「さてと、まずは領地を見てみないとな。一通り歩いてみるか」
「私もお供いたします、ユチ様」

 瘴気に憑りつかれた領民は、みんな浄化できた。
 だが、いくら領民が元気でも食料を確保しないとまずい。
 デサーレチは辺境にあるから、自給自足が必須だ。

「お待ちくださいませ、生き神様!」

 歩き出したところで、ソロモンさんが走ってきた。
 大賢者なのに走るフォームがとても美しい。
 初対面のヨボヨボ婆さんとはまるで違った。

「ワシが領地を案内させていただきますぞ。せっかく、生き神様に見ていただくわけですからな。これくらいしないと申し訳なくて仕方ないですじゃ」
「あ、ありがとうございます。じゃあお願いできますか。それと、生き神様って言うのを辞めていただきたいのですが……」
「承知しましたですじゃ、生き神様」

 たぶんそうだろうと思っていたが、ソロモンさんは承知してくれなかった。
 呼び名の件はまた今度話し合うか。
 生き神様とか言われると、恥ずかしくて仕方ないのだ。
 ソロモンさんに案内され、領地を歩くこととする。

「村の中もやっぱり荒れ果てていますね。建物も傷んでいるし、地面もひび割れているし……」

 小さな瘴気がチラホラある。
 その周りが特に傷んでいた。
 そのうち、瘴気の出どころも探さねえとな。

「まずは、村の畑にご案内しますじゃ。ワシらの貴重な食料でしてな。生き神様には、ぜひ見ていただきたいのですじゃ」
「はい、お願いします」

 いっそのこと、領地全部を聖域化しちまうか。
 どうせ、ここは俺の領地なんだ。
 それくらい問題ないだろ。
 俺は魔力を込めながら、歩を進める。

「ユチ様、後ろをご覧くださいませ」
「うん? 後ろ?」

 ルージュに言われ、後ろを見る。

「え……なにこれ」

 気が付いたら、俺が歩いたところはめっちゃ緑豊かになっていた。
 フサッフサの草が生えていて、寝転がるとすぐに眠れそうだ。
 黄色や赤色の小さい花まで咲いている。
 キラキラエフェクトまで出ていて、特別感があふれ出ていた。
 そこら辺に生えている花ですら、サンクアリ家で育てている物よりすごそうだ。

「歩くだけで大地が浄化されておる! これぞ生き神様の御業じゃー!」

 ソロモンさんが騒ぎ出して、領民も集まってきた。

「みんな見ろよ! 地面に草が生えているぞ!」
「こんなに緑豊かになったのは初めてじゃないか!?」
「こっちには可愛い花が咲いているわ! これも全部生き神様のおかげね!」

 領民たちはそれはそれはありがたそうに、草や花の匂いを嗅いでいる。

「俺はちょっと魔力を込めただけなのに……」
「ユチ様のスキルは途方もなく強力なのでございます」

 それにしても、俺のスキルはこんなに効果があるのか。
 実家にいたときは、ここまでじゃなかった。
 床が少しキレイになるくらいだった気がする。
 そのうち、広い畑に出てきた。

「あっ、畑だ」
「これもまたクソ畑でございますね」
「ル、ルージュ、そういうことは……」

 目の前の畑は大きいことは大きい。
 だが、ここの土もひび割れていて、作物も申し訳程度にしか生えていなかった。
 一応、色んな種類が植わっているようだ。
 見た感じ、米とか小麦、トマト、レタスなどだ。
 どれもヒョロヒョロでやせ細っている。
 栄養なんてまるで無さそうだ。

「この畑で育つ作物が、ワシらの貴重な食料でございます。ですが、なにぶん育ちが悪く……まともな作物が育たないのですわ。ワシらはもはや諦めて、死の畑デスガーデンと呼んでおります」

 ソロモンさんは、がっかりした感じでうつむく。

「ワシらも必死に水をやったり、肥料をやったりしてはいるんですがの……これが精一杯なんですじゃ。ワシの魔法でさえ瘴気には効果がないのですわ」

 お決まりの瘴気がうじゃうじゃはびこっていた。
 我が物顔で土の上を這いずり回っている。
 作物にもしがみついたりしてやりたい放題だ。
 これじゃ、いくら手間暇かけても育つわけがない。

――まったく、憎たらしい瘴気どもだな。

 ちょうど今は、畑担当の領民もいないみたいだし。
 静かに浄化できそうだな。

「皆さま! ただいまより、ユチ様が畑を浄化してくださいます! ぜひ、その御業をご覧くださいませ!」
「え、いや、ちょっ、ルージュ! やめなさいって!」

 と、思ったら、ルージュが演説し始めた。
 良く通る声を張り上げる。

「おい、みんな! 生き神様が御業を見せてくれるってよ!」
「こうしちゃいられねえ! 急いで畑に行くぞ!」
「生き神様の御業なんて、他のどんな作業より優先しないとな!」

 瞬く間に、領民たちが集合してくる。
 ルージュのせいで、静かに浄化する作戦が台無しになった。
 いつの間にか、ルージュは大きな石の上に立っている。
 どうして、そう都合よく台があるんだ。
 みんな、キラキラした目で俺を見る。
 それはそれは期待のこもった瞳だ。

「じゃ、じゃあ、とりあえず歩いてみますかね」

 俺は魔力を込めながら畑を歩く。
 瘴気どもは慌ててジリジリと逃げる。
 だが、俺が近くに行くと苦しそうに消えていった。
 そして、歩いたところは一瞬で作物が育っていく。
 あんなにひなびていたのに、俺の背丈くらいまでグングン伸びる。
 ソロモンさんを筆頭に、領民たちもめちゃくちゃ驚いていた。

「な、なんということじゃ……ワシがどんな魔法を使っても、不可能だったことが……こんな簡単に……」

 ソロモンさんは、あんぐりと口を開けていた。
 俺はただ歩いているだけなのに、領民たちはうっとり見ている。

「生き神様は歩くお姿も神々しいです。ほら、坊や。あなたもあのような立派な人に育つのよ」
「こんなすごいこと、世界中でも絶対にここでしか見られねえよ」
「俺、感動しちゃったよ……涙が止まらねえや。デサーレチに住んでて本当に良かった……」

 領民の中には泣き出す者までいる。
 その中をただ一人歩く俺。
 それを満足げに眺めているルージュ。
 もはや、何らかのプレイだ。
 おまけに、畑は意外と広いのでなかなか浄化が終わらない。

「ユチ様、お疲れはございませんか!? 何でしたら、私めがマッサージを致します! 特製ミルクオイルをご用意しておりますよ!」
「しなくていいからね!」

 やがて、畑はジャングルみたいに作物で溢れかえった。
 歓喜の声が鳴り響く。

「す、すごい! 今までこんなに作物が育つことなんて無かったのに!」
「どれもこれも、なんて美味しそうなんだ!」
「ゆ、夢じゃねえよな! ……いてっ! 夢じゃない……夢じゃねえよー!」

 さっそく、領民たちは作物の収穫を始めた。

「生っき神っ様のおっかげでっ! ワシらの人っ生っ! あっかるくなーる! わー!」

 ソロモンさんはまた謎の踊りを踊っていた。
 みんな、本当に嬉しいのだろう。
 涙を流しながらの収穫だ。

「畑の作物は後で見せてもらうとするか」
「ユチ様も今日はお疲れでしょう。ゆっくりお休みくださいませ」

 嬉しそうな領民たちを邪魔しちゃ悪い。
 待ちに待った収穫だからな。
 俺たちは静かに畑を後にする。
 とりま、食糧問題はなんとかなりそうだ。