午後3時半、の5分前。
後片付けをして壱成さんの方へと向かう。壱成さんはあれから3時半まで1時間半ほどあったものの、私の方には来なくて。
ずっと雑誌を読んでいたらしい壱成さんは荷物を待って歩いてきた私の方に顔を向けてくると、イスから立ち上がった。
「悪い、雑誌戻してくる」
私にそう言ってくると、バイクの雑誌ではなく、スポーツ系の雑誌を棚に戻すために壱成さんは足を進めた。すぐに戻ってきた壱成さんは「帰ろうか」と、柔らかく微笑む。
初めて壱成さんを見た時、──声が低く、電車の中で座っていた私を壱成さんが見下ろしていたから、少し怖そうな人だと無意識に思ってしまったのを思い出した。
それでも私の傘を持って追いかけてきてくれて、貧血で倒れた私を運んでくれて。
何度も私のことを助けてくれる優しい人。
「家まで送る」
図書館から出て壱成さんがそう言ってきてくれるのも、凄く優しいからなんだろう。
「そ、そんな。大丈夫です…」
「あー…、迷惑だったりするか?」
「迷惑なんて、違います。送ってもらうのは申し訳なくて…」
「考えたくないけど、もしもってことがあるから」
「もしも?」
「ああ、事故とか…。また倒れたりって思うと。だから送らせて欲しい」
また倒れたり。
そう言われると、これ以上拒絶することが出来なくて。かといって、家まで送ってもらっている姿をお母さん達に見られれば、──きっともう、私は一生、壱成さんに会えない。
「では、家の近くのコンビニまでお願いできますか?家はそこから2分ほどの距離なので」
「コンビニまででいいのか?」
「はい」
壱成さんは頷いた後、歩きながら「荷物は重たくないか?」と今度は私の荷物を持ってくれようとして。
本当に、どこまでも優しい壱成さんに戸惑う自分がいた。どうしてそこまで私に優しくしてくれるのか。
元々、優しい性格を持つ人なのか。
「壱成さんは優しいですね」
「優しい?」
壱成さんが、ほんの少し驚いた声を出した。
「はい、いつも私を助けてくれますから」
「……」
「壱成さん?」
何も言わない壱成さんを見上げる。
「いや、そんな事初めて言われたから」
その言葉に驚く。
初めて?
優しいという言葉を?
本当に壱成さんは凄く優しいのに?
「初めて……ですか?」
「そうだな…。……それより、体調は大丈夫なのか?」
「はい、大丈夫です」
私は壱成さんが私よりももっと速く歩けることを知っている。壱成さんは身長が高い分、私と
は歩く歩幅は違うから。
それなのに私の歩くスピードと合わせてくれる壱成さんに対し、やっぱり優しい人だと思う。
「それなら良かった」
「壱成さんは、」
「うん?」
「本当に暇ではなかったですか?私のわがままのせいで図書館になったので……。それに、」
全く、親しくなる事なんてしてない……。
「なってない、というよりも俺からしてみればあっという間で」
「あっという間?」
「……いや、なんでもない。あんたがいいならまた一緒に行ってもいいか?」
「図書館にですか?」
「ああ」
「はい、壱成さんが良ければ……。雑誌を読むのですか?」
「そうだな、小説とかそういう細かい字は苦手だから」
「……苦手?」
「ああ、本当に俺が一緒に行っても迷惑にならないか?」
迷惑なんて……。
私の方こそなのに。
「はい。できるなら、今度はもう少し壱成さんとお話がしたいです」