壱成さんがプレゼントしてくれた髪留めは細くて黒く、規則が厳しい白鳥高校でも使用できるもので。
それを考えて壱成さんは私にプレゼントしてくれたのだろう。

────お風呂から上がり、もう夜ご飯も食べていたから自室に戻ろうとした時だった。今まで寝ていたのか、お兄ちゃんが欠伸をしながら出てきた。
階段を登っている私と目が合うと、「アイツらは?」と、2階から階段下の方へと目を向けた。


「2人ともリビングにいるよ」

「だる…」


本当にだるそうに、怪訝そうに呟いたお兄ちゃんは階段の途中いる私の横を通り過ぎようとして。


「夜ご飯?」

「外で食ってくる」

「遊びに行くの?」

「呼び出された」


呼び出された?
誰に?
友達に……?
夜遅くの今まで寝ていたお兄ちゃんは、今から出かけるらしく。


「お兄ちゃんって、学校行ってるの?」

「いや?あんまし。なんで?」


なんで……。


「お兄ちゃん…、3年生の人と関わりある?」

「3年?なんで?」


なんで……。
なんで。


「……ううん、なんとなく」

「ふうん、あんまり関わんなよ」

「どうして?」

「アイツらが良く思わないだろ」

「……」

「まさか、関わったのか?3年と」


眠たそうな声から、はっきりした口調に変わったお兄ちゃんは、下から私を見上げてくる。


「関わってるっていうか……」

「名前は?誰?」

「……名字は分からないけど、壱成さんって人……」

「壱成?」


眉を寄せ、目を見開いたお兄ちゃんは「は? それって、あの壱成さん?」と、全く分からない事を言ってくる。
あの?
あのとは?


「……さあ、分からないけど……」

「どんな人?外見とか」

「背の高い人だよ。すごく優しい人」

「……優しい?じゃあ違う壱成か?」

「壱成さんって何人かいるの?」

「さあ、3年のことあんま知らねぇし。俺の知ってる壱成さんはすげぇ怖いし」

「……」

「まあ、あんま関わんな。頭悪いやつもいるし、アイツらにバレたらやばいだろ」

「うん……」

「佳乃」

「なに?」

「帰り、お前の好きなアイス買ってくるわ。何時に戻るか分かんねぇけど」


私は沢山、壱成さんに〝嘘〟を──……。

罪悪感から、壱成さんがプレゼントしてくれた髪留めを使って勉強することが出来なかった。大切に壊れないように、引き出しの中に入れた。

ごめんなさい
ごめんなさい壱成さん……。
罪悪感が芽生えるのに、私は〝真実〟を伝える事ができない。


そんな事を考えていたら勉強に集中ができなくて、シャーペンを握りしめながらただぼんやりとノートを眺めていた。
ぼんやりとしていた私を目覚めさせたのは、──コンコン、という自室の扉をノックをする音で。

その音を聞いて、手を握りしめた私は「はい」と返事をする。


「佳乃?ちょっといい?」


中に入ってきたのは、お母さんで。


「うん、なに?」


お母さんが持っているのは、A4サイズの紙。


「この、毎日電話している方は誰なの?」


見せられたのは、〝通話料明細書〟と書かれた紙だった。──その紙を見て、一瞬にして全身に汗をかいたのが分かった。冷や汗が流れ、顔が蒼白になるのが分かる。
そこに書かれていたのは、いつ、どの番号と電話をしたかの明細書で。
どうして明細書なんて。
今までそんなの無かった……。
いや、あった?
あったけど、今まで私は家族以外と連絡をしてなかったから見せてこなかっただけ?

ううん、今考えるのはそれじゃない。
──バレた。
壱成さんとの関わりを。


「通話料はかかってないから、向こうから電話をかけてくれているのね。だとしたら男の人かしらね」

「、……──」

「佳乃」

「お、お母さん、」

「スマホを出しなさい」

「違うよ、彼氏とか、そういうのじゃない…」

「出しなさい」

「お母さん……」

「出しなさい」

「………………」


手汗をかいたその手でスマホを渡す。お母さんはそのスマホを見て「中は見ないけど、」と、パスワードがかかっている私のスマホの電源を切ったあとポケットの中に入れた。


「分かってるわね、佳乃」

「……うん……」

「この番号の拒否と、番号の変更をしておくから」

「……うん……」

「……圭加(よしか)の影響だわ」


忌々しく、お兄ちゃんの名前を呟いたお母さんは、部屋から出ていく。お母さんにバレた。
きっとお父さんの耳にも入るだろう。
いったい、門限は何時になるのか。
また私は──────。


──その日はもう、勉強をすることができなかった。


お兄ちゃんごめんなさい……

ごめんなさい壱成さん……。

壱成さんと連絡がとれない。

私はもうあなたとは会えない。