「ゲッホオオオ! ガッハアアアア! 咳が止まらんなあああ!」
ゴミ愚息を追い出してから少しして、突然咳き込むようになった。
咳だけではない、お湯が沸きそうな程の高い熱を出し、頭蓋骨が割れるほどに頭は痛く、胃はねじ切れるように痛み、心臓は張り裂けそうになり、関節に至ってはわずかに動かすだけで悲鳴をあげる……体の不調を挙げればキリがなかった。
はっきり言って気絶しそうなほど苦しい。
「ク、クッテネルングウウウウ。どこにいるうううう。さっさと来ないかああああ」
「はぁぁぁぁ……はぁぁぁぁ……こ、ここだぁぁぁ……」
しばらく呼んでいると、クッテネルングがノロノロやってきた。
見るからに具合が悪そうだ。
顔は熱っぽく息も絶え絶えで、ダラダラと脂汗をかいている。
歩いた後が絨毯のシミになっていた。
「なんだああああ。貴様も体調が悪いのかあああ」
「オ、オヤジこそ具合が悪そうじゃないかぁぁぁ」
二人でハアハアしていると、使用人がやってきた。
ビクビクしながら歩いてくる。
まるで、何か汚い物を避けようとしているみたいだ。
「だ、旦那様、クッテネルング様、お休みになられていた方が……」
使用人は私たちを見ると、ゾッとした顔をした。
その無礼な態度で猛烈に腹が立つ。
「貴様ああああ! なんだ、その顔はああああ! 失礼にもほどがあるだろうがああああ!」
「ハンサムな僕ちゃまにはもっと可愛い顔を見せろぉぉぉぉ」
「も、申し訳ございません! 旦那様が瘴気まみれになっておりまして! すぐに医術師を……!」
使用人まで瘴気がうんぬんと言っている。
無論、そんな物はどこにもない。
部屋の中は至って正常、それどころか清潔極まりない。
「だから、瘴気などどこにもないではないかああああ!」
「お前まで僕ちゃまたちをバカにするのかぁぁぁ」
私たちが近づくと凄い勢いで後ずさる。
「け、決してそのようなことではなくて、本当に瘴気が……!」
「黙れええええ! さっさと食事の用意をしろおおおお!」
「か、かしこまりました!」
使用人は大慌てで出ていった。
「全く、どいつもこいつも使えんなああああ! それでもサンクアリ家の使用人かああああ! ゲッホオオオオ!」
「次期当主の僕ちゃまにはもっと誠意を持って接しろぉぉぉぉ……ガッハァァァ」
興奮したせいか、フラフラしてきた。
私とクッテネルングは二人そろって咳込みまくる。
肺が壊れそうなほど痛かった。
早く横になって休みたい。
だが、寝込んでいるわけにはいかなかった。
これから大事な商談があるのだ。
「ゲッハアアア……こ、こんなことをしている場合ではないいいい……クッテネルングウウウ、準備しろおおおお」
「わ、わかってるよぉぉぉ……ゲホォォォ」
フラフラする身体に鞭打って準備を進める。
今日の相手はオーガスト王国のセリアウス侯爵だ。
王族とも繋がりのある有力者であり、我が領地で収穫した作物の重要な取引相手だった。
半分以上買ってくれているので上客も上客だ。
今日はクッテネルングを次期当主として紹介する、ものすごく大切な日だった。
「いいかああああ、クッテネルングウウウウ。絶対に失礼のないようにしろよおおお。お前を売り込めばサンクアリ家の評価も上がるのだああああ」
「わ、わかってるよぉぉぉぉ。大丈夫だってぇぇぇぇ」
クッテネルングの目は虚ろで、アンデットのなりかけのようだ。
こんなんじゃ上手くいくことも上手くいかない。
せめて化粧だけでもした方が良いかもしれない。
「セ、セリアウス侯爵様がいらっしゃいました!」
使用人が玄関の方で叫んでいる。
クソッ、もう着いてしまったか。
もう少し休んでいたかったが仕方ない。
「い、行くぞおおおお。クッテネルングウウウウ」
「あ、ああぁぁぁ。わかってるよぉぉぉ」
私たちは足を引きずりながら玄関へ向かう。
ちょうど、セリアウス侯爵の馬車が着いたところだった。
「ようこそおいでくださいましたあああ。セリアウス侯爵うううう。こちらは息子のクッテネルングでございますうううう」
「ク、クッテネルングと申しますぅぅぅ。以後お見知りおきをぉぉぉ」
セリアウス侯爵は細身で背が高い。
美男子のなごりが残っていて、私より年上なのに若く見える。
「これはこれはエラブル殿。今日はお忙しいところ……ぐっ!」
セリアウス侯爵はうっ! と一瞬顔をしかめた。
だが、次の瞬間には真顔に戻った。
私の見間違いだろう。
「どうかなさいましたかああああ?」
「い、いや、今日の取引はやめておきましょう。エラブル殿も体調が悪いようですからな。クッテネルング殿も汗がダラダラではありませんか」
「ご心配なくうううう。私たちは健康ですうううう」
「僕ちゃまは汗っかきなんですよぉぉぉ」
私たちはセリアウス侯爵を半ば無理矢理招き入れる。
「さあ、立ち話もなんですので中にお入りくださいいいいい」
「準備も整っておりますよぉぉぉぉ」
「あっ、ちょっと! エラブル殿、クッテネルング殿!」
一度屋敷に入れてしまえばこっちのもんだ。
いつものように、調度品を自慢しながら応接室へ案内する。
「……この壺は最近発掘された遺跡の物でええええ、こっちの皿はああああ……」
「は、はあ、相変わらず素晴らしいですな」
なぜかセリアウス侯爵もやたらビクビクしていた。
そう、まるで汚い物を避けるように。
「さあ、部屋に着きましたぞおおおお、セリアウス侯爵うううう」
応接室に招き入れても、セリアウス侯爵は険しい表情のままだった。
おそらく、さっきの使えない使用人が失礼を働いたのだろう。
後で叱りつけておかねばならん。
「では、こちらの椅子にお座りくださいいい」
「え、ええ……」
「本日の商談の件でございますがああああ……」
突然、私とクッテネルングは咳が止まらなくなった。
「ゴッホオオオオ! ブホオオオオ! ゲッフウウウウ!」
「ゴホゴホゴホォォォ。ブヘェェェ」
「うわあ!」
セリアウス侯爵は大慌てで身を引く。
汚物を見るような目でこちらを見ていた。
「申し訳ございませんなあああ。朝から咳が止まらなくてええええ」
「大したことはないので、お気になさらずぅぅぅ」
セリアウス侯爵は硬い表情で顔をしかめている。
きっと、私たちの体調を気遣ってくれているのだろう。
「……」
セリアウス侯爵は口を真一文字に閉じていた。
厳しい表情のまま押し黙っている。
「ど、どうされたのですかああああ? さっそく、商談の方をおおおお……」
「……貴殿との取引を全て解消させていただきたい」
その口から出てきた言葉は、想像もしないことだった。
「セ、セリアウス侯爵うううう? いったいどうされたのですかあああ?」
「人を瘴気の中に連れ込んでおいて、よくもそんなことが言えますな」
セリアウス侯爵まで瘴気がどうのこうのと言っている。
「どこに瘴気があるのですかあああ?」
「僕ちゃまにも見えませんよぉぉぉ」
「ですから! そこら中に蔓延っているじゃないですか!? あなた達の体にも! 本当に見えないのですか!?」
辺りを見回すがそんな物は何もなかった。
もちろん、私たちの体にもない。
いきなりどうしたのだ?
ポカンとしていると、セリアウス侯爵はさらに言葉を続ける。
「屋敷の管理もできない人とは、大切な商売の取引などできるはずもありません。話し方もおかしいし、貴殿のような変人と取引していた私が愚かだった。もうこの瘴気屋敷に来ることもないでしょう」
セリアウス侯爵は逃げるように出て行くと、あっという間に帰ってしまった。
取り残された私たちは呆然と佇む。
しょ、商談が失敗……?
セリアウス侯爵はもう二度と来ないと言っていた。
……領地の収入はどうなってしまうのだ?
脂汗とは別に、冷や汗が溢れて来る。
私の対応に落ち度はなかった。
普段と違ったのは……。
「クッテネルングウウウウ! 貴様が虚ろな目をしているからだああああ! 責任とれええええ!」
「や、やめてくれぇぇぇ。僕ちゃまのどこが悪いんだよぉぉぉ。というか、父ちゃまのせいだろぉぉぉ」
私たちは取っ組み合いの喧嘩を始めた。
だが、体力は底を付いているので、まともな喧嘩にはならない。
少し戦っただけですぐに疲れ果ててしまった。
クッテネルングと一緒に床に転がる。
「ち、ちくしょうぅぅぅ。クソ兄者めぇぇぇ。自分だけノコノコ逃げやがってぇぇぇ」
クッテネルングのボヤキを聞いた時、私は全てを理解した。
「そうだあああ! これも全部ユチのせいだあああ! あのゴミ愚息めええええ!」
思い返せば、ユチを追放してからおかしくなった。
あいつは出て行く時、何か魔法をかけていったに違いない。
その晩からどうやってゴミ愚息に復讐してやろうか考えだした。
ゴミ愚息を追い出してから少しして、突然咳き込むようになった。
咳だけではない、お湯が沸きそうな程の高い熱を出し、頭蓋骨が割れるほどに頭は痛く、胃はねじ切れるように痛み、心臓は張り裂けそうになり、関節に至ってはわずかに動かすだけで悲鳴をあげる……体の不調を挙げればキリがなかった。
はっきり言って気絶しそうなほど苦しい。
「ク、クッテネルングウウウウ。どこにいるうううう。さっさと来ないかああああ」
「はぁぁぁぁ……はぁぁぁぁ……こ、ここだぁぁぁ……」
しばらく呼んでいると、クッテネルングがノロノロやってきた。
見るからに具合が悪そうだ。
顔は熱っぽく息も絶え絶えで、ダラダラと脂汗をかいている。
歩いた後が絨毯のシミになっていた。
「なんだああああ。貴様も体調が悪いのかあああ」
「オ、オヤジこそ具合が悪そうじゃないかぁぁぁ」
二人でハアハアしていると、使用人がやってきた。
ビクビクしながら歩いてくる。
まるで、何か汚い物を避けようとしているみたいだ。
「だ、旦那様、クッテネルング様、お休みになられていた方が……」
使用人は私たちを見ると、ゾッとした顔をした。
その無礼な態度で猛烈に腹が立つ。
「貴様ああああ! なんだ、その顔はああああ! 失礼にもほどがあるだろうがああああ!」
「ハンサムな僕ちゃまにはもっと可愛い顔を見せろぉぉぉぉ」
「も、申し訳ございません! 旦那様が瘴気まみれになっておりまして! すぐに医術師を……!」
使用人まで瘴気がうんぬんと言っている。
無論、そんな物はどこにもない。
部屋の中は至って正常、それどころか清潔極まりない。
「だから、瘴気などどこにもないではないかああああ!」
「お前まで僕ちゃまたちをバカにするのかぁぁぁ」
私たちが近づくと凄い勢いで後ずさる。
「け、決してそのようなことではなくて、本当に瘴気が……!」
「黙れええええ! さっさと食事の用意をしろおおおお!」
「か、かしこまりました!」
使用人は大慌てで出ていった。
「全く、どいつもこいつも使えんなああああ! それでもサンクアリ家の使用人かああああ! ゲッホオオオオ!」
「次期当主の僕ちゃまにはもっと誠意を持って接しろぉぉぉぉ……ガッハァァァ」
興奮したせいか、フラフラしてきた。
私とクッテネルングは二人そろって咳込みまくる。
肺が壊れそうなほど痛かった。
早く横になって休みたい。
だが、寝込んでいるわけにはいかなかった。
これから大事な商談があるのだ。
「ゲッハアアア……こ、こんなことをしている場合ではないいいい……クッテネルングウウウ、準備しろおおおお」
「わ、わかってるよぉぉぉ……ゲホォォォ」
フラフラする身体に鞭打って準備を進める。
今日の相手はオーガスト王国のセリアウス侯爵だ。
王族とも繋がりのある有力者であり、我が領地で収穫した作物の重要な取引相手だった。
半分以上買ってくれているので上客も上客だ。
今日はクッテネルングを次期当主として紹介する、ものすごく大切な日だった。
「いいかああああ、クッテネルングウウウウ。絶対に失礼のないようにしろよおおお。お前を売り込めばサンクアリ家の評価も上がるのだああああ」
「わ、わかってるよぉぉぉぉ。大丈夫だってぇぇぇぇ」
クッテネルングの目は虚ろで、アンデットのなりかけのようだ。
こんなんじゃ上手くいくことも上手くいかない。
せめて化粧だけでもした方が良いかもしれない。
「セ、セリアウス侯爵様がいらっしゃいました!」
使用人が玄関の方で叫んでいる。
クソッ、もう着いてしまったか。
もう少し休んでいたかったが仕方ない。
「い、行くぞおおおお。クッテネルングウウウウ」
「あ、ああぁぁぁ。わかってるよぉぉぉ」
私たちは足を引きずりながら玄関へ向かう。
ちょうど、セリアウス侯爵の馬車が着いたところだった。
「ようこそおいでくださいましたあああ。セリアウス侯爵うううう。こちらは息子のクッテネルングでございますうううう」
「ク、クッテネルングと申しますぅぅぅ。以後お見知りおきをぉぉぉ」
セリアウス侯爵は細身で背が高い。
美男子のなごりが残っていて、私より年上なのに若く見える。
「これはこれはエラブル殿。今日はお忙しいところ……ぐっ!」
セリアウス侯爵はうっ! と一瞬顔をしかめた。
だが、次の瞬間には真顔に戻った。
私の見間違いだろう。
「どうかなさいましたかああああ?」
「い、いや、今日の取引はやめておきましょう。エラブル殿も体調が悪いようですからな。クッテネルング殿も汗がダラダラではありませんか」
「ご心配なくうううう。私たちは健康ですうううう」
「僕ちゃまは汗っかきなんですよぉぉぉ」
私たちはセリアウス侯爵を半ば無理矢理招き入れる。
「さあ、立ち話もなんですので中にお入りくださいいいいい」
「準備も整っておりますよぉぉぉぉ」
「あっ、ちょっと! エラブル殿、クッテネルング殿!」
一度屋敷に入れてしまえばこっちのもんだ。
いつものように、調度品を自慢しながら応接室へ案内する。
「……この壺は最近発掘された遺跡の物でええええ、こっちの皿はああああ……」
「は、はあ、相変わらず素晴らしいですな」
なぜかセリアウス侯爵もやたらビクビクしていた。
そう、まるで汚い物を避けるように。
「さあ、部屋に着きましたぞおおおお、セリアウス侯爵うううう」
応接室に招き入れても、セリアウス侯爵は険しい表情のままだった。
おそらく、さっきの使えない使用人が失礼を働いたのだろう。
後で叱りつけておかねばならん。
「では、こちらの椅子にお座りくださいいい」
「え、ええ……」
「本日の商談の件でございますがああああ……」
突然、私とクッテネルングは咳が止まらなくなった。
「ゴッホオオオオ! ブホオオオオ! ゲッフウウウウ!」
「ゴホゴホゴホォォォ。ブヘェェェ」
「うわあ!」
セリアウス侯爵は大慌てで身を引く。
汚物を見るような目でこちらを見ていた。
「申し訳ございませんなあああ。朝から咳が止まらなくてええええ」
「大したことはないので、お気になさらずぅぅぅ」
セリアウス侯爵は硬い表情で顔をしかめている。
きっと、私たちの体調を気遣ってくれているのだろう。
「……」
セリアウス侯爵は口を真一文字に閉じていた。
厳しい表情のまま押し黙っている。
「ど、どうされたのですかああああ? さっそく、商談の方をおおおお……」
「……貴殿との取引を全て解消させていただきたい」
その口から出てきた言葉は、想像もしないことだった。
「セ、セリアウス侯爵うううう? いったいどうされたのですかあああ?」
「人を瘴気の中に連れ込んでおいて、よくもそんなことが言えますな」
セリアウス侯爵まで瘴気がどうのこうのと言っている。
「どこに瘴気があるのですかあああ?」
「僕ちゃまにも見えませんよぉぉぉ」
「ですから! そこら中に蔓延っているじゃないですか!? あなた達の体にも! 本当に見えないのですか!?」
辺りを見回すがそんな物は何もなかった。
もちろん、私たちの体にもない。
いきなりどうしたのだ?
ポカンとしていると、セリアウス侯爵はさらに言葉を続ける。
「屋敷の管理もできない人とは、大切な商売の取引などできるはずもありません。話し方もおかしいし、貴殿のような変人と取引していた私が愚かだった。もうこの瘴気屋敷に来ることもないでしょう」
セリアウス侯爵は逃げるように出て行くと、あっという間に帰ってしまった。
取り残された私たちは呆然と佇む。
しょ、商談が失敗……?
セリアウス侯爵はもう二度と来ないと言っていた。
……領地の収入はどうなってしまうのだ?
脂汗とは別に、冷や汗が溢れて来る。
私の対応に落ち度はなかった。
普段と違ったのは……。
「クッテネルングウウウウ! 貴様が虚ろな目をしているからだああああ! 責任とれええええ!」
「や、やめてくれぇぇぇ。僕ちゃまのどこが悪いんだよぉぉぉ。というか、父ちゃまのせいだろぉぉぉ」
私たちは取っ組み合いの喧嘩を始めた。
だが、体力は底を付いているので、まともな喧嘩にはならない。
少し戦っただけですぐに疲れ果ててしまった。
クッテネルングと一緒に床に転がる。
「ち、ちくしょうぅぅぅ。クソ兄者めぇぇぇ。自分だけノコノコ逃げやがってぇぇぇ」
クッテネルングのボヤキを聞いた時、私は全てを理解した。
「そうだあああ! これも全部ユチのせいだあああ! あのゴミ愚息めええええ!」
思い返せば、ユチを追放してからおかしくなった。
あいつは出て行く時、何か魔法をかけていったに違いない。
その晩からどうやってゴミ愚息に復讐してやろうか考えだした。