夏休みスペシャルのために、夏になる前に肌寒い季節に海で撮影することになった。ロケバスで海に行き合宿撮影だった。こんな風景、一年前には想像もできなかった。

 ナル兄は腹筋が割れていて、体を鍛えていることが水着になるとよくわかる。お母さんたちは、羨望のまなざしであの腹筋を見るに違いないと思った。
 春の寒空の海で、常夏気分で踊れ歌えの無茶ぶりだった。

 うたのおねえさんの仕事を舐めていたかもしれない――。
 思ったより 体力的にきつい。それを顔に出さずに、まるで真夏の空の下で歌うかのようなナル兄はすごい。声は、後に撮り直すみたいだがそのまま使っても問題ないクオリティーだ。

 撮影の時はいつも肩と肩が密着する。変にうたのおにいさんとおねえさんが離れているのは不自然なので、いつもくっついてくださいと言われる。正直、心臓の音を聞かれてしまわないか――ドキドキしてさらに心拍数が上がる。

 私の右には、いつもうたのおにいさんがいる。撮影が終わると、瞬時に離れるのだが、なかなか肩と肩が密着するという行為に慣れずにいた。

 部屋は個室で、窓の外の星空を眺めていた。星降る夜に肩を寄せ合って一緒にいられたらどんなに幸せだろうか。

 すると、ノックの音がする。まさかのおにいさんが私の部屋にやってきたのだ。
 人刺し指を一本たてにして「しーっ」といいながら入ってきた。
 
 私は声にならずに、部屋着のまま立ち尽くしていた。メイクも落としてしまい、ノーメイクのままでこの人に会ってしまうとは。

「何しに来たの?」
「お前の顔を見に遊びに来たんだって」
「ノーメイクの顔を……?」
 思わず本音が出てしまった。
「おまえはメイクしてもしなくても、かわらないな」
 それは褒められているのか? けなされているのか?

 突然おにいさんが壁ドンをする。少女漫画ならば胸キュンポイントだが、いまいち自分の立ち位置がわからない私としては、どうすればいいのか何が目的なのか、わからないでいた。

「なんで連絡してこない?」
「文章が思いつかなくって……毎日会うから直接話せばいいし」
「俺の連絡先知っているのは、超貴重だぞ」
「個人的に連絡とりあうのって、やっぱりうたのおねえさんとしては失格だと思うし」
「なんでお前はそんなに馬鹿まじめなんだろうな……。おまえなんか、大嫌いだけどな」
 なんたる発言。こんなこと言われたら普通幻滅するのだろうが――
 相手は超美形男子。何を言われても私のような恋愛初心者は心を許してしまう。

「なんで……?」

 切れ長の瞳がきれいで、目力が鋭く刃のごとく切り刻まれそうだった。なぜかはわからないけど、この危険オーラ爆発のおにいさんに好かれてしまったのだろうか? 
 かなり物好きなおにいさん……これは運命だと勘違いしてもいいものだろうか?

 でも、この曲者と恋愛初心者の私が交際するのは――至難の業だろう。
かなり大変なのではないのだろうか??

「つきあうつもりはないから」
 何――その急に天国から地獄に振り落とすようなセリフ。
 あからさまにがっかりな表情をしてしまった。

「うたのおにいさんを卒業したら、つきあうか?」

 え……? 何、その提案?

「俺のこと好きだろ?」
「好きじゃないよ」
「痛っ……」デコピンされた。キスではなかった。
 期待した私が馬鹿だった。

「ちゃんと連絡しろよな、待っているからな」
 右肩が触れるだけで、緊張していたのに――
 こんなことがあるなんて――

「卒業したらよろしくお願いします」
 大好きな人の顔が間近にあったせいで、私は顔が火照った状態で返事をした。

「よし」
 まるで私への扱いはペットだ。ペットのように私の髪を撫でる。

 おにいさんの瞳は美しいけれど、どこか氷のような冷たさを秘めていた。
 もし、この人の氷を解かすことができれば――彼に本当の幸せを与えられるのかもしれない。でも、私たちは 禁断の愛だ。この恋は絶対秘密事項だ。