「早くしろぉぉぉ! お茶会に遅れたらどうするんだぁぁぁ!」
今から大事なお茶会だというのに、使用人はちんたらしている。
「し、しかし、本当に出席なさるのですか? クッテネルング様は招待されてないはずでは……それに、お身体の具合が……!」
「うるさいぃぃぃ! 僕ちゃまの言う通りにしろぉぉぉ! 馬車の準備をするんだぁぁぁ!」
「も、申し訳ございません!」
僕ちゃまが怒鳴りつけると、使用人は慌てて出て行った。
今日はバロニール男爵家でお茶会が開かれると聞いた。
招待状はもらっていないが、僕ちゃまは参加できる資格は十分に持っている。
何と言っても、名誉あるサンクアリ伯爵家の次期当主だからね。
「さっさと馬車を出せぇぇぇ、このノロマァァァ」
「……承知いたしました。チッ、このデブキノコジュニアがよ」
「何か言ったかぁぁぁ」
「いえ、何でもございません!」
僕ちゃまが催促して、ようやく馬車が動き出す。
これから楽しみに待っていた貴族のお茶会だ。
まぁ、お茶会とは名ばかりに良い結婚相手がいないか探す会だね。
エフラルちゃんに婚約破棄された傷もだいぶ癒えてきたから、新しい婚約候補を探すのだ。
だけど、楽しみな反面、心配なこともあった。
――僕ちゃまはモテるからなぁ。
女の子が僕ちゃまを取り合って喧嘩でも起きたらイヤだな。
結婚できるのは一人だけだし。
いや、父ちゃまみたいに結婚してからも関係を持てばいいか。
まったく、モテる男は辛いなぁ。
「デブキノコジュ……クッテネルング様、お屋敷に着きました」
少しばかり走って会場に着いた。
貴族向けの馬車がたくさん並んでいる。
どんなかわいい子がいるのか想像すると胸が高まるぞ。
屋敷に歩いていくと、初老の執事が出てきた。
「いらっしゃいませ。あなたはどちら様でいらっしゃいますか? ……って、瘴気が!」
僕ちゃまを見て、鼻を押さえている。
サンクアリ伯爵家に向かって、なんて偉そうなヤツなんだ。
「僕ちゃまはサンクアリ伯爵家のクッテネルングだぁぁぁ! そこをどけぇぇぇ!」
「ク、クッテネルング様ですって!? しょ、招待状の方はお持ちでしょうか!?」
執事は手で顔を覆っている。
いい加減にその不敬な態度を直せ。
「あるわけないだろぉぉぉ! サンクアリ伯爵家の方が偉いんだぁぁぁ!」
「お身体の具合が悪いようですし、お引き取りいただけますでしょうか……!?」
進もうとするが、入り口にいた執事が立ちはだかる。
「うるさいぃぃぃ。僕ちゃまに指図するなぁぁぁ。貴様の評判を下げてやってもいいんだぞぉぉぉ」
「あっ、クッテネルング様! ……ぐっ、瘴気がすごくて近寄れない!」
執事を押しのけずんずん進む。
庭を進んでいくと、テラスに座っている女の子たちが見えてきた。
3、4人くらいで集まって、ドレスを見せあっていた。
「そちらのドレスはどちらで買われましたの? 花柄の刺繍が素晴らしいでございますわ」
「フォックス・ル・ナール商会の新作ですことよ。一番お気に入りですの」
「最近はフリル少なめのデザインが流行っているそうですわね」
なんと、エフラルちゃんがいた。
端っこに座って、ころころ笑っている。
いつ見ても可愛いじゃないか。
いや、他の子達もみんな美人揃いだ。
僕ちゃまを呼ばなかったのは、やっぱり取り合いになってしまうからだろうな。
そして、少し離れた木の近くに男どもが数人いた。
まったく、邪魔なヤツらだな。
「エフラル様、あちらの立派な殿方がチラチラ見ていますわよ。エフラル様とお話したいのではなくて?」
「ハンサリム子爵家のご長男、クルード様ではありませんか。お話されてはいかがでしょうか? エフラル様も気になっているんでしょう?」
「そ、それは……」
エフラルちゃんは顔を赤らめ下を向いてしまった。
具合が悪いのだ。
早く僕ちゃまのキスで治してあげなきゃ。
「エフラルちゃんんん、また会えて嬉しいねぇぇぇ」
エフラルちゃんは僕ちゃまを見ると固まった。
大きな丸い目をさらに見開いている。
きっと、僕ちゃまを差し置いて、他の男と仲良くしているところを見られてしまったと思っているんだろう。
「大丈夫だよぉぉぉ、僕ちゃまは優しいからねぇぇぇ」
僕ちゃまは両手を広げて走り寄る。
いっそのこと、みんなを愛してあげるよ。
「「ぎゃあああ!!」」
僕ちゃまの姿を見たとたん、みんなが一斉に逃げ出した。
「だ、誰か助けてー! 気持ち悪いー!」
「じいや! じいやー!」
「瘴気まみれの男性が近づいてくるわー!」
わき目もふらず、一直線に逃げて行く。
「待ってよぉぉぉ、どうして逃げるのさぁぁぁ?」
追いかけていると、エフラルちゃんが転んでしまった。
膝から血が出ている。
大変だ、僕ちゃまの唾で消毒してあげないと。
舌を伸ばして顔を近づける。
「いやーーーー!!」
「エフラルさん! 私の後ろに!」
と、そこで、男が立ちはだかった。
僕ちゃまの目の前で両手を広げている。
「貴様は何だぁぁぁ。今すぐそこをどけぇぇぇ」
「私はハンサリム子爵家のクルードです! あなたこそいきなりなんですか! 招待状もなしにやってきて! みんなイヤがっているんですよ!」
「なんだと、このぉぉぉ! サンクアリ伯爵家に向かって、その偉そうな態度はなんだぁぁぁ!」
怒鳴りつけていると、バロニール男爵家の衛兵が走ってきた。
「おい、貴様はなんだ……うっ、すごい瘴気だ!」
「このままじゃ、ここも汚染されてしまうぞ!」
「今すぐ屋敷から追い出せ! ……ぐっ、瘴気が!」
使用人が謝りながら僕ちゃまをひきずっていく。
「すみません! すみません! 本当にすみません!」
「離せぇぇぇ、どうして僕ちゃまが悪者になっているんだぁぁぁ!」
押し込まれるように馬車に詰め込まれ、サンクアリ伯爵家に帰ってきた。
「デブキ……クッテネルング様! さすがにあれはまずいですよ!」
「なんだとぉぉぉ!? 貴様ぁぁぁ、僕ちゃまに逆らうのかぁぁぁ!」
「うわぁっ! 瘴気の唾が飛んでくる!」
使用人は大慌てで逃げて行った。
――クソ兄者のせいで、色んな女の子に嫌われたじゃないかぁぁぁ! もう許さんぞぉぉぉ!
僕ちゃまは古のドラゴン復活に関する書物を集めまくる。
偉大なスキル<ドラゴンテイマー>があれば、古のドラゴンですらテイムできるはずだ。
どうやら、復活には色んなレア素材が必要なようだった。
だが、何の問題もない。
どれもこれも、サンクアリ家の資産を使いまくれば容易く手に入る。
よし! 絶対にクソ兄者を葬り去ってやるぞ!
「す、すみません……どなたか……いらっしゃいますか……ぐっ」
「「だ、誰か……」」
ルージュにマッサージ兼スケッチされている時だった。
村の入り口で誰かの声が聞こえてくる。
また来客だろうか。
だが、様子がおかしい。
とても苦しそうな声だ。
「なんかヤバそうだぞ。怪我人かな」
「急ぎましょう、ユチ様」
「わ、わかったから、服をっ……!」
「そんな時間はございません」
「ちょっ、待っ」
半裸のまま引きずられていく。
急いで村の入り口に行くと、冒険者パーティーがいた。
全部で4人だ。
みんなボロボロで疲れ切っている。
「あ、あの、どうしました? 大丈夫ですか? 俺は領主のユチ・サンクアリと言いますが……」
先頭にいたリーダーらしき人に話しかけた。
眩しいくらいの金髪に、明るいブルーの目が印象的だ。
冒険者なのは間違いないだろうが、良いところのお坊ちゃんって感じもする。
同い年に見えるが、俺より大人っぽい。
「と、突然、申し訳ありません……僕たちは冒険者パーティー〔キングクラウン〕です」
「え!? 王国でもトップクラスに強いと言われるSランクの……!」
〔キングクラウン〕はオーガスト王国の勇者パーティーだ。
「そして、ぼ……僕はブレイブ・グロリアスと申します」
「ということは、あなたが勇者のブレイブさんですか?」
「は、はい、そうです……」
すげえ、本物の勇者だ。
初めて見たぞ。
しかも、グロリアス公爵家と言ったらオーガスト王国の三大名家の一つだ。
「俺は……大剣使いのラージスだ」
黒い短髪で筋肉ムキムキの男性が名乗る。
この人も全身が傷だらけだ。
背中に担いだ大きなソードも刃こぼれしてしまっている。
「アタシは……女拳闘士のボクセルよ」
隣にいるのは、紫色のショートヘアの女性。
ラージスさんほどじゃないが、こちらも筋肉質だった。
身体に切り傷がいっぱいだ。
「私は……魔法使いのウツニと申します」
さらに隣にはグレーの長い髪の女性。
立派な杖を持っていたが、先っぽの方が折れてしまっていた。
「皆さん、ボロボロじゃないですか。さっ、早く村に入ってください。ルージュ、デススワンプにご案内しよう」
「承知いたしました」
「森の方に、怪我に良く効く沼があるんですよ。沼と言っても、温かいお湯ですから安心してください」
「か、かたじけない」
俺たちはブレイブさんたちを、デスドラシエルの森へ連れていく。
「僕たちは修行の旅に出ていたのですが、強敵との連戦が続きまして……魔王軍の配下との戦闘などもあり辛くも勝利したのですが、心身ともに限界を迎えてしまったのです。おまけに、道に迷ってしまいましてね。どうしようかと思っていたところ、こちらにたどり着いたのです」
「そりゃまた大変でしたね」
荒れ地の方には強いモンスターが多い。
魔王軍の配下なんていったら、なかなかに大変だったろう。
やがて、デススワンプに着いた。
ほかほかと温かい湯気が立っている。
ブレイブさんたちはびっくりしていた。
「レ、レア度10!? なんてすごい沼なんだ……」
「ここに入っていると、怪我が治っていきますよ。まずは、ゆっくり休んでください」
「ユチ様の成分も入ってございますよ!」
「そ、それは言わなくていいからね!」
いつの間にか、ルージュは着替えとかタオルとか色々用意していた。
ここは彼女に任せて、一度家に帰る。
ようやく服を着れるぞ。
と、思ったら、俺の服がなかった。
ルージュがどこかにしまってしまったらしい。
「お、おい、どこにあるんだよ。せっかく裸から解放されると思ったのに」
探していたらルージュが戻ってきた。
「ユチ様、皆さま上がりました。今は、向こうの屋敷でお食事の準備をしております。どうぞ、ユチ様も来てくださいませ」
「わかった、すぐ行くよ。ところで、俺の服がないんだけど、どこにしまったの?」
「皆さまお待ちでございます。さあ、参りましょう」
「た、頼むから、服を着させてくれ~い」
結局、半裸でブレイブさんたちのところに行く。
「ユチ殿、本当にありがとうございました。おかげさまで、元気が回復しました。怪我も完治しております。こんな素晴らしい土地は初めてです。しかも、鍛冶職人の方々が装備を修理してくださるとのことで……お礼のしようもございません」
ブレイブさんたちが丁寧にお辞儀する。
テーブルの上には、お馴染みの作物や魚なんかが並んでいる。
ちょっと心配していたが、俺の半裸フィギュアは置いていなかった。
どうやら、まだ試作品しか出来ていないようだ。
量産体制に入るのはまだまだ先になりそうだな。
ああ、良かった。
と、そこで、ルージュが嬉しそうに丸い何かを持ってきた。
ま、まさか……。
「どうぞお召し上がりくださいませ。特産品の“ユチ様饅頭”でございます。中の具材はこちらで採れた食材を使っております。表情違いで3種類ございますので、お好みの物をお召し上がりくださいませ」
俺の顔が描かれた例の饅頭だ。
どっさり持ってきた。
こっちの焼き型は完成してしまったようだ。
「おお、美味しそうなお饅頭ですね! いただきます!」
「俺はこんなに美味いもん食ったことねえや!」
「アタシもこれ、気に入ったよ!」
「食べるだけで元気が出るようですわ!」
みんなは美味しそうにバクバク食べる。
「ユチ様もお召し上がりくださいませ」
「う、うむ……」
ルージュがグイグイ薦めてくる。
仕方がないので、俺は微妙な気持ちでかじった。
なんか、共食いしている気分になるのだが。
意外と美味かった。
そのうち食事も終わり、ブレイブさんが静かに切り出した。
「ユチ殿、あなた様は僕たちの恩人でございます。あなたに出会えなければ、今頃どうなっていたかわかりません」
「いやいや、困っている人がいたら助けるのは当たり前ですよ」
「それで、こちらの素晴らしい土地は何という場所なんですか?」
「あ、デサーレチです」
何となく予想はしていたが、ブレイブさんたちは固まる。
「そ、それは誠ですか!? あらゆる苦しみがはびこっているという……あのデサーレチですって!?」
「足を踏み入れただけで体が溶けてなくなるという、あのデサーレチだと!?」
「死神の住処というウワサの、あのデサーレチ!?」
「魔王領よりはるかに劣悪でこの世の掃き溜めと言われている、あのデサーレチなんですの!?」
みんなわあわあ大騒ぎだ。
さりげなくルージュを見たが、やはりピキっていた。
相手が勇者パーティーでも容赦なしだ。
「ユチ様! 頼まれていた装備の修理が終わりました!」
ちょうどいいタイミングで、アタマリがやってきた。
「ありがとう、じゃあこちらの方々にお渡しして」
「こ、こんなすぐに修理ができるのですか!? しかも、前よりさらに強い装備になっているじゃないですか!?」
ブレイブさんたちが驚いていると、ソロモンさんもやってきた。
「生き神様~、ちょっとよろしいですかの~。フィギュア製作でお聞きしたいところがあるんじゃが」
「「えええ!? 伝説の大賢者、ソロモン様までいらっしゃるのですか!?」」
「おや、これは〔キングクラウン〕とな。また珍しい来客じゃ。ここは良いとこですじゃよ~。後で転送してしんぜようの。魔法札もあるじゃよ」
「「!?」」
ひとしきりりわいわいしたところで、勇者パーティーは王都へ帰るということになった。
「ユチ殿、本当にありがとうございました! この御恩は一生忘れません! こんな素晴らしいお土産の数々までいただいて、お礼のしようもないです!」
ブレイブさんたちは、デサーレチの素材をたくさん持っている。
俺の饅頭も。
「あ、あの、やっぱり饅頭はいらないんじゃ……」
「何をおっしゃいますか、ユチ殿! 今から王都のみんなに配るのが楽しみですよ!」
「は、はあ……」
「<エンシェント・テレポート>! この者たちを王都に転送せよ!」
「「本当にありがとうございました! またお会いしましょう!」」
ということで、ブレイブさんたちは王都に転送されていった。
なぜかルージュは悔しそうな顔をしている。
「ど、どうしたの?」
「ユチ様のフィギュア製作が間に合わなかったことが悔しくてなりません!」
それに合わせて、ソロモンさんやアタマリまで悔しがり出した。
「生き神様の素晴らしさを皆に伝えるチャンスが……!」
「私は自分の不甲斐なさが申し訳ないです!」
「そ、そんなに真剣にならなくていいですからね……」
「さあ! フィギュアの量産体制を早く整えましょう!」
「「おおお~!」」
結局、すごい勢いでフィギュア製作が始まってしまった。
◆◆◆(三人称視点)
王都に戻ったブレイブたちは、晴れ晴れとした気持ちだった。
デサーレチという豊かな土地のおかげで、無事に王宮へ帰ってこれたのだ。
もしユチたちに出会わなければ、彼らは死んでいたかもしれなかった。
魔王領の様子を探ってくるという、重要な任務も達成できなかっただろう。
「僕たちも、もっと修行しないといけないな」
ブレイブの言葉に〔キングクラウン〕も頷く。
彼らは任務報告とともに、デサーレチとユチの素晴らしさを国王と王女へ事細かに話す。
どこから漏れ出たのか、彼らの話はサンクアリ家の耳にも入るのであった。
そしてその夜、王女がこっそり城を抜け出したことは誰も知らなかった。
「さて、次は盾を構えるようなポーズで……」
「も、もう勘弁してくれ~」
相変わらず、半裸スケッチされている時だった。
「ユチ様! フィギュアが完成しましたよ!」
「生き神様に瓜二つじゃ!」
バーン! と扉が開けられ、アタマリとソロモンが入ってきた。
いつの間にか、俺のプライベートは欠片も残さず消え去ってしまった。
「では、こちらのテーブルにセッティングいたしましょう」
「承知しました!」
「ワシも手伝うじゃよ!」
みんなは楽しそうに人形を並べていく。
「「おおお~!」」
パチパチパチと拍手が響き渡る。
ルージュが嬉しそうに話しかけてきた。
「ユチ様、ご感想はいかがでしょうか?」
「う、うん……良くできてるね……本当に」
目の前のテーブルには、男の半裸フィギュアが並んでいる。
どこかで見たような顔だった。
<ゴーレムの金剛剣>らしきソードを構えているヤツ……。
<大賢者の杖・量産タイプ>っぽい杖を持っているヤツ……。
膝を抱えて座っているヤツ……。
というか、全部俺だ。
めっちゃ精工にできていて、俺がそのまま1/6の大きさになったみたいだ。
「俺たちの持てうる全ての力を使って、お作りいたしました! お気に召していただけましたか!?」
「ワシはこれ以上ないほど素晴らしい出来だと思いますがの! どうですじゃ、生き神様!?」
「私めは感動して言葉もございません」
みんな、それはそれは晴れやかな顔をしている。
大仕事をやり遂げた感でいっぱいだった。
「量産体制も完了し、すでに村中へ配置いたしました! ぜひ見てください!」
アタマリが興奮した様子で喋る。
「え……」
絶望した気持ちで家から出る。
そこかしこに、俺の半裸フィギュアが鎮座されていた。
「そして、このフィギュアは魔力を込めれば動きます!」
アタマリの言葉に、さらに俺は絶句した。
「……はい?」
「<ウィザーオール魔石>などを砕いて混ぜているので、動かすことができるのです! やってみますね! それ!」
アタマリが魔力を込めると、フィギュアが動き出した。
小さくなった俺が裸で踊っているみたいだ。
「「おおお~!」」
一同(俺以外)、歓喜。
「そのうち、<フローフライト鉄鉱石>なども使って、空を飛べるようにもしましょう!」
「それは素晴らしいアイデアでございます。私めも協力いたします」
「そうじゃ! 村の者たちにも知らせようぞ!」
みんなが盛り上がっている中、俺は色々諦めていた。
せめて、服を着たバージョンが作られることを祈る。
「すみませーん。こちらに素晴らしい土地があると聞いてきたのですが、どなたかいらっしゃいませんかー」
「ひ、姫様、お待ちください! もっと慎重に……!」
「大丈夫です。女に大切なのは度胸ですからね」
入り口の方から、女の人の声が聞こえてきた。
鈴の音が鳴るような、やけに美しい声だった。
「また来客みたいだ。最近は本当に良く来るなぁ」
「きっと、ユチ様の評判を聞きつけてきたのでしょう」
「ルージュが何を言おうと、今回は絶対に服を着るからね」
幸いなことに、俺の服はすぐ後ろにあった。
手を伸ばせば余裕で届きそうだ。
「いいえ、ユチ様。せっかくですので、フィギュアと見比べていただきましょう」
「え? い、いや、ちょっと……タ、タンマ~!」
半裸のまま引きずられていく。
来客がチラッと見えてきた。
お姫様みたいな格好の人と、その侍女みたいなポジションにいそうな人だった。
「な、なんか、王女様っぽい人が来ているんだが」
屋敷に閉じ込められていた俺でも、王女様の顔くらいは分かる。
サラサラの銀髪ロングヘアーに、夕日の太陽みたいなレッドの眼。
くるんとした可愛らしいまつ毛。
ま、まさか、本物じゃねえよな。
いや、さすがに違うだろう。
王女様がどうしてこんなところに来るんだってーの。
「あちらにいらっしゃるのは、オーガスト王国のカロライン王女様でございますね。お忍びでいらっしゃったのでしょうか」
な……に……?
本物の王女様……だと?
まずいよ、まずいよ、まずいよ?
「ル、ルージュ、頼むから服を着させてくれ」
「いいえ、ユチ様の素晴らしさを知っていただく良い機会でございます」
「あっ、ちょっ!」
あっという間に、カロライン様の前に連れ出されてしまった。
半裸で。
「こんにちは、突然の訪問失礼失礼します。私はオーガスト王国の王女、カロラインです。あなたが領主のユチ・サンクアリさんですか?」
「は、はい……そうでございますね」
……終わった。
王女様の前に半裸で出てしまった。
もうこれは監獄行きだな。
“王女様に裸を見せつけた罪”だ、きっと。
「あの……王宮にいらっしゃらなくて良いんですかね。いないとわかったら、王宮が大騒ぎになると思うんですが……」
「ご心配ありがとうございます。ですが、全く問題ありません。私の分身を置いてきたので」
「え? ぶ、分身……ですか?」
「私はこう見えても、色んな魔法が得意なんですのよ」
「そ、そうなんですか、すごいですね」
「私の分身なので、私にそっくりですわ。まぁ、当たり前なんですけどね。父上もずっと騙されておりますわ」
カロライン様はウフフフフと上品に笑ってらっしゃる。
さすがは王女様だ。
俺より肝が据わっている。
「色んな方たちが、あまりにもデサーレチとユチさんの素晴らしさをお話になるので、気になって来てしまったのですわ」
「い、色んな方たちが……ですか?」
「はい。フォックス・ル・ナール商会の会長さんやウンディーネの里からの使者さん、ドワーフ王国のお姫様、オーガスト王国魔法学院の学長さん……最近だと、勇者パーティーの皆さんも話していましたわ」
いや、マジか。
みんなデサーレチのことを王女様にも話していたのか。
「私もぜひ見学させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「え、ええ、それはもちろん」
ということで、カロライン様と侍女を案内することになった。
「これがデスガーデンですね。畑から激レア作物が無限に収穫できます」
「まあ! なんと素晴らしい!」
カロライン様は口に手を当てて驚いている。
やがて、領民たちもやってきた。
「生き神様~! またすごい作物が採れましたよ!」
「これも全部、生き神様のおかげですね!」
「俺たちのために、一生懸命領地を良くしてくれて本当にありがとうございます!」
みんなして、わあわあ嬉しそうだ。
「さ、騒がしくてすみませんね」
「いえいえ、領民に信頼されているのはとても良いことですわ」
その他、デスリバーやデスマイン、デスドラシエルなどを見せたが、とにかく感嘆していた。
デススワンプにも入ってもらい、ゆっくり休んでいただいた。
その都度、領民たちが生き神様~! とやってくるので、少々騒がしかったかもしれなかったな、申し訳ない。
湯からあがって家に帰り、例の饅頭を食べている時だった。
「それにしても……」
と、カロライン様は感心したように呟く。
「な、なんでしょうか?」
「ユチさんは、領民から本当に信頼されているのですね。皆さん、ユチさんとお話している時が一番楽しそうですわ。ユチさんのお人形もたくさん並んでいますし」
「は、はぁ、そうなんですかね」
やがて、案内も終わったので、お帰りの時間となった。
「こんな素晴らしいお人形までいただきまして、本当にありがとうございます」
カロライン様は嬉しそうに俺の半裸フィギュアを抱えている。
「そうだ、良いことを考えましたわ。王宮でこのお人形を流行らせましょう」
「さすがは、カロライン様でございます。これ以上ないほど、素晴らしいお考えでございますね。ぜひ、私めからもお願いいたします」
ルージュとカロライン様はがっしりと握手を交わす。
互いに心の通じる同志と出逢えて嬉しいようだ。
「それでは、カロライン様。ワシが王都まで転送して差し上げますじゃ。魔法札もあげるから、また来たくなったら破ってくださいですじゃ」
「本当に大賢者のソロモンさんまでいらっしゃるんですね。そんな方まで住んでいるとは、ユチさんの人柄の賜物ですね。ありがとうございます。絶対にまた来ますわ」
「<エンシェント・テレポート>! この者を王都まで転送せよ!」
ということで、カロライン様は笑顔で転送されていった。
「ユチ様、フィギュア製作の方を急いで進めた方が良さそうでございますね。いずれ、王宮に献上することになるかもしれません」
「ハハハ……そうね……」
色々疲れて、乾いた笑いしか出なかった。
◆◆◆(三人称視点)
王宮に戻ったカロラインは、こっそり部屋に入った。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ただいま帰りましたわ、分身さん」
魔法を解除してベッドに横たわる。
「それにしても、本当に魅力的な方でしたわね」
カロラインはユチフィギュアを撫でながら呟いた。
死の荒れ地と知られていたデサーレチをあそこまで発展させるなど、誰にでもできることではない。
土地の豊かさもそうだが、何よりユチが領民たちから信頼されていることに感動した。
そして、カロラインはユチが追放された経緯もある程度知っていた。
「デサーレチに追放されたら、逃げ出したく思うのが普通でしょうに……それをあの方は逃げずに領主として発展させたのですよね」
そうなのだ。
彼は決して領民たちを見捨てようとしなかった。
カロラインはその姿勢に感嘆していた。
――ユチさんこそ、この国の次期国王にふさわしいのかもしれませんね。
フィギュアの方は、お気に入りのポーズは大切に取っておくとして、王宮の令嬢や侍女たちにも見せてあげよう。
そして、ユチフィギュアは王宮内で密かに流行していくのであった。
「ゲホオオオオ……早く次のポーションを持ってこいいいい! ……ハアハア」
相変わらず、ポーションやら薬やらが全く効かない。
もはや、身体強化のポーションで無理やり体を動かしていた。
一瓶50万エーンの物を一日5、6本のペースで飲んで、ようやく身体が少し動かせる。
ものすごい勢いでサンクアリ家の資産が減っていく。
そろそろ、笑い飛ばせなくなってきたぞ。
こうなったら、使用人の給金を延期するしかない。
先月も未払いだったが、払えない物は払えない。
「「エ、エラブル様……今月のお給金をまだ頂いていないのですが……というか、先月のお給金はいつ頂けるんでしょうか……」」
そう思った瞬間、使用人どもがぞろぞろやってきた。
今月の支払い日から2週間ほど経っている。
「こ、今月の給金も無しだあああ! 来月にまとめて渡すううう!」
「「そ、そんな……!」」
使用人たちはガーン! と衝撃を受けた。
と、思いきや、いっせいに突っかかってきた。
「困ります、エラブル様! 毎月頂かないと生活できません!」
「子どもたちのご飯を作ってあげられませんよ!」
「お願いですから給金を払ってください! このデブキノコ!」
使用人どもが私を取り囲む。
とんでもない悪口を言われた気がするが、体調不良と人の圧でそれどころじゃなかった。
「「黙れえええ! 黙れえええ! 黙れえええ! 私に対して口答えをするんじゃないいいい!」」
「「うわあっ! 瘴気が!」」
一斉に使用人どもは後ずさる。
ふんっ、このザコどもが。
この私にたてつこうとするな。
すると、使用人の一人が恐る恐る紙を渡してきた。
「エ、エラブル様……フォックス・ル・ナール商会から請求書が届いておりますが……」
「ぬわぁにいいいい!」
使用人から紙の束を奪い取る。
気絶しそうなほど、高い金額がびっしり書いてあった。
<古代世紀の儀礼箱>
レア度:★8
古代世紀で特別な儀式の時に使われていたとされる小さな箱。古のドラゴンを復活させるのに必要。クッテネルングは300万エーンで購入した。
<エンシェントドラゴンの血>
レア度:★9
古のドラゴンと呼ばれるエンシェントドラゴンの血。古代世紀で誰かが採取した。小ビンに保管されている。クッテネルングは700万エーンで購入した。
<エンシェントドラゴンの逆鱗>
レア度:★10
古代遺跡より発掘された大変貴重な素材。クッテネルングは2000万エーンで購入した。
知らないうちに、フォックス・ル・ナール商会からレア素材を大量に買っていた。
「いったいこれはなんだああああ!? 誰がこんなに買ったのだあああ!」
「デブキノコジュニア……ではなく、クッテネルング様です!」
「なんだとおおおお!? クッテネルングウウウウ、どこにいるんだああああ! 出てこいいいい!」
怒鳴りつけると、クッテネルングがフラフラしながらやってきた。
「なんだよぉぉぉ、父ちゃまぁぁぁ」
「この請求書はなんだああああ!」
目の前に紙の束を叩きつける。
クッテネルングはバツが悪そうに目を逸らした。
私はボカりと殴りつける。
「この愚か者おおお! こんな大金を使い込みおってええええ!」
「いたぁぁぁ! なんで殴るんだよぉぉぉ!」
クッテネルングはびーびー泣いていた。
ポーション代やら何やらで、今すぐ3000万エーンなど払えん。
ツケにするしかない。
「どうしてこんな物を買ったのだあああ!」
「そ、それはぁぁぁ、古のドラゴンを復活させるためだぁぁぁ」
「なにいいいい?」
「僕ちゃまの<ドラゴンテイマー>でテイムして、クソ兄者に復讐してやるんだよぉぉぉ。あいつのせいで僕ちゃまは女の子たちから嫌われたんだぁぁぁ」
クッテネルングはジタバタ足を踏み鳴らしている。
こいつもゴミ愚息に復讐したいのか。
ふむ……。
〔ジェットブラック〕を送っているから、ユチの死は確定だ。
だが、万が一のこともある。
念のため、更なる策略を用意しておいてもいい。
「エ、エラブル様……」
「今度はなんだあああ!」
また使用人がきた。
何度追い払ってもやってくる。
こいつらはグールか。
「王宮からの使者がいらっしゃってますが」
「な、なんだとおおお」
オーガスト王国の貴族は、定期的に王様へ領地の報告をすることになっている。
そういえば、今日がその日だった。
ゴミ愚息の嫌がらせを考えていたら、すっかり忘れていた。
ぐっ……まずいぞ。
そうだ。
「体調不良で行けないと伝えておけええええ!」
体調が悪いのは事実なのだから、別に問題はないはずだ。
よし、とりあえず今回は誤魔化そう。
「で、ですが、前回の報告の時も体調不良だと仰られていたような……」
使用人の言葉に私は固まる。
しまった。
そうだった。
税金を重くしたばかりだったから、前回も体調不良だと断っていたのだ。
何度も何度も休んでいると、領地経営の適正が無いと判断される。
領地の没収……ゆくゆくは爵位まで取り上げられる危険まである。
「ぬうううっ……ぐうううっ……」
「エラブル様、早くしないと使者の方がお帰りになってしまいます」
「黙れええええ、そんなことわかっておるわあああ!」
対策を必死に考える。
そうだ。
――デサーレチのウワサを確かめる良い機会かもしれないぞ。
もし、ウワサがウソならば……。
私はニタリとほくそ笑む。
ウソの話を広めたとして、ユチを陥れてやる。
万が一にも、〔ジェットブラック〕が失敗することはあり得ないが、念には念を入れておこう。
ゴミ愚息の逃げ場を完全に無くしておいてやる。
いや、むしろ……。
――クソユチを詐欺師ということにしてしまおう。
例えユチがウソを吐いていないとしても、そんなことは後からどうとでもなる。
よし、筋書きは完璧だ。
やはり、私は頭が良いのだな。
「使者には先に行けと言っておけえええ! お前は馬車を用意するんだああああ!」
「承知いたしました……デブキ……エラブル様」
適当に準備したら、さっそく馬車に乗り込む。
「デブキ……エラブル様、資料などはご用意しなくてよろしいのでしょうか?」
「黙れえええ! この私に口答えするのかああああ! さああああ、さっさと馬車を出せええええ!」
「わ、わかりました! ……クソッ、絶対に復讐してやるからな」
「なんか言ったかあああ!」
「いえ! 何でもございません!」
王様と王女様の前でユチの化けの皮を剥がしてやる。
そうすれば、あいつはもうおしまいだ。
デサーレチでのたうち回って死ぬがいい。
私は明るい気持ちで王宮へ馬車を走らせた。
「エラブル様、王宮に着きました」
「よしいいいい。そのまま進めええええ」
王宮の門を過ぎ、城内に入る。
オーガスト王国では爵位によって、王族との距離が決まっている。
直に室内で謁見できるのは公爵家くらいのものだ。
サンクアリ伯爵家と言えども、バルコニー越しに謁見するのが精一杯だった。
少し進むと小さな広場に着いた。
今日は、ここで領地の報告をするのだ。
「お前はここで待っていろおおおお」
馬車から降りて歩を進める。
さて、どんなことを言ってゴミ愚息を陥れてやろうかな。
そうだ。
この際だから、サンクアリ伯爵家の諸々の出費もあいつに肩代わりさせてしまおう。
考えていたら楽しくなってきたぞ。
「失礼ながら、貴殿を通すわけにはいきません! お引き取りください!」
広場へ向かっていたら、いきなり衛兵たちが立ちはだかった。
槍を交差して私の行方を阻む。
「なんだ、貴様らはあああ! 私はサンクアリ伯爵家のエラブル様だぞおおお! 道を開けろおおおお!」
衛兵たちを思いっきり怒鳴りつける。
男爵家や子爵家との違いを見せつけてやるのだ。
「瘴気まみれの輩を王宮に招き入れるわけにはいきません!」
「なにを言っているのだあああ! ふざけたことを抜かすなあああ!」
「あなたの身体にたくさんくっついているじゃないですか! ほら、そこにも!」
衛兵は揃って私の肩を指す。
もちろん、そこには瘴気は愚か何も乗っかっていない。
また瘴気うんぬんの話が出てきた。
こやつらは何を言っているのだ?
私のような美しい存在に瘴気がくっついているはずがないだろう。
「やはり、あなたには見えないのですね! 心まで瘴気に汚染されているのですよ!」
「貴様らああああ、サンクアリ家に向かってそのような不敬な態度が許されると思っているのかああああ!?」
私は衛兵たちに掴みかかる。
こんなところで帰らされたら、それこそ領地が没収されてしまうだろうが。
「「うわぁっ! 瘴気が! ……クソッ、絶対にこれ以上城へ入れるな! 王様と王女様を瘴気男から守るんだ!」」
「誰が瘴気男だああああ!」
衛兵たちを押しのけようとするが、ヤツらは頑なに動かなかった。
早く王様に謁見しなければサンクアリ家の、いや、私の評判が落ちてしまうではないか。
「おい、どうした! 何を騒いでいるのだ!」
「なんですか!? 騒がしいですよ!」
上の方から男と女の厳しい声が聞こえてきた。
そう、まるで私を叱責するかのように。
「何だとおおお! この私に向かってずいぶんと偉そう……オーガスト王うううう! それに、カロライン様ああああ!」
バルコニーには王様と王女様が立っていた。
王様はくすんだ灰色の髪に、切れ長の赤い目をしている。
服の上からでも筋肉の盛り上がりがわかるので、常に体を鍛えているのだろう。
王女様はストレートの輝く銀髪に、真紅の瞳がいつも以上に美しかった。
どちらも鋭い目で私を睨んでいる。
慌ててひれ伏した。
「これは失礼しましたああああ! まさか、オーガスト王とカロライン様とは思わずうううう!」
「黙れ!」
王様に怒鳴られ、何も言えなくなった。
あまりの威圧感に怖じ気づいてしまう。
「やはり、貴様は瘴気を引き寄せる愚か者だったのだな。その姿を見て確信した。瘴気を招き寄せる不吉な館があるというウワサは本当だったようだ」
な、なに?
王様まで何を言っているのだ。
瘴気など、どこにもないではないか。
そういえば、さっきの衛兵や使用人も似たようなことを……そうだ!
今こそ、ゴミ愚息を陥れるときだ。
「それは全て私の愚息、ユチ・サンクアリのせいでございます! あいつが家から出て行くとき、何か魔法をかけたに違いありません! そのせいで我が屋敷は……」
「お黙りなさい!」
今度は王女様に怒鳴られた。
「ユチさんを悪く言うことは、私が許しません! あの方は素晴らしい領主ですよ! ユチさんがどんなに領民のことを考えているのか、領民たちからどれだけ信頼されているか……あなた方は知らないでしょう! 私はデサーレチに直接行き、この目で確認しました!」
い、いったいこれはどうなっているのだ?
王様と王女様が二人して、ゴミ愚息の味方をしている。
いや、それよりも……。
――カロライン様がデサーレチに行っただって!?
混乱した頭では何が何だかわからなかった。
「そして私たちは、あなたがユチさんを無理やりデサーレチに追放したことも知っています。調べればすぐにわかりますからね。これは不当極まり無い行為です。伯爵家の当主ともあろう者がなんということでしょう。恥を知りなさい」
心臓が跳ね上がった。
ユチを追放したことを、王様と王女様に知られている?
ダラダラ冷や汗をかき、鼓動で耳が壊れそうだ。
まずいまずいまずい。
「ようやく我が輩も理解した。貴様に領地経営など無理だったのだ。サンクアリ家の領地は、貴様の館以外は全て没収とする」
王様のセリフに、私は気絶しそうになった。
りょ、領地の没収だと……?
館以外は全て……?
そうしたら……どうやって暮らしていくのだ?
大量のポーション代の埋め合わせは?
使用人たちの給金は?
クッテネルングが買った素材の金は?
その瞬間、“破滅”という二文字が頭に浮かんだ。
――サ、サンクアリ家の“破滅”……?
有り得ない、有り得ない、有り得ない!
我がサンクアリ伯爵家は王国でも随一の名家のはずだ!
それが“破滅”するなど有り得ない!
「お、王様あああ、今一度お考え直しをおおお! どうか領地の没収はあああ……!」
「これから手続きを進めていく。次の満月までに館の瘴気を浄化できなければ、爵位の剥奪まで行うからそのつもりでいろ」
吐き捨てるように言うと、王様も王女様も帰ってしまった。
力が抜けてぐったりと座り込む。
こ、これからどうするのだ?
衛兵にズルズル引きずられるが、抵抗する気力もなかった。
「さあ、もうお前の時間はお終いだ。王様方は忙しいんだ。さっさと瘴気の館へ帰れ」
「ま、待てえええ……まだ話しはあああ……」
無情にも目の前で門が閉められた。
私は抜け殻のように馬車に乗る。
「エ、エラブル様……? 領地の没収と聞こえたのですが……給金はお支払いいただけますよね?」
使用人の問いかけにも答えられなかった。
「クソ無能のゴミデブキノ……エ、エラブル様……? 給金の方は……」
「黙れえええ! いいから、さっさと馬車を出せええええ!」
「か、かしこまりました!」
私は最悪の気分で馬車を走らせる。
どうする、どうする、どうする!?
これはさすがにまずい。
必死に考えていたら、頭にある男が思い浮かんだ。
ゴミ愚息のユチ・サンクアリだ。
そ、そうだ……こうなったのも全部ゴミ愚息のせいだ!
ユチのせいなんだ!
もはや、私にはそう思うことでしか自我を保てなかった。
クソユチめ、〔ジェットブラック〕に無残に殺されるがいい!
願うように心の中で叫んだ。
「さあ、ユチ様、ご感想をお聞かせくださいませ」
「お、俺がたくさんいるなと思います」
村の入り口でユチフィギュアの配置を確認させられていた。
無論、本物との対比を確かめたいとのことで、俺は半裸だ。
フィギュアたちは、入り口の上にズラリと並んでいる。
揃って荒れ地の方を見ていた。
「せ、せめて、村の入り口に置くのはやめようよ。どんな村かと思われるか……」
「何をおっしゃいますか。ユチ様の素晴らしさはもっと全面的に押し出すべきでございます」
フィギュアは無事に量産体制が整ったようで、村の至るところに置かれていた。
俺にはもうどうすればいいのか見当もつかない。
と、そこで、ルージュが険しい顔で荒れ地を見た。
「どうしたの、ルージュ? まさか、荒れ地にまでフィギュアを配置するんじゃ……」
「いいえ、ユチ様。また招かれざる客が来たようです」
荒れ地の方をよく見ると、一人の人間が歩いてくる。
真っ黒の服に身を包み、風が吹いても顔が見えることはなかった。
「誰だろうね。やたら黒いが」
「おそらく、漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕でございます」
「え!? あのウワサに聞く……」
どんな仕事でも100%達成すると言われている漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕か。
まさかデサーレチに来るとは……。
というか、どんだけ黒が好きなんだ。
「またデサーレチを襲いに来たヤツか」
「ここは私めにお任せくださいませ。ユチ様はこちらでお待ちください」
ルージュは荒れ地に向かって歩き出す。
いつの間にか、その両手には短剣が握られていた。
止める隙もなく、〔ジェットブラック〕に歩いて行く。
敵も気づいたようで、二人は荒れ地で向かい合う。
「さて、ユチ様の安寧を阻害しようとする者は何人たりとも許しません」
「フンッ、貴様が殺害対象の付き人か。依頼人からは皆殺しにして良いと言われているからな、容赦はせんぞ」
〔ジェットブラック〕が喋り終わったとたん、その手には黒いナイフが握られていた。
取り出す仕草さえ見えなかった。
ピリピリとした空気が張り詰める。
まさしく、手練れ同士の戦いだ。
ルージュが勢い良く斬りかかる。
「はっ!」
「遅いっ!」
ジェットブラックはルージュの攻撃をひらりとかわした。
「ユチ様には絶対に近寄らせません!」
すかさず、ルージュが短剣をふるう。
そして、〔ジェットブラック〕はすんでのところで避ける。
息を呑むような、一進一退の攻防が続く。
やがて、ソロモンさんやアタマリ、領民たちも集まってきた。
「生き神様、あの黒いヤツは誰ですじゃ?」
「漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕って言ってました」
「「〔ジェットブラック〕!? こりゃ大変だ!」」
その名前を聞くと、みんな驚愕していた。
やはり名の知れた暗殺者らしい。
「ユチ様を襲いに来やがったヤツですね。おい、お前ら、急いで装備を持ってこい!」
みんな後ろの方で、慌ただしく色んな武器や装備の準備を始める。
「あんなに接近戦をしてたら、援護しようにも難しいぞ!」
「ルージュさんから目を離すな!」
「一瞬の隙をついて援護するんだ!」
みな、ルージュと〔ジェットブラック〕の攻防を見守っていた。
「はっ! くらいなさい!」
「うぐっ!」
そのうち、ルージュの回し蹴りが〔ジェットブラック〕の脇腹にヒットした。
さすがは元Sランク冒険者だ。
相手が暗殺者だろうが、まったく引けを取らない。
吹き飛ばされた〔ジェットブラック〕は、ズザザザザッ! と俺の方に転がってきた。
〔ジェットブラック〕はむくりと起き上がる。
フードで顔は見えないが、ニヤリと笑っているようだった。
「し、しまった! ユチ様、お逃げください!」
ルージュが猛ダッシュで走ってくるがとても間に合わない。
領民たちからも微妙に距離がある。
急いで逃げようとしたら、つまずいて転んでしまった。
〔ジェットブラック〕はナイフを掲げる。
同時に、ヤツの体にくっついている瘴気が苦しみだした。
村の中に入ってきたからだろう。
「覚悟っ!」
「うおおおお、ヤベぇ!」
『ギギギギギ……キャアアアアアア!』
とっさに顔を覆って目をつぶる。
俺の人生もここまでか!
だが、いつまで経ってもナイフが降って来ない。
ど、どうした?
恐る恐る目を開けると、〔ジェットブラック〕がナイフを振りかぶったまま固まっていた。
「な、なんだ?」
「貴様~なんだぁその顔は~私を見るときはもっと笑顔にならんか~」
〔ジェットブラック〕がナイフを投げ捨てて、俺に抱き着いてくる。
かと思うと、スリスリ頭を擦り付けてきた。
「ナデナデしてくれないと殺してしまうぞ~この愚か者~」
「は? な、なに?」
いきなりの急展開に理解が追いつかない。
さっきまでの殺気は消えている。
上手いことを言ったつもりはないが、本当にそんな感じだった。
――な、なんなんだ、いったい? どうした?
〔ジェットブラック〕の顔を隠している長いフードをめくる。
暗殺者とは思えない、プラチナブロンドのド派手な髪が出てきた。
その髪からはゴールドの瞳が覗いている。
「え……女?」
あろうことか、〔ジェットブラック〕は女性だった。
やたら美人で暗殺者っぽさは皆無だ。
「そうだぁ~、我はこう見えても女なんだぞ~」
くねくねまとわりついてくる。
「お、俺を殺しに来たんじゃないの?」
「だからぁ~貴様を殺すのはやめたのだぁ~」
「え? あ、暗殺者は?」
「そんなのもう引退だっつ~のぉ~」
〔ジェットブラック〕は人差し指で、俺の胸をぐりぐりしてくる。
円を描くように触ってくるのでくすぐったくてしょうがなかった。
ソロモンさんたちも唖然としていた。
「きっと、生き神様の聖域で改心したのじゃよ」
「は、はぁ、なるほど……」
しかし、すごい変わりようだな。
「そ、それで、誰に依頼されたんだ?」
「貴様の父親のエラブル・サンクアリだぁ~」
いや、マジか。
また父親かよ。
俺はもはやため息しか出なかった。
と、そこで、ルージュがすごい勢いで走ってきた。
ビリッとジェットブラックを引き剥がす。
「さて、この不届き者を分解しましょう」
スラリと短剣で斬りかかる……。
「タ、タンマー!」
慌ててルージュを止めた。
「……ユチ様、この者の味方をするのでありますか?」
「そうじゃなくてね! さすがに人殺しはまずいって話で……むごっ!」
「ほらぁ~早くナデナデしろ~」
「離れなさい、このクソ暗殺者」
〔ジェットブラック〕がまとわりついてくるが、ルージュが即引き剥がす。
みんなは温かい目で見ていた。
「生き神様はモテますの~、ワシの若い頃に似てますじゃ」
「私はユチ様が羨ましいですわ、ハハハハ」
さっきまでの緊張感は消え失せ、ほんわかした空気が漂っている。
というか、とりあえず服を着たい。
二人の美人にベタベタされる裸の男はさすがにまずい。
「ユチ様から離れなさい、このクソ暗殺者」
「離れるわけないだろうが~」
「た、頼むから服を着させてくれー!」
その様子を、ユチフィギュアが静かに眺めていた。
――――――――――――――――
【生き神様の領地のまとめ】
◆漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕
どんな依頼(主に暗殺)でも100%達成することで、裏の世界では名を馳せていた。
黒いナイフが主要な武器。
戦闘力は極めて高く、ルージュと対等に戦えるほど。
ユチの作った聖域により改心しふにゃふにゃになる。
本名はちゃんとあるらしい。
村の中を視察(主にフィギュアの配置をチェックさせられている)で歩いているときだった。
「おい、貴様ぁ~もっとナデナデしろぉ~」
「わ、わかったから少し離れようね」
相変わらず、裸で過ごさられているわけだが、〔ジェットブラック〕は人目を盗んで俺にくっついてくるようになった。
暗殺者の影も形もなく、ふにゃふにゃしていた。
だが、それをルージュが見逃すはずもない。
ズダダダダ! っとどこからか走ってきた。
すごい勢いで〔ジェットブラック〕を引き剥がす。
「何をするのだ~今良いところなのにぃ~」
「働かない者はここにいる資格はございません」
ルージュは凍てつくような瞳で〔ジェットブラック〕を見ていた。
ピキピキしまくっている。
「そんなに硬いことを言うなよ~我が悲しくなるだろうが~」
「さて、すぐに分解の準備を始めましょう」
「ほ、ほら、〔ジェットブラック〕にも事情があるだろうからさ」
俺が言った瞬間、ルージュが固まった。
「……ユチ様はやはりその者の味方をするのですね」
「そ、そうじゃなくてね」
「わかったわかった~素材を採ってくればいいんだろ~」
〔ジェットブラック〕はよっこいしょと立ち上がる。
そのまま、荒れ地の方に歩き出した。
「あれ? どこ行くの?」
「……ユチ様はあの者と離れるのがイヤだと?」
「そ、そうじゃなくてね。単純に疑問に思ったというか何というか……」
「荒れ地のモンスターを狩って、適当に素材を集めてくるのだ~」
瘴気の影響なのか、荒れ地のモンスターは結構強いヤツらが揃っている。
一人で討伐に行くなんて無茶だ。
「いくら手練れの暗殺者でも一人で行くのは危ないんじゃないの? 念のため、ルージュに付いて行ってもらったら……」
「……ユチ様は必ずあの者の味方をなさいますね」
「あ、いや、そうではなくて……単純に心配になったというか……」
どう転んでもルージュの機嫌が悪くなってしまうのだが。
そんなやり取りをしているうちに、〔ジェットブラック〕は荒れ地まで行ってしまった。
「あっ、行っちゃった」
「どうぞ天国まで行ってきてくださいませ。戻って来なくて良いですからね」
「ほら、そういうこと言うと可哀想だから」
「……またユチ様はあの者の味方をするのですね」
「そ、そうじゃないのよね……」
必死にルージュをなだめていると、すぐに〔ジェットブラック〕が帰ってきた。
両手にどっさりと素材を抱えている。
「え、もう帰ってきたの? はや」
「素材集めなんて何年振りかと思ったぞ~」
「ふむ、私めの目は誤魔化せませんよ。少しでもいい加減な素材があったら追い出しますからね」
〔ジェットブラック〕が持ってきた素材は、とんでもないレア物ばかりだった。
<ギガントタイガーの爪>
レア度:★8
Aランクモンスター、ギガントタイガーの爪。加工なしで武器として扱えるほど鋭い。ギガントタイガーは必ず3匹以上の群れで行動する。討伐には最大限の注意が必要。
<マグマダケ>
レア度:★7
火山などの灼熱地帯に生息するキノコ。独特な辛みがあり、「まるでマグマを食べているみたいだ」と世界中の美食家から好まれている。その入手難易度の高さから世界的に供給が足りていない。
<アンバー蜂の大結晶>
レア度:★8
アンバー蜂とは集めた蜜を宝石のように凝縮できる蜂。その巣にある大きな結晶。琥珀のような柔らかい色合いだが、宝石類より希少性が著しく高い。この結晶のネックレスを着けていると、どんな恋も成就すると言い伝えがある。
<ダークユニコーンの一本角>
レア度:★9
Sランクモンスター、ダークユニコーンの額に生えている長い角。細かく砕き煎じて飲むと、一定期間モンスターから認識されなくなる。戦闘クエストでも採取クエストでも汎用性が高い。
<マイアズムドラゴンの眼玉>
レア度:★10
瘴気を喰らう古龍マイアズムドラゴンの眼球が、宝石のように凝固した物。マイアズムドラゴンは瘴気まみれだが、弱点となる逆鱗を一撃で破壊した時だけ眼球が透明な宝石となる。世界でも数少ない最高級の宝物。
「す、すげえ素材の山だな。しかも、モンスターの部位だけじゃなくてキノコとかもあるし」
さすがは名の知れた暗殺者だ。
モンスターの討伐だけじゃなく、採取方面も得意らしい。
「どうだ~恐れ入ったか~? ほれほれ、悔しいだろう」
「ぐっ……」
ルージュは厳しい顔で〔ジェットブラック〕を睨む。
「さて、お邪魔虫はいなくなってもらうとして、貴様は我の相手をしろ~」
「あ、いや、そういうわけには……」
〔ジェットブラック〕はベタベタしまくってくるので、ルージュもピキりまくっている。
ど、どうすればいい。
「やはり、人形より本物の方が良いではないか~」
スリスリ俺の体を撫でまわしてくる。
「離れなさい。このクソ暗殺者が」
「何をする~邪魔するなぁ~」
ルージュがべりっと引き剥がす。
これもまたお馴染みの光景になりつつあった。
「と、ところで、〔ジェットブラック〕には本名とかあるのか?」
漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕は呼び名だよな。
いや、名前を捨ててる可能性もありそうだ。
「あるに決まってるだろ~」
「へ、へぇ~、なんて名前?」
「我の名前はクデレだっつ~の~」
「ふ、ふ~ん、クデレね」
こんなナリでも本当は暗殺者なんだなぁ。
父親が依頼したってマジか。
どこまで嫌われているんだ。
というか、彼らは生きてるのか?
瘴気があんなに集まっていたら、王様たちも黙ってはいない気がするが。
まぁ、さすがにもう嫌がらせはしてこないだろ、さすがにね。
「これからどうすればいいのだああああ」
私は自室に閉じこもる日々を送っていた。
王様に領地を没収され、サンクアリ伯爵家の収入は激減した。
というか、もはや収入はなかった。
高いポーション代や、クッテネルングの素材代、使用人の給金など……未払いの嵐だ。
あれこれ言い訳をして誤魔化しているが、もう限界かもしれない。
体調不良も相変わらずなので、最悪の日々だった。
「エラブル様! 給金の支払いはどうなっているのですか!」
「さすがにもう待てませんよ! 少しでも良いので払ってください! ちゃんと払ってくれるんですよね!?」
「待てば払って頂けるのではなかったのですか! このデブキノコ……エラブル様!」
ドンドンドン! と扉が激しく叩かれる。
「黙れえええ! だから、もう少しで払うと言っているではないかあああ!」
しばらく怒鳴りつけていると、やがて何も音がしなくなった。
そーっと扉を開けてみる。
使用人どもはいなくなっていた。
――やれやれ、使用人の方は怒鳴っていれば何とかなりそうだな。
ホッとしていると、ヤツらの話し声が聞こえてきた。
「おい、こうなったら反乱を起こすしかないな」
「ええ、もう我慢できませんわ」
「あの偉そうな無能親子に思い知らせるんだよ」
コソコソ話しているので、よく聞こえなかった。
きっと、私がどれほど素晴らしい人物か話し合っているのだろうな。
足元を見ると、手紙が落ちていた。
最近は、手紙もろくに運ばれなくなってきた。
説教してやりたいが、体調が悪くてそれどころじゃない。
確認して見ると、〔ジェットブラック〕からの報告書だった。
―― よ、よし、今度こそは大丈夫だ。
何と言っても、漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕だ。
依頼達成率100%だからな。
確実にクソユチを殺しているだろう。
「父ちゃまぁぁぁ、ちょっと来てよぉぉぉ」
開けようとしたら、クッテネルングがやってきた。
「なんだあああ、〔ジェットブラック〕から依頼完了の手紙が届いたぞおおお」
「なんだってぇぇぇ、早く確認しようぜぇぇぇ」
私たちは安心して手紙を読み始める。
やたらくるくるした字で絶妙に読みにくい。
だが、徐々に怒りで手が震えてきた。
〔依頼は中止だ~殺せと言われたユチに会ったんだがな~。一目見た瞬間、殺す気などなくなってしまったわ~。まるで心が浄化されたように美しくなったんだ~。我はユチと一緒に暮らすことにしたから、そういうことでよろしく。さようなら、デブキノコ〕
「「ふざけるなああああ(ぁぁぁ)!」」
ビリビリに手紙を破りまくる。
物凄く腹が立って仕方がない。
「何が依頼達成率100%だあああ! ウソを吐くんじゃないいいい!」
「全然暗殺者じゃないじゃないかぁぁぁ!」
5000万エーンも払って、何の成果もなかっただと!?
ふざけるな!
必死に呼吸を整えるが、イラつきが収まるはずもなかった。
「それはそうとしてぇぇぇ、父ちゃまぁぁぁ、ちょっと来てくれよぉぉぉ」
いきなり、クッテネルングが嬉しそうな顔になった。
嬉々として私の腕を引っぱる。
「なんだああああ! 私は暇じゃないんだぞおおおお!」
「いいからぁぁぁ、屋敷の前まで来てくれよぉぉぉ」
やがて、屋敷の外まで来た。
何やら、クッテネルングはテンションが高い。
だが、私はイライラしっぱなしだ。
「この私を呼びたてるのだから、大したことじゃなかったら許さんぞおおお……うわあああ!」
あまりの出来事にビックリして、尻もちをついてしまった。
『グルルルルル……』
屋敷の前には巨大なドラゴンがいた。
くすんだエメラルド色の鱗に、どんなに大きな獲物でも丸のみできそうなほど大きい口。
ドラゴンなのに手足も長い。
鋭い目は血走っていて、見るからに凶暴そうなモンスターだ。
私のことを威嚇するように見ている。
「こ、こいつはなんだあああ! 今にも私を食べそうではないかあああ!」
勇気のある私でも、さすがに怖じ気づく。
離れるようにジリジリと後ずさる。
「大丈夫だよぉぉぉ、父ちゃまぁぁぁ。こいつは僕が蘇らせた古のドラゴン、エンシェント・ドラゴンさぁぁぁ」
「な……にぃぃぃ……! あの伝説のおおお……!」
エンシェント・ドラゴンは、あの古代世紀に存在していたと言われる。
数あるドラゴン族の中でも、最大級に強かったそうだ。
「僕ちゃまの儀式が上手くいって復活したんだよぉぉぉ! ……まぁ、偉い呪術師をたくさん雇ったからなんだけどぉぉぉ」
「なにぃぃぃ! 貴様ぁぁぁ、また大金を払ったのかあああ!」
「い、いや、大したお金じゃないよぉぉぉ……」
クッテネルングのポケットから小さな紙が見えていた。
すかさず奪い取る。
「……儀式代として2000万エーンだとおおお! この愚か者おおお!」
「いたぁぁぁ! ぶたないでくれよぉぉぉ!」
ボカりとクッテネルングの頭を殴る。
こんな大金払えるわけもない。
ど、どうする!?
また頭痛の種ができてしまった。
とは言っても、確かにエンシェント・ドラゴンは復活している。
クソユチを殺せるのであれば安い物かもしれない。
「ほ、本当に大丈夫なんだろうなああああ! 今にも私たちを襲ってきそうではないかああああ!」
「大丈夫だよぉぉぉ。こいつは僕ちゃまのスキル<ドラゴンテイマー>で、僕ちゃまの手下になっているんだぁぁぁ」
そうか、クッテネルングのスキルは<ドラゴンテイマー>だ。
古のドラゴンと言っても、所詮はドラゴン。クッテネルングにテイムされない道理はないのだろう。
攻められないとわかると、途端に安心してきた。
「なんだあああ! 心配させるのではないぞおおお!」
私はそーっと手を伸ばして、エンシェント・ドラゴンの額を撫でる。
さすさすしても、嫌がる様子はない。
私の神聖な手汗をたっぷりとつけてやった。
「でかしたぞおおお! クッテネルングウウウ! お前こそ時期当主にふさわしいいいい」
「そうだろうぅぅぅ、父ちゃまぁぁぁ! 僕ちゃまも自分はすごい人間だと思っていたけど、その通りだったねぇぇぇ!」
クッテネルングのは反り返って誇らしげにしている、
こいつは誰に似たのか、調子に乗りやすいところもある。
伯爵家の次期当主になるのであれば、もっと落ち着かんか。
「さあぁぁぁ! 僕ちゃまの手下のドラゴンよぉぉぉ! デサーレチに行って、クソ兄者の首を持ってこいぃぃぃ! ついでに村全体を破壊してしまぇぇぇ!」
『ゴアアアア!』
エンシェント・ドラゴンは大きな翼を羽ばたいた。
羽を動かしているだけなのに、すごい風圧だ。
屋敷が壊れそうなほどだった。
「うわあああ! 屋敷が潰れたらどうするんだあああ!」
舞い上がった風がすごくて吹き飛ばされそうだ。
そのまま、エンシェント・ドラゴンはデサーレチの方向へ飛んで行ってしまった。
「これでクソ兄者もお終いだぁぁぁ。どんな魔法を使ったかはわからないけど、僕ちゃまのドラゴンに勝てるはずがないんだぁぁぁ」
クッテネルングの言う通りだ。
あのゴミユチは運よく〔アウトローの無法者〕や〔ジェットブラック〕を仲間にしたらしい。
だが、エンシェント・ドラゴンは無理だ。
きっと、ユチが使う謎の魔法は人間にしか効かないのだ。
であれば、ドラゴンが相手ならば打つ手は無い。
「ハハハハハアアアア! ゴミ愚息の死体が届くのが楽しみだあああ!」
「皆殺しにしてこいぃぃぃ!」
これでゴミ愚息の人生もお終いだ。
クソユチだけではない、ルージュも〔アウトローの無法者〕も〔ジェットブラック〕も、デサーレチにいる人間は全て殺すのだ。
今さら謝ってももう遅い。
覚悟しろ!
ゲッホオオオオ!
「貴様ぁ~、さっさとナデナデせんか~。何度も言っているだろうが~」
「う、うん、だからね、そういうことは言わないでって……」
「さて、あなたの人生は今日で終わりでしたね」
「た、頼むから短剣はしまってくれ~い!」
すっかりルージュとクデレの板挟みになってしまった。
あと、相変わらず半裸にさせられているのだが、いつになったら服を着られるのだ?
「生き神様! ちょっと来てくだされ!」
「空を飛ぶ城の試作品ができました!」
バーン! と扉が開かれ、ソロモンさんとアタマリが入ってきた。
二人は興奮して俺を呼ぶ。
なんかもう、ドアとかない方が良い気がしてくる。
「そ、空を飛ぶ城……ができたんですか?」
いきなり言われビックリした。
「そうですじゃ! もう最高の出来ですじゃよ! さあ、生き神様も早く見てくだされ!」
「あっ、ちょっ、待っ」
有無を言わさず引きずられる。
これもいつもの展開なんだが、微かな不安がよぎった。
――また俺の顔が描いてあるんじゃ……。
すぐに頭を振って追い払う。
いやいやいや、さすがにないだろ。
そもそも、城は装備じゃないんだ。
そんな大掛かりに俺をアピールしないだろう。
「生き神様! これが空を飛ぶ城・ユチキャッスルじゃ!」
「このような城は、私めも初めて見ました」
「なかなか良いではないか~」
村の奥の方に、小さな城がふわふわと浮かんでいた。
浮かぶと言っても、空高くではなくて地面よりちょっと高いところだ。
手を伸ばすと届くくらいだな。
「おお~本当に浮いてますね……って、できればその名前は変えてほし……」
「ユチキャッスルとは素晴らしい名前ですね! 私めもそれ以外は考えられません!」
わかってはいたが、ルージュの叫び声でかき消される。
ぱああっ! と本当に嬉しそうな顔をしているので諦めた。
<空を飛ぶ城ユチキャッスル・試作タイプ>
レア度:★11
文字通り空を飛べる城。試作タイプなのでまだ小型。非常に高度な設計により製作された。デサーレチで採取された素材が存分に使われており、動力の補給は完全に不要。武器類はまだ一種類しかないが、ユチの魔力を供給することで古の結界を展開し外部からの攻撃は完全に遮断できる。
これはすごい。
まさかこんな物が生きているうちに見られるなんてなぁ。
みんなでしきりに感心していた。
だが、一つだけ確認したいことがあった。
「あ、あの、ちょっと良いですかね?」
「なんですじゃ? 生き神様の意見も聞きたいですじゃ」
「ユチ様のためならどんな仕様も用意いたしますよ!」
みんな、ワクワクした感じで俺を見る。
「俺の顔が描いてあるんですが……」
空を飛ぶ城の外壁には、等間隔に俺の顔が描いてある。
絵というか、刻印みたいな感じだ。
真顔、笑っている顔、あくびしている顔、半目を開けて寝ている顔……色んな表情が刻まれていた。
やけにリアルで俺がそのまま外壁に埋まっているみたいだ。
「元のデザインは、全て私めが用意いたしました」
「そ、そう……やっぱり」
ルージュはとても誇らしげな顔をしている。
今回は仕方がないとして、完全版を作るときは直してもらおう。
「「た、大変だ! あれはモンスターの群れじゃないか!?」」
突然、村の入り口付近が騒がしくなった。
領民たちが慌ただしく行き来している。
「どうしたんだろう。モンスターの群れとか言っていたな」
「行ってみましょう、ユチ様」
「ユチは我と一緒にいるから、お前が一人で行ってこい」
「……この物の処遇は後で決めることにします。今は状況の把握が先ですから」
「だから、服を着させてくれ~い!」
村の入り口へ行くと、すぐに状況がわかった。
荒れ地にモンスターが集結している。
ゆっくり村へと向かっているみたいだった。
領民たちは急いで装備を身に着けていた。
「なんかたくさんモンスターがいるな。こっちに来てるぞ」
「デサーレチは豊かになったので、モンスターたちも襲う気になったのかもしれません」
「なるほど……」
ここら一帯ではこの村だけ異常に栄えている。
旨い食べ物もいっぱいあるので、モンスターが襲うのも不思議ではない。
「生き神様! 今こそ、ユチ・キャッスルの出番じゃよ!」
「あとはユチ様に魔力を込めてもらうだけでいいんです! さあさあ!」
何か答える前に、ソロモンさんとアタマリに無理矢理連れてこられてしまった。
「こ、こうかな?」
城の外壁に手を当て魔力を込める。
その瞬間、グォングォングォン……と城が上昇しだした。
「「やったー! これでユチ・キャッスルは完成だ(じゃ)ー!」」
ソロモンさんとアタマリは手を取り合って喜ぶ。
「あの、戦いの準備はしなくて良いんですかね?」
「「まぁ、見ていてください(ですじゃ)」」
領民たちも手を止め城の行方を見る。
やがて城の上昇は止まった。
と思ったら、ギィィン! と金属が削れるような音がして、刻印の目からビームが放たれた。
一直線に荒れ地のモンスターへ向かっていく。
「なんだよ、ビックリしたな……って、うわぁ!」
その直後、ビームが当たったところが爆発した。
大きく地面が抉れている。
その周りにはモンスターの破片が散らばっていた。
モンスターたちはブルブル震えている。
「あ、あの~、今のはなんですかね」
俺はそっとソロモンさんとアタマリに聞く。
「今のはユチ・ビームでございますじゃ。古の超魔法と同じくらい……いや、それ以上のパワーがありますじゃよ」
「<永原石>と<ウィザーオール魔石>の組み合わせは、思ったより相性が良かったようでして! ユチ様に魔力を注入してもらっただけで、とんでもない魔法が放たれるようになったんです!」
二人はドンッ! と胸を張っている。
いや、ちょっとオーバーキル過ぎる気もするが。
『『キイイイイ!』』
モンスターの残りは我先にと走って逃げてしまった。
勝ち目など無いと判断したんだろう。
「みんな見たか!? 生き神様の目から神聖な光が放たれたぞ!」
「誰も怪我せずにモンスターを撃退できた! これも生き神様のおかげだな!」
「わああ! 生き神様がいれば安心だー!」
村は歓喜の声で包まれる。
「さすがはユチ様でございますね。私めは感動することしかできません」
「貴様~、そんな力を隠していたのか~。ずるいではないか~」
「ユチ様から離れなさい。このクソ暗殺者」
「ほ、ほら、喧嘩しないで……」
何はともあれ、領民たちが無事で良かったぞ。
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【生き神様の領地のまとめ】
◆空飛ぶ城“ユチ・キャッスル試作タイプ”
ユチの顔が刻印(うっすら光る)された空飛ぶ城の試作タイプ。
試作型だが、全世界で初めて空飛ぶ城の建造に成功した。
魔力を凝縮した光線を放つことで、類まれなる攻撃力を持つ。
ユチ由来の結界により防御力も世界最高峰。
古代文明の復活は近い。