良くないに決まってる。

私だって知りたい。

ずっと乙和くんのことが好き。

そばにいたい。


「…泣いてたの……乙和くん、別れる時…」

「乙和が?」

「乙和くん…、それぐらいの覚悟だった…」

「…」

「私がいる事で乙和くんが泣くなら、苦しむなら、もう関わらない方がいいのかなって…」


乙和くんに会いたい…。


「それを言うなら、乙和は今でも泣いてるかもしれない。別れる時泣いてたって、それぐらい小町さんのこと好きだったってことだろ?」


それぐらい好き…。
もっと、顔を見せてと言っていた大好きな人。


スマホを取り出した狭川くんは、「……小町さんは隠れてる?」と、私の方に顔を向けた。


「……さがわくん…」

「帰るなら止めない」


帰るなら…。

狭川くんから目を逸らせば、目の奥が熱くなり。気を抜けば涙が流れそうだった。


「………こわいの、」

「うん」

「余命とか、乙和くんの口から聞きたくなくて…」

「…」

「病名を聞くよりも、この世から乙和くんがいなくなるのが怖い……」


例え、命に関わってないといっても。
あの乙和くんが言えない病名なのだから。


「…それは明日かもしれない。自分の気持ちを伝えないままでいいの?乙和に伝えなくていいの?」


伝えないまま…。
乙和くんが、死ぬかもしれない…。


「俺はそうなりたくないから乙和のこと知りたい」

「…」

「人はいつ死ぬか分からない…。小町さんだって明日死ぬかもしれない」

「…」

「やらなくて後悔よりも、して後悔の方が、俺はいいと思う」







スマホを耳に当てた狭川くんは、乙和くんに連絡をしてるらしく。
電話は繋がったみたいで、この場所の名前を言っていた。

「乙和が来るまでずっと待ってるから」と。



──…私は弱い人間だった。
乙和くんの持つ病気を受け入れる受け入れないのではなく、乙和くんが死んでしまうかもしれないということが怖かった。


ベンチには、狭川くんだけが座っていた。ベンチから死角になるよう、草むらの中に座って隠れている私は本当に弱い人間…。


こそこそ隠れるなんて、してはいけない。
本当ならまっすぐ乙和くんの顔を見て聞かなきゃいけないのに。

私はぎゅっと自身の鞄を抱きしめた。



乙和くんが来たのは、連絡を入れて1時間ほどした頃だった。草の隙間から見える乙和くんは制服のまま。
歩いてきたらしい乙和くんは、「なに、呼び出して」と、ゆっくり歩いてくる。

2メートルほどの距離をあけ、立ち止まった乙和くん。私は乙和くんの背中しか見えなかった。
だから乙和くんがどんな顔をしているのか分からなくて。


「…乙和に報告があって」

「うん」

「俺、はるちゃんと付き合うことになったから」


笑っていなく、真剣な表情で嘘をついた狭川くん。嘘をつくとは言っていた。だけどどうしてそんな嘘を…。


「…それは同意の元?」


乙和くんの声はやけに静かだった。


「同意だよ。…はるちゃんまだ乙和のこと好きみたいで。けど慰めたら、心開いてくれて。さっき付き合った」

「晃…、晃は俺の事ではるに近づいたのは分かってる。前に言ったけど、中途半端な気持ちではるには関わらないでほしい」

「確かに中途半端だった、けど、はるちゃんっていい子じゃん。さすが乙和と付き合ってたっていうか…、普通に好きになった…。俺が守りたいって思った」

「……」

「いいよな?乙和。俺が本気なら付き合っても」

「…晃…」

「もうお前、はるちゃんと関係ねぇんだから」


乙和くんは、静かだった。


「……晃が本気なら、俺は何も言わない」


乙和くんの、顔が見えない。


「乙和」

「…大事にして欲しい、はるは本当にいい子だから」

「…いい子なのに、なんで手放したんだよ」

「…」

「マジで俺が貰っていいのかよ?返さねぇぞ」


ベンチから立ち上がった狭川くんは、立ったまま動かない乙和くんの方に向かう。

そのまま「乙和」と低い声を出した狭川くんは、乙和くんの胸ぐらを掴んだ。


「お前、好きな女をとられてまで、言いたくねぇの?」


顔を近づかせた彼は、どこからどう見ても怒っていて。


「惚れた女を、幸せにしたくねぇのかよ…」


ゆっくりと胸ぐらを話した狭川くんは、「…はるちゃん泣いてたぞ」と、呟く。
それに反応した乙和くんが、軽く、顔をあげた。


「これからも泣かせるのはお前で、笑わせるのが俺の役目でいいの?」

「…」

「なあ、」

「…」

「乙和」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…」

「…──そんな顔するなら、別れなかったら良かったのに……」


私からは、乙和くんの表情は、まったく見えなくて。