俺だけ使える【全自動サンクチュアリ】で辺境を極楽領地に作り変えます!~歩くだけで聖域化する最強スキルで自由気ままな辺境ライフ~

「エラブル様、王宮に着きました」
「よしいいいい。そのまま進めええええ」
  
 王宮の門を過ぎ、城内に入る。
 オーガスト王国では爵位によって、王族との距離が決まっている。
 直に室内で謁見できるのは公爵家くらいのものだ。
 サンクアリ伯爵家と言えども、バルコニー越しに謁見するのが精一杯だった。
 少し進むと小さな広場に着いた。
 今日は、ここで領地の報告をするのだ。

「お前はここで待っていろおおおお」

 馬車から降りて歩を進める。
 さて、どんなことを言ってゴミ愚息を陥れてやろうかな。
 そうだ。
 この際だから、サンクアリ伯爵家の諸々の出費もあいつに肩代わりさせてしまおう。
 考えていたら楽しくなってきたぞ。

「失礼ながら、貴殿を通すわけにはいきません! お引き取りください!」

 広場へ向かっていたら、いきなり衛兵たちが立ちはだかった。
 槍を交差して私の行方を阻む。

「なんだ、貴様らはあああ! 私はサンクアリ伯爵家のエラブル様だぞおおお! 道を開けろおおおお!」

 衛兵たちを思いっきり怒鳴りつける。
 男爵家や子爵家との違いを見せつけてやるのだ。

「瘴気まみれの輩を王宮に招き入れるわけにはいきません!」
「なにを言っているのだあああ! ふざけたことを抜かすなあああ!」
「あなたの身体にたくさんくっついているじゃないですか! ほら、そこにも!」
 
 衛兵は揃って私の肩を指す。
 もちろん、そこには瘴気は愚か何も乗っかっていない。
 また瘴気うんぬんの話が出てきた。
 こやつらは何を言っているのだ?
 私のような美しい存在に瘴気がくっついているはずがないだろう。

「やはり、あなたには見えないのですね! 心まで瘴気に汚染されているのですよ!」
「貴様らああああ、サンクアリ家に向かってそのような不敬な態度が許されると思っているのかああああ!?」

 私は衛兵たちに掴みかかる。
 こんなところで帰らされたら、それこそ領地が没収されてしまうだろうが。

「「うわぁっ! 瘴気が! ……クソッ、絶対にこれ以上城へ入れるな! 王様と王女様を瘴気男から守るんだ!」」
「誰が瘴気男だああああ!」

 衛兵たちを押しのけようとするが、ヤツらは頑なに動かなかった。
 早く王様に謁見しなければサンクアリ家の、いや、私の評判が落ちてしまうではないか。

「おい、どうした! 何を騒いでいるのだ!」
「なんですか!? 騒がしいですよ!」

 上の方から男と女の厳しい声が聞こえてきた。
 そう、まるで私を叱責するかのように。

「何だとおおお! この私に向かってずいぶんと偉そう……オーガスト王うううう! それに、カロライン様ああああ!」

 バルコニーには王様と王女様が立っていた。
 王様はくすんだ灰色の髪に、切れ長の赤い目をしている。
 服の上からでも筋肉の盛り上がりがわかるので、常に体を鍛えているのだろう。
 王女様はストレートの輝く銀髪に、真紅の瞳がいつも以上に美しかった。
 どちらも鋭い目で私を睨んでいる。
 慌ててひれ伏した。

「これは失礼しましたああああ! まさか、オーガスト王とカロライン様とは思わずうううう!」
「黙れ!」

 王様に怒鳴られ、何も言えなくなった。
 あまりの威圧感に怖じ気づいてしまう。

「やはり、貴様は瘴気を引き寄せる愚か者だったのだな。その姿を見て確信した。瘴気を招き寄せる不吉な館があるというウワサは本当だったようだ」

 な、なに?
 王様まで何を言っているのだ。
 瘴気など、どこにもないではないか。
 そういえば、さっきの衛兵や使用人も似たようなことを……そうだ!
 今こそ、ゴミ愚息を陥れるときだ。

「それは全て私の愚息、ユチ・サンクアリのせいでございます! あいつが家から出て行くとき、何か魔法をかけたに違いありません! そのせいで我が屋敷は……」
「お黙りなさい!」

 今度は王女様に怒鳴られた。

「ユチさんを悪く言うことは、私が許しません! あの方は素晴らしい領主ですよ! ユチさんがどんなに領民のことを考えているのか、領民たちからどれだけ信頼されているか……あなた方は知らないでしょう! 私はデサーレチに直接行き、この目で確認しました!」

 い、いったいこれはどうなっているのだ?
 王様と王女様が二人して、ゴミ愚息の味方をしている。
 いや、それよりも……。

――カロライン様がデサーレチに行っただって!?

 混乱した頭では何が何だかわからなかった。

「そして私たちは、あなたがユチさんを無理やりデサーレチに追放したことも知っています。調べればすぐにわかりますからね。これは不当極まり無い行為です。伯爵家の当主ともあろう者がなんということでしょう。恥を知りなさい」

 心臓が跳ね上がった。
 ユチを追放したことを、王様と王女様に知られている?
 ダラダラ冷や汗をかき、鼓動で耳が壊れそうだ。
 まずいまずいまずい。

「ようやく我が輩も理解した。貴様に領地経営など無理だったのだ。サンクアリ家の領地は、貴様の館以外は全て没収とする」

 王様のセリフに、私は気絶しそうになった。
 りょ、領地の没収だと……?
 館以外は全て……?
 そうしたら……どうやって暮らしていくのだ?
 大量のポーション代の埋め合わせは?
 使用人たちの給金は?
 クッテネルングが買った素材の金は?
 その瞬間、“破滅”という二文字が頭に浮かんだ。
 
――サ、サンクアリ家の“破滅”……?

 有り得ない、有り得ない、有り得ない!
 我がサンクアリ伯爵家は王国でも随一の名家のはずだ!
 それが“破滅”するなど有り得ない!

「お、王様あああ、今一度お考え直しをおおお! どうか領地の没収はあああ……!」
「これから手続きを進めていく。次の満月までに館の瘴気を浄化できなければ、爵位の剥奪まで行うからそのつもりでいろ」

 吐き捨てるように言うと、王様も王女様も帰ってしまった。
 力が抜けてぐったりと座り込む。
 こ、これからどうするのだ?
 衛兵にズルズル引きずられるが、抵抗する気力もなかった。

「さあ、もうお前の時間はお終いだ。王様方は忙しいんだ。さっさと瘴気の館へ帰れ」
「ま、待てえええ……まだ話しはあああ……」
 
 無情にも目の前で門が閉められた。
 私は抜け殻のように馬車に乗る。

「エ、エラブル様……? 領地の没収と聞こえたのですが……給金はお支払いいただけますよね?」

 使用人の問いかけにも答えられなかった。

「クソ無能のゴミデブキノ……エ、エラブル様……? 給金の方は……」
「黙れえええ! いいから、さっさと馬車を出せええええ!」
「か、かしこまりました!」

 私は最悪の気分で馬車を走らせる。
 どうする、どうする、どうする!?
 これはさすがにまずい。
 必死に考えていたら、頭にある男が思い浮かんだ。
 ゴミ愚息のユチ・サンクアリだ。
 そ、そうだ……こうなったのも全部ゴミ愚息のせいだ!
 ユチのせいなんだ!
 もはや、私にはそう思うことでしか自我を保てなかった。
  クソユチめ、〔ジェットブラック〕に無残に殺されるがいい!
 願うように心の中で叫んだ。
「さあ、ユチ様、ご感想をお聞かせくださいませ」
「お、俺がたくさんいるなと思います」

 村の入り口でユチフィギュアの配置を確認させられていた。
 無論、本物との対比を確かめたいとのことで、俺は半裸だ。
 フィギュアたちは、入り口の上にズラリと並んでいる。 
 揃って荒れ地の方を見ていた。
 
「せ、せめて、村の入り口に置くのはやめようよ。どんな村かと思われるか……」
「何をおっしゃいますか。ユチ様の素晴らしさはもっと全面的に押し出すべきでございます」

 フィギュアは無事に量産体制が整ったようで、村の至るところに置かれていた。
 俺にはもうどうすればいいのか見当もつかない。 
 と、そこで、ルージュが険しい顔で荒れ地を見た。

「どうしたの、ルージュ? まさか、荒れ地にまでフィギュアを配置するんじゃ……」
「いいえ、ユチ様。また招かれざる客が来たようです」
 
 荒れ地の方をよく見ると、一人の人間が歩いてくる。
 真っ黒の服に身を包み、風が吹いても顔が見えることはなかった。

「誰だろうね。やたら黒いが」
「おそらく、漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕でございます」
「え!? あのウワサに聞く……」

 どんな仕事でも100%達成すると言われている漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕か。
 まさかデサーレチに来るとは……。
 というか、どんだけ黒が好きなんだ。

「またデサーレチを襲いに来たヤツか」
「ここは私めにお任せくださいませ。ユチ様はこちらでお待ちください」

 ルージュは荒れ地に向かって歩き出す。
 いつの間にか、その両手には短剣が握られていた。
 止める隙もなく、〔ジェットブラック〕に歩いて行く。
 敵も気づいたようで、二人は荒れ地で向かい合う。

「さて、ユチ様の安寧を阻害しようとする者は何人たりとも許しません」
「フンッ、貴様が殺害対象の付き人か。依頼人からは皆殺しにして良いと言われているからな、容赦はせんぞ」

 〔ジェットブラック〕が喋り終わったとたん、その手には黒いナイフが握られていた。
 取り出す仕草さえ見えなかった。
 ピリピリとした空気が張り詰める。
 まさしく、手練れ同士の戦いだ。
 ルージュが勢い良く斬りかかる。

「はっ!」
「遅いっ!」

 ジェットブラックはルージュの攻撃をひらりとかわした。

「ユチ様には絶対に近寄らせません!」

 すかさず、ルージュが短剣をふるう。
 そして、〔ジェットブラック〕はすんでのところで避ける。
 息を呑むような、一進一退の攻防が続く。
 やがて、ソロモンさんやアタマリ、領民たちも集まってきた。

「生き神様、あの黒いヤツは誰ですじゃ?」
「漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕って言ってました」 
「「〔ジェットブラック〕!? こりゃ大変だ!」」

 その名前を聞くと、みんな驚愕していた。
 やはり名の知れた暗殺者らしい。

「ユチ様を襲いに来やがったヤツですね。おい、お前ら、急いで装備を持ってこい!」

 みんな後ろの方で、慌ただしく色んな武器や装備の準備を始める。

「あんなに接近戦をしてたら、援護しようにも難しいぞ!」
「ルージュさんから目を離すな!」
「一瞬の隙をついて援護するんだ!」

 みな、ルージュと〔ジェットブラック〕の攻防を見守っていた。

「はっ! くらいなさい!」
「うぐっ!」

 そのうち、ルージュの回し蹴りが〔ジェットブラック〕の脇腹にヒットした。
 さすがは元Sランク冒険者だ。
 相手が暗殺者だろうが、まったく引けを取らない。
 吹き飛ばされた〔ジェットブラック〕は、ズザザザザッ! と俺の方に転がってきた。
 〔ジェットブラック〕はむくりと起き上がる。
 フードで顔は見えないが、ニヤリと笑っているようだった。

「し、しまった! ユチ様、お逃げください!」

 ルージュが猛ダッシュで走ってくるがとても間に合わない。
 領民たちからも微妙に距離がある。
 急いで逃げようとしたら、つまずいて転んでしまった。
 〔ジェットブラック〕はナイフを掲げる。
 同時に、ヤツの体にくっついている瘴気が苦しみだした。
 村の中に入ってきたからだろう。

「覚悟っ!」
「うおおおお、ヤベぇ!」
『ギギギギギ……キャアアアアアア!』

 とっさに顔を覆って目をつぶる。
 俺の人生もここまでか!
 だが、いつまで経ってもナイフが降って来ない。
 ど、どうした?
 恐る恐る目を開けると、〔ジェットブラック〕がナイフを振りかぶったまま固まっていた。

「な、なんだ?」
「貴様~なんだぁその顔は~私を見るときはもっと笑顔にならんか~」
 
 〔ジェットブラック〕がナイフを投げ捨てて、俺に抱き着いてくる。
 かと思うと、スリスリ頭を擦り付けてきた。

「ナデナデしてくれないと殺してしまうぞ~この愚か者~」
「は? な、なに?」

 いきなりの急展開に理解が追いつかない。
 さっきまでの殺気は消えている。
 上手いことを言ったつもりはないが、本当にそんな感じだった。

――な、なんなんだ、いったい? どうした?

 〔ジェットブラック〕の顔を隠している長いフードをめくる。
 暗殺者とは思えない、プラチナブロンドのド派手な髪が出てきた。
 その髪からはゴールドの瞳が覗いている。

「え……女?」

 あろうことか、〔ジェットブラック〕は女性だった。
 やたら美人で暗殺者っぽさは皆無だ。

「そうだぁ~、我はこう見えても女なんだぞ~」

 くねくねまとわりついてくる。
 
「お、俺を殺しに来たんじゃないの?」
「だからぁ~貴様を殺すのはやめたのだぁ~」
「え? あ、暗殺者は?」
「そんなのもう引退だっつ~のぉ~」

 〔ジェットブラック〕は人差し指で、俺の胸をぐりぐりしてくる。
 円を描くように触ってくるのでくすぐったくてしょうがなかった。
 ソロモンさんたちも唖然としていた。

「きっと、生き神様の聖域で改心したのじゃよ」
「は、はぁ、なるほど……」

 しかし、すごい変わりようだな。

「そ、それで、誰に依頼されたんだ?」
「貴様の父親のエラブル・サンクアリだぁ~」

 いや、マジか。
 また父親かよ。
 俺はもはやため息しか出なかった。
 と、そこで、ルージュがすごい勢いで走ってきた。
 ビリッとジェットブラックを引き剥がす。

「さて、この不届き者を分解しましょう」

 スラリと短剣で斬りかかる……。

「タ、タンマー!」

 慌ててルージュを止めた。
 
「……ユチ様、この者の味方をするのでありますか?」
「そうじゃなくてね! さすがに人殺しはまずいって話で……むごっ!」
「ほらぁ~早くナデナデしろ~」
「離れなさい、このクソ暗殺者」
 
 〔ジェットブラック〕がまとわりついてくるが、ルージュが即引き剥がす。
 みんなは温かい目で見ていた。

「生き神様はモテますの~、ワシの若い頃に似てますじゃ」
「私はユチ様が羨ましいですわ、ハハハハ」

 さっきまでの緊張感は消え失せ、ほんわかした空気が漂っている。
 というか、とりあえず服を着たい。
 二人の美人にベタベタされる裸の男はさすがにまずい。
 
「ユチ様から離れなさい、このクソ暗殺者」
「離れるわけないだろうが~」
「た、頼むから服を着させてくれー!」

 その様子を、ユチフィギュアが静かに眺めていた。


――――――――――――――――
【生き神様の領地のまとめ】
◆漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕
 どんな依頼(主に暗殺)でも100%達成することで、裏の世界では名を馳せていた。
 黒いナイフが主要な武器。
 戦闘力は極めて高く、ルージュと対等に戦えるほど。
 ユチの作った聖域により改心しふにゃふにゃになる。
 本名はちゃんとあるらしい。
 村の中を視察(主にフィギュアの配置をチェックさせられている)で歩いているときだった。

「おい、貴様ぁ~もっとナデナデしろぉ~」
「わ、わかったから少し離れようね」
 
 相変わらず、裸で過ごさられているわけだが、〔ジェットブラック〕は人目を盗んで俺にくっついてくるようになった。
 暗殺者の影も形もなく、ふにゃふにゃしていた。
 だが、それをルージュが見逃すはずもない。
 ズダダダダ! っとどこからか走ってきた。
 すごい勢いで〔ジェットブラック〕を引き剥がす。
 
「何をするのだ~今良いところなのにぃ~」
「働かない者はここにいる資格はございません」

 ルージュは凍てつくような瞳で〔ジェットブラック〕を見ていた。
 ピキピキしまくっている。

「そんなに硬いことを言うなよ~我が悲しくなるだろうが~」
「さて、すぐに分解の準備を始めましょう」
「ほ、ほら、〔ジェットブラック〕にも事情があるだろうからさ」

 俺が言った瞬間、ルージュが固まった。

「……ユチ様はやはりその者の味方をするのですね」
「そ、そうじゃなくてね」
「わかったわかった~素材を採ってくればいいんだろ~」

 〔ジェットブラック〕はよっこいしょと立ち上がる。
 そのまま、荒れ地の方に歩き出した。

「あれ? どこ行くの?」
「……ユチ様はあの者と離れるのがイヤだと?」
「そ、そうじゃなくてね。単純に疑問に思ったというか何というか……」
「荒れ地のモンスターを狩って、適当に素材を集めてくるのだ~」

 瘴気の影響なのか、荒れ地のモンスターは結構強いヤツらが揃っている。
 一人で討伐に行くなんて無茶だ。

「いくら手練れの暗殺者でも一人で行くのは危ないんじゃないの? 念のため、ルージュに付いて行ってもらったら……」
「……ユチ様は必ずあの者の味方をなさいますね」
「あ、いや、そうではなくて……単純に心配になったというか……」

 どう転んでもルージュの機嫌が悪くなってしまうのだが。
 そんなやり取りをしているうちに、〔ジェットブラック〕は荒れ地まで行ってしまった。
 
「あっ、行っちゃった」
「どうぞ天国まで行ってきてくださいませ。戻って来なくて良いですからね」
「ほら、そういうこと言うと可哀想だから」
「……またユチ様はあの者の味方をするのですね」
「そ、そうじゃないのよね……」

 必死にルージュをなだめていると、すぐに〔ジェットブラック〕が帰ってきた。
 両手にどっさりと素材を抱えている。

「え、もう帰ってきたの? はや」
「素材集めなんて何年振りかと思ったぞ~」
「ふむ、私めの目は誤魔化せませんよ。少しでもいい加減な素材があったら追い出しますからね」

 〔ジェットブラック〕が持ってきた素材は、とんでもないレア物ばかりだった。


<ギガントタイガーの爪>
レア度:★8
 Aランクモンスター、ギガントタイガーの爪。加工なしで武器として扱えるほど鋭い。ギガントタイガーは必ず3匹以上の群れで行動する。討伐には最大限の注意が必要。

<マグマダケ>
レア度:★7
 火山などの灼熱地帯に生息するキノコ。独特な辛みがあり、「まるでマグマを食べているみたいだ」と世界中の美食家から好まれている。その入手難易度の高さから世界的に供給が足りていない。

<アンバー蜂の大結晶>
レア度:★8
 アンバー蜂とは集めた蜜を宝石のように凝縮できる蜂。その巣にある大きな結晶。琥珀のような柔らかい色合いだが、宝石類より希少性が著しく高い。この結晶のネックレスを着けていると、どんな恋も成就すると言い伝えがある。

<ダークユニコーンの一本角>
レア度:★9
 Sランクモンスター、ダークユニコーンの額に生えている長い角。細かく砕き煎じて飲むと、一定期間モンスターから認識されなくなる。戦闘クエストでも採取クエストでも汎用性が高い。

<マイアズムドラゴンの眼玉>
レア度:★10
 瘴気を喰らう古龍マイアズムドラゴンの眼球が、宝石のように凝固した物。マイアズムドラゴンは瘴気まみれだが、弱点となる逆鱗を一撃で破壊した時だけ眼球が透明な宝石となる。世界でも数少ない最高級の宝物。


「す、すげえ素材の山だな。しかも、モンスターの部位だけじゃなくてキノコとかもあるし」

 さすがは名の知れた暗殺者だ。
 モンスターの討伐だけじゃなく、採取方面も得意らしい。

「どうだ~恐れ入ったか~? ほれほれ、悔しいだろう」
「ぐっ……」

 ルージュは厳しい顔で〔ジェットブラック〕を睨む。

「さて、お邪魔虫はいなくなってもらうとして、貴様は我の相手をしろ~」
「あ、いや、そういうわけには……」

 〔ジェットブラック〕はベタベタしまくってくるので、ルージュもピキりまくっている。
 ど、どうすればいい。

「やはり、人形より本物の方が良いではないか~」

 スリスリ俺の体を撫でまわしてくる。
 
「離れなさい。このクソ暗殺者が」
「何をする~邪魔するなぁ~」
 
 ルージュがべりっと引き剥がす。
 これもまたお馴染みの光景になりつつあった。

「と、ところで、〔ジェットブラック〕には本名とかあるのか?」

 漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕は呼び名だよな。
 いや、名前を捨ててる可能性もありそうだ。

「あるに決まってるだろ~」
「へ、へぇ~、なんて名前?」
「我の名前はクデレだっつ~の~」
「ふ、ふ~ん、クデレね」
 
 こんなナリでも本当は暗殺者なんだなぁ。
 父親が依頼したってマジか。
 どこまで嫌われているんだ。
 というか、彼らは生きてるのか?
 瘴気があんなに集まっていたら、王様たちも黙ってはいない気がするが。
 まぁ、さすがにもう嫌がらせはしてこないだろ、さすがにね。
「これからどうすればいいのだああああ」

 私は自室に閉じこもる日々を送っていた。
 王様に領地を没収され、サンクアリ伯爵家の収入は激減した。
 というか、もはや収入はなかった。
 高いポーション代や、クッテネルングの素材代、使用人の給金など……未払いの嵐だ。
 あれこれ言い訳をして誤魔化しているが、もう限界かもしれない。
 体調不良も相変わらずなので、最悪の日々だった。

「エラブル様! 給金の支払いはどうなっているのですか!」
「さすがにもう待てませんよ! 少しでも良いので払ってください! ちゃんと払ってくれるんですよね!?」
「待てば払って頂けるのではなかったのですか! このデブキノコ……エラブル様!」

 ドンドンドン! と扉が激しく叩かれる。 

「黙れえええ! だから、もう少しで払うと言っているではないかあああ!」

 しばらく怒鳴りつけていると、やがて何も音がしなくなった。
 そーっと扉を開けてみる。
 使用人どもはいなくなっていた。
 
――やれやれ、使用人の方は怒鳴っていれば何とかなりそうだな。

 ホッとしていると、ヤツらの話し声が聞こえてきた。

「おい、こうなったら反乱を起こすしかないな」
「ええ、もう我慢できませんわ」
「あの偉そうな無能親子に思い知らせるんだよ」

 コソコソ話しているので、よく聞こえなかった。
 きっと、私がどれほど素晴らしい人物か話し合っているのだろうな。
 足元を見ると、手紙が落ちていた。
 最近は、手紙もろくに運ばれなくなってきた。
 説教してやりたいが、体調が悪くてそれどころじゃない。
 確認して見ると、〔ジェットブラック〕からの報告書だった。
 
―― よ、よし、今度こそは大丈夫だ。
 
 何と言っても、漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕だ。
 依頼達成率100%だからな。
 確実にクソユチを殺しているだろう。

「父ちゃまぁぁぁ、ちょっと来てよぉぉぉ」

 開けようとしたら、クッテネルングがやってきた。

「なんだあああ、〔ジェットブラック〕から依頼完了の手紙が届いたぞおおお」
「なんだってぇぇぇ、早く確認しようぜぇぇぇ」

 私たちは安心して手紙を読み始める。
 やたらくるくるした字で絶妙に読みにくい。
 だが、徐々に怒りで手が震えてきた。

〔依頼は中止だ~殺せと言われたユチに会ったんだがな~。一目見た瞬間、殺す気などなくなってしまったわ~。まるで心が浄化されたように美しくなったんだ~。我はユチと一緒に暮らすことにしたから、そういうことでよろしく。さようなら、デブキノコ〕

「「ふざけるなああああ(ぁぁぁ)!」」

 ビリビリに手紙を破りまくる。
 物凄く腹が立って仕方がない。
 
「何が依頼達成率100%だあああ! ウソを吐くんじゃないいいい!」
「全然暗殺者じゃないじゃないかぁぁぁ!」
 
 5000万エーンも払って、何の成果もなかっただと!?
 ふざけるな!
 必死に呼吸を整えるが、イラつきが収まるはずもなかった。

「それはそうとしてぇぇぇ、父ちゃまぁぁぁ、ちょっと来てくれよぉぉぉ」

 いきなり、クッテネルングが嬉しそうな顔になった。
 嬉々として私の腕を引っぱる。
 
「なんだああああ! 私は暇じゃないんだぞおおおお!」
「いいからぁぁぁ、屋敷の前まで来てくれよぉぉぉ」

 やがて、屋敷の外まで来た。
 何やら、クッテネルングはテンションが高い。
 だが、私はイライラしっぱなしだ。

「この私を呼びたてるのだから、大したことじゃなかったら許さんぞおおお……うわあああ!」

 あまりの出来事にビックリして、尻もちをついてしまった。

『グルルルルル……』

 屋敷の前には巨大なドラゴンがいた。
 くすんだエメラルド色の鱗に、どんなに大きな獲物でも丸のみできそうなほど大きい口。
 ドラゴンなのに手足も長い。
 鋭い目は血走っていて、見るからに凶暴そうなモンスターだ。
 私のことを威嚇するように見ている。

「こ、こいつはなんだあああ! 今にも私を食べそうではないかあああ!」

 勇気のある私でも、さすがに怖じ気づく。
 離れるようにジリジリと後ずさる。

「大丈夫だよぉぉぉ、父ちゃまぁぁぁ。こいつは僕が蘇らせた古のドラゴン、エンシェント・ドラゴンさぁぁぁ」
「な……にぃぃぃ……! あの伝説のおおお……!」

 エンシェント・ドラゴンは、あの古代世紀に存在していたと言われる。
 数あるドラゴン族の中でも、最大級に強かったそうだ。

「僕ちゃまの儀式が上手くいって復活したんだよぉぉぉ! ……まぁ、偉い呪術師をたくさん雇ったからなんだけどぉぉぉ」
「なにぃぃぃ! 貴様ぁぁぁ、また大金を払ったのかあああ!」
「い、いや、大したお金じゃないよぉぉぉ……」

 クッテネルングのポケットから小さな紙が見えていた。
 すかさず奪い取る。
 
「……儀式代として2000万エーンだとおおお! この愚か者おおお!」
「いたぁぁぁ! ぶたないでくれよぉぉぉ!」

 ボカりとクッテネルングの頭を殴る。
 こんな大金払えるわけもない。
 ど、どうする!?
 また頭痛の種ができてしまった。
 とは言っても、確かにエンシェント・ドラゴンは復活している。
 クソユチを殺せるのであれば安い物かもしれない。

「ほ、本当に大丈夫なんだろうなああああ! 今にも私たちを襲ってきそうではないかああああ!」
「大丈夫だよぉぉぉ。こいつは僕ちゃまのスキル<ドラゴンテイマー>で、僕ちゃまの手下になっているんだぁぁぁ」

 そうか、クッテネルングのスキルは<ドラゴンテイマー>だ。
 古のドラゴンと言っても、所詮はドラゴン。クッテネルングにテイムされない道理はないのだろう。
 攻められないとわかると、途端に安心してきた。

「なんだあああ! 心配させるのではないぞおおお!」

 私はそーっと手を伸ばして、エンシェント・ドラゴンの額を撫でる。
 さすさすしても、嫌がる様子はない。
 私の神聖な手汗をたっぷりとつけてやった。

「でかしたぞおおお! クッテネルングウウウ! お前こそ時期当主にふさわしいいいい」
「そうだろうぅぅぅ、父ちゃまぁぁぁ! 僕ちゃまも自分はすごい人間だと思っていたけど、その通りだったねぇぇぇ!」

 クッテネルングのは反り返って誇らしげにしている、
 こいつは誰に似たのか、調子に乗りやすいところもある。
 伯爵家の次期当主になるのであれば、もっと落ち着かんか。

「さあぁぁぁ! 僕ちゃまの手下のドラゴンよぉぉぉ! デサーレチに行って、クソ兄者の首を持ってこいぃぃぃ! ついでに村全体を破壊してしまぇぇぇ!」
『ゴアアアア!』

 エンシェント・ドラゴンは大きな翼を羽ばたいた。
 羽を動かしているだけなのに、すごい風圧だ。
 屋敷が壊れそうなほどだった。

「うわあああ! 屋敷が潰れたらどうするんだあああ!」

 舞い上がった風がすごくて吹き飛ばされそうだ。
 そのまま、エンシェント・ドラゴンはデサーレチの方向へ飛んで行ってしまった。

「これでクソ兄者もお終いだぁぁぁ。どんな魔法を使ったかはわからないけど、僕ちゃまのドラゴンに勝てるはずがないんだぁぁぁ」

 クッテネルングの言う通りだ。
 あのゴミユチは運よく〔アウトローの無法者〕や〔ジェットブラック〕を仲間にしたらしい。
 だが、エンシェント・ドラゴンは無理だ。
 きっと、ユチが使う謎の魔法は人間にしか効かないのだ。
 であれば、ドラゴンが相手ならば打つ手は無い。

「ハハハハハアアアア! ゴミ愚息の死体が届くのが楽しみだあああ!」
「皆殺しにしてこいぃぃぃ!」

 これでゴミ愚息の人生もお終いだ。
 クソユチだけではない、ルージュも〔アウトローの無法者〕も〔ジェットブラック〕も、デサーレチにいる人間は全て殺すのだ。
 今さら謝ってももう遅い。
 覚悟しろ!
 ゲッホオオオオ!
「貴様ぁ~、さっさとナデナデせんか~。何度も言っているだろうが~」
「う、うん、だからね、そういうことは言わないでって……」
「さて、あなたの人生は今日で終わりでしたね」
「た、頼むから短剣はしまってくれ~い!」
 
 すっかりルージュとクデレの板挟みになってしまった。
 あと、相変わらず半裸にさせられているのだが、いつになったら服を着られるのだ?

「生き神様! ちょっと来てくだされ!」
「空を飛ぶ城の試作品ができました!」

 バーン! と扉が開かれ、ソロモンさんとアタマリが入ってきた。
 二人は興奮して俺を呼ぶ。
 なんかもう、ドアとかない方が良い気がしてくる。
 
「そ、空を飛ぶ城……ができたんですか?」

 いきなり言われビックリした。

「そうですじゃ! もう最高の出来ですじゃよ! さあ、生き神様も早く見てくだされ!」
「あっ、ちょっ、待っ」

 有無を言わさず引きずられる。
 これもいつもの展開なんだが、微かな不安がよぎった。

――また俺の顔が描いてあるんじゃ……。

 すぐに頭を振って追い払う。
 いやいやいや、さすがにないだろ。
 そもそも、城は装備じゃないんだ。
 そんな大掛かりに俺をアピールしないだろう。

「生き神様! これが空を飛ぶ城・ユチキャッスルじゃ!」
「このような城は、私めも初めて見ました」
「なかなか良いではないか~」

 村の奥の方に、小さな城がふわふわと浮かんでいた。
 浮かぶと言っても、空高くではなくて地面よりちょっと高いところだ。
 手を伸ばすと届くくらいだな。

「おお~本当に浮いてますね……って、できればその名前は変えてほし……」
「ユチキャッスルとは素晴らしい名前ですね! 私めもそれ以外は考えられません!」

 わかってはいたが、ルージュの叫び声でかき消される。
 ぱああっ! と本当に嬉しそうな顔をしているので諦めた。


<空を飛ぶ城ユチキャッスル・試作タイプ>
レア度:★11
 文字通り空を飛べる城。試作タイプなのでまだ小型。非常に高度な設計により製作された。デサーレチで採取された素材が存分に使われており、動力の補給は完全に不要。武器類はまだ一種類しかないが、ユチの魔力を供給することで古の結界を展開し外部からの攻撃は完全に遮断できる。

 これはすごい。
 まさかこんな物が生きているうちに見られるなんてなぁ。
 みんなでしきりに感心していた。 
 だが、一つだけ確認したいことがあった。

「あ、あの、ちょっと良いですかね?」
「なんですじゃ? 生き神様の意見も聞きたいですじゃ」
「ユチ様のためならどんな仕様も用意いたしますよ!」

 みんな、ワクワクした感じで俺を見る。

「俺の顔が描いてあるんですが……」

 空を飛ぶ城の外壁には、等間隔に俺の顔が描いてある。
 絵というか、刻印みたいな感じだ。
 真顔、笑っている顔、あくびしている顔、半目を開けて寝ている顔……色んな表情が刻まれていた。
 やけにリアルで俺がそのまま外壁に埋まっているみたいだ。

「元のデザインは、全て私めが用意いたしました」
「そ、そう……やっぱり」

 ルージュはとても誇らしげな顔をしている。
 今回は仕方がないとして、完全版を作るときは直してもらおう。
 
「「た、大変だ! あれはモンスターの群れじゃないか!?」」

 突然、村の入り口付近が騒がしくなった。
 領民たちが慌ただしく行き来している。

「どうしたんだろう。モンスターの群れとか言っていたな」
「行ってみましょう、ユチ様」
「ユチは我と一緒にいるから、お前が一人で行ってこい」
「……この物の処遇は後で決めることにします。今は状況の把握が先ですから」
「だから、服を着させてくれ~い!」

 村の入り口へ行くと、すぐに状況がわかった。
 荒れ地にモンスターが集結している。
 ゆっくり村へと向かっているみたいだった。
 領民たちは急いで装備を身に着けていた。

「なんかたくさんモンスターがいるな。こっちに来てるぞ」
「デサーレチは豊かになったので、モンスターたちも襲う気になったのかもしれません」
「なるほど……」

 ここら一帯ではこの村だけ異常に栄えている。
 旨い食べ物もいっぱいあるので、モンスターが襲うのも不思議ではない。

「生き神様! 今こそ、ユチ・キャッスルの出番じゃよ!」
「あとはユチ様に魔力を込めてもらうだけでいいんです! さあさあ!」

 何か答える前に、ソロモンさんとアタマリに無理矢理連れてこられてしまった。

「こ、こうかな?」

 城の外壁に手を当て魔力を込める。
 その瞬間、グォングォングォン……と城が上昇しだした。
 
「「やったー! これでユチ・キャッスルは完成だ(じゃ)ー!」」

 ソロモンさんとアタマリは手を取り合って喜ぶ。

「あの、戦いの準備はしなくて良いんですかね?」
「「まぁ、見ていてください(ですじゃ)」」

 領民たちも手を止め城の行方を見る。
 やがて城の上昇は止まった。
 と思ったら、ギィィン! と金属が削れるような音がして、刻印の目からビームが放たれた。
 一直線に荒れ地のモンスターへ向かっていく。

「なんだよ、ビックリしたな……って、うわぁ!」

 その直後、ビームが当たったところが爆発した。
 大きく地面が抉れている。
 その周りにはモンスターの破片が散らばっていた。
 モンスターたちはブルブル震えている。

「あ、あの~、今のはなんですかね」

 俺はそっとソロモンさんとアタマリに聞く。

「今のはユチ・ビームでございますじゃ。古の超魔法と同じくらい……いや、それ以上のパワーがありますじゃよ」
「<永原石>と<ウィザーオール魔石>の組み合わせは、思ったより相性が良かったようでして! ユチ様に魔力を注入してもらっただけで、とんでもない魔法が放たれるようになったんです!」

 二人はドンッ! と胸を張っている。
 いや、ちょっとオーバーキル過ぎる気もするが。

『『キイイイイ!』』

 モンスターの残りは我先にと走って逃げてしまった。
 勝ち目など無いと判断したんだろう。

「みんな見たか!? 生き神様の目から神聖な光が放たれたぞ!」
「誰も怪我せずにモンスターを撃退できた! これも生き神様のおかげだな!」
「わああ! 生き神様がいれば安心だー!」

 村は歓喜の声で包まれる。

「さすがはユチ様でございますね。私めは感動することしかできません」
「貴様~、そんな力を隠していたのか~。ずるいではないか~」
「ユチ様から離れなさい。このクソ暗殺者」
「ほ、ほら、喧嘩しないで……」

 何はともあれ、領民たちが無事で良かったぞ。


――――――――――――――――
【生き神様の領地のまとめ】
◆空飛ぶ城“ユチ・キャッスル試作タイプ”
 ユチの顔が刻印(うっすら光る)された空飛ぶ城の試作タイプ。
 試作型だが、全世界で初めて空飛ぶ城の建造に成功した。
 魔力を凝縮した光線を放つことで、類まれなる攻撃力を持つ。
 ユチ由来の結界により防御力も世界最高峰。
 古代文明の復活は近い。
「さぁ、ユチ様。久しぶりのマッサージでございますね」
「い、いや、だから、半裸にする必要は……」

 クデレはルージュに命じられ、素材集めに駆り出されている。
 ここぞとばかりに、俺は例のアレを喰らっていた。

「こんにちはー、どなたかいらっしゃいますかー?」

 と、村の入り口で誰かが呼んでいた。

「ん? また来客かな」
「行ってみましょう、ユチ様」
「待っ」

 結局、裸で連れ出される。
 入り口には細身の若い兄ちゃんと、背が高くてがっしりしたオジサンがいた。
 冒険者のようだが行商人にも見える。
 いや、オジサンは兄ちゃんを護衛しているみたいだな。

「また偉い人かな」
「可能性は高そうでございますね。あの二人は高貴な人物と推測いたします」

 どちらも質素な服を着ているが、雰囲気はやけに厳かだ。
 若いお兄さんはキレイな金髪に、快晴のような青い瞳をしている。
 カッコいい人だ。
 それに、どことなく貴族っぽい気がする。
 オジサンだって引き締まった体型で、鋭い目つきがイカしたおっさんて感じだ。

「どうも、初めまして。私はエンパスキ帝国のジークフリードと申します。こちらは付き人のダリーです」

 ジークフリードさんがお辞儀すると、ダリーさんも頭を下げた。
 エンパスキ帝国と言えば、オーガスト王国のすぐ隣にある大きな国だ。
 それにしても……。

「ジークフリードってどこかで聞いたことがあるような……」
「ユチ様。ジークフリード様はエンパスキ帝国の皇太子でございます」
「え! 皇太子!?」

 いや、マジか。
 貴族かなとは思ったが、まさか王子様とは思わなかったぞ。

「は、裸ですみませんね。皇太子なんて偉い方がどうしてデサーレチに……?」
「政策の勉強をするため、護衛のダリーと諸国を回っているのです。もちろん、身分は隠しておりますが」
「な、なるほど……」

 カロライン様もそうだったけど、王女様とか皇太子様とかって結構行動力があるらしい。
 しかも勉強のために旅しているだって?
 偉すぎるだろ。
 俺も見習わないと。
 勉強は嫌いだが。

「旅をしている最中に、あのデサーレチが豊かになっているというウワサを聞きまして……その真偽を確かめたかったのです」
「あっ、そうでしたか」

 デサーレチには色んな人たちが来たもんな。
 みんな、あちこちで話しているのかもしれない。

「この辺りを旅していたところ、大きな音と衝撃を見聞きしまして。何があったんだろうと思ったのです。そこで、光った方に向かっていたら、こちらへたどり着いたという次第でございます」

 きっと、この前のモンスター退治の時だ。
 あのビームはすごい攻撃だったもんな。

「モンスターの群れが襲ってきて、追い払ったんですよ。空飛ぶ城の試作型があって……」
「空飛ぶ城ですって!? 古代世紀に存在していたという空飛ぶ城ですか!?」

 ジークフリードさんはガバッと身を乗り出してきた。
 目がらんらんと輝いている。
 めっちゃ興味が引かれたらしい。

「え、ええ、と言っても、別に大したことはありませんが……見ます?」
「ぜひ!」

 ということで村を案内するわけだが……。

「ユチ殿の人形がたくさんありますね」
「そ、そうですね……ちょっと色々ありまして」
 
 俺の1/6フィギュアは、村のあちらこちらに配置されていた。
 右を向いても左を向いても、俺の人形と目が合う。

「領民に好かれているということですよ。まさしく、民の上に立つ者としての理想の姿です。私も努力しなければなりませんね!」

 ジークフリードさんはくううっ! と拳を握りしめて空を見上げている。
 見た目よりだいぶ熱い方のようだ。
 畑やら川やらを見せたら、ジークフリードさんはめちゃくちゃ驚いていた。
 デスドラシエルを見せたときは、気絶しそうになっていたな。
 そして、空飛ぶ城の前に来た。
 今はふわふわと浮かんでいて、アタマリやソロモンさんが手入れをしている。

「あっ! 生き神様じゃ! ちょっと顔の表情をチェックしてくだされ!」
「ユチ様! お顔の表情は定期的に変えようと思うのですが、いかがでしょうか!?」

 相変わらず、二人はキャアキャア騒いでいる。

「で、伝説の大賢者、ソロモン様までいらっしゃるのですか!? 何という村なんだ……」

 ジークフリードさんは唖然としているが、俺はそれどころじゃなかった。
 顔の刻印を見られるのは、さすがに恥ずかしい。

「それで、これが空飛ぶ城“……キャッスル・試作タイプ”です」
「正しくは“ユチキャッスル”! でございますね」

 せっかくごまかしたのに、ルージュに大きな声で修正された。
 そのまま、流れるように説明を続ける。

「ユチ様の麗しい瞳から、超威力の光線が放たれるのですよ」
「おお……それは素晴らしい」

 ジークフリードさんたちは、ルージュの解説を聞きながら城を見ている。
 早く終わってくれと祈っていたが、たっぷり時間がかかっていた。

「デサーレチがここまで発展したのも、全てはユチ殿のスキルと人柄によるんですねぇ」

 ひとしきり解説が終わったら、ジークフリードさんは納得したように言った。
 
「いやいや、俺はそんなに立派な人じゃないですよ」
「何をおっしゃいますか。いくら領主のスキルが優れていても、人となりが最悪だったら領民たちはすぐに逃げ出してしまいます」

 そんなもんなのかねぇと思っていたが、ルージュやソロモンさん、領民たちはうんうんと頷いていた。
 やがて、ジークフリードさんたちのお帰りの時間になった。

「では、ワシが行きたいところに転送してしんぜよう。特製の魔法札もあげるからの。また来たくなったら破りなさい」

 ソロモンさんがいつものように渡すと、彼らは感激していた。

「ユチ殿、あなたのおかげでこの旅はより実りあるものとなりました。私も大手を振って国に帰ることができます」
「でしたら、良かったです。いや、ほんと裸ですみませんね」

 俺とジークフリードさんは硬い握手を交わす。

「ユチ殿! 本当にありがとうございました!」

 ということで、ジークフリードさんたちは笑顔でエンパスキ帝国に転送されていった。

「生き神様。ここらで一発超魔法でも……」
「しないでくださいね!」


◆◆◆(三人称視点)

 
 エンパスキ帝国に戻ったジークフリードは、さっそく父親である皇帝に報告した。

「皇帝陛下、ただいま戻りました」
「うむ、旅はどうであったか?」
「最後に立ち寄った領地が最高の土地でございました!」

 ジークフリードはデサーレチとユチの素晴らしさを、とうとうと語る。

「……なんと、そんな土地があるのか」
「しかも、空を飛ぶ城の建造まで成功しているのです!」
「なにぃ!?」
「これなら、魔王軍との戦いも勝てるでしょう!」

 エンパスキ帝国は魔王領と近く、魔王軍と頻繁に戦っている。
 帝国騎士団は手練れが揃っているが、敵も強く一進一退の攻防が続いていた。

「皇帝陛下! いや、父上! ぜひ、ユチ殿にお力を貸していただきましょう!」
「うむ、そうだな。魔王軍が優勢と聞いている土地もある……この件はお前に任してよいか?」
「はい!」

――絶対にまたデサーレチに行くんだ。

 ジークフリードは強く強く決心した。
「貴様~いつになったら我と口づけを交わすのだ~」
「い、いや、ほら、そういうことを言うなって……」
「目を離した瞬間にこれでは参ったものです。ユチ様、この者の処遇を決めましょう」

 クデレが一日中まとわりついてくる。
 ルージュもそれを引き剥がすため、常に俺の横にいるような状況だ。
 せめて服を着させてくれないだろうか。
 
『ゴアアアア!!!』
「な、なんだ、どうした!?」
 
 突如、村に咆哮が轟いた。
 いや、村ではなくデサーレチ全体だ。
 明らかに今までのモンスターとは違った。
 おまけに、ドンドンドン! という地響きまで伝わってきた。

「行ってみましょう、ユチ様!」
「ああ、そうだな! なんだか知らないがヤバそうだぞ!」

 今回ばかりは俺も服を着ずに急いだ。
 村の入り口まで行くと、一匹の巨大なドラゴンが暴れまくっていた。
 くすんだ緑色の鱗に覆われ、口からブルーグリーンの火球を吐いて荒れ地を攻撃しまくっている。
 火球の威力は物凄く、地面に大きな穴ぼこができるほどだった。
 すでにソロモンさんや領民たちも集まっていた。
 
「い、生き神様! あれは古のドラゴン、エンシェント・ドラゴンですじゃ! こいつは驚きましたじゃ……!」
「え! あれがエンシェント・ドラゴン……」

 古代世紀にいたという、伝説のドラゴンじゃねえか。
 そういえば、屋敷にあった本でチラッと見たことがあるが、同じような姿形だった。
 どうして、デサーレチに。

「ですが、様子がおかしいですじゃ。本来なら体の鱗はもっと透き通っているはずなのですが……」

 エンシェント・ドラゴンの体はくすんで汚い。
 その目はバリバリに血走っていて、めちゃくちゃ凶暴そうだ。
 そして、胸のあたりにはひょこっと黒いもやがあった。

――もしかして、あれは……。

 そう、瘴気だ。
 エンシェント・ドラゴンもまた、瘴気に汚染されていた。
 瘴気のせいで凶暴になっている可能性がありそうだ。
 
「古の超魔法<エンシェント・サンダーショット>!」

 ソロモンさんの杖から、雷の弾がいくつも放たれた。
 バチバチと青白い電撃が迸っている。
 だが、エンシェント・ドラゴンはひょいひょいと躱す。

「お前ら! 一斉射撃だ!」
「「了解!」」

 アタマリと部下たちが、<ポータブル式バリスタ・試作タイプ>を放つ。
 鋭い矢が雨のように降り注ぐが、エンシェント・ドラゴンはひらりと避けた。
 さすがは伝説の古龍だな。
 一筋縄ではいかないようだ。

「俺のスキルなら瘴気を浄化できそうだが……どうしたもんかな」

 ドラゴンは警戒しているのか、なかなか村の中に入ろうとしない。
 俺のスキルは領域内にしか効果がないからな。
 このままではエンシェントドラゴンを浄化できないぞ。

――う~ん、俺のスキルが遠隔操作できたらいいんだけど。

 そう思ったとき、何かが引っかかった。
 あれ? 遠隔操作?
 よし、これなら何とかなりそうだ。
 ドラゴンの方に歩いていく。
 
「ユチ様は村の奥の方に避難くださいませ! ここは私めが!」
「そうだぞ! 貴様は引っ込んでいろ! 貴様に何かあったらどうするんだ!」
「いや、ちょっと試したいことがあるんだ」

 ルージュたちが止めるのも構わず、俺は村の入り口まで行く。

「<全自動サンクチュアリ>発動!」

 ヴヴン! っと久しぶりの音が響く。
 俺の周りがさらに一段とキレイになる。

――俺の周りの聖域をあっちの方に飛ばせないかな。

 指を荒れ地の方に向けると、ズズズっと俺の周りの聖域が動いていく。
 荒れ地の地面も一緒に浄化されていくから、動いているのがわかったのだ。

「「おおっ! 生き神様の聖域が移動しているぞ!」」
「なんと! ユチ様のスキルは進化していらしたのですね!」

 やがて、聖域はすぐにエンシェント・ドラゴンの下まで移動した。
 俺のスキルは上空まで効果があるから、空にいる竜にも効くはずだ。

『グギイイイイ!!!』

 その直後、エンシェント・ドラゴンが苦しみだした。
 空中でもがいている。

「おお! 生き神様のスキルが効いているのですじゃよ!」
「ユチ様のお力は古の龍にさえ効果があるのですね!」
「貴様~、やるではないか~」

 さあ、もう少しだ。
 俺はさらに魔力を込める。

『ギギギギギ……キャアアアアアア』

 エンシェント・ドラゴンにくっついていた瘴気が消え去った。

『ガアアアアア……ア』

 どさりとエンシェント・ドラゴンが地面に落ちた。

「「おい、落ちたぞ! 行ってみよう!」」

 みんなでドラゴンのところに行く。
 装備を構え、警戒しながら近寄る。

「あ、あれ……これって?」

 エンシェント・ドラゴンは赤ちゃんのように小さくなっていた。
 つぶらな瞳にキレイなグリーンの体。
 両手で持てそうなくらい小さい。
 気を失っているのか、ぐぐぐ……とうずくまっている。
 
「お、おい、大丈夫か?」
「ユチ様! 危険です!」
「いや、大丈夫だよ。もう瘴気は消えてるし」

 拾い上げると、エンシェント・ドラゴンは目を開けた。

『うっ……ぐっ……』
「おい、大丈夫かよ。しっかりしろ」

 声をかけていると、エンシェント・ドラゴンはペコリとお辞儀した。

『……この度は本当に失礼いたしました。あなた様のおかげで、無理矢理な契約から解放されました。いくら感謝してもしきれません』
「うわっ、喋った!」
『私たちエンシェント・ドラゴンは、人間の言葉を理解できるのです』
「へ、へぇ~」

 さっきまでの凶暴な感じは消え去り、とても礼儀正しくなっている。

『クッテネルングという男に無理矢理な契約を結ばされてしまったのです。クッテネルング及びその父親と名乗るエラブルという男に、あなた様……ユチ・サンクアリ様の殺害を命じられました。それで、この地まで飛んできたのです』
「え……また父親と異母弟が俺の殺害を……」

 彼らはいったい何がしたいのだ。
 ああ、そうか、俺の殺しか。
 どこまで執着してるんだ……。
 たぶん、さっきの瘴気はあの二人由来だな。
 父親と異母弟が俺の殺害を命じたと聞いて、領民たちも怒りだした。

「生き神様を殺そうだって!? ふざけんな!」
「生き神様のおかげで、俺たちは暮らせているんだぞ!」
「まったく、あの人たちは何も進歩していないようですね」

 ルージュはもはや呆れ果てていた。

『そこで、ユチ様にお願いがあります。大暴れした後で厚かましいですが、私をこの地に置かせていただけないでしょうか。荒れ地の方も頑張って元に戻します。どうしても、あの者たちのところには戻りたくないのです』
「ああ、それは別に構わないが」

 構わないと言うと、エンシェント・ドラゴンは満面の笑顔になった。

『ありがとうございます! お願いついでに……私に名前をつけていただけませんか?』
「う~ん、名前ねぇ」

 俺にネーミングセンスは無いからなぁ、どうしよう。

「私めに良い案がございます。コユチとはどうでしょうか」

 ルージュが言うと、領民たちも賛同し出した。
 
「「ユチ様の名前の一部だ!」」

 わああ! と盛り上がる。

「あ、いや、俺の名前なんてそんな大層なもんじゃないから……」
『ユチ様のお名前を頂けるなんて、これ以上ない光栄でございます!』

 エンシェント・ドラゴンはぱああっ! と明るい表情になった。
 もう撤回はできなくなってしまった。
 ということで、エンシェント・ドラゴンのコユチも俺たちの仲間に加わった。


――――――――――――――――
【生き神様の領地のまとめ】
◆古のドラゴン“エンシェント・ドラゴン”
 古の儀式により復活した古龍。
 本来なら鮮やかな緑色の鱗を持っている。
 瘴気により汚染され性格も凶暴になっていたが、従来は温和な気質。
 特殊な魔力のブレスは、あらゆる装備を貫通する。
 コユチと名付けられた。
『私たちエンシェント・ドラゴンは、普段は小さな体で暮らしています。戦う時だけ巨大化するのです』
「ふ~ん、そうなのね」

 コユチを仲間に引き入れて、デサーレチもだいぶ賑やかになった。
 今はエンシェント・ドラゴンのことを教えてもらっている。

「だ、誰か助けてー! どなたかいらっしゃいませんかー!?」

 突然、荒れ地の方から女の人の叫び声が聞こえてきた。

「ん? また誰かが助けを求めてるな」
「ユチ様のお人柄が迷える子羊たちを引き寄せているのでしょう」
「いや、そんな、まさか」

 しまった、裸で出てきちゃった。
 最近は服を着させてくれないことが多いので、裸の感覚に慣れてしまっているのだ。
 村の入り口に行くと、女の人が何人か集まっていた。
 みんな薄汚れていて、衣服がボロボロだ。
 人間より横に尖った耳が印象深い。
 エルフの人達だった。

「どうしたんですか、大丈夫ですか」
「良かった、人がいました! どうか、助けてください! 私はエルフ王国のエルフェアと申します。こちらは侍女の者たちです」
「やっぱりエルフの国の人達でしたか」

 みんな静々とお辞儀をする。
 先頭にいる人は、ずいぶんと儚げな雰囲気だ。
 なんか王女様っぽいのだが、気のせいだよな。

「こんなナリでも王国では姫をやっております」

 マジか。

「実は、魔王軍に囚われていたところを抜け出してきたのです」
「え! ま、魔王軍から……そうだったんですか、それはまた大変でしたね……」

 デサーレチは魔王領と近いから、ここまで逃げ切れたのかもしれない。

「まぁ、まずは休んでください。おいしい食べ物や温かいお風呂もありますよ」
「ありがとうございます……かたじけないです」

 ひとしきり、デススワンプや<ライフウォーター>を振舞ったら、元気が回復したみたいだ。

「……ふぅ、ありがとうございました。おかげさまで体も元気になりました。そして、失礼ですが、ここは何という土地になるのでしょうか? 右も左も素晴らしい作物や素材の宝庫ですが……」
「デサーレチですよ」
「「ええ!? デサーレチ!?」」

 もう何度見たかわからない反応をする。

「この世の最も辛い苦痛をさらに煮詰めたかのような、修羅の土地デサーレチ!?」
「そこに住むと呼吸すらままならないと言われる、あのデサーレチ!?」
「屍の山で築かれたという死者の国デサーレチ!?」

 ルージュがピキピキしてきたので、そろそろ止めた方が良さそうだ。

「そ、それで、事情を話してもらっても良いですかね」
「ゴホン……これは失礼いたしました。ある日、魔王軍が国に来て私を攫ったのです。エルフ王国は古くから魔王軍と敵対関係にありますから、私を人質にでもしようと思ったのでしょう……私たちは、かれこれ数百年は魔王軍と戦っていまして……」

 どうやら、人間の国より魔王軍との戦闘が激しいらしい。
 話を聞いているときだった。

『ゲッゲッゲッ、なんだぁあの村は。こんなところに人里があったのかぁ?』
『バドーガン様、エルフの姫はあそこに逃げたと思われますぜ』

 またもや荒れ地の方が騒がしくなった。

「あれ、また来客か? ……いや、モンスターの群れだ」
「ユチ様、魔王軍尖兵のバドーガンでございます。見ての通り、トロール系のモンスターです。おそらく、エルフェア様を探しに部下たちを引き連れて来たのでしょう」

 先頭にいるのは大きなトロールだ。
 右手にはお決まりの棍棒を持っている。
 体は鎧に覆われており、防御力が高そうだ。
 その周りには部下だろうか。
 ゴブリン、コボルドなどのザコに加え、アイアンガーゴイルやスカルナイトなどの中堅どころも勢揃いしている。
 空にはサンダーワイバーンやファイヤードレイクなんていう強敵までいた。

「よっぽど姫様を奪いたいんだな。ものすごい大群だ」
「荒れ地がモンスターでいっぱいでございます」

 魔王軍のヤツらは、みんな瘴気がグジュグジュにまとわりついている。
 身体の一部にくっついているんじゃなくて、もはや瘴気そのものだな。
 とうとう、魔王軍までがやってきたわけか。

「すみません、ユチ様。私たちが逃げ込んできたばっかりに……」
「いやいや、姫様たちのせいじゃありませんよ。姫様は俺たちが守りますから、安心していてくださいね」
「ユチ様……」
 
 そう言いながら、姫様は頬を赤らめている。
 まずい、さすがに裸で応対するのは良くなかったな。
 ルージュもピキってるから、裸で動き回ることのヤバさを知ってくれたんだろう。
 初めてとなる魔王軍との戦いが、今まさに始まろうとしていた。
『ゲッゲッゲッ、エルフの姫を回収したらあの村も襲うぞ』
『バドーガン様なら簡単に侵略できますぜ』

 魔王軍は撤退するような様子はない。
 村を目指して進んでくる。
 ということで、こちらの戦力を確認するわけだが……。

「村には一歩たりとも入れさせないぞ!」
「せっかく、生き神様とここまで発展させたんだ!」
「私たちの土地は自分たちで守りましょう!」

 領民たちは各々装備を身に着けている。
 <ゴーレムの金剛剣>に<魔法対無敵鎧>を着けていたら、もはや近接攻撃は無敵だろう。
 遠距離攻撃も<大賢者の杖・量産タイプ>、<ポータブル式バリスタ・試作タイプ>がたくさんあるから問題なさそうだ。
 空を飛んでいる敵も、<自動飛行のからくり馬車>に乗っていれば十分に倒せそうだな。

「さーって、久しぶりの超魔法じゃ! 何を使おうかの~! <エンシェント・ビックバン>か<エンシェント・メテオシューター>か……くうう、使いたい魔法がありすぎじゃ! 迷うの~!」

 ソロモンさんはここぞとばかりに、魔力を練りに練っている。
 周りの空間が歪むほどだ。

「ユチ様、私めが全ての敵を倒してまいります。さすれば、このクソ暗殺者は用無しということでよろしいですね?」
「なに~、用無しになるのはお前の方だぞ~」

 恐ろしく強い元Sランク冒険者のルージュと、最強の暗殺者〔ジェットブラック〕。
 互いに討伐した敵の数で勝負する取り決めを交わしていた。

『ユチ様、私の準備も完了いたしました。お望みとあれば、全ての敵を駆逐いたします』

 コユチも大人の姿になって戦闘態勢だ。
 口の端からコオオオ……と不思議な魔力が漏れ出ている。

「ユチ様! ユチ・キャッスルの準備は出来ておりますよ! いつでも攻撃開始できます!」

 後ろの方でアタマリたちが叫んだ。
 村の上空には空飛ぶ城が浮かんでいる。

――…………魔王軍大丈夫か?

 あまりの戦力差に、思わず敵の心配をしてしまった。

「それでは、ユチ様。攻撃の合図をお願いいたします」
「え、いや、ちょっ」

 ルージュにぐいぐい押され、あっという間に村の先頭に来てしまった。
 みんな、ワクワクした様子で俺の合図を待っている。
 
「じゃ、じゃあ、攻撃開始」

 なんか、半裸で宣言してもいまいち締まらないな。

「「いくぞ! 我らがデサーレチを守るんだ!」」

 と思ったら、領民たちがいっせいに攻撃を始めた。
 一部の隙もないほどに降り注ぐバリスタの矢。
 炎や水、土や風などの多種多様な属性の魔法攻撃。
 もはや重歩兵となった村人たちの突進。

『な、なんだ、こいつら、つよっ……ぐあああ!』
『どうして攻撃が効かないんだ! それどころか、剣がヤバ……がっはああ!』
『気を付けろ! 空からは矢が降っ……! うわあああ!』

 いや、物理も魔法もワンチャンSランク冒険者並みじゃないのか?

「よし、決めたですじゃ! <エンシェント・プラズマ>!」
『『ぼぎゃあああ!』』

 ソロモンさんの杖から、バチバチと白い雷が放たれる。
 モンスターを次々と黒焦げにしていく。
 敵がどんなに速く逃げようとしても、光の速さでどこまでも追いかける。
 ソロモンさんはスッキリした表情だった。

「48、49、50……」
「我も負けるつもりはないぞ! ……47、48、49!」
『『と、とんでもない二人組がいるぞ! 逃げろ逃げろ逃げ……ぎゃああああ!』』

 別の一角では、ルージュとクデレが縦横無尽に暴れまくっていた。
 傍らにはモンスターの素材が山積みになっているので、討伐しつつ分解しているのだろう。
 こんな芸当ができるヤツは魔王軍にもいないと思う。

『<エンシェント・ブルーフレイム>!』
『『な、なんで伝説の古龍がこんなところに! ……ぐええええ!』』

 コユチの放った火球が魔王軍を業火に包む。
 どんなに強力な身体でもおかまいなしだ。
 容赦なく燃やし尽くしている。

「ユチ・キャッスルよ! 村を襲う不届き者たちに神の鉄槌を下すんだ!」

 アタマリが叫んだ瞬間、例のギイイン! といういびつな音が響く。
 城に描かれている俺の顔(半目のヤツ)から、眩い光線が放たれた。
 それにしても、この音にはなかなか慣れないぞ。

『『ギィエエエエ!』』

 光線の当たったところが吹っ飛んだ。
 というか、地面もモンスターも溶けていた。
 ものすごい高温のビームだったんだなぁ。
 バドーガンとかいうトロールを除いて、一瞬で魔王軍は消滅した。

『…………は?』

 バドーガンはポカンとしている。

『す、少しはやるようじゃねえか! だ、だがなぁ、俺はそこら辺のザコとは違うぜ! さ、さあ、エルフの姫を渡してもらおうか! つ、ついでに、お前らの村を俺の城にしてやるぞ!』

 やけくそに突っ込んできた。
 重装備のくせに結構足が速い。

「さあ、ユチ様。最後の一体をお願いいたします」
「あっ、貴様ずるいぞ! あいつを倒せば我の討伐数がお前と同じに……むぐっ!」

 ルージュはクデレを羽交い締めにしている。

「ユ、ユチ様、またあの恐ろしい敵が来ました!」
 
 姫様も怖いんだろう、俺の後ろに隠れちゃった。
 何はともあれ、さっさと終わらせるか。
 ルージュもピキピキしてるしな。

「<全自動サンクチュアリ>発動!」

 ヴヴン! といつもの音がして、聖域が展開された。
 この前と同じように、遠隔操作する。
 ズズズとバドーガンの真下に移動した。
 
『こ、これは、なんだ……ぐうううう!』

 バドーガンの勢いは消え去り、苦しそうに呻いている。

「「おお! 生き神様の御業には魔王軍すら耐えられないのだ!」」

 さらに魔力を込める。

『ギギギギギ……キャアアアアアア』
『ぐあああああ!』

 瘴気が消えると同時に、バドーガンも消えちまった。
 どうやら、瘴気と同じ存在だったようだ。

「「やったー! 魔王軍を撃退したぞー! これも生き神様のご加護のおかげだー!」」

 わあああっと村は盛り上がる。

「ユチ様、魔王軍をこんなに圧倒したのはあなた様が初めてです! ユチ様こそ、魔王を倒すべき神が遣わした救世主なのです!」
「あ、あのっ、ちょ!」

 ガバッと姫様が抱き着いてきた。
 俺は半裸なので、張りがありつつもきめ細かい触感を直に感じる。
 こ、この絵面はまずいって。
 その様子を見て、周りのみんながはやし立てる。

「生き神様は本当にモテますの~! ワシの若い頃にそっくりじゃよ。そうそう、あれはワシがまだ少女の頃で……」
「ユチ様の魅力はエルフをも魅了してしまうのですねぇ。私もユチ様の魅力をさらに引き立てる装備を造ります」
「……さて、ユチ様もお忙しいので引き剥がさせていただきますね」
「え? ま、待ってください。もう少しだけ、あ~れ~」

 というわけで、魔王軍も無事に撃退できた。