この世界に生きていた男の話をしよう。

 何故なら、俺ばかりが知っているというだけで、誰も彼を知らないからだ。彼は多くの人に悲しまれる事もなく、ひっそりとこの世を去った。

 ああ、違うな。きっと、俺が語りたいだけなのだ。

 この胸にぽっかりと穴が空いたような悲しみが、四ヶ月経った今も消えてくれないでいる。あの日々ばかりが鮮明に蘇っては、そのたびに俺の心は、耐えがたい痛みを覚えるのだ。

 どうしてだろう。決して楽しいばかりの思い出ではなかったはずなのに、暖かい時間ばかりが五感を伝って俺の中に込み上げるのだ。

 忘れられそうにもない。どこへ行くにも思い出が溢れているようで、懐かしくて恋しくて、寂しくて堪らない。

 どうして君に打ち明けるのかって?

 彼を知る友人や知人を前にすると、彼等が、彼と過ごした日々が思い起こされて俺は言葉が詰まってしまう。柄にもなく涙が溢れてきそうで、だから俺は慌てて言葉を胸のうちにしまい込むのだ。だから酒を飲んだついでに、見知らぬ君に話してみようと思ったんだよ。