「ティーゼ、踊ろう。僕はずっと、君と踊りたくて仕方がなかったんだ」


 この瞬間をどれほど待ち続けたか――そう続いた呟きが、彼の口の中に消える。

 ティーゼは、昔、ダンスを習っていると彼から告げられて、いつか踊りたいと聞かされていた事を思い出した。貴族の息子であるせいか、クリストファーは町の祭り事には参加が出来ないでいたから、恐らく、楽しむ仲間達が羨ましくて、寂しく感じていたのだろう。
 
 まさか、庶民の自分が、こんな煌びやかな舞踏会に参加する事になろうとは思ってもいなかったが、と考えたところで、ティーゼは貴族の形式ばった踊りを知らない事に気付いた。

「あの、私、踊れないんだけど――」
「大丈夫、僕がリードするから、ね?」

 慣れない場所で緊張するだろうから、僕だけを見ているといいよ、と彼が優しく告げた。思考が上手く回らないのは、きっと緊張のせいだと気付かされて、ティーゼは「うん」と答えて、彼の手を強く握り返した。