親父は、視線をゆっくりと彷徨わせて「イツキはどこだ」と、誰に問うたかも分からない呟きをもらした。看護師が「ここにいますよ」と説明しても、その言葉すら理解していないようだった。

 俺の来院を知らされた担当医がやってきて、アンモニア数値が上がった事で痴呆のようになっているのだと、簡単にそう説明してくれた。親父は酒の飲み過ぎで肝臓がやられたらしい。健康診断なんて受けるような男じゃなかったから、今の今まで癌に気付けなかったのだ。

 もともと、親父は太らない男だった。胃腸の調子が悪くなれば、自分で食事を整えるくらいに料理の腕も持っていた。昔のように薬局で胃腸の薬や栄養剤でも買って、酒の楽しみだけは死守していたのかもしれない。

「馬鹿だ。……あんたは、大馬鹿者だ」

 俺が睨みつけても、親父は遠くをみるような眼差しを返すだけだった。