────今の時刻は土曜日の午後1時。
待ち合わせは午後1時に市立図書館の前のはずだった。だけど私はもう図書館の中にいた。
念の為にと10分前に待ち合わせの場所に向かえば、もうそこには壱成さんがいたから。10分前行動よりも必ず先に待ち合わせの場所にいる壱成さんは、本当に何時から待っているのか…。
図書館の自習室には何席か空席があったものの、隣同士で座れるという場所がなく。壱成さんと隣同士で座るにはどうすればいいかと考えていると「いつも、」と、小さな声で壱成さんが尋ねてきた。
「あそこで勉強を?」
15席ほどある図書館の自習室を眺める壱成さん。
「はい、でも、月に4回ほどです。だからいつもという訳ではないんですけど…」
「あそこは勉強をする人専用なのか?」
どうも、壱成さんは図書館をあまり利用しないらしく。
「はい。でも、私たちが2人で座れる席は無いようで…。所々空いているのですが、隣同士が埋まってしまっていて……」
困ったように言えば、壱成さんは少し笑った。
「ああ、俺はいいから勉強しておいで」
壱成さんの言葉に驚いた私は、口を開いた。
「え、でも、壱成さんは勉強をしないのですか?」
「ああ、俺は…、本とか読むから」
本?ああ、確かにここは図書館だから本を読むのは当たり前で。
だけど私は無意識に電話の流れで、壱成さんと一緒に勉強するものだと思っていたから。
「あんたの勉強の邪魔はしないよ」
ゆっくりと微笑んできた壱成さんは、「あそこのイスで読んでる」と、その方向に顔を向けた。そこは自習室ではなくて、ただ本を読むだけの1人掛け用のイスで。
「いつも何時間ぐらい勉強してる?」
「えっと、何時間というよりは、門限に合わせて帰ってます」
「何時ぐらい?」
「3時半ぐらいにはここを出るかと…」
「分かった。頑張ってな」
また穏やかに微笑んでくると、壱成さんは勉強をしに行く私を見送った。自習室のイスに座り、壱成さんがいた方を見ると、──本を読むと言っていたはず壱成さんは、小説などが置いている本棚の方に行かず、雑誌が置いている方へと足を進めてた。
そうか、壱成さんは勉強をしないのか…。
少し一緒にしたかったなという気持ちがあったけど、それは私の考えが早とちりだっただけ…。
自習机に参考書とノートを広げ、いつも通りに勉強する。いつも通りに勉強をしているのに、今壱成さんは何を読んでいるんだろうと思い、参考書から顔を上げてしまうことが多々あって。
それでも私の座る自習机からは、壱成さんの姿は見えなかった。
見えないと分かってくれば次第に集中力が増してきて、顔を上げることが少なくなった。
──たけど、会いたいから一緒に図書館に来たものの、全く壱成さんと会わない。だからこれでいいのかと考えてしまう。
一緒に、来た意味はあるのだろうか…?
1時から3時半ということは、2時間半も壱成さんは私を待っているということなのに…。
勉強を開始してから1時間程がたち、トイレに行こうと席を立つ。トイレを済ませた後、イスに座って何かを読んでいる壱成さんが目に入ってきた。
私を見ていることに気づいてない壱成さんは、ペら…と、ページを捲っていて…。
ほぼ斜め後ろから壱成に近づく。まだ私に気づいていない壱成さんは、またページを捲ろうとしたけど──、残り1m程のところで、壱成さんは読んでいるものから顔を上げ少し後ろに振り向いた。
特に足音を立てたわけじゃなかった。
壱成さんはいつも気づく。
駅で待っている時も、図書館の前で待ち合わせをしていた時もそう。
何故か、私をすぐに見つけられる。
壱成さんと目が合った刹那、壱成さんは軽く瞬きをして、「どうした?」と、小さな声だけど少し驚いた声を出した。
「あ、トイレに……」
私の言葉にすぐに納得した壱成さんは「ああ…」と小さな声を出す。
「ごめんなさい、驚かせるつもりは…」
「いや、驚いたわけじゃない。いるとは思わなかったんだ」
それは驚いたというのではないかと思ったけど。
「何を読んでいるんですか?」
壱成さんに近づけば、壱成さんはその読んでいる表紙を見せてくれて。その雑誌の表紙には大きなバイクが描かれてあった。男性用の雑誌だろうか?そういえばお兄ちゃんも同じような雑誌を読んでいたことがあるような気がして。
「…バイクが、好きなんですか?」
「そうだな、好きかと聞かれれば」
「そうなのですね、ずっと雑誌を読んでいたのですか?」
「ああ」
「その…暇ではありませんか?」
「暇?」
「えっと、3時半まで、まだ随分と時間があるので」
「ああ…」
「もし暇だと思ったら、言ってください」
「それなら問題ない、心配しなくていい」
「本当にいいのですか?」
「あんたがいるのに暇なんて思うはずないだろ」
壱成さんの言葉に、え、と、声を漏らしそうになった。
私がいるから暇なんて思うはずがない。
私がいるから?
どういう意味か分からない。
だって私は壱成さんに何もしてない。
1時間ぶりにこうして話しかけただけなのに…。
よほど、雑誌が面白いのだろうか?
でも、雑誌と私がいるから、の、イコールが見つからない。
「俺はあんたと出かけてるだけでも嬉しいから。暇って思うことは無いから安心してくれ」
だけど、イコールの答えのようなセリフが壱成さんから出てきて、ドキンと心が動くのが分かった。
私と友達になりたいらしい壱成さん。
親しくなりたいらしい壱成さん──。