私はずっと、乙和くんに触れたかった。
「…逃げてごめんなさいッ、………」
乙和くんが何かを言ってるけど、必死な私は乙和くんの言葉を遮り伝え続けた。
「1人にしてごめんなさい…」
「はる…」
「ずっとふれたかった…っ…」
「…はる…」
「だいすき、すき、だいすき、…」
乙和くんの服に、じわりと涙が滲んだのが分かった。私の方に少しだけ振り向き、「…はる、」と、私の名前を呼びながら「やめて…」と否定する…。
「すき、」
「やめてはる…」
「乙和くんが、すきだよ…」
「…聞いてたでしょ?俺、目が見えなくなるんだよ?」
「すき…」
「はる」
「すきだよ……」
「お願いだからやめて…」
乙和くんが苦しそうな声を出し。
ゆっくりと私の腕に触れた。
それでも強引に離そうとはしない彼は、もう1つの腕で自身の目元に手を置いた。
泣いている乙和くんは力が入らないみたいだった。次第に膝の力も抜けていき、公園の地面へと膝をつく。
それでも後ろから抱きしめるのをやめない私に、乙和くんはずっと泣いていた。
「最悪だよ……」と、呟きながら。
「だから、知られたくなかった…、こうなる事分かってたから……」
「乙和…」
狭川くんが、同じようにしゃがみこみ、「……ごめん」と、地面に手のひらをつき頭を下げた。
公園で、乙和くんに向かって土下座している男は、「……ずるい真似した、…ごめん…
、小町さんを使ってごめん…」と、額に砂が着くほど地面にふれていて。
「付き合ってない、付き合ってない……ごめん、乙和…ごめん……!!!」
公園内に響く狭川くんの声に、息が詰まりそうになる。
乙和くんは返事をしなかった。
喉の奥で、声を止めていた。
「あたま、あげろよ…」と、乙和くんが苦しそうに言ったのはいつか分からない。
頭を上げるように言われたのに、狭川くんは絶対に頭を上げようとはしなかった。
「……分かってたよ……、付き合ってないことぐらい……、分かってたに決まってるだろ……」
項垂れ、今にも消えそうな乙和くんを、私は抱きしめることしか出来なかった。
「お前も、勇心と同じで嘘ヘタなんだよ…」
もう公園の外は茜色に染っていた。
寒い空の下は、夕日が沈むのも早く。
夕日の下で、乙和くんを見るのは凄く久しぶりだった。
それでもその茜色も、紺色の空に変わっていく。紺色から黒色に変わった頃、涙を止めた乙和くんが「…はる?」と、優しく私の名前を呼んだ。
苦しそうで悲しい声じゃなくて、付き合っていた時の優しい乙和くんの声に、ポロポロと涙を流しながら私は顔を上に向けた。
後ろから抱きしめている私には、乙和くんの横顔しか見えなくて。
「…もう逃げない、逃げないから離して。はるの気持ちは分かったから」
少しだけ体を傾けた乙和くんは、腕を動かし、乙和くんの言葉に力が抜けた私の体を包み込むように片腕の中におさめた。
そしてそのまま、もう片方の腕でも使い、体を動かした乙和くんは前から私を優しく抱きしめてきた。
懐かしい乙和くんの温もりと、匂いに、また涙が浮かんでくる。乙和くんの背中は私の涙でびしょ濡れなのに、今度は胸もとも濡らしてしまいそうになる。
それが分かっているのに、乙和くんの背中に腕を回した私は、「と、わ……」と、胸もとに顔を埋め涙を流した。
「晃も、顔あげて…、怒ってない。怒ってないから」
きっと、1時間以上は額を土につけていた。
「頼むからあげてくれ…」
少しだけ笑った声を出した乙和くんに、ようやく頭をあげた狭川くんは、枯れた声で「…悪かった」と、謝罪した…。
頭を上げたことを確認した乙和くんは、ゆっくりと呼吸をした。
乙和くんの胸元にいる私には、その呼吸が酷く響いた。
まるで私を落ち着かせるように、優しく頭を撫でてくる彼は、私を抱え直す。
そう行為がとても嬉しくて…。
「俺の方こそ言わなくて悪かった…、晃が嘘をついたのは俺が言わなかったから。…俺が悪い」
「何言ってんだよ……」
「嫌だったんだ…、病気だからって、助けられるのが。迷惑がかかるから…」
「ちがうだろ、友達だから助けるんだよ…」
「そういうの無しで友達でいたかった…」
「乙和…」
「友達なのに気を使われるのが嫌だったんだよ…」
優しく、優しく私の頭を撫で続ける乙和くんは、また息を吐いた。
「…視野が狭くなっていく病気なんだ……」
ゆっくりと、泣いている私にも聞こえるように、落ち着いた声を出しながら乙和くんは話を続けていく。
「個人差によるけど、俺の場合は色も違って見える」
「色…?」
「そう、白い紙に、HBとか芯の薄いシャーペンで書かれると見えにくい。黒板に青いチョークで書かれると背景と一緒に見えるんだよ」
もう、たくさん泣いたからか。
頭を優しく撫でられているからか。
乙和くんが落ち着いて喋っているからか、乙和くんの言葉を聞きながら、私は自分の使っているシャーペンの芯は、2Bだと、無意識に思っていた。
「色の識別は、昔からあった。でもこれ昔からあって普通だと思ってた。…けど、目がおかしいって思ったのは、高校に入ってから。なんか端の方が見えなくなるっつーか、消えるっつーか。電気とか…豆電球になると、昔みたいに見えなくなって…」
別れる前、手を繋ごうとして、私が消えたかと思ったと言っていた乙和くんを思い出す…。
「ボールを頭に当たった日、病院行った。頭の病院行ったのに、最近のこと言ったら案内されたのは眼科だった…。そんで言われた、目が見えなくなる病気だって」
「それまで、病院に行かなかったのか…?」
「バイトして疲れてんのかなって…行かなかった」
「…」
「治療法はない、あっても、スピードを遅らせるだけ…」
「遅らせる…?」
「個人差がある、……死ぬまで2.0の視力だった人もいれば、盲目になった人もいる」
「…」
「このサングラスも、陽の光はあんまり見ない方がいいって言われてつけてる。1回、見えなくなった視野は、回復することはないから……」
「…逃げてごめんなさいッ、………」
乙和くんが何かを言ってるけど、必死な私は乙和くんの言葉を遮り伝え続けた。
「1人にしてごめんなさい…」
「はる…」
「ずっとふれたかった…っ…」
「…はる…」
「だいすき、すき、だいすき、…」
乙和くんの服に、じわりと涙が滲んだのが分かった。私の方に少しだけ振り向き、「…はる、」と、私の名前を呼びながら「やめて…」と否定する…。
「すき、」
「やめてはる…」
「乙和くんが、すきだよ…」
「…聞いてたでしょ?俺、目が見えなくなるんだよ?」
「すき…」
「はる」
「すきだよ……」
「お願いだからやめて…」
乙和くんが苦しそうな声を出し。
ゆっくりと私の腕に触れた。
それでも強引に離そうとはしない彼は、もう1つの腕で自身の目元に手を置いた。
泣いている乙和くんは力が入らないみたいだった。次第に膝の力も抜けていき、公園の地面へと膝をつく。
それでも後ろから抱きしめるのをやめない私に、乙和くんはずっと泣いていた。
「最悪だよ……」と、呟きながら。
「だから、知られたくなかった…、こうなる事分かってたから……」
「乙和…」
狭川くんが、同じようにしゃがみこみ、「……ごめん」と、地面に手のひらをつき頭を下げた。
公園で、乙和くんに向かって土下座している男は、「……ずるい真似した、…ごめん…
、小町さんを使ってごめん…」と、額に砂が着くほど地面にふれていて。
「付き合ってない、付き合ってない……ごめん、乙和…ごめん……!!!」
公園内に響く狭川くんの声に、息が詰まりそうになる。
乙和くんは返事をしなかった。
喉の奥で、声を止めていた。
「あたま、あげろよ…」と、乙和くんが苦しそうに言ったのはいつか分からない。
頭を上げるように言われたのに、狭川くんは絶対に頭を上げようとはしなかった。
「……分かってたよ……、付き合ってないことぐらい……、分かってたに決まってるだろ……」
項垂れ、今にも消えそうな乙和くんを、私は抱きしめることしか出来なかった。
「お前も、勇心と同じで嘘ヘタなんだよ…」
もう公園の外は茜色に染っていた。
寒い空の下は、夕日が沈むのも早く。
夕日の下で、乙和くんを見るのは凄く久しぶりだった。
それでもその茜色も、紺色の空に変わっていく。紺色から黒色に変わった頃、涙を止めた乙和くんが「…はる?」と、優しく私の名前を呼んだ。
苦しそうで悲しい声じゃなくて、付き合っていた時の優しい乙和くんの声に、ポロポロと涙を流しながら私は顔を上に向けた。
後ろから抱きしめている私には、乙和くんの横顔しか見えなくて。
「…もう逃げない、逃げないから離して。はるの気持ちは分かったから」
少しだけ体を傾けた乙和くんは、腕を動かし、乙和くんの言葉に力が抜けた私の体を包み込むように片腕の中におさめた。
そしてそのまま、もう片方の腕でも使い、体を動かした乙和くんは前から私を優しく抱きしめてきた。
懐かしい乙和くんの温もりと、匂いに、また涙が浮かんでくる。乙和くんの背中は私の涙でびしょ濡れなのに、今度は胸もとも濡らしてしまいそうになる。
それが分かっているのに、乙和くんの背中に腕を回した私は、「と、わ……」と、胸もとに顔を埋め涙を流した。
「晃も、顔あげて…、怒ってない。怒ってないから」
きっと、1時間以上は額を土につけていた。
「頼むからあげてくれ…」
少しだけ笑った声を出した乙和くんに、ようやく頭をあげた狭川くんは、枯れた声で「…悪かった」と、謝罪した…。
頭を上げたことを確認した乙和くんは、ゆっくりと呼吸をした。
乙和くんの胸元にいる私には、その呼吸が酷く響いた。
まるで私を落ち着かせるように、優しく頭を撫でてくる彼は、私を抱え直す。
そう行為がとても嬉しくて…。
「俺の方こそ言わなくて悪かった…、晃が嘘をついたのは俺が言わなかったから。…俺が悪い」
「何言ってんだよ……」
「嫌だったんだ…、病気だからって、助けられるのが。迷惑がかかるから…」
「ちがうだろ、友達だから助けるんだよ…」
「そういうの無しで友達でいたかった…」
「乙和…」
「友達なのに気を使われるのが嫌だったんだよ…」
優しく、優しく私の頭を撫で続ける乙和くんは、また息を吐いた。
「…視野が狭くなっていく病気なんだ……」
ゆっくりと、泣いている私にも聞こえるように、落ち着いた声を出しながら乙和くんは話を続けていく。
「個人差によるけど、俺の場合は色も違って見える」
「色…?」
「そう、白い紙に、HBとか芯の薄いシャーペンで書かれると見えにくい。黒板に青いチョークで書かれると背景と一緒に見えるんだよ」
もう、たくさん泣いたからか。
頭を優しく撫でられているからか。
乙和くんが落ち着いて喋っているからか、乙和くんの言葉を聞きながら、私は自分の使っているシャーペンの芯は、2Bだと、無意識に思っていた。
「色の識別は、昔からあった。でもこれ昔からあって普通だと思ってた。…けど、目がおかしいって思ったのは、高校に入ってから。なんか端の方が見えなくなるっつーか、消えるっつーか。電気とか…豆電球になると、昔みたいに見えなくなって…」
別れる前、手を繋ごうとして、私が消えたかと思ったと言っていた乙和くんを思い出す…。
「ボールを頭に当たった日、病院行った。頭の病院行ったのに、最近のこと言ったら案内されたのは眼科だった…。そんで言われた、目が見えなくなる病気だって」
「それまで、病院に行かなかったのか…?」
「バイトして疲れてんのかなって…行かなかった」
「…」
「治療法はない、あっても、スピードを遅らせるだけ…」
「遅らせる…?」
「個人差がある、……死ぬまで2.0の視力だった人もいれば、盲目になった人もいる」
「…」
「このサングラスも、陽の光はあんまり見ない方がいいって言われてつけてる。1回、見えなくなった視野は、回復することはないから……」