「エラブル様、王宮に着きました」
「よしいいいい。そのまま進めええええ」
  
 王宮の門を過ぎ、城内に入る。
 オーガスト王国では爵位によって、王族との距離が決まっている。
 直に室内で謁見できるのは公爵家くらいのものだ。
 サンクアリ伯爵家と言えども、バルコニー越しに謁見するのが精一杯だった。
 少し進むと小さな広場に着いた。
 今日は、ここで領地の報告をするのだ。

「お前はここで待っていろおおおお」

 馬車から降りて歩を進める。
 さて、どんなことを言ってゴミ愚息を陥れてやろうかな。
 そうだ。
 この際だから、サンクアリ伯爵家の諸々の出費もあいつに肩代わりさせてしまおう。
 考えていたら楽しくなってきたぞ。

「失礼ながら、貴殿を通すわけにはいきません! お引き取りください!」

 広場へ向かっていたら、いきなり衛兵たちが立ちはだかった。
 槍を交差して私の行方を阻む。

「なんだ、貴様らはあああ! 私はサンクアリ伯爵家のエラブル様だぞおおお! 道を開けろおおおお!」

 衛兵たちを思いっきり怒鳴りつける。
 男爵家や子爵家との違いを見せつけてやるのだ。

「瘴気まみれの輩を王宮に招き入れるわけにはいきません!」
「なにを言っているのだあああ! ふざけたことを抜かすなあああ!」
「あなたの身体にたくさんくっついているじゃないですか! ほら、そこにも!」
 
 衛兵は揃って私の肩を指す。
 もちろん、そこには瘴気は愚か何も乗っかっていない。
 また瘴気うんぬんの話が出てきた。
 こやつらは何を言っているのだ?
 私のような美しい存在に瘴気がくっついているはずがないだろう。

「やはり、あなたには見えないのですね! 心まで瘴気に汚染されているのですよ!」
「貴様らああああ、サンクアリ家に向かってそのような不敬な態度が許されると思っているのかああああ!?」

 私は衛兵たちに掴みかかる。
 こんなところで帰らされたら、それこそ領地が没収されてしまうだろうが。

「「うわぁっ! 瘴気が! ……クソッ、絶対にこれ以上城へ入れるな! 王様と王女様を瘴気男から守るんだ!」」
「誰が瘴気男だああああ!」

 衛兵たちを押しのけようとするが、ヤツらは頑なに動かなかった。
 早く王様に謁見しなければサンクアリ家の、いや、私の評判が落ちてしまうではないか。

「おい、どうした! 何を騒いでいるのだ!」
「なんですか!? 騒がしいですよ!」

 上の方から男と女の厳しい声が聞こえてきた。
 そう、まるで私を叱責するかのように。

「何だとおおお! この私に向かってずいぶんと偉そう……オーガスト王うううう! それに、カロライン様ああああ!」

 バルコニーには王様と王女様が立っていた。
 王様はくすんだ灰色の髪に、切れ長の赤い目をしている。
 服の上からでも筋肉の盛り上がりがわかるので、常に体を鍛えているのだろう。
 王女様はストレートの輝く銀髪に、真紅の瞳がいつも以上に美しかった。
 どちらも鋭い目で私を睨んでいる。
 慌ててひれ伏した。

「これは失礼しましたああああ! まさか、オーガスト王とカロライン様とは思わずうううう!」
「黙れ!」

 王様に怒鳴られ、何も言えなくなった。
 あまりの威圧感に怖じ気づいてしまう。

「やはり、貴様は瘴気を引き寄せる愚か者だったのだな。その姿を見て確信した。瘴気を招き寄せる不吉な館があるというウワサは本当だったようだ」

 な、なに?
 王様まで何を言っているのだ。
 瘴気など、どこにもないではないか。
 そういえば、さっきの衛兵や使用人も似たようなことを……そうだ!
 今こそ、ゴミ愚息を陥れるときだ。

「それは全て私の愚息、ユチ・サンクアリのせいでございます! あいつが家から出て行くとき、何か魔法をかけたに違いありません! そのせいで我が屋敷は……」
「お黙りなさい!」

 今度は王女様に怒鳴られた。

「ユチさんを悪く言うことは、私が許しません! あの方は素晴らしい領主ですよ! ユチさんがどんなに領民のことを考えているのか、領民たちからどれだけ信頼されているか……あなた方は知らないでしょう! 私はデサーレチに直接行き、この目で確認しました!」

 い、いったいこれはどうなっているのだ?
 王様と王女様が二人して、ゴミ愚息の味方をしている。
 いや、それよりも……。

――カロライン様がデサーレチに行っただって!?

 混乱した頭では何が何だかわからなかった。

「そして私たちは、あなたがユチさんを無理やりデサーレチに追放したことも知っています。調べればすぐにわかりますからね。これは不当極まり無い行為です。伯爵家の当主ともあろう者がなんということでしょう。恥を知りなさい」

 心臓が跳ね上がった。
 ユチを追放したことを、王様と王女様に知られている?
 ダラダラ冷や汗をかき、鼓動で耳が壊れそうだ。
 まずいまずいまずい。

「ようやく我が輩も理解した。貴様に領地経営など無理だったのだ。サンクアリ家の領地は、貴様の館以外は全て没収とする」

 王様のセリフに、私は気絶しそうになった。
 りょ、領地の没収だと……?
 館以外は全て……?
 そうしたら……どうやって暮らしていくのだ?
 大量のポーション代の埋め合わせは?
 使用人たちの給金は?
 クッテネルングが買った素材の金は?
 その瞬間、“破滅”という二文字が頭に浮かんだ。
 
――サ、サンクアリ家の“破滅”……?

 有り得ない、有り得ない、有り得ない!
 我がサンクアリ伯爵家は王国でも随一の名家のはずだ!
 それが“破滅”するなど有り得ない!

「お、王様あああ、今一度お考え直しをおおお! どうか領地の没収はあああ……!」
「これから手続きを進めていく。次の満月までに館の瘴気を浄化できなければ、爵位の剥奪まで行うからそのつもりでいろ」

 吐き捨てるように言うと、王様も王女様も帰ってしまった。
 力が抜けてぐったりと座り込む。
 こ、これからどうするのだ?
 衛兵にズルズル引きずられるが、抵抗する気力もなかった。

「さあ、もうお前の時間はお終いだ。王様方は忙しいんだ。さっさと瘴気の館へ帰れ」
「ま、待てえええ……まだ話しはあああ……」
 
 無情にも目の前で門が閉められた。
 私は抜け殻のように馬車に乗る。

「エ、エラブル様……? 領地の没収と聞こえたのですが……給金はお支払いいただけますよね?」

 使用人の問いかけにも答えられなかった。

「クソ無能のゴミデブキノ……エ、エラブル様……? 給金の方は……」
「黙れえええ! いいから、さっさと馬車を出せええええ!」
「か、かしこまりました!」

 私は最悪の気分で馬車を走らせる。
 どうする、どうする、どうする!?
 これはさすがにまずい。
 必死に考えていたら、頭にある男が思い浮かんだ。
 ゴミ愚息のユチ・サンクアリだ。
 そ、そうだ……こうなったのも全部ゴミ愚息のせいだ!
 ユチのせいなんだ!
 もはや、私にはそう思うことでしか自我を保てなかった。
  クソユチめ、〔ジェットブラック〕に無残に殺されるがいい!
 願うように心の中で叫んだ。