彼が貴族である事が脳裏に過ぎらなかったといえば嘘になるが、自分達が怪我をするよりも、彼が倒れてしまう方が、より多くの人間の悲しみや混乱を招くだろうと思った。

 仲間同士、同じ痛みを分けあうのは当然だ。しかし、クリストファーの場合は少しだけ違っていた。彼は新参者であったし、面倒を見ている隣近所の仲のいい子供達と似たように、ティーゼ達にとっては守らなければならない弟分のような存在だった。


 あの時、守れ、と叫んだのが誰だったかは覚えていない。ティーゼは直後に、猛烈な痛みと衝撃を受けてよくは覚えていなかった。


 ティーゼは思い出したその情景についても、ぽつりぽつりと口にした。腹が立ったのは自分の不甲斐なさのせいだと実感して、声は弱々しくなっていた。

 テーブルの紅茶がすっかり冷えてしまった頃、自分が喋りすぎている事に気付いて、ティーゼはようやく口を閉じた。恐る恐るルチアーノを窺えば、彼は椅子に背中をもたれさせ、敷地の門の方へ顔を向けていた。