーマンの後ろ姿を眺めていた。
秋の季節の夜は寒く、少しずつ足先や指先が震えてくるのが分かった。それでも家に帰ろうとは思わないし、思いたくもなくて。ただぼんやりもして、タクシーの順番待ちをしていたサラリーマン男性がタクシーに乗り込む光景を見ていた時、「あ、あの、」と小さな声がした。
小さい声と思ったのは、雨で声が消されたせいか。それでも、私に話しかけられてると分かったのは、私の持っている傘で隠れていない足先がすぐ傍だったから。
顔と、傘を動かして左斜め前を見れば、黒い傘をさしながら息を荒くした男の人がいた。
肩を上下に動かして、まるでずっと走っていたような息の荒さ。ああもしかしたら、その息の荒さのせいで男の人も上手く声が出なかったのかもしれない。
男の人と言っても若く、同い年か、少し上か。黒色の──学ランのズボンをはいていた。そしてお兄ちゃんのように黒色のパーカーを着て……、明るいブラウン系の髪色をしていて、その人と目が合うけど、知り合いではなく……。
「はい?」
そう返事をすれば、その男の人の目が軽く見開くのが分かった。同い年らしい学生のその人の視線は多分、マスクから出ている痣。
「白鳥高校の子? 何年生?」
2秒ほど、間をあけた彼の声の息の荒さは無くて。よほど運動をしたのか首筋には汗をかいていた。そして傘をさしたまま走ったらしく、服もかなり濡れていて。
この人は誰だろう?
どうしてそんなことを聞くんだろう?
もしかして白鳥高校の子の誰かと知り合いなのだろうか……。
「……そうですけど」
「間違ったら悪いんだけど、圭加くんの妹?」
圭加、お兄ちゃんの名前を言ってきた彼…。ああ、と、そこで気づく。この人はお兄ちゃんと同じ制服というか、同じ着方をしている。
もしかしたらこの人はお兄ちゃんの友達かもしれない。
だけどどうして私がお兄ちゃんの妹だと知っているんだろう?
「あの……、誰ですか?」
「あ…、俺は圭加くんの後輩で。山本って言うんだけど」
山本……?
後輩……。
ということは1年生?私と同い年?
中学の後輩か、それとも高校の後輩か。
というよりもどうして私を知ってるの……。
「君は佳乃ちゃん?」
返事をしてもいいのだろうか?
私の名前も知っている。
白鳥高校の1年生で、兄に圭加という名前で、探し人が佳乃という名前なら──間違いなく私の事だろう。
あ、いや、もしかすると──……
「お兄ちゃんが探しているんですか?」
家に帰ってこない、と、この人に頼んで一緒に探していたのかもと、思った。
「いや、…まあ、そうなんだけど…。ちょっと待って電話する」
そう言った山本という人は、傘を持っていない反対の手の方でスボンのポケットからスマホを取りだした。電話をするらしく、スマホを耳に当てたその人は「──…聖《ひじり》です、あの、見つけました」と、静かに声を出した。
少しだけ歩いて私から遠のき、私のことを視界に入れたまま、山本さんは電話をする。
「はい、──駅のロータリーに。……──……顔に痣が──……。──毛布を…──」
雨のせいでまた声が聞こえにくくなり、あんまり山本さんの声が聞こえなかった。だけどすぐに電話が終わったらしくて、──またぼんやりとしていたら、「これ着て」と、自身の着ていたパーカーを差し出してきた。
そんな山本さんは薄い長袖のTシャツ1枚になっていて。
「え……、」
「風邪ひくから」
「……大丈夫です、」
「うん、でもすげぇ震える。風邪ひくし、羽織るだけでもいから着ててほしい」
「……お兄ちゃん、怒っていましたか?」
「え?」
「怒っていました?」
「いや、焦ってはいたけど…」
「もう怒ってませんでした?電話の声」
「ん?」
「お兄ちゃん、今からここに来るんですか?」
「うん、今場所言ったから、圭加くんに連絡行って来るはずだけど…。怒っているかは…」
「…………?」
「服、羽織らしていい?」
なんだが、山本さんの言葉がおかしい気がして。
お兄ちゃんに電話をしたのに、どうしてお兄ちゃんの声が、分からないのか。
「あの、」
「うん?」
「今の電話の人は、誰ですか?」
山本さんは震えている私に、自らのパーカーをかぶせながら、はっきりとした口調でこう言った。
「──今の?今のは壱成さん」
どうしてここで壱成さんの名前が出てくるのか分からなくて。──え?と、頭の中に『?』のマークが思い浮かぶ。
──壱成さん?
壱成さんって、あの壱成さん?
「どうして、」
「え?」
「どうして壱成さんが……」
「圭加くんが妹を探してくれって、壱成さんに頭下げてたから」
「……え?」
「見つかって良かったわ、」
そう言った山本さんは、少し笑みを零し、穏やかな表情を見せた。
雨の強さは強くなったり、弱くなったりする。
腕時計の時間を見れば夜の7時頃で。もうお父さんが帰っている時間だ。きっと家は今頃騒動になっているだろうな、と考えたら、自分は今なんてことをしているんだろうと思ったけど。
私の足は家の方向には向かない。
ゆっくりと歩いていればどこかの駅へと続く道を見つけて、念の為にここはどこだろうと、駅の名前を確認した。
だけどいつも私が使っている路線ではなく、聞いたことの無い駅名に少し顔を傾けた。
もしかすると本当に迷子になったのかもしれないと思ったら笑えてきて。
笑えてきたけど、もう身体的に疲労が溜まっていたらしく、駅前のベンチはもう濡れて座れないから、立ったまま一先ず休憩する事にした。
私のスマホはお母さんが持っているし、私に電話がかかってくることは絶対ない。──ああ、でも、お兄ちゃんには電話をしておこうかと思ったけど、お兄ちゃんのスマホの番号を知らない私はその考えを諦めた。
腕時計の時間は───午後8時。空は真っ暗。
その空を見ていると、また、笑えてきて。
──私はこの数年間、夜の空の下で歩くこともなかった。それほど両親に大事にされていたらしい。
私がいる駅の帰宅ラッシュも終わったらしく、午後9時頃になれば、もうあまり人はいなかった。バスも時間的に運行していないらしく、ロータリーでタクシーの順番待ちをしている仕事帰りのサラリーマンの後ろ姿を眺めていた。
秋の季節の夜は寒く、少しずつ足先や指先が震えてくるのが分かった。それでも家に帰ろうとは思わないし、思いたくもなくて。ただぼんやりもして、タクシーの順番待ちをしていたサラリーマン男性がタクシーに乗り込む光景を見ていた時、「あ、あの、」と小さな声がした。
小さい声と思ったのは、雨で声が消されたせいか。それでも、私に話しかけられてると分かったのは、私の持っている傘で隠れていない足先がすぐ傍だったから。
顔と、傘を動かして左斜め前を見れば、黒い傘をさしながら息を荒くした男の人がいた。
肩を上下に動かして、まるでずっと走っていたような息の荒さ。ああもしかしたら、その息の荒さのせいで男の人も上手く声が出なかったのかもしれない。
男の人と言っても若く、同い年か、少し上か。黒色の──学ランのズボンをはいていた。そしてお兄ちゃんのように黒色のパーカーを着て……、明るいブラウン系の髪色をしていて、その人と目が合うけど、知り合いではなく……。
「はい?」
そう返事をすれば、その男の人の目が軽く見開くのが分かった。同い年らしい学生のその人の視線は多分、マスクから出ている痣。
「白鳥高校の子? 何年生?」
2秒ほど、間をあけた彼の声の息の荒さは無くて。よほど運動をしたのか首筋には汗をかいていた。そして傘をさしたまま走ったらしく、服もかなり濡れていて。
この人は誰だろう?
どうしてそんなことを聞くんだろう?
もしかして白鳥高校の子の誰かと知り合いなのだろうか……。
「……そうですけど」
「間違ったら悪いんだけど、圭加くんの妹?」
圭加、お兄ちゃんの名前を言ってきた彼…。ああ、と、そこで気づく。この人はお兄ちゃんと同じ制服というか、同じ着方をしている。
もしかしたらこの人はお兄ちゃんの友達かもしれない。
だけどどうして私がお兄ちゃんの妹だと知っているんだろう?
「あの……、誰ですか?」
「あ…、俺は圭加くんの後輩で。山本って言うんだけど」
山本……?
後輩……。
ということは1年生?私と同い年?
中学の後輩か、それとも高校の後輩か。
というよりもどうして私を知ってるの……。
「君は佳乃ちゃん?」
返事をしてもいいのだろうか?
私の名前も知っている。
白鳥高校の1年生で、兄に圭加という名前で、探し人が佳乃という名前なら──間違いなく私の事だろう。
あ、いや、もしかすると──……
「お兄ちゃんが探しているんですか?」
家に帰ってこない、と、この人に頼んで一緒に探していたのかもと、思った。
「いや、…まあ、そうなんだけど…。ちょっと待って電話する」
そう言った山本という人は、傘を持っていない反対の手の方でスボンのポケットからスマホを取りだした。電話をするらしく、スマホを耳に当てたその人は「──…聖《ひじり》です、あの、見つけました」と、静かに声を出した。
少しだけ歩いて私から遠のき、私のことを視界に入れたまま、山本さんは電話をする。
「はい、──駅のロータリーに。……──……顔に痣が──……。──毛布を…──」
雨のせいでまた声が聞こえにくくなり、あんまり山本さんの声が聞こえなかった。だけどすぐに電話が終わったらしくて、──またぼんやりとしていたら、「これ着て」と、自身の着ていたパーカーを差し出してきた。
そんな山本さんは薄い長袖のTシャツ1枚になっていて。
「え……、」
「風邪ひくから」
「……大丈夫です、」
「うん、でもすげぇ震える。風邪ひくし、羽織るだけでもいから着ててほしい」
「……お兄ちゃん、怒っていましたか?」
「え?」
「怒っていました?」
「いや、焦ってはいたけど…」
「もう怒ってませんでした?電話の声」
「ん?」
「お兄ちゃん、今からここに来るんですか?」
「うん、今場所言ったから、圭加くんに連絡行って来るはずだけど…。怒っているかは…」
「…………?」
「服、羽織らしていい?」
なんだが、山本さんの言葉がおかしい気がして。
お兄ちゃんに電話をしたのに、どうしてお兄ちゃんの声が、分からないのか。
「あの、」
「うん?」
「今の電話の人は、誰ですか?」
山本さんは震えている私に、自らのパーカーをかぶせながら、はっきりとした口調でこう言った。
「──今の?今のは壱成さん」
どうしてここで壱成さんの名前が出てくるのか分からなくて。──え?と、頭の中に『?』のマークが思い浮かぶ。
──壱成さん?
壱成さんって、あの壱成さん?
「どうして、」
「え?」
「どうして壱成さんが……」
「圭加くんが妹を探してくれって、壱成さんに頭下げてたから」
「……え?」
「見つかって良かったわ、」
そう言った山本さんは、少し笑みを零し、穏やかな表情を見せた。