次の日、乙和くんは学校に来ていた。
横には、小山くんもいて。
私がいることに気づいているはずなのに2人とも私の方に見ることは無くて。
目は悪くないはずの乙和くんは色がついている眼鏡をかけていた。
数日姿を見せなかった乙和くんは、痩せたような気がした。
「おー久しぶり乙和!なんで眼鏡?」
と、クラスメイトの男子に話しかけられる乙和くんは、「久しぶり〜」と普通に笑いかけていた。
まるで私を他人のように扱う乙和くんは「わりーんだけど、休んで分のノート見せてくんね?」と、その男子生徒に話しかけていて。
その乙和くんの台詞に驚いたのは男子生徒だけじゃなくて、他の乙和くんの友達も、女子生徒も〝え?〟って顔つきをした。
みんな知っているから。乙和くんがいつも私のノートを見ていたことを。
だからみんなの考えていることが容易に分かった。
「え? 乙和カノは?なんで俺のノート?」
と、みんなが思っているであろう事を聞いた男子生徒は、離れて暗い顔をしている私を見て「ケンカでもしたの?」と首を傾げていた。
「いや?別れたから。もう借りれないでしょ」
そう言った乙和くんは、笑っていた。
私はもう、泣きそうだった。
どうして?
なんで?
私はまだ別れたことに、同意していない。
それなのに、教室の中でそう言い放った乙和くん…。
私はまとめいた。乙和くんが休んだ分、写せるように付箋もノートに貼っていた。
乙和くんが笑ってくれるために。
「え?!まじ?!」
「そうなの?」
「あんなにも仲良かったのに」
「喧嘩したのか?」
「…まあ、そんなとこ」
笑う乙和くんを見ていると苦しくて。
私は教室から逃げ出した。
どうしてという、気持ちが止まってくれない…。
廊下に出て走り出す。
そんな私を追いかけるように「小町さん!」と後ろから大きな声を出した男がいた。
泣いている私は、その人に振り向くことが出来なかった。
私を追いかけてきたのは、大好きな彼じゃない……。
「………わるい…」
なんで、小山くんが私に謝るのか分からない。
小山くんは何もしてないのに……。
「…ごめん……」
2回謝ってきた小山くんの方に、ゆっくりと振り向いた。予想通り、小山くんは泣きそうで苦しそうで、顔を歪ませていた。
「ごめんな…」
3回目…。
「…どうして小山くんが謝るの…、内緒にしてるから?」
「…」
「乙和くんに、言っておいて…」
「…」
「私、そこまでバカじゃないよ…」
「…」
「あれが、乙和くんの本心じゃないことぐらい分かるよ…」
「…小町さん」
「病院に行って…そのあと別れたいなんて、」
「……」
「〝どうして〟小山くんに言えるのに、私に言えないのかなぁ……」
「……」
「あんな、痩せ方…」
「……」
「…とわくん、どこか、からだがわるいの?」
その質問に、小山くんは答えてくれなかった。
けど、小山くんの顔を見れば〝肯定〟と同じなのに……。
「…いのちに関すること?」
けど、それに対しては、考えるような顔をしてから首をふってくれた。
「ちがうの…?」
「違う、でも、俺が乙和でも小町さんと別れると思う」
「……どうして?信用できないから?」
「違う。…小町さんの事が大切だから」
私の事が大切らしい乙和くんは、私以外の人のノートを借りていた。
授業中、私は乙和くんがノートを写している光景を見ていた。
けれども字が読みにくいのか、シャーペンを持つ手が止まっていた。
貸したノートを近くに寄せたり、遠くにしたり。
私のノートを見てた時には見せていない行動だった。
だからこっそり、放課後、乙和くんの机の中に私のノートを入れてみた。
けれども次の日の朝、そのノートは私の机の中に返却されていた。
いつ乙和くんが入れたのか分からない。
そもそも、乙和くん自身が入れたのかも分からない。
そんな乙和くんはまた私以外の生徒にノートを借りていた。
今度は〝返さなくていい〟と、メモをつけて、私のノートをコピーしたものを乙和くんの机の中に入れた。
それでも返却されていて。
いつもくれたジュースもお菓子も何も無くて。
だけど負けじと乙和くんに送り続けた。
せこいと思われるかもしれないけど、優しい乙和くんが捨てられないように、コピーではなく手書きのものを机の中に入れたりして…。
それでも朝になると、私の机の中にあった。
まるで〝いらない〟とでもいうように。
1週間たってもそれは分からなくて、私は乙和くんが私の机の中に入れないように、朝早く来て席に座ることにした。
乙和くんが何時に学校に来てるのか分からない。学校に登校すれば、私の机の中にあるから。
朝の七時だった。
もう部活動の朝練で学校に着ている人はいたけど、校舎内はすごく静かだった。
すごく静かなのに、教室の中も静かなのに。
他の教室は、まだ電気がついていないのに。
私のクラスだけは電気がついていた。
そこには2人の人間がいて。
私はこっそりとその2人の影を見た。
まだ七時なのに、いつから学校に来ているのか。
見えにくそうにノートを見ながらシャーペンを握る男と、数枚の紙を見つめる男がいて。
カサカサと、紙の音だけが聞こえた。
「──…なぁ、乙和」
紙を見つめていた男が、意味深な様子で口を開いた。
「…小町さん、気づいてると思う」
シャーペンの動きを止めた…、私の好きな人は、その人を見上げた。
小山くんの方を見つめた乙和くんは、静かなまま。
「この前も、どこか悪いのかって聞かれて。これも見る限り、乙和のこと気づいてんじゃねぇかな」
小山くんは私が書いたノートのうつしを、乙和くんの方に見せていた。
今日も色つきの眼鏡をつけてる乙和くんは、「…なんて答えた?」と、泣きそうな声でそう言った。
「俺顔に出るから…、いのちに関することかって聞かれて。首振っただけ」
「…」
「乙和」
「…」
「別れるなら、正直に言って別れた方がいいんじゃねぇか?」
「…」
「乙和の気持ちも、すげぇ分かるよ。けど小町さん…いい子じゃん」
「……だからだよ」
「乙和…」
「言っても、はるは優しいから、絶対別れてくれない」
「これも、乙和が見やすいように文字も大きくなってるし」
「勇心…」
「お前はこれでいいのかよ、本当に…。〝今〟顔見て、向かい合って、ちゃんと別れねぇと小町さんはずっと書き続けるぞ。お前だって後悔すんじゃねぇのか」
「…」
「別れを選んだのはお前なんだから、最後まで貫き通せよ……」