「ゲッヘェェェ。ブエェェェ。こ、こんなにしつこい風邪は始めてだぁぁぁ」
全然体が治らない。
頭はいつも熱でぼんやりしているし、目はチカチカしていて、少し動いただけでものすごく疲れた。
良くなるどころか、毎日悪くなっている気がする。
どうして治らないんだ。
1日6回のおやつだって5回に減らしているし、苦い薬だって砂糖をたくさん入れて甘くして頑張って飲んでいるのに……。
でも、僕ちゃまは朝からウキウキしていた。
「今日はエフラルちゃんと初めて会う日だぁぁぁ~。実物はどんなにかわいいのか楽しみだなぁぁぁ~」
僕ちゃまの婚約者――ポリティカ男爵家のエフラルちゃん。
14歳になった時、父ちゃまが見つけてきてくれた。
まだ肖像画しか見たことないけど、僕ちゃまの好みにピッタリだった。
透き通るような白い肌に、眩しいくらいの金髪。
くるりとしたブルーの瞳が本当にかわいい。
気がついたら、デヘヘヘェェェと涎が出ていた。
「クッテネルング様、エフラル様がお着きになりました」
エフラルちゃんが着いたと聞いて、体の不調が吹っ飛んだように軽くなる。
ルンルンしながら玄関へ向かった。
こじんまりとした馬車から、妖精みたいな女の子が降りてくる。
肖像画で見たよりもずっと儚い雰囲気だった。
「ク、クッテネルング様……お初にお目にかかります……エフラル・ポリティカでございます……」
うっひょー、なんて可愛い声なんだ。
小鳥がさえずるような声って、こういうことを言うんだな。
もっと聞きたくなる。
「僕ちゃまはサンクアリ家のクッテネルングだぁぁぁ。よろしくぅぅぅ」
「は、はい……よろしくお願いいたします……」
エフラルちゃんの表情は暗い。
きっと、僕ちゃまに会うのが待ち遠しくて、待ちくたびれてしまったのだろう。
使用人たちも哀れみの表情でエフラルちゃんを見ている。
でも、もう大丈夫だ。
僕ちゃまはここにいるぞ。
「お、お父様、本当に行かなくてはいけませんの……!」
「エフラル。私も悪いと思っている。頼む、ポリティカ男爵家のために頑張ってくれ」
エフラルちゃんとポリティカ男爵は涙ながらに見つめ合っている。
まるで、今生の別れみたいな雰囲気だ。
何も今日結婚するというわけでもないのに大袈裟だな。
まぁ、僕ちゃまが幸せにするから安心してよ。
「……ぐすっ」
エフラルちゃんが涙を拭きながらやってくる。
僕ちゃまに会えて、そんなに嬉しいんだね。
「さあぁぁぁ、外でお茶でも飲もうかぁぁぁ」
「は、はい……ぐすっ」
僕ちゃまはテラスに案内する。
屋敷の部屋でお茶会する予定だったけど気分が変わった。
サンクアリ家の領地を見せびらかそう。
しかし、テラスには何の用意もされていなかった。
「コラァァァ! どういうことだぁぁぁ! ちゃんとお茶の用意をしておけよぉぉぉ!」
怒鳴り散らしていると、使用人たちが慌ててやってきた。
「ク、クッテネルング様!? しかし、お茶会はお部屋でやると昨日……!」
「なんだぁぁぁ!? 口答えするのかぁぁぁ!? 貴様をクビにしてやってもいいんだぉぉぉ!」
「も、申し訳ございません! 今すぐ用意いたします!」
怒鳴りながらもエフラルちゃんに向かって得意げな顔をして見せる。
使用人に厳しい次期当主。
カッコイイでしょ?
そのうち、使用人が大慌てでお茶やら軽食やらを持ってきた。
相変わらず、エフラルちゃんを憐れんでいるようだ。
だから、もうその必要はないんだよ。
僕ちゃまに会えたんだからさ。
一通り準備は整ったが、キャンディースティックが無い。
僕ちゃまのお気に入りのお菓子だ。
「おいぃぃぃ! どうして、キャンディースティックがないんだよぉぉぉ!」
僕ちゃまは使用人たちをめちゃくちゃに怒鳴りつける。
エフラルちゃんにカッコイイところを見せるのだ。
「し、失礼いたしました、クッテネルング様。持って参りました」
ようやく、キャンディースティックがやってきた。
「ああぁぁぁ、美味いなぁぁぁ」
僕ちゃまはキャンディースティックを、上から下まで思いっきり舐めまわす。
エフラルちゃんが釘付けになっていた。
食べ方のカッコよさに夢中になっているのだ。
「エフラルちゃんも食べるぅぅぅ?」
僕ちゃまは食べかけのキャンディースティックを差し出した。
せっかくだから少し分けてあげる。
これぞ紳士の振る舞いだ。
だが、エフラルちゃんは石像のように固まった。
「い、いえっ……! け、結構でございますわっ……! あ、甘い物は控えておりますのでっ……!」
顔の前で両手をブンブン振って断られた。
そうか、そんなに甘い物が嫌いなのか。
「クッテネルング様……肖像画を拝見してから、ずっとお伝えできなかったことがありますの……ですが、今その決心がつきました……」
「何かなぁぁぁ? エフラルちゃ~んんん?」
さりげなく近寄ったけど、さささっと身を引かれた。
そんなに気を使わなくてもいいのに。
「あ……」
「あぁぁぁ?」
エフラルちゃんは何かを言いかけたまま動かない。
何やら、覚悟を決めているような気がする。
そうだ、わかったぞ。
あなた様のことが好きで好きでたまらないのです、って言いたいんだな。
――やれやれ、モテる男は辛いなぁぁぁ。
モテる僕ちゃまだが、こんな可愛い娘に面と向かって言われたら、さすがに緊張する。
深呼吸して告白を受け止める準備をした。
心なしか体調も良くなってきた気がするぞ。
さあ、エフラルちゃん。
思いっきり僕ちゃまの胸に飛び込んでおいで。
「あ……あなた様との婚約を破棄させていただきますわ!」
…………え? 今なんて言った? 婚約破棄……?
「アハハハハァァァ、エフラルちゃんんん。そんな冗談は良くないよぉぉぉ」
僕ちゃまは紳士だから怒ったりなんかしない。
大丈夫わかっているよ。
これは貴族ギャグだよね。
エフラルちゃんは意外にもこういうギャグが好きらしい。
「じょ、冗談ではありませんわ! あなた様と結婚など……ぜ、絶対にイヤでございます!」
エフラルちゃんは、さらにキツい声で言ってきた。
至って真剣な表情だ。
ま、まさか……本気で言っているの……?
「エフラルちゃんんん、どうしてそんなことを言うのぉぉぉ? 僕ちゃまはサンクアリ伯爵家の次期当主で、<ドラゴンテイマー>のスキルだってあるんだよぉぉぉ」
「は、話し方も気持ち悪いですし、瘴気まみれで汚いですし、こんな方と結婚などしたくありません!」
「エ、エフラルちゃんんん? だから、冗談はやめてってぇぇぇ……」
エフラルちゃんまで瘴気がうんぬんと言ってきた。
長旅で幻覚を見てしまっているんだ。
キスして目を覚まさせて上げないと。
慌てて近づくけど、エフラルちゃんはすごい勢いで逃げる。
「近寄らないでくださいます!? 汚くて仕方ありませんわ!」
ど、どうしよう……そうだ!
キャンディースティックを上げて機嫌を直してもらおう。
ずいっとエフラルちゃんに差し出す。
もちろん、僕ちゃまの唾でしっかりコーティングしてね。
「ほらぁぁぁ、エフラルちゃんんん。美味しいお菓子だよぉぉぉ」
「もういやーー!」
エフラルちゃんは猛スピードで玄関へ走って行く。
だから、どうして逃げるのさ。
僕ちゃまも痛む身体を引きずるようにして追いかける。
「ま、待ってよぉぉぉ、エフラルちゃんんん、なんで婚約破棄しちゃうのぉぉぉ」
「ついてこないでー! 助けて、お父様ー!」
そのまま、ポリティカ男爵に抱きつく。
「お父様、ごめんなさい! 私もう耐えられません! この方との結婚だけはできません! お願いです、お家に帰らせてください!」
「エフラル! 私も悪かった! 辛い思いをさせてしまったな! さあ、家に帰ろう! クッテネルング殿! この話は無かったことで!」
「ちょ、ちょっとポリティカ男爵ぅぅぅ、エフラルちゃんんん」
馬車はエフラルちゃんたちを乗せると、あっという間に走り去っていく。
僕ちゃまはポツンと取り残された。
ぼんやりした頭では、何が起きているのか全く分からない。
モテる僕ちゃまがフラれるなんて有り得ない。
いったい、どうして……?
そういえば、クソ兄者を追い出してから色々おかしくなってきているような……。
その瞬間、賢い僕ちゃまは全てを理解した。
「そうだぁぁぁ! クソ兄者だぁぁぁ! 出て行くとき変な魔法をかけたんだぁぁぁ! そうに決まっているぅぅぅ! 父ちゃまも言っていたじゃないかぁぁぁ!」
今さら謝ってきても絶対に許さない。
可愛い可愛いエフラルちゃんとの結婚を台無しにされたのだ。
何があっても復讐してやるぞ!
全然体が治らない。
頭はいつも熱でぼんやりしているし、目はチカチカしていて、少し動いただけでものすごく疲れた。
良くなるどころか、毎日悪くなっている気がする。
どうして治らないんだ。
1日6回のおやつだって5回に減らしているし、苦い薬だって砂糖をたくさん入れて甘くして頑張って飲んでいるのに……。
でも、僕ちゃまは朝からウキウキしていた。
「今日はエフラルちゃんと初めて会う日だぁぁぁ~。実物はどんなにかわいいのか楽しみだなぁぁぁ~」
僕ちゃまの婚約者――ポリティカ男爵家のエフラルちゃん。
14歳になった時、父ちゃまが見つけてきてくれた。
まだ肖像画しか見たことないけど、僕ちゃまの好みにピッタリだった。
透き通るような白い肌に、眩しいくらいの金髪。
くるりとしたブルーの瞳が本当にかわいい。
気がついたら、デヘヘヘェェェと涎が出ていた。
「クッテネルング様、エフラル様がお着きになりました」
エフラルちゃんが着いたと聞いて、体の不調が吹っ飛んだように軽くなる。
ルンルンしながら玄関へ向かった。
こじんまりとした馬車から、妖精みたいな女の子が降りてくる。
肖像画で見たよりもずっと儚い雰囲気だった。
「ク、クッテネルング様……お初にお目にかかります……エフラル・ポリティカでございます……」
うっひょー、なんて可愛い声なんだ。
小鳥がさえずるような声って、こういうことを言うんだな。
もっと聞きたくなる。
「僕ちゃまはサンクアリ家のクッテネルングだぁぁぁ。よろしくぅぅぅ」
「は、はい……よろしくお願いいたします……」
エフラルちゃんの表情は暗い。
きっと、僕ちゃまに会うのが待ち遠しくて、待ちくたびれてしまったのだろう。
使用人たちも哀れみの表情でエフラルちゃんを見ている。
でも、もう大丈夫だ。
僕ちゃまはここにいるぞ。
「お、お父様、本当に行かなくてはいけませんの……!」
「エフラル。私も悪いと思っている。頼む、ポリティカ男爵家のために頑張ってくれ」
エフラルちゃんとポリティカ男爵は涙ながらに見つめ合っている。
まるで、今生の別れみたいな雰囲気だ。
何も今日結婚するというわけでもないのに大袈裟だな。
まぁ、僕ちゃまが幸せにするから安心してよ。
「……ぐすっ」
エフラルちゃんが涙を拭きながらやってくる。
僕ちゃまに会えて、そんなに嬉しいんだね。
「さあぁぁぁ、外でお茶でも飲もうかぁぁぁ」
「は、はい……ぐすっ」
僕ちゃまはテラスに案内する。
屋敷の部屋でお茶会する予定だったけど気分が変わった。
サンクアリ家の領地を見せびらかそう。
しかし、テラスには何の用意もされていなかった。
「コラァァァ! どういうことだぁぁぁ! ちゃんとお茶の用意をしておけよぉぉぉ!」
怒鳴り散らしていると、使用人たちが慌ててやってきた。
「ク、クッテネルング様!? しかし、お茶会はお部屋でやると昨日……!」
「なんだぁぁぁ!? 口答えするのかぁぁぁ!? 貴様をクビにしてやってもいいんだぉぉぉ!」
「も、申し訳ございません! 今すぐ用意いたします!」
怒鳴りながらもエフラルちゃんに向かって得意げな顔をして見せる。
使用人に厳しい次期当主。
カッコイイでしょ?
そのうち、使用人が大慌てでお茶やら軽食やらを持ってきた。
相変わらず、エフラルちゃんを憐れんでいるようだ。
だから、もうその必要はないんだよ。
僕ちゃまに会えたんだからさ。
一通り準備は整ったが、キャンディースティックが無い。
僕ちゃまのお気に入りのお菓子だ。
「おいぃぃぃ! どうして、キャンディースティックがないんだよぉぉぉ!」
僕ちゃまは使用人たちをめちゃくちゃに怒鳴りつける。
エフラルちゃんにカッコイイところを見せるのだ。
「し、失礼いたしました、クッテネルング様。持って参りました」
ようやく、キャンディースティックがやってきた。
「ああぁぁぁ、美味いなぁぁぁ」
僕ちゃまはキャンディースティックを、上から下まで思いっきり舐めまわす。
エフラルちゃんが釘付けになっていた。
食べ方のカッコよさに夢中になっているのだ。
「エフラルちゃんも食べるぅぅぅ?」
僕ちゃまは食べかけのキャンディースティックを差し出した。
せっかくだから少し分けてあげる。
これぞ紳士の振る舞いだ。
だが、エフラルちゃんは石像のように固まった。
「い、いえっ……! け、結構でございますわっ……! あ、甘い物は控えておりますのでっ……!」
顔の前で両手をブンブン振って断られた。
そうか、そんなに甘い物が嫌いなのか。
「クッテネルング様……肖像画を拝見してから、ずっとお伝えできなかったことがありますの……ですが、今その決心がつきました……」
「何かなぁぁぁ? エフラルちゃ~んんん?」
さりげなく近寄ったけど、さささっと身を引かれた。
そんなに気を使わなくてもいいのに。
「あ……」
「あぁぁぁ?」
エフラルちゃんは何かを言いかけたまま動かない。
何やら、覚悟を決めているような気がする。
そうだ、わかったぞ。
あなた様のことが好きで好きでたまらないのです、って言いたいんだな。
――やれやれ、モテる男は辛いなぁぁぁ。
モテる僕ちゃまだが、こんな可愛い娘に面と向かって言われたら、さすがに緊張する。
深呼吸して告白を受け止める準備をした。
心なしか体調も良くなってきた気がするぞ。
さあ、エフラルちゃん。
思いっきり僕ちゃまの胸に飛び込んでおいで。
「あ……あなた様との婚約を破棄させていただきますわ!」
…………え? 今なんて言った? 婚約破棄……?
「アハハハハァァァ、エフラルちゃんんん。そんな冗談は良くないよぉぉぉ」
僕ちゃまは紳士だから怒ったりなんかしない。
大丈夫わかっているよ。
これは貴族ギャグだよね。
エフラルちゃんは意外にもこういうギャグが好きらしい。
「じょ、冗談ではありませんわ! あなた様と結婚など……ぜ、絶対にイヤでございます!」
エフラルちゃんは、さらにキツい声で言ってきた。
至って真剣な表情だ。
ま、まさか……本気で言っているの……?
「エフラルちゃんんん、どうしてそんなことを言うのぉぉぉ? 僕ちゃまはサンクアリ伯爵家の次期当主で、<ドラゴンテイマー>のスキルだってあるんだよぉぉぉ」
「は、話し方も気持ち悪いですし、瘴気まみれで汚いですし、こんな方と結婚などしたくありません!」
「エ、エフラルちゃんんん? だから、冗談はやめてってぇぇぇ……」
エフラルちゃんまで瘴気がうんぬんと言ってきた。
長旅で幻覚を見てしまっているんだ。
キスして目を覚まさせて上げないと。
慌てて近づくけど、エフラルちゃんはすごい勢いで逃げる。
「近寄らないでくださいます!? 汚くて仕方ありませんわ!」
ど、どうしよう……そうだ!
キャンディースティックを上げて機嫌を直してもらおう。
ずいっとエフラルちゃんに差し出す。
もちろん、僕ちゃまの唾でしっかりコーティングしてね。
「ほらぁぁぁ、エフラルちゃんんん。美味しいお菓子だよぉぉぉ」
「もういやーー!」
エフラルちゃんは猛スピードで玄関へ走って行く。
だから、どうして逃げるのさ。
僕ちゃまも痛む身体を引きずるようにして追いかける。
「ま、待ってよぉぉぉ、エフラルちゃんんん、なんで婚約破棄しちゃうのぉぉぉ」
「ついてこないでー! 助けて、お父様ー!」
そのまま、ポリティカ男爵に抱きつく。
「お父様、ごめんなさい! 私もう耐えられません! この方との結婚だけはできません! お願いです、お家に帰らせてください!」
「エフラル! 私も悪かった! 辛い思いをさせてしまったな! さあ、家に帰ろう! クッテネルング殿! この話は無かったことで!」
「ちょ、ちょっとポリティカ男爵ぅぅぅ、エフラルちゃんんん」
馬車はエフラルちゃんたちを乗せると、あっという間に走り去っていく。
僕ちゃまはポツンと取り残された。
ぼんやりした頭では、何が起きているのか全く分からない。
モテる僕ちゃまがフラれるなんて有り得ない。
いったい、どうして……?
そういえば、クソ兄者を追い出してから色々おかしくなってきているような……。
その瞬間、賢い僕ちゃまは全てを理解した。
「そうだぁぁぁ! クソ兄者だぁぁぁ! 出て行くとき変な魔法をかけたんだぁぁぁ! そうに決まっているぅぅぅ! 父ちゃまも言っていたじゃないかぁぁぁ!」
今さら謝ってきても絶対に許さない。
可愛い可愛いエフラルちゃんとの結婚を台無しにされたのだ。
何があっても復讐してやるぞ!