「すまないな、もっと早く助けてやりたかったが」
「良いのです。理解しております」
謝罪の言葉を口にする弧月に美鶴は気にしないで欲しいと微笑んだ。
予知は覆らない。覆すためには運命をねじ伏せることが出来る弧月に頼むしかなかった。
予知の内容を聞いた弧月は確実に藤峰を捕らえるためと、時雨や少数の衛士と共に宣耀殿の周辺に潜んでいたのだ。
左大臣ほどの地位のある者を捕らえるには相応の証拠も必要だったため、限界まで助けに入れないというのは事前に聞いていた。
「ぐっこのっ!」
時雨達に捕らえられた藤峰は、憎々し気に悪態をつくと弧月を睨みつけ叫ぶ。
「妖帝に相応しいのは碧雲様だ! お前の子など必要ない!」
初めて聞く名に美鶴は内心首を傾げる。
(碧雲様? 先ほど弧月様より妖帝に相応しいと言っていた方の名前かしら?)
どういった人物なのかは分からないが、碧雲の名を聞いた弧月が不快そうに眉を寄せた様子を見てあまり良い方ではないのだろうと思った。
「そうか、お前は碧雲の支持者だったか。……よくもまあ今まで隠し通していたものだ」
弧月は苦々しく告げ、冷淡な眼差しを藤峰に向ける。
底冷えするほどの冷たさを内包している赤い瞳は、奥底に煮えたぎるほどの怒りを宿していた。
「ひっ!」
弧月の――史上最強と謳われる妖力を持つ妖帝の本気を感じ取った藤峰は矜持も忘れて怯える。
がたがたと震え出し、言い訳のようにぶつぶつと話し出した。
「そ、その娘が悪いのだ。平民のくせに……人間のくせに妖帝の子など身籠るから……」
「貴様っ!」
美鶴を貶める言葉を口にする藤峰に弧月が気色ばむ。
だが、それは美鶴本人に止められた。
「弧月様、私が」
「……美鶴?」
手のひらを弧月に向け制止する美鶴。戸惑う弧月だったが、そのまま口を閉ざしてくれる。
「藤峰様――いいえ、藤峰」
「なっ⁉」
姿勢を正し、揺るがぬ意思をその黒い瞳に宿した美鶴ははっきりとした声音で言の葉を紡ぐ。
「確かに私は平民の人間です。ですが、弧月様の助けとなる異能を持っております」
自分が妖帝の唯一の妃など、畏れ多いと思っていた。ましてや中宮となり弘徽殿を賜るなど、分不相応だと。
「そして今は弧月様の子を身籠り、その血を繋げる一助を担っております」
子が出来たと言われても初めは信じられずただただ不思議で、愛せるのかどうかも不安だった。
「平民の人間であろうとも、妖帝の妃としての務めを果たしておりますれば……」
だが、失うかもしれないとなったとき強く思った。
弧月の愛も、我が子も、決して失いたくないと。
だから誓った。強くなろうと。
「卑劣な手段で私の大事なものを害するようなあなたに、貶される謂れはございません」
守られるだけ、流されるだけではなく、自分が弧月を支え我が子を愛せる様強くなるのだと……そう決意した。
「うっぐぅ……」
凛とした強さを見せる美鶴に、すでに怯えていた藤峰は言葉も出せず項垂れる。
「……連れていけ」
場が収まったと見た弧月が時雨達に指示を出すと、藤峰は引きずられるように連れて行かれた。
小夜も「落ち着かれるよう白湯を入れてまいります」と告げ離れたため、美鶴は弧月と二人きりになる。
「……美鶴は、強くなったのだな」
ぽつりと、少し物悲しそうにも聞こえる弧月の呟きに、美鶴は僅かに不安を覚える。
「強い妃はお嫌いでしょうか?」
強くあろうと決めたが、それで弧月に嫌われたのでは意味がない。強くなりたいと思ったのは彼を支えたいからでもあるのだから。
だが、弧月は額への口づけと共に美鶴の不安を取り除く。
「いや、少し寂しく思っただけだ。……先程のそなたは眩しいほどに美しかった」
「美しい?」
可愛いという言葉はよく聞くが、美しいという言葉は初めの夜以来だった。
聞き慣れない褒め言葉に鼓動が早まる。気恥ずかしさから、顔を隠すように弧月の衣に埋もれた。
「そういうところは、やはり可愛いな」
くすりと笑いまた額に口づけた弧月は、温かな手で美鶴の頭を撫でる。
安心させてくれるその手に、美鶴は浸った。
死ぬはずだったあの日、この手に助けられた。
この手に愛され、弧月の側が安らげる場所となった。
いつでも安らぎをくれるこの手があったから、強くなりたいと思った。
「美鶴、愛している」
「私も愛しております、弧月様」
愛を思い出させてくれた夫の腕の中、美鶴は自分の腹を撫で幸せに笑み願う。
どうか、健やかに……と。
了
「良いのです。理解しております」
謝罪の言葉を口にする弧月に美鶴は気にしないで欲しいと微笑んだ。
予知は覆らない。覆すためには運命をねじ伏せることが出来る弧月に頼むしかなかった。
予知の内容を聞いた弧月は確実に藤峰を捕らえるためと、時雨や少数の衛士と共に宣耀殿の周辺に潜んでいたのだ。
左大臣ほどの地位のある者を捕らえるには相応の証拠も必要だったため、限界まで助けに入れないというのは事前に聞いていた。
「ぐっこのっ!」
時雨達に捕らえられた藤峰は、憎々し気に悪態をつくと弧月を睨みつけ叫ぶ。
「妖帝に相応しいのは碧雲様だ! お前の子など必要ない!」
初めて聞く名に美鶴は内心首を傾げる。
(碧雲様? 先ほど弧月様より妖帝に相応しいと言っていた方の名前かしら?)
どういった人物なのかは分からないが、碧雲の名を聞いた弧月が不快そうに眉を寄せた様子を見てあまり良い方ではないのだろうと思った。
「そうか、お前は碧雲の支持者だったか。……よくもまあ今まで隠し通していたものだ」
弧月は苦々しく告げ、冷淡な眼差しを藤峰に向ける。
底冷えするほどの冷たさを内包している赤い瞳は、奥底に煮えたぎるほどの怒りを宿していた。
「ひっ!」
弧月の――史上最強と謳われる妖力を持つ妖帝の本気を感じ取った藤峰は矜持も忘れて怯える。
がたがたと震え出し、言い訳のようにぶつぶつと話し出した。
「そ、その娘が悪いのだ。平民のくせに……人間のくせに妖帝の子など身籠るから……」
「貴様っ!」
美鶴を貶める言葉を口にする藤峰に弧月が気色ばむ。
だが、それは美鶴本人に止められた。
「弧月様、私が」
「……美鶴?」
手のひらを弧月に向け制止する美鶴。戸惑う弧月だったが、そのまま口を閉ざしてくれる。
「藤峰様――いいえ、藤峰」
「なっ⁉」
姿勢を正し、揺るがぬ意思をその黒い瞳に宿した美鶴ははっきりとした声音で言の葉を紡ぐ。
「確かに私は平民の人間です。ですが、弧月様の助けとなる異能を持っております」
自分が妖帝の唯一の妃など、畏れ多いと思っていた。ましてや中宮となり弘徽殿を賜るなど、分不相応だと。
「そして今は弧月様の子を身籠り、その血を繋げる一助を担っております」
子が出来たと言われても初めは信じられずただただ不思議で、愛せるのかどうかも不安だった。
「平民の人間であろうとも、妖帝の妃としての務めを果たしておりますれば……」
だが、失うかもしれないとなったとき強く思った。
弧月の愛も、我が子も、決して失いたくないと。
だから誓った。強くなろうと。
「卑劣な手段で私の大事なものを害するようなあなたに、貶される謂れはございません」
守られるだけ、流されるだけではなく、自分が弧月を支え我が子を愛せる様強くなるのだと……そう決意した。
「うっぐぅ……」
凛とした強さを見せる美鶴に、すでに怯えていた藤峰は言葉も出せず項垂れる。
「……連れていけ」
場が収まったと見た弧月が時雨達に指示を出すと、藤峰は引きずられるように連れて行かれた。
小夜も「落ち着かれるよう白湯を入れてまいります」と告げ離れたため、美鶴は弧月と二人きりになる。
「……美鶴は、強くなったのだな」
ぽつりと、少し物悲しそうにも聞こえる弧月の呟きに、美鶴は僅かに不安を覚える。
「強い妃はお嫌いでしょうか?」
強くあろうと決めたが、それで弧月に嫌われたのでは意味がない。強くなりたいと思ったのは彼を支えたいからでもあるのだから。
だが、弧月は額への口づけと共に美鶴の不安を取り除く。
「いや、少し寂しく思っただけだ。……先程のそなたは眩しいほどに美しかった」
「美しい?」
可愛いという言葉はよく聞くが、美しいという言葉は初めの夜以来だった。
聞き慣れない褒め言葉に鼓動が早まる。気恥ずかしさから、顔を隠すように弧月の衣に埋もれた。
「そういうところは、やはり可愛いな」
くすりと笑いまた額に口づけた弧月は、温かな手で美鶴の頭を撫でる。
安心させてくれるその手に、美鶴は浸った。
死ぬはずだったあの日、この手に助けられた。
この手に愛され、弧月の側が安らげる場所となった。
いつでも安らぎをくれるこの手があったから、強くなりたいと思った。
「美鶴、愛している」
「私も愛しております、弧月様」
愛を思い出させてくれた夫の腕の中、美鶴は自分の腹を撫で幸せに笑み願う。
どうか、健やかに……と。
了