「ゲッホオオオオオ……ハアハア……」
「ゴホゴホゴホォォォ」

 あれからどんどん体調が悪くなり、ポーションも効かなくなってきた。
 おまけに、諸々のツケはもう限界だった。
 夜逃げしたかったが、そんな元気もない。
 今は、瘴気が広まるからという意味不明な理由で、二人揃って同じ部屋に押し込められている。
 苦しんでいると、ドアの下から一通の手紙が差し込まれた。

「ちゃ、ちゃんと手で渡さんかあああ」

 這うようにして手紙の元へ行く。
 ここ最近は、ある報告を待つだけの人生だった。
 手紙の差出人はエンシェント・ドラゴンのコユチと書いてあった。
 コユチが何を意味するのかわからないが、どうやらあの古龍からの手紙らしい。

「最近のドラゴンは手紙を書くんだなあああ。愉快なこともあるもんだあああ」
「きっと、僕ちゃまの教育の賜物だろうねぇぇぇ」

 私たちはヘラヘラ笑っていたが、内心はとても緊張していた。
 今回ばかりは、さすがにユチを抹殺できたはずだ。
 さ、最後の頼みの綱だぞ。
 ゴミ愚息が殺せれば、この苦しさからも解放される気がした。
 震える手で文書を開ける。

〔悪しき心の持ち主、クッテネルング及びエラブルよ。貴様らが無理やりに結んだ契約はユチ様が解約してくれた。私はユチ様とともにデサーレチで幸せに暮らす。瘴気をまき散らすなど不埒な行いも極まりない。自らの愚行を反省するがいい、デブキノコたちよ〕

「「ふざけるなあああ(ぁぁぁ)」」

 私たちはビリビリに手紙を破る。

「なに、ゴミ愚息の味方になっているのだあああ」
「僕ちゃまを裏切っているんじぇねえよぉぉぉ」
「というか、貴様の<ドラゴンテイマー>が使えないからこうなったのだあああ!」
「うぐっ……や、やめろ、父ちゃまぁぁぁ。父ちゃまこそ、役立たずばっかり雇いやがってぇぇぇ」

 クッテネルングの首を絞め顔を殴り、取っ組み合いの喧嘩をするが、すぐに力尽きた。
 ダ、ダメだ。
 もう怒鳴る気力もない。
 少しベッドで休もう。
 そのときだった。
 ガチャリと扉が開き、使用人たちがぞろぞろ入ってきた。

「なんだあああ、お前たちはあああ。いきなり入ってきてえええ、失礼だと思わな……」
「「エラブル様、給金の支払いはいつになるのですか?」」

 またもや揃って給金の催促をしてきた。
 何度もしつこく言われるので、疲れ果ててしまった。

「だから、そのうち払うと言っているだろおおお。引っ込んでおれえええ」

 やれやれ、使用人にも困ったものだ。
 色々落ち着いたらまとめて解雇するか。
 そう思っていたら、使用人どもはまだ室内にいた。

「さっさと部屋から出て行かんかあああ。貴様らがいたら治る物も治らないだろおおお」
「「黙れ!!」」

 大きな声で怒鳴られた。
 今までにない反応で、途方に暮れる。

「もう許さねえからな! 俺たちはずっと我慢していたんだよ! デブキノコ!」
「ずっと偉そうにあれこれ命令しやがって! 挙句の果てには、給金が払えないだって!? 調子に乗るな、デブキノコ!」
「私たちのことを何だと思っているのですか!? もう許せませんよ! デブキノコ!」

 使用人たちはビクビクした感じが消え、見たこともないくらい怖い顔をしていた。
 あまりの威圧感に怖じ気づくほどだ。
 な、なんだ、いったいどうしたんだ?
 
「「おい、給金の代わりに金目の物をいただくんだ!」」

 使用人たちが屋敷の装飾品を奪い出す。
 壺や絵画、高価な家具を運び出し、絨毯を引き剥がし、天井のシャンデリアまで持っていった。

「お、おいいい、やめろおおおお。泥棒するんじゃないいいい」
「お前らが触っていいようなものじゃないんだぞぉぉぉ」
「「だから、給金の代わりだと言っているだろ! いやだったら、給金を払いやがれ!」」

 根こそぎ持っていかれ、屋敷には何も残らなかった。
 唖然としていると、急に屋敷の周りが慌ただしくなった。
 な、なんだ、どうした!?
 そう思ったのも束の間、ドカドカドカッと鎧を着た騎士たちがなだれ込んでくる。

「こ、今度はなんだあああ!?」
「「我らは王国騎士団だ! エラブル・サンクアリ及びクッテネルング・サンクアリ! 瘴気を繁殖させた罪により、貴様らを逮捕する!」」

 よく見ると、こいつらが着ているのはただの鎧ではなかった。
 対瘴気用にチューンアップされた特製の装備だ。
 魔王軍と戦う時にしか使わないような防具なのに、どうして……。

「「こいつらを捕まえるんだ! 瘴気に気を付けろ!」」
「うわあああ! 何をするううう! 私はサンクアリ伯爵家の当主だぞおおおお」
「僕ちゃまは次期当主なんだぞぉぉぉ。こんなことをして許されると思うのかぁぁぁ」
「「いいから、大人しくしろ!」」

わけもわからず王宮へ連れて行かれると、牢屋にぶち込まれた。

「「おら! 今日からここがお前らの住処だよ!」」
「ぐああああ」
「や、やめろぉぉぉ」

 この監獄には対瘴気用の魔法印が刻まれている。
 こ、ここでも瘴気か、いったい何がどうなっているのだ?
 ポカンとしていると、コツコツと誰かが降りて来る音が聞こえた。
 護衛に囲まれ、王様と王女様が降りてきた。

「オ、オーガスト王ううう、カロライン様ああああ、これはいったいどういうことでしょうかあああ?」
「……貴様らは最後まで何もわからなかったようだな」
「ユチさんはあんなに立派な方ですのに……」

 王様も王女様も呆れたような表情だ。

「で、ですから、説明をおおお……」
「これを着けてみろ。<瘴気可視化グラス>だ」

 王様はポイッとメガネを投げてきた。
 瘴気を見れるようにする道具じゃないか。
 どうしてそんなものを。
 仕方ないのでつけてみる。

「な、なんだあああ、これはあああ!?」

 メガネを着けた瞬間、目の前が瘴気まみれになった。
 私の身体が瘴気でいっぱいだ……いや、クッテネルングの身体もそうだ。

「ユチ殿はこれまでずっと瘴気を浄化してくれていたのだぞ。それを貴様らは不当に追放したというわけだ」
「自分たちを瘴気から守ってくれていた人に辛い仕打ちを与え、辺境に追い出してしまうとは……いつまでもそこで反省していなさい」

 ゴミ愚息が……ユチが言っていたことは全て真実だった。
 あいつは毎日、私たちはおろか屋敷中の瘴気を浄化していたのだ。
 ユチを追放などしなければ、今ごろは……。
 暗い暗い海の底へ沈んでいくように、後悔の渦に飲み込まれる。
 そして、私たちは破滅した。