「さあ、ユチ様、ご感想をお聞かせくださいませ」
「お、俺がたくさんいるなと思います」

 村の入り口でユチフィギュアの配置を確認させられていた。
 無論、本物との対比を確かめたいとのことで、俺は半裸だ。
 フィギュアたちは、入り口の上にズラリと並んでいる。 
 揃って荒れ地の方を見ていた。
 
「せ、せめて、村の入り口に置くのはやめようよ。どんな村かと思われるか……」
「何をおっしゃいますか。ユチ様の素晴らしさはもっと全面的に押し出すべきでございます」

 フィギュアは無事に量産体制が整ったようで、村の至るところに置かれていた。
 俺にはもうどうすればいいのか見当もつかない。 
 と、そこで、ルージュが険しい顔で荒れ地を見た。

「どうしたの、ルージュ? まさか、荒れ地にまでフィギュアを配置するんじゃ……」
「いいえ、ユチ様。また招かれざる客が来たようです」
 
 荒れ地の方をよく見ると、一人の人間が歩いてくる。
 真っ黒の服に身を包み、風が吹いても顔が見えることはなかった。

「誰だろうね。やたら黒いが」
「おそらく、漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕でございます」
「え!? あのウワサに聞く……」

 どんな仕事でも100%達成すると言われている漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕か。
 まさかデサーレチに来るとは……。
 というか、どんだけ黒が好きなんだ。

「またデサーレチを襲いに来たヤツか」
「ここは私めにお任せくださいませ。ユチ様はこちらでお待ちください」

 ルージュは荒れ地に向かって歩き出す。
 いつの間にか、その両手には短剣が握られていた。
 止める隙もなく、〔ジェットブラック〕に歩いて行く。
 敵も気づいたようで、二人は荒れ地で向かい合う。

「さて、ユチ様の安寧を阻害しようとする者は何人たりとも許しません」
「フンッ、貴様が殺害対象の付き人か。依頼人からは皆殺しにして良いと言われているからな、容赦はせんぞ」

 〔ジェットブラック〕が喋り終わったとたん、その手には黒いナイフが握られていた。
 取り出す仕草さえ見えなかった。
 ピリピリとした空気が張り詰める。
 まさしく、手練れ同士の戦いだ。
 ルージュが勢い良く斬りかかる。

「はっ!」
「遅いっ!」

 ジェットブラックはルージュの攻撃をひらりとかわした。

「ユチ様には絶対に近寄らせません!」

 すかさず、ルージュが短剣をふるう。
 そして、〔ジェットブラック〕はすんでのところで避ける。
 息を呑むような、一進一退の攻防が続く。
 やがて、ソロモンさんやアタマリ、領民たちも集まってきた。

「生き神様、あの黒いヤツは誰ですじゃ?」
「漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕って言ってました」 
「「〔ジェットブラック〕!? こりゃ大変だ!」」

 その名前を聞くと、みんな驚愕していた。
 やはり名の知れた暗殺者らしい。

「ユチ様を襲いに来やがったヤツですね。おい、お前ら、急いで装備を持ってこい!」

 みんな後ろの方で、慌ただしく色んな武器や装備の準備を始める。

「あんなに接近戦をしてたら、援護しようにも難しいぞ!」
「ルージュさんから目を離すな!」
「一瞬の隙をついて援護するんだ!」

 みな、ルージュと〔ジェットブラック〕の攻防を見守っていた。

「はっ! くらいなさい!」
「うぐっ!」

 そのうち、ルージュの回し蹴りが〔ジェットブラック〕の脇腹にヒットした。
 さすがは元Sランク冒険者だ。
 相手が暗殺者だろうが、まったく引けを取らない。
 吹き飛ばされた〔ジェットブラック〕は、ズザザザザッ! と俺の方に転がってきた。
 〔ジェットブラック〕はむくりと起き上がる。
 フードで顔は見えないが、ニヤリと笑っているようだった。

「し、しまった! ユチ様、お逃げください!」

 ルージュが猛ダッシュで走ってくるがとても間に合わない。
 領民たちからも微妙に距離がある。
 急いで逃げようとしたら、つまずいて転んでしまった。
 〔ジェットブラック〕はナイフを掲げる。
 同時に、ヤツの体にくっついている瘴気が苦しみだした。
 村の中に入ってきたからだろう。

「覚悟っ!」
「うおおおお、ヤベぇ!」
『ギギギギギ……キャアアアアアア!』

 とっさに顔を覆って目をつぶる。
 俺の人生もここまでか!
 だが、いつまで経ってもナイフが降って来ない。
 ど、どうした?
 恐る恐る目を開けると、〔ジェットブラック〕がナイフを振りかぶったまま固まっていた。

「な、なんだ?」
「貴様~なんだぁその顔は~私を見るときはもっと笑顔にならんか~」
 
 〔ジェットブラック〕がナイフを投げ捨てて、俺に抱き着いてくる。
 かと思うと、スリスリ頭を擦り付けてきた。

「ナデナデしてくれないと殺してしまうぞ~この愚か者~」
「は? な、なに?」

 いきなりの急展開に理解が追いつかない。
 さっきまでの殺気は消えている。
 上手いことを言ったつもりはないが、本当にそんな感じだった。

――な、なんなんだ、いったい? どうした?

 〔ジェットブラック〕の顔を隠している長いフードをめくる。
 暗殺者とは思えない、プラチナブロンドのド派手な髪が出てきた。
 その髪からはゴールドの瞳が覗いている。

「え……女?」

 あろうことか、〔ジェットブラック〕は女性だった。
 やたら美人で暗殺者っぽさは皆無だ。

「そうだぁ~、我はこう見えても女なんだぞ~」

 くねくねまとわりついてくる。
 
「お、俺を殺しに来たんじゃないの?」
「だからぁ~貴様を殺すのはやめたのだぁ~」
「え? あ、暗殺者は?」
「そんなのもう引退だっつ~のぉ~」

 〔ジェットブラック〕は人差し指で、俺の胸をぐりぐりしてくる。
 円を描くように触ってくるのでくすぐったくてしょうがなかった。
 ソロモンさんたちも唖然としていた。

「きっと、生き神様の聖域で改心したのじゃよ」
「は、はぁ、なるほど……」

 しかし、すごい変わりようだな。

「そ、それで、誰に依頼されたんだ?」
「貴様の父親のエラブル・サンクアリだぁ~」

 いや、マジか。
 また父親かよ。
 俺はもはやため息しか出なかった。
 と、そこで、ルージュがすごい勢いで走ってきた。
 ビリッとジェットブラックを引き剥がす。

「さて、この不届き者を分解しましょう」

 スラリと短剣で斬りかかる……。

「タ、タンマー!」

 慌ててルージュを止めた。
 
「……ユチ様、この者の味方をするのでありますか?」
「そうじゃなくてね! さすがに人殺しはまずいって話で……むごっ!」
「ほらぁ~早くナデナデしろ~」
「離れなさい、このクソ暗殺者」
 
 〔ジェットブラック〕がまとわりついてくるが、ルージュが即引き剥がす。
 みんなは温かい目で見ていた。

「生き神様はモテますの~、ワシの若い頃に似てますじゃ」
「私はユチ様が羨ましいですわ、ハハハハ」

 さっきまでの緊張感は消え失せ、ほんわかした空気が漂っている。
 というか、とりあえず服を着たい。
 二人の美人にベタベタされる裸の男はさすがにまずい。
 
「ユチ様から離れなさい、このクソ暗殺者」
「離れるわけないだろうが~」
「た、頼むから服を着させてくれー!」

 その様子を、ユチフィギュアが静かに眺めていた。


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【生き神様の領地のまとめ】
◆漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕
 どんな依頼(主に暗殺)でも100%達成することで、裏の世界では名を馳せていた。
 黒いナイフが主要な武器。
 戦闘力は極めて高く、ルージュと対等に戦えるほど。
 ユチの作った聖域により改心しふにゃふにゃになる。
 本名はちゃんとあるらしい。