花乙女は愛に咲く【他サイトでジャンル別ランキング1位!】

「……ケイトさん……。……これが、愛情の証……なんですか……?」

確かにリンファスはファトマルにこんなことはしてもらったことはなかった。それなら納得できる、と思ったが、ケイトはいいや、と言った。

「あたしはこの館を任された寮母だ。
あんたを始め、此処に居る全ての乙女に対して、快適に暮らしてもらえるよう心を配ってる。
あんたにもそうすることへの、……まあ、あたしなりの誓いの証さ」

そうなのか……。リンファスは少し顔を俯けた。

結局、ケイトと話してもリンファスがファトマルから愛情をもらえなかったのだろう、ということしか分からなかった。

(父さんは私に仕事と寝るところを与えてくれたのに……、それだけじゃ足りなかったのね……。
そう考えたら、ハンナさんとケイトさんも寝るところと仕事をくれただけだわ……。それは『愛される』っていうことじゃあ、ないのね……)

難しい……。

リンファスが生きてきた世界と、まるで違ってしまった。
畑仕事をして、市に出て、山羊の乳と野菜の残りで食事を作っていればよかった村での生活とは、求められることがあまりにも難しい。

リンファスは手を広げてじっと自分の手のひらを見た。

(この手で、『愛情』を掴んだりすることが出来れば良いのに……)

『愛情』が目に見えて、畑の野菜のようにどうにかして掴むことが出来れば、『愛された』と分かるのに……。

目に見えないものを探して、『愛されて幸せになる』にはどうしたら良いんだろう……。リンファスは途方に暮れてしまった……。
まず、花を食べてみることにした。

夜になり食事の時間となると、宿舎の少女たちが食堂に集まって来て、着席した。
少女たちの前には白い皿が用意されており、皆、身に着けた花々の中から一つを千切ってその上に載せると、器用に花弁をほぐして一枚づつ口に運んだ。

食べる様子はリンファスが旅の途中で燻製肉を食べた様子と変わらない。花びらを咀嚼して当たり前のように飲み込んでいる。
ケイトが近くに座って居る花乙女に話し掛けた。

「プルネル。花を分けてくれるかい?」

プルネルと話し掛けられた少女は、真面目な顔をしてこくりと頷き、手にひとつ、花を千切った。

緑色の花びらに赤い花芯のその花は、花弁が丸く、先が割れた形をしている。
その花弁は二重(ふたえ)にまとまっていて、花びらはプロペラのように中心を回り込むように花芯を中心に丸まっていた。

リンファスは彼女に対してありがとうと謝意を述べ、小さな笑みで返してくれた彼女にもう一度頭を下げると、ケイトが持って来た彼女の花をトングでリンファスの皿に移した。
ケイトは親しみやすい笑みを浮かべると、リンファスに、

「皆のように食べてごらん。きっと人間の食事よりも美味しいよ」

と言った。

リンファスはおずおずと皿に盛られた花に手を伸ばし、見よう見まねで花弁を一枚はぎ取った。それを手で口に運ぶ。

もぐ……、と花びらを咀嚼すると、ほんのり甘い味がした。
花びらが甘いと感じたことに驚いたが、しかしそれはとても薄い味で、どちらかというと旅の途中で食べた燻製肉の方が味も濃かったし美味しかった気がする。

それでもケイトが横でにこにことリンファスを見ているので、リンファスは慣れないながらに皿に乗った花を半分程食べきった。

ケイトはそれを見てにこやかに微笑んだ。

「どうだい、美味しかっただろう? それが花乙女の食事の味だよ」

ケイトの様子にリンファスは何も言えなかったが、正直こんな食事が続くのであれば、家で作った野菜スープの方が山羊の乳の味がして良い、と思った。
それでもその気持ちは言わずにケイトに、ご馳走さまでした、とだけ言った。ケイトは機嫌よく微笑んでいた。






食事が終わると少女たちはそれぞれ食堂から出て行った。リンファスはケイトが皿を片付けるのを手伝った。ケイトはいいんだよ、と言ったがリンファスがやりたかったのだ。

「私には花が付いてないですし。……それに今は他の方の為には働けませんけど、ケイトさんのお手伝いが出来れば、少なくとも私は此処に居ることに自信が持てます」

リンファスが言うと、ケイトはやっぱり困ったように笑った。

「本当に不思議な子だよ、あんたは……。花乙女は居るだけでありがたがられる存在なのに……」

それは花が着いているからだ。リンファスはそうではない。であるならば、『ありがたい』と思ってもらわなければ、此処には居られないのだ。

「お仕事、沢山させてください。きっとお役に立ちます」

リンファスが言うと、ケイトは敵わないねえ……、と苦笑した。



そして翌朝を待たずして、リンファスは夜中に空腹を感じた。
花を半分しか食べなかったからだろうか。次の食事がいつか分からないけれど、その時は嫌だと思わずちゃんと食べよう、と気持ちを決めた。

果たして翌朝、村での生活と同じく朝食の時間が来た。
昨日の夕食の時と同じように食堂に集まり、リンファスも他の少女たちと一緒にテーブルに着くと、白い皿にはケイトが別の花乙女からもらった花を乗せてくれた。

リンファスは花びら一枚一枚の薄い甘みをなるべく噛みしめるようにして食べた。
まるで薄めた山羊の野菜スープのようなほんのわずかな甘みを、手繰りながら食事を進める。
他の少女たちは美味しそうに花を食べているから、リンファスが花の味に馴染まないのは、まだ花の食事に慣れていないからなんだと思った。

食事が終わってしまうと少女たちは席を立って、食堂の入り口に置いてあった大きな籠に自分に付いている花を全て摘んで入れていく。
何をしているんだろう、とリンファスが席を立てずに見守っていると、少女たちが出て行ってしまってから、昨夜のように皿を片付けに来たケイトが籠の中の花をチェックしていた。

「ケイトさん。皆さんがその籠に花を入れていかれました。何かに使うんですか?」

花乙女に咲く花は彼女たちの栄養になるんだってハンナが言っていた。
だとしたら、自分の栄養になるものを、わざわざ摘み取ってみんなで集めている理由は何だろう?

「ああ、これがアスナイヌトさまに寄進する花たちなのさ。乙女たちは朝食後にアスナイヌトさまの為に花を摘む。
そしてこれに朝露をまぶしてアスナイヌトさまの所に届けるのが、あたしの仕事だよ」

そうか。昨日言っていたアスナイヌトのところまで運ぶ花というのは、此処に暮らす少女たちが摘み取った花のことだったのか。

ケイトの話に納得していると、皿を片付け終えたケイトは、行ってみるかい? とリンファスに尋ねた。勿論、花を運びに行くのである。リンファスは満面の笑みで頷いた。

「はい! 働かせてください!」

対してケイトは、やれやれ、と言った様子で大きな籠を抱えた。

「そんな体のあんたにはこの大きな籠は持てないだろう。半分小さな籠に移してあげるよ。それを持っとくれ」

ケイトが籠をもって厨房へ行くと、食器棚の隣に大小さまざまな籠が積まれていた。ケイトはその中から適当と思われる籠を取り出し、大きな籠いっぱいに入っていた花を半分に分けた。

籠に入っているものが花なので重さとしては軽い。だが嵩が張り、籠を抱えると前が見辛かった。
ケイトの後を追って宿舎の玄関から敷地を出たところで、誰かにぶつかってしまい、その拍子に籠の中の花を散らしてしまった。
「あっ」

「失礼」

前を見ていなかったリンファスに謝ったのは、ハンナがリンファスをウエルトの村に迎えに来た時に御者をしていたロレシオだった。
あの時と同じく夜の闇の色のフードを被った頭からは右肩から胸のあたりにかけて淡い金色の髪が陽に輝いており、その髪の色でリンファスはぶつかった相手がロレシオだと分かったのだ。

「ロレシオさん!」

まさか御者の彼に此処で会えるとは思っておらず、リンファスはあの時の礼を、まず口にした。

「ロレシオさん、あの時は馬車を走らせてくださってありがとうございました。おかげさまで此方の館で仕事を見つけられました」

陽の光の下、フードに隠された目元がどうリンファスのことを見ているのか分からなかったが、リンファスは続けて謝罪する。

「ぶつかってしまってすみませんでした。お怪我はありませんか?」

リンファスが尋ねると、ロレシオはそれに答えることなく屈んで、足元に落ちた懐中時計を拾い、それから散らばった花をひとつひとつ集め始めた。
ロレシオの行動にハッとしたリンファスは、さっと屈んで籠から落としてしまった花を拾い始めた。

「すみません、私の不注意で……。時計は大丈夫でしょうか?」

「……いや、此方の不注意だ。君が前を見れないことは予測できたはずなのにまっすぐ歩いてしまった。失礼した」

……声は冷たいが、それでもリンファスが落としてしまった花を拾ってくれるあたり、きっとやさしい人なのだろうと推測出来た。

ロレシオはてきぱきと手を動かして花を籠に戻してくれた。全ての花を籠に入れ直すと、リンファスはロレシオにお礼を言った。

「ありがとうございました。助かりました」

「別に助けたわけじゃない。ぶつかった身として当然だ」

やはりそっけない声で言うと、ロレシオは、マントのフードを深くかぶり直して、失礼する、と言うと何処かへ行ってしまった。

リンファスは去って行った彼の背中に向けてもう一度お辞儀をすると、籠をもって急いでケイトの所へ駆けて行った。
「じゃあ、行くかい? あんた世界樹を見たことないだろう? 一緒に世界樹にも触れると良い。きっといいことが起こるよ」

「……世界樹はインタルに来る途中で遠目で見ていました。ハンナさんはこの世界の真ん中にそびえている、って仰ってましたけど……」

リンファスは小さいほうの籠を荷馬車に積む。籠を積み終わったケイトが荷馬車に乗り込んで教えてくれる。

「その通りさ。この世界の大地と天を支えてくれているとても大きな樹だよ。大陸(アダルシャーン)の真ん中にそびえ立っていると言われてるね。
アディアはアダルシャーンの真ん中に位置しているから、アディアの真ん中ともいえるね」

リンファスの今までの土地勘はウエルトの村の中だけのことだったが、村の外にはいろんな土地があって、いろんなものがあるのだな、と知った。

「そして、アスナイヌトさまは世界樹に宿る女神さまなんだ。
アスナイヌトさまが健やかでいらっしゃるから世界樹がゆるぎなくそびえ立ち、世界は平和に保たれている。
アスナイヌトさまに食事を寄進できるのは花乙女だけなんだから、そりゃあ国だって花乙女を大事にするのさ」

ケイトの言葉を聞いて、ハンナの言葉を思い出す。花乙女がいかに大事か、ということを繰り返しリンファスに説いたハンナの言葉の意味が分かった。
リンファスは籠の中の色とりどりの花々を見て呟く。

「……そんな、大切な花なんですね……」

「ああ、そうだ。これは一日だって欠かしちゃいけない仕事だ。あんたは自信を持って良いんだよ」

明朗なケイトの声でそう言われると、なんだかそんな気持ちになれてくる。

「さあ、行くよ。陽が天に上り切る前にアスナイヌトさまに食事をしてもらわないとね」

「はい!」

リンファスは元気よく返事をして、荷馬車に乗り込んだ。

初めて見上げる世界樹は、まさしく枝で天を覆っていた。
逞しく伸ばされた枝が天に浮かぶ雲を支えていて、その枝の先の行方は空のはるか彼方のように見えた。

幹も大人が何十人繋がって囲っても囲いきれないような大きな幹だった。
そしてその根元まで来ると、地面に潜っている根が網の目のように張り巡らされているから大地が揺るがないのだと、ケイトが教えてくれた。

何にせよ、その大きさはスケール違いの大きさだった。リンファスは口を開けてぽかんと天を仰ぎ、枝の間から見える青空と其処に浮かぶ雲を支えている枝ぶりを眺めていた。

「リンファス。花をこっちに持ってきとくれ」

多分ケイトが呼んでくれなければ、もっと長い時間の間、呆けていただろう。リンファスはケイトの声にはっと我に返って、荷馬車の荷台から花の入った籠を下してケイトの居るところへ持って行った。

ケイトは白い石の祭壇のような場所で跪いている。

「これは、アスナイヌトさまに祈りを捧げるための祭壇さ。丁度祭壇が王城の祈りの間から一直線に作られている。王族の方々は祈りの間からこの祭壇の方角に向かって、何時も王城から祈りを捧げて居るって話だよ」

二本の大きな石の柱の上に載っている梁のような石材の真ん中に、花を模った紋章のようなものが彫られている。
そして、祭壇本体の上には、花を身に纏った髪の長い女性が彫られたレリーフが飾られてあった。

ぼうっとそのレリーフを眺めていると、ケイトが皴を深く微笑んで、この方がアスナイヌトさまさ、と言った。

「うんと古い時代に作られたものだ……。当時は彩色も施されていたようだよ。
ほら、アスナイヌトさまが纏っている花々にも顔料の跡が残っているだろう? 
それに何といっても瞳だ。今ではこんなに劣化しちまったけど、それでも淡い紫の瞳をなさっていることが分かる……。
……この方が、この世界を無償の愛で守ってくださっているんだよ……」

ケイトは敬愛の表情を浮かべながらリンファスに説明してくれた。
長く滑らかにウエーブを打つ髪、微笑みを浮かべた慈愛に満ちた瞳、僅かに残る顔料が色華やかだったことを示す、身に纏っている花々。

この人が、アスナイヌト……。この人の子供として、花乙女が生まれる……。

何処か不思議な気持ちがして、リンファスは祭壇の後ろにそびえ立つ世界樹をもう一度仰ぎ見た。枝に支えられた雲の隙間からきらきらと陽光が零れてきて眩しい。

「ケイトさん……、なんだか穏やかな気持ちになります……」

「そうだよ、なんたってアスナイヌトさまの許に居るんだからね。花乙女が安らぎを覚えるのは当然さ」

そうか、そうなんだ。ケイトが感じることを、リンファスも感じられるということは、リンファスはやはり花乙女なのだ。ケイトの言葉に少し自信を持つ。

(私は、花乙女……)

リンファスは心の中で唱えた。


リンファスの仕事は花を運ぶだけに留まらなかった。

宿舎の共有スペースの掃除、食事の際の皿の出し入れは言うに及ばず、馬の世話や、時には他の少女たちが街の店に注文した衣類や雑貨などを店まで取りに行くこともした。

兎に角自分は花を寄進することが出来ないのだからと、見つけた仕事は何でもやった。注文した物は店の人が届けてくれるから良いと遠慮する少女もいたが、兎に角何でも役に立ちたかったからやらせてもらった。

ケイトには困った顔をされたが、仕事をしている時間は充足感に満ちていた。
ウエルトの村では働くことで生きてきた。だからそれしかやり方が分からないのだ。
仕事をもらえてありがたい、とリンファスは心底思っていた。

ところが、ウエルトの村と同じようにいかないこともあった。食事だ。
相変わらず宿舎では花だけが出される。最初こそ少し甘いかと感じた花の味をどんどん感じなくなった。
村で野菜スープを摂っていた時に感じたような、食べたものが体に染み渡る感じはなく、ただ薄っぺらな花弁を食んで飲み込んでいるだけ、と感じるようになっていった。
リンファスは食事のたびに落ち込むようになった。


(……私が出来損ないの花乙女だからだわ……。だってみんな、美味しそうに花を食べているもの……。
花が咲かなくて出来ることが限られるばかりか、食事まで花乙女になり切れないなんて、本当に私は出来損ないだわ……。
こんなことではアスナイヌトさまに見捨てられてもおかしくないわ……)

レリーフのアスナイヌトを思い出す。
慈愛の眼差しは花なしのリンファスを包み込んでくれるようなやさしいものだった。それなのにあの眼差しに応えることすらできない。

リンファスは時に自分の、花乙女としてのこれからを憂いて、眠れない暗闇の中、膝を抱えて過ごした。

「リンファス、あんた少し休んだ方が良いんじゃないかい?」

アスナイヌトに花を届けに行って帰って来たところでリンファスはケイトに声を掛けられた。リンファスは荷馬車を玄関に止めたまま、ケイトに笑みを向けた。

「いえ。ウエルトではもっと早朝から働いていました。それに力仕事も少ないですし、私まだ出来ます」

リンファスがそう言うとケイトは何も言えないようだった。
ケイトもリンファスが自分に花が咲かないことを気にしていることを知っていてくれる。だから無理に仕事を取り上げようとはしなかった。

「だったら食事にしないか。あんたまだ昼を食べてないだろう。一緒に花茶を淹れよう。花のエキスが出ていて美味しいよ」

ケイトはそう言って厨房に向かった。リンファスは馬を馬屋に繋ぎ直してから館に入った。

玄関から食堂に入ると、ケイトが白い皿と共にティーカップを席に着いたリンファスの前に置いた。皿には花がひとつ載せられ、ティーカップからはあたたかい湯気と共にふわりと甘い花の香りがした。

「ミルクを入れてみるかい?」

「ミルクがあるんですか?」

花乙女の館だから花以外は水しかない、と最初に聞いた。ケイトはもう直ぐ茶話会があるからね、と言った。

「茶話会にはイヴラも参加するから、イヴラが食べる食べ物を用意しなきゃいけない。
この国の人はお茶にミルクを良く入れるからね、用意していたんだ。砂糖もあるから、もし良かったら試してみたら良い」

ミルクというのなら、リンファスがウエルトの村で飲んでいた野菜スープに使っていた山羊の乳と似ているかもしれない。
是非、とお願いすると、ケイトはミルクピッチャーにミルクを入れて出してくれた。

そして砂糖というものを、リンファスはおそるおそる使ってみた。
砂糖は地主のオファンズの所に麦を収めに行った時に見たことがある。オファンズたちがテーブルを囲んだその真ん中に、シュガーポットというものに入った、『角砂糖』という白いものを見たことがあったのだ。
勿論リンファスの家では買ったことすらない、上等なものだ。

花の花弁を一枚千切って口に入れると、カップを包むようにして手に持ち、花茶をひと口飲んだ。するりと喉を落ちていったあたたかい液体が、お腹に到達するのを感じた。
……不思議なもので、ミルクの甘みがお腹に染みる。花乙女は花しか食べないと聞いていたのにミルクを受け付けるということは、やはり自分が出来損ないだからかと少し項垂れた。

ケイトはリンファスの隣の席に腰掛けて、リンファスの肩をポンポンと撫でた。
「リンファス、何もそんなに頑張らなくても良いんだよ。あんたが花乙女であることは、髪と目の色から明らかなことだし、花だっていずれ咲く。
あんたはまだこの街に来て日が浅い。此処に住む乙女たちにだって、最初は花が少なかった子も居る。でも今じゃいっぱいの花を着けている。
人の心を動かすには時間が必要なのさ。焦ったって仕方ない。
あんたはあんたに出来ることを十分にやってるよ。だからあんまり思い悩むんじゃない」

ケイトのあたたかい言葉に救われる思いがした。でも現実としてリンファスはアスナイヌトに届けるための花だって咲いていないから、此処に居られるための努力はすべきだと思う。
リンファスはケイトににこりと笑って返した。

「私、本当に働くことが性に合ってるんです。ずっとそうやって暮らしてきたから、突然何もしなくても良いって言われても困ってしまうし……。だから仕事は続けさせてください」

リンファスの考えが変わらないことを、ケイトはため息交じりに笑った。

「……あんたは何度言って聞かせても変わらないね。あたしはそういう乙女が居るって言うことを、そろそろ受け止めなきゃいけないのかもしれない」

ケイトが苦笑いをして言うのを申し訳ないような気持ちで聞く。でもこれしか此処に居られる方法が見つからないのだ。

リンファスは花茶を飲み干してしまうと、ケイトに礼を言って席を立った。

「ケイトさん、食事とお茶をありがとうございました。……それから、仕事を取り上げないでくださって、ありがとうございます」

「ああ、そうだね。あんたの気の済むようにしたらいいよ。ただし、無理はしないこと。花乙女は心身共に健やかである方が、花は咲くんだ」

ケイトに、はい、と返事をしてカップを厨房で洗うと食堂を出た。

続けて掃除を……、と思ったところで、視線を感じた。振り向くと丁度図書室の扉が閉まった。何か用事だっただろうか。
用事なら請け負って、役に立ちたい。そう思ったが、閉まってしまった扉をノックするのは勇気が要る。

リンファスはそのまま廊下の掃除に着手した。










その日、花乙女の宿舎の隣の敷地のイヴラの宿舎では、今後の予定などをケイトの夫である寮父のハラントが連絡していた。

「先日、新しい花乙女が隣の館に加わったそうだ。次の茶話会は二週間後だから、その乙女が出席するかどうかは分からないが、またよろしく頼むよ」

さわさわと色々な色の髪と目の色をした青年たちがざわめく。

「それって、うわさで聞いた花のない子じゃないのか」

「白い花も咲いていないなんて、親が見捨てるほどに性格が悪いんじゃないのか?」

青年たち――イヴラ――が囁き合っているとき、茶話会に出席する気のないロレシオは宿舎の自室に居た。
先日来針が止まってしまった懐中時計のねじを巻く。しかし動き出す様子はなかった。この前、大陸の端まで迎えに行った花乙女と、館前でぶつかった時に落とした懐中時計だ。その時に壊れたのかもしれない。

(……これは修理に出さないといけないか……)

ふう、とロレシオはため息を吐いた。酒場は夜まで開いているが、商店が開いているのは夕方までだ。全く忌々しい、と思う。こんな成りに生まれなかったら、もっと平凡な日常があったかもしれないのに。

(……僕は生まれ落ちた時からすべてを失ってる。もう誰にも何も望まない……)

ロレシオはそう思うと、壁のフックに掛けてあったフードマントを手に取り、部屋を出た。

花乙女は愛に咲く【他サイトでジャンル別ランキング1位!】

を読み込んでいます