木島が廊下から頭を引っ込めて、放心状態のまま自分の席へと戻って、疲れ切ったように椅子に腰を落とした。

「やべぇ。不安が返って倍増された…………」
「木島、見事に表情が抜け落ちてるな、相当混乱中だ」
「どんまい、木島。お前はよくやったよ」
「私もあんたのこと、ちょっと見直したわ」

 教室内にいた五組の女子生徒の一人が、木島にそう声をかけて「そもそも体力測定、ほとんど「一」だったって聞いたのよねぇ……」と不安そうに友人らと話す。

 一通り現状を眺め。拓斗は「なんだかなぁ」と頭をかいて視線を流し向けた。

「大事になっちまったなぁ――で、どうするよ、親友?」
「不可抗力だ」

 理樹は、顰め面で床を睨みつけた。彼女たちは当時者を差し置いて、一体何をしているんだろうと思う。そもそも……


 そもそも、どうして勝負を受け入れた?


 理樹は静かな表情のまま、知らず拳を握り締めた。

 俺は、彼女が運動出来るような女の子ではないと知っている。そして、そういった争うような勝負事に、自ら踏み出すような子でもないとも分かっている。

 何故なら、自分が生まれ変わってもなお『リチャード』と同じ人間の思考をしているのと同じように、前世の記憶がない彼女もまた『サラ』のままなのだ。育つ過程での喜怒哀楽に僅かな差異があろうと、だからといって、それを別人と位置付けることが出来ないほどに。