「これからどうすればいいのだああああ」

 私は自室に閉じこもる日々を送っていた。
 王様に領地を没収され、サンクアリ伯爵家の収入は激減した。
 というか、もはや収入はなかった。
 高いポーション代や、クッテネルングの素材代、使用人の給金など……未払いの嵐だ。
 あれこれ言い訳をして誤魔化しているが、もう限界かもしれない。
 体調不良も相変わらずなので、最悪の日々だった。

「エラブル様! 給金の支払いはどうなっているのですか!」
「さすがにもう待てませんよ! 少しでも良いので払ってください! ちゃんと払ってくれるんですよね!?」
「待てば払って頂けるのではなかったのですか! このデブキノコ……エラブル様!」

 ドンドンドン! と扉が激しく叩かれる。 

「黙れえええ! だから、もう少しで払うと言っているではないかあああ!」

 しばらく怒鳴りつけていると、やがて何も音がしなくなった。
 そーっと扉を開けてみる。
 使用人どもはいなくなっていた。
 
――やれやれ、使用人の方は怒鳴っていれば何とかなりそうだな。

 ホッとしていると、ヤツらの話し声が聞こえてきた。

「おい、こうなったら反乱を起こすしかないな」
「ええ、もう我慢できませんわ」
「あの偉そうな無能親子に思い知らせるんだよ」

 コソコソ話しているので、よく聞こえなかった。
 きっと、私がどれほど素晴らしい人物か話し合っているのだろうな。
 足元を見ると、手紙が落ちていた。
 最近は、手紙もろくに運ばれなくなってきた。
 説教してやりたいが、体調が悪くてそれどころじゃない。
 確認して見ると、〔ジェットブラック〕からの報告書だった。
 
―― よ、よし、今度こそは大丈夫だ。
 
 何と言っても、漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕だ。
 依頼達成率100%だからな。
 確実にクソユチを殺しているだろう。

「父ちゃまぁぁぁ、ちょっと来てよぉぉぉ」

 開けようとしたら、クッテネルングがやってきた。

「なんだあああ、〔ジェットブラック〕から依頼完了の手紙が届いたぞおおお」
「なんだってぇぇぇ、早く確認しようぜぇぇぇ」

 私たちは安心して手紙を読み始める。
 やたらくるくるした字で絶妙に読みにくい。
 だが、徐々に怒りで手が震えてきた。

〔依頼は中止だ~殺せと言われたユチに会ったんだがな~。一目見た瞬間、殺す気などなくなってしまったわ~。まるで心が浄化されたように美しくなったんだ~。我はユチと一緒に暮らすことにしたから、そういうことでよろしく。さようなら、デブキノコ〕

「「ふざけるなああああ(ぁぁぁ)!」」

 ビリビリに手紙を破りまくる。
 物凄く腹が立って仕方がない。
 
「何が依頼達成率100%だあああ! ウソを吐くんじゃないいいい!」
「全然暗殺者じゃないじゃないかぁぁぁ!」
 
 5000万エーンも払って、何の成果もなかっただと!?
 ふざけるな!
 必死に呼吸を整えるが、イラつきが収まるはずもなかった。

「それはそうとしてぇぇぇ、父ちゃまぁぁぁ、ちょっと来てくれよぉぉぉ」

 いきなり、クッテネルングが嬉しそうな顔になった。
 嬉々として私の腕を引っぱる。
 
「なんだああああ! 私は暇じゃないんだぞおおおお!」
「いいからぁぁぁ、屋敷の前まで来てくれよぉぉぉ」

 やがて、屋敷の外まで来た。
 何やら、クッテネルングはテンションが高い。
 だが、私はイライラしっぱなしだ。

「この私を呼びたてるのだから、大したことじゃなかったら許さんぞおおお……うわあああ!」

 あまりの出来事にビックリして、尻もちをついてしまった。

『グルルルルル……』

 屋敷の前には巨大なドラゴンがいた。
 くすんだエメラルド色の鱗に、どんなに大きな獲物でも丸のみできそうなほど大きい口。
 ドラゴンなのに手足も長い。
 鋭い目は血走っていて、見るからに凶暴そうなモンスターだ。
 私のことを威嚇するように見ている。

「こ、こいつはなんだあああ! 今にも私を食べそうではないかあああ!」

 勇気のある私でも、さすがに怖じ気づく。
 離れるようにジリジリと後ずさる。

「大丈夫だよぉぉぉ、父ちゃまぁぁぁ。こいつは僕が蘇らせた古のドラゴン、エンシェント・ドラゴンさぁぁぁ」
「な……にぃぃぃ……! あの伝説のおおお……!」

 エンシェント・ドラゴンは、あの古代世紀に存在していたと言われる。
 数あるドラゴン族の中でも、最大級に強かったそうだ。

「僕ちゃまの儀式が上手くいって復活したんだよぉぉぉ! ……まぁ、偉い呪術師をたくさん雇ったからなんだけどぉぉぉ」
「なにぃぃぃ! 貴様ぁぁぁ、また大金を払ったのかあああ!」
「い、いや、大したお金じゃないよぉぉぉ……」

 クッテネルングのポケットから小さな紙が見えていた。
 すかさず奪い取る。
 
「……儀式代として2000万エーンだとおおお! この愚か者おおお!」
「いたぁぁぁ! ぶたないでくれよぉぉぉ!」

 ボカりとクッテネルングの頭を殴る。
 こんな大金払えるわけもない。
 ど、どうする!?
 また頭痛の種ができてしまった。
 とは言っても、確かにエンシェント・ドラゴンは復活している。
 クソユチを殺せるのであれば安い物かもしれない。

「ほ、本当に大丈夫なんだろうなああああ! 今にも私たちを襲ってきそうではないかああああ!」
「大丈夫だよぉぉぉ。こいつは僕ちゃまのスキル<ドラゴンテイマー>で、僕ちゃまの手下になっているんだぁぁぁ」

 そうか、クッテネルングのスキルは<ドラゴンテイマー>だ。
 古のドラゴンと言っても、所詮はドラゴン。クッテネルングにテイムされない道理はないのだろう。
 攻められないとわかると、途端に安心してきた。

「なんだあああ! 心配させるのではないぞおおお!」

 私はそーっと手を伸ばして、エンシェント・ドラゴンの額を撫でる。
 さすさすしても、嫌がる様子はない。
 私の神聖な手汗をたっぷりとつけてやった。

「でかしたぞおおお! クッテネルングウウウ! お前こそ時期当主にふさわしいいいい」
「そうだろうぅぅぅ、父ちゃまぁぁぁ! 僕ちゃまも自分はすごい人間だと思っていたけど、その通りだったねぇぇぇ!」

 クッテネルングのは反り返って誇らしげにしている、
 こいつは誰に似たのか、調子に乗りやすいところもある。
 伯爵家の次期当主になるのであれば、もっと落ち着かんか。

「さあぁぁぁ! 僕ちゃまの手下のドラゴンよぉぉぉ! デサーレチに行って、クソ兄者の首を持ってこいぃぃぃ! ついでに村全体を破壊してしまぇぇぇ!」
『ゴアアアア!』

 エンシェント・ドラゴンは大きな翼を羽ばたいた。
 羽を動かしているだけなのに、すごい風圧だ。
 屋敷が壊れそうなほどだった。

「うわあああ! 屋敷が潰れたらどうするんだあああ!」

 舞い上がった風がすごくて吹き飛ばされそうだ。
 そのまま、エンシェント・ドラゴンはデサーレチの方向へ飛んで行ってしまった。

「これでクソ兄者もお終いだぁぁぁ。どんな魔法を使ったかはわからないけど、僕ちゃまのドラゴンに勝てるはずがないんだぁぁぁ」

 クッテネルングの言う通りだ。
 あのゴミユチは運よく〔アウトローの無法者〕や〔ジェットブラック〕を仲間にしたらしい。
 だが、エンシェント・ドラゴンは無理だ。
 きっと、ユチが使う謎の魔法は人間にしか効かないのだ。
 であれば、ドラゴンが相手ならば打つ手は無い。

「ハハハハハアアアア! ゴミ愚息の死体が届くのが楽しみだあああ!」
「皆殺しにしてこいぃぃぃ!」

 これでゴミ愚息の人生もお終いだ。
 クソユチだけではない、ルージュも〔アウトローの無法者〕も〔ジェットブラック〕も、デサーレチにいる人間は全て殺すのだ。
 今さら謝ってももう遅い。
 覚悟しろ!
 ゲッホオオオオ!