そのまま牛車に乗って密かに内裏の七殿五舎に美鶴は連れて来られた。
途中で弧月とは別れ、時雨によって一人の女性と引き合わされる。
「小夜、この娘――美鶴殿を宣耀殿へ。詳しいことは後で話すが、更衣として弧月様に仕える娘だ。身綺麗にしておいてくれ」
「更衣で、宣耀殿へですか?」
美鶴より少し上に見える小夜と呼ばれた女性は訝し気に眉を寄せたが、すぐに表情を取り繕い了承の返事をした。
「かしこまりました。さ、美鶴様は私について来てくださいませ」
「あ、はい」
貴人に様づけされることに違和感を覚えながらも言われるがままに付いて行った美鶴は、湯殿に連れて行かれて小夜によって身を清められ白小袖を着せられた。
髪も梳かれ、小綺麗にされた美鶴は立派な部屋へと通される。おそらくここが時雨の言っていた宣耀殿なのだろう。
その頃には日も落ちていて、御簾越しに綺麗な満月が見えていた。
「では、主上が参られるまでもうしばらくかかると思いますが、ここでお待ちください」
淡々と口にする小夜に、美鶴は「はい」と答えて少し迷ってからお礼を口にする。
「あの、ありがとうござ――」
くぅ……。
「……」
だが、言い切る前に腹の虫が鳴ってしまった。
思えば今日は朝に残り物を口にしただけだ。少ない食事に慣れているとはいえ、夕餉も何も口にしないとなると流石に腹は減る。
(は、恥ずかしい)
お礼を言おうとしていた所だというのに、それを中断してしまったことも決まりが悪い。
そんな美鶴に、小夜は思わずというように「ふふっ」と笑った。
「主上がいらっしゃる前に食べられる軽い食事をご用意しますね」
今まで頼まれた仕事をこなしているだけという印象だった小夜の笑みに、知らず緊張が解けた。
彼女からは悪意も好意も感じなかったが、その笑みには優しさが垣間見えたから。
「あのっありがとうございます」
今度こそお礼を言うと、「良いのですよ」と柔らかい声が返って来て彼女はこの場を去って行った。
その後小夜の持ってきてくれた粥を頂き人心地ついた美鶴は、御簾越しの月を眺めながらぼう、と物思いに耽っていた。
足を踏み入れることなど無いと思っていた場所に来ていることに、戸惑うよりもただただ不思議に思う。
(死ぬと思っていたのに、妖帝の妃となるなんて……)
考えてみると有り得なさ過ぎて現実味がない。
だが、数刻前に火に囲まれたことも生きたいと願ったことも現実で、助けてくれた主上に仕えたいと思ったのも事実だ。
不思議には思うが、後悔などは一切ない。
(そうね……あの火の中で私は一度死んだのだわ。そして、あのお方に仕えるために生まれ変わった)
今日は自分の新たな生の始まりなのだ。今までの人生とは決別しよう。
走馬灯で見た母の記憶を思うとちくりと胸が痛むが、あの光景はもう二度と起こりえないものだ。
これからは妖帝に仕えることに尽力しよう。
美鶴はそう月を眺めながら密かに決意した。
すると、衣擦れの音と共に月が陰る。
美鶴と月の間に、男の陰が入り込んだ。
途中で弧月とは別れ、時雨によって一人の女性と引き合わされる。
「小夜、この娘――美鶴殿を宣耀殿へ。詳しいことは後で話すが、更衣として弧月様に仕える娘だ。身綺麗にしておいてくれ」
「更衣で、宣耀殿へですか?」
美鶴より少し上に見える小夜と呼ばれた女性は訝し気に眉を寄せたが、すぐに表情を取り繕い了承の返事をした。
「かしこまりました。さ、美鶴様は私について来てくださいませ」
「あ、はい」
貴人に様づけされることに違和感を覚えながらも言われるがままに付いて行った美鶴は、湯殿に連れて行かれて小夜によって身を清められ白小袖を着せられた。
髪も梳かれ、小綺麗にされた美鶴は立派な部屋へと通される。おそらくここが時雨の言っていた宣耀殿なのだろう。
その頃には日も落ちていて、御簾越しに綺麗な満月が見えていた。
「では、主上が参られるまでもうしばらくかかると思いますが、ここでお待ちください」
淡々と口にする小夜に、美鶴は「はい」と答えて少し迷ってからお礼を口にする。
「あの、ありがとうござ――」
くぅ……。
「……」
だが、言い切る前に腹の虫が鳴ってしまった。
思えば今日は朝に残り物を口にしただけだ。少ない食事に慣れているとはいえ、夕餉も何も口にしないとなると流石に腹は減る。
(は、恥ずかしい)
お礼を言おうとしていた所だというのに、それを中断してしまったことも決まりが悪い。
そんな美鶴に、小夜は思わずというように「ふふっ」と笑った。
「主上がいらっしゃる前に食べられる軽い食事をご用意しますね」
今まで頼まれた仕事をこなしているだけという印象だった小夜の笑みに、知らず緊張が解けた。
彼女からは悪意も好意も感じなかったが、その笑みには優しさが垣間見えたから。
「あのっありがとうございます」
今度こそお礼を言うと、「良いのですよ」と柔らかい声が返って来て彼女はこの場を去って行った。
その後小夜の持ってきてくれた粥を頂き人心地ついた美鶴は、御簾越しの月を眺めながらぼう、と物思いに耽っていた。
足を踏み入れることなど無いと思っていた場所に来ていることに、戸惑うよりもただただ不思議に思う。
(死ぬと思っていたのに、妖帝の妃となるなんて……)
考えてみると有り得なさ過ぎて現実味がない。
だが、数刻前に火に囲まれたことも生きたいと願ったことも現実で、助けてくれた主上に仕えたいと思ったのも事実だ。
不思議には思うが、後悔などは一切ない。
(そうね……あの火の中で私は一度死んだのだわ。そして、あのお方に仕えるために生まれ変わった)
今日は自分の新たな生の始まりなのだ。今までの人生とは決別しよう。
走馬灯で見た母の記憶を思うとちくりと胸が痛むが、あの光景はもう二度と起こりえないものだ。
これからは妖帝に仕えることに尽力しよう。
美鶴はそう月を眺めながら密かに決意した。
すると、衣擦れの音と共に月が陰る。
美鶴と月の間に、男の陰が入り込んだ。