シャルロッテは妹に連れられ、自我が目覚めてからは初めてヴェーデル伯爵邸の本邸に足を踏み入れた。
 豪華なシャンデリアに真っ白い壁、絵画や骨董品の美術品の数々が廊下を彩る。

「お父様、お母様、入りますわよ」
「ああ」

 エミーリアはドアをノックしてヴェーデル伯爵と夫人がいる執務室へと入る。

(すごい豪華なお部屋……)

 シャルロッテは自分の住む世界と全く違う明るい世界に、そわそわとして落ち着かなかった。

「お父様、お母様! シャルロッテを連れてきましたわよ」
「ご苦労だったな」

 ヴェーデル伯爵は手紙を書いていた手を止めて、エミーリアのほうを見つめて言う。

「まあ、相変わらず汚い身なりだこと」

 夫人は手で顔を覆い、上半身を後ろに引いて、汚物を見るような目でシャルロッテに視線を送る。


「ヴェーデル伯爵、伯爵夫人。はじめまして、シャルロッテと申します」

 シャルロッテは、昔に家庭教師から教わったカーテシーをするが、うろ覚えの彼女はうまくできない。

「まあ、この子まともな挨拶もできやしないのね」

 ふん、というように夫人が蔑んだ目でシャルロッテを見る。
 そして、時間が惜しいとでもいうように「要件だけ伝える」とヴェーデル伯爵はシャルロッテに告げる。

「エルヴィン・アイヒベルク公爵からお前に婚約の話が来ておる。行ってくれるな?」
「それはもちろんですが、私が公爵様に嫁ぐなど……そのような大変ありがたいお話よろしいのでしょうか?」
「ああ、なんたって今日はお前の18歳の誕生日だからな。親としてできる限りの最後のプレゼントをしないと」

 ヴェーデル伯爵は「最後の」という部分を強調して言った。

「で、もう馬車の準備はしてある。まあ、ありがたいことに公爵様は何も持参せず身一つでいいと言ってくださっている。だからそのまま出ていいぞ」
「……かしこまりました」
「じゃあね~、お・ね・え・ちゃ・ん♪」

 エミーリアは手をひらひらとさせながら、楽しそうにシャルロッテに向かって手をふる。
 「ではもう出ていけ」と言うヴェーデル伯爵の言葉を聞き、シャルロッテはメイドに連れられて玄関へと向かった。