五月の初め、世間はゴールデンウィークに入り、大学も休校になった。休みの間、私は西洋美術史のレポートを仕上げようと思っていた。なのに、その資料を大学内のロッカーに置きっぱなしだったことに気がついた。私は慌てて家を出ると大学へと足を向けた。
五月の生暖かい風が、ボブカットの私の髪を時折なでつけていくなか、私の気はそわそわしていた。いくら休校とはいえ、大学の門が閉まっていることはないだろう。そうは思っても、万一入れなかったらどうしようかと気を揉んでいた。急ぎ足で歩きながら住宅街を突っ切り、いつもの桜並木に出ると、白い光を浴びた葉桜が、互い互いに合わさりながら、黄緑のアーチをつくって美しい情景を醸し出していた。その情景の端っこに折りたたみのイーゼルを立てかけ、すらっとした容姿の女性が鉛筆を手にしたまま立っているのが目に入った。
他に誰も人はいなくて、大学の前の桜並木を描くにはうってつけに見えた。大学生なのだろうか。休校だというのに、熱心に大学前でスケッチをする生徒というのはあまり見かけない。皆、休みをエンジョイしようと、どこかに旅行に行ったり、遊びに行ったりしてしまうものだ。変だなあと思いながらも、横を通り過ぎながらその彼女をちらりと見た。
ほっそりとした体つきの彼女は背が高かったけど、横顔を見ると、まだあどけない表情をしていた。大学生にしては、幼い顔立ちだったので、察するにこの辺りに住む高校生といったところだろう。絵を描くのが好きなので、この休みにスケッチでもしようということなのだろう。ふとスケッチブックを見ると、まだ何も描かれていない真っ白な状態だった。きっとこれから構図を決めて描くのだろう。私は彼女の邪魔にならないように大学の門をくぐり抜けると、目的の資料を求めて、校舎内へと入って行った。
大学の中はいつものしゃべり声は聞こえず、がらんとしていた。それでも誰かしらいるらしく、教務室の明かりがついていた。内心ほっとしながら、自分がいつも使っているロッカーへと向かい、忘れてきた資料を手にした。分厚い資料を手にすると、よかったとばかりに胸をなでおろした。あとはゆっくりと元来た道をたどり、家へ帰るためにあの桜並木を通ろうとした。
さっきの少女が鉛筆を忙しそうに動かしている。どうやら彼女は描き出したらしい。目は真剣にスケッチブックに注がれ、時折対象物を見極めようと、鉛筆を垂直に立てはかっている様子が窺えた。いったいどんな絵を描き出したのだろうか。なんとなく気になり、ちらっとスケッチブックを見つめた。そのとたん、私の目は釘付けになった。ついさっきまで真っ白だった紙には、完璧なまでの葉桜の並木道が再現されていた。きっちりと描かれた枝ぶり、薄い光が差し込んでいる陰影、さわさわと風に鳴る葉ずれの音が聞こえてきそうな動きのある描写、その向こう側にはレンガ造りの校舎と一人の少女が浮かび上がっていた。その少女はどこかで見たことのある人物だった。息を呑んで立ち止まると、すぐそばで声がした。