「……母上……?」
ふと、黒藤さんの声が揺れた。
「黒ちゃん? どうしたの?」
ママが呼びかける。
水鏡を見つめる黒藤さんは、だんだん目を見開いてゆく。ママには水鏡は視えない。私は、黒藤さんが何に驚いているのかと、もう一度水鏡を覗き込んだ。
そこに映るのはさっきまでと変わらず、ママと同じ顔をした女性――え? 今……
「くろとさん……紅緒様が……」
「………」
黒藤さんは私には答えず、拳を握って水鏡を消した。水滴は床に落ちることなく空中で霧散した。
「真紅、紅亜様、病院に行く」
「病院?」
「黒ちゃん? 紅緒がどうかしたの?」
黒藤さんは先に歩き出してしまう。私たちは戸惑って顔を見合わせたあと、すぐに追うことにした。
「今、水鏡の向こうで母上が目を覚まそうとしている」
玄関まで来ると、黒藤さんがいきなりそう言った。
「目を覚ますって……それは明日じゃないの?」
戸惑いを隠せないママに、黒藤さんは肯いた。
「母上の算段では、そうでした。ですが、それを決断された当時の母上は、無涯を失い傷心でもあられた。どこかに隙があったのかもしれない。……母上の予定とは、時間がずれたようです」