俺だけ使える【全自動サンクチュアリ】で辺境を極楽領地に作り変えます!~歩くだけで聖域化する最強スキルで自由気ままな辺境ライフ~

「うぐっ、こいつはまたすごい瘴気だ」
「とんでもないクソ沼でございますね」

 デスドラシエルの森を進んでいくと、瘴気が溜まっている沼に出た。
 黒っぽくドロドロしていて見るからに汚い。
 後ろをついてきた領民たちもタジタジだ。

「うげぇ……あんなに瘴気が溜まってやがる」
「ここもずいぶんと酷いですね。近寄ることすらできません」
「生き神様がいらっしゃらなかったら、どうなっていたかわからないぞ」

 その辺りだけ木々は枯れはて虫一匹いない。
 沼はデスリバーの水源地より、やや大きいくらいかな。
 森の中にこんなところがあるなんてなぁ。
 そして……。

「瘴気もすごいんだが、なんか熱い気がするぞ」
「これはただの沼ではないようですね。熱湯のようでございます」

 沼はブシュゥ……ブシュゥ……と瘴気を吹き出しているだけじゃなくてグツグツしている。
 ルージュの言うように、大鍋でお湯を沸かしているみたいだった。
 
「入ったら火傷しそうだな」
「ユチ様、あちらをご覧くださいませ」
「ん?」

 沼の真ん中あたりに瘴気が一番集まっている。

「あそこが中心のようでございますね」
「う、うむ、そうだな」

――ちょっと待て、この流れは……。

「では、ユチ様、服の方を脱いでいただいて……」
「タ、タンマ! 裸で入ったら火傷しちゃうよ!」

 沼はグツグツしているし、熱そうな湯気まで出ていた。
 火傷もそうだが、また別の心配がある。
 せっかく服を着てきたのに、結局脱がされるのは避けたいぞ。

「ご心配には及びません。ユチ様、沼の近くで聖域化なさってくださいませ。そうすれば火傷にはなりません」
「ぬ、沼の近く? わ、わかった」

 沼の端っこに近づいて魔力を込める。
 <全自動サンクチュアリ>発動!
 瞬く間に、俺の周囲が浄化された。
 淵に近いところの黒いドロドロは消え去り、白く濁ったお湯に変わった。

「なんか白くなったぞ」
「ちょっと触らせていただきます」
「あっ! ど、毒とかあったら……!」
「大丈夫でございます。例えあったとしても、ユチ様のおかげで浄化されております」

 ルージュが何のためらいもなく手を突っ込む。
 さすがは元Sランク冒険者だ。
 度胸があるんだなぁ。

「ユチ様、ちょうどいい湯加減でございますよ」
「なに?」

 俺も恐る恐る沼に手を入れてみる。
 あったかくて気持ち良かった。

「へぇ~お風呂みたいだな」
「ここから浄化を進めていけば火傷などいたしません」
「確かに」

 やっぱりルージュは頭が良いなぁ……いや、これは……!

「では、さっそく服もお脱ぎくださいませ」

 ま、まずい。
 デスリバーの時と同じだ。
 案の定といった展開になってしまった。

「い、いや、底なし沼かもしれないし! そうだ、アタマリたちに舟でも作ってもらおうよ! その方が……!」

 と、そこで、ルージュがやたらと長い木の枝を拾い上げた。
 ズドドドドッ! と沼の底を突きまくる。

「ユチ様、底なし沼ではないようです」
「そ、そうすか」

 なんでそう都合よく、長い木の枝が転がっているのか。
 俺はもう色々諦めていた。
 力なく服を脱ぐ。
 せめて、ルージュに脱がされるのだけは回避しよう。

「おぉ……生き神様の肉体は本当に素晴らしい……」
「神々しいオーラが出ているぞ」
「できれば、毎朝あのお姿を拝見したいなぁ」

 領民たちに見られながら沼へ浸かる。
 もうしょうがないので、ずんずん中心へ向かう。
 こうなったら、さっさと浄化させちまおう。
 恥ずかしいから。
 俺の歩いたところが、あっという間に白いお湯に変わっていく。
 アタマリたちのむせび泣く声まで聞こえてきた。
 
「くぅぅぅっ! ユチ様の御業はいつ見ても、常に素晴らしい! 俺たちの心を浄化してくださった時もあんな感じだったんだろうよ!」
「心が満たされていくのを感じるぜ!」
「あのような清く正しい人にずっとついていくのが、俺の人生の目標だ!」

 やがて、沼の中心に着いた。
 でーん! と大きな瘴気が我が物顔で浮かんでいる。
 心なしか、俺のことを見下しているような気がした。
 裸の男が何しに来た、といった感じだ。
 お前のせいで脱がされたんだぞ。
 <全自動サンクチュアリ>発動!

『ギ! ギギギギ……!』

 予想外の攻撃だったのか、瘴気が苦しそうに震えている。
 頼むから早く消えてくれよな。

『ギギギギギ……キャアアアアアア!』

 瘴気の塊はあっけなく消え去ってしまった。
 そしてその直後、沼の様子が一変した。
 黒いドロドロが無くなり全部が全部、白くて濁ったキレイなお湯になった。
 湯加減もちょうどいい。

「ユチ様! 最高の御業でございます! 私めも感動いたしました! 皆さま、拍手でお称えくださいませ!」

 ルージュの合図で、わあああ! と盛り上がる。
 何はともあれ、浄化が済んで良かったな。


<死の沼デススワンプ>
レア度:★10
 浸かるだけであらゆる傷や病が治癒する沼。湯から上がっても一定期間(体が冷めるまで)は、肉体が<ゴーレムダイヤモンド>並みに強靭となる。ほど良い熱さ。


 マジか、これもレア度10かよ。
 デサーレチは宝の宝庫じゃねえか。
 なんかもう色々すごすぎて、あまり驚かなくなってきたぞ。
 さて、もう出るかな。
 無事浄化は終わったわけだし。
 俺がデススワンプから出ようとしたら、ルージュに止められた。

「ユチ様、もう少しお入りくださいませ」
「え? ど、どうして? もう瘴気は消えたのに……」
「ユチ様の成分を溶かし込んでほしいのです!」
「お、俺の成分? いったいなにを……?」
 
 ルージュが叫んだとたん、領民たちが集まってくる。

「生き神様! ぜひ、成分を溶かし込んでください! 俺たちは少しでも生き神様に近づきたいんです!」
「そうですよ! せっかく少しは生き神様の成分が入ったのに、ここでやめたらもったいないですって!」
「生き神様の成分が入っているなんて、聞いただけで癒されます!」

 みんなしきりに、俺はまだ湯に浸かっていろと言ってくる。

「あ、あの、ちょっ、俺の成分って言ったって別にそんな……」
「「さあ、みんなで生き神様を称えよう! この沼は神聖な場所として崇めるんだ! 全世界でここにしかない聖なる沼だ!」」

 どんちゃん騒ぎが始まってしまい、完全に出るタイミングを失った。

「皆さま、大変な喜びようでございますね! 私めもユチ様の成分に浸かれるなんて、今から楽しみでございます!」
「……う、うん、そうだね」

 ここまで来たら、もうどうしようもない。
 森が歓喜の声に包まれる中、俺はいつまでも一人で沼に浸かっていた。


――――――――――――――――
【生き神様の領地のまとめ】
◆“キレイな”死の沼デススワンプ
 デスドラシエルの森にある温かい沼。
 白色でやや濁りがあり、てろんとした滑らかな水質。 
 瘴気に汚染されとんでもなく汚れていたが、ユチのおかげで本来の姿を取り戻した。
 季節に関係なく一定に温かい。
 ユチの成分も溶け込み領民たちは大喜び。
「ユチ様、力を抜いてくださいませ」
「う、うん、だからね……もうやらなくて……」
「生き神様! ちょっと来てくださいませんかの!」

 ルージュにマッサージされている時、ソロモンさんが飛び込んできた。
 もはや、すっかり定番の光景となってしまっている。
 そのうち何とかしないとな。

「ど、どうしたんですか、ソロモンさん」

 なんかやけに興奮しているぞ。

「村の特産品を作ろうということになりましての。ぜひ、生き神様の知恵を貸していただきたいのですじゃよ」
「村の特産品……ですか?」
「そうですじゃ。最近、来客が多いですからの、何かデサーレチの特産品があれば、来客も楽しめるかと思うんですじゃ」
「なるほど……」
「それは素晴らしいアイデアでございますね」

 デサーレチには貴重な素材が、それはそれはたくさんある。
 だが、加工した特産品的な物はまだなかった。
 いつも素材をそのまんま渡していたからな。
 デサーレチを象徴するようなお土産が一つでもあれば、来客だって楽しめるかもしれない。

「どうですかな、生き神様?」
「名案だと思います」
「じゃあ、さっそくこちらに来てくださいですじゃ」
「あ、あのっ、その前に服をっ!」

 服を掴むすんでのところで、ルージュに捕まった。

「皆さまがお待ちでございます、ユチ様」
「服着る時間くらいはあるでしょうに……!」

 ということで、半裸のまま連れて行かれる。
 少し歩いたところに、こじんまりとしているが絶妙にオシャレな平屋があった。

「ここで色んな会議をしているのですじゃ」
「へぇ~良い建物ですね」
「アタマリたちも中におりますじゃ」

 そのまま、中に案内される。
 なんだかんだ言って、どんな特産品ができるのか俺も楽しみだった。
 村が発展していくのを見るのは楽しいからな。

「お前ら、ユチ様がいらっしゃたぞ! 礼っ!」
「「よろしくお願いします!」」
「うわっ!」

 部屋に入った瞬間、アタマリたちに勢い良くお辞儀された。
 びっくりしたぞ。
 と、そこで、ルージュが前に出てきた。

「では、私めが司会を務めさせていただきます。村の特産品につきまして、何か良いアイデアはございますか?」

 デサーレチを象徴する物ってなんだろうな。
 デスガーデン?
 いや、それを言うなら川も鉱山もそうだし。
 だとすると、ここはデスドラシエルだろう。
 葉っぱを煎じて作ったお茶とか。
 
「ワシに良いアイデアがありますじゃ! ぜひ、聞いてくださいじゃ!」
「どうぞお話くださいませ」

 さっそく、ソロモンさんが挙手をした。
 きっと素晴らしいアイデアを出してくれるぞ。
 何と言っても、伝説の大賢者だからな。
 みんながあっと驚く提案をしてくれるはずだ。

「生き神様のフィギュアを作るんじゃよ!」
「「おおお~!」」

 ……おい。

「デサーレチの象徴と言えば、生き神様以外にはおりませんじゃ! 生き神様を差し置いて、他の特産品を作ることなどできませぬ!」
「ソロモン様のおっしゃる通りでございますね。ユチ様がいらっしゃってこそのデサーレチです」
「あ、あの、ちょっ待って。お、俺のフィギュアなんて欲しい人いないんじゃないですかね」

 すかさず、俺は抵抗する。
 こういうのは序盤が大事だ。
 まごまごしていると、あっという間に決まってしまう。

「サイズは1/6スケールでどうじゃろうか!」
「よろしいかと存じます! 机の上などに飾りやすいでございますね! 私めは50体ほど所望いたします!」

 部屋のボルテージは一瞬でマックスになり、俺の声など誰にも届かなかった。
 アタマリも嬉しそうな顔で発言する。

「私たちが素晴らしいフィギュアをお作りいたします。ポーズも何種類か作りましょう。量産体制はこちらで整えます」
「承知いたしました。デザインは私めの方で用意いたします」

 ルージュは絵も上手い。
 というか、何でもできるんだよな。

「では、ユチ様のフィギュアをお作りするということでよろしいでしょうか?」
「「さんせ~い!」」

 そんなことを思っている隙に、俺のフィギュア製作が決まってしまった。
 し、仕方がない。
 何はともあれ、ルージュなら心配いらんな。
 きっと、カッコいい衣装を描いてくれるはずだ。

「フィギュア以外にも、もっと特産品が欲しいところじゃが……」
「それでしたら、私めが良い案を考えております」

 ルージュがスッ……と、やけに美しい挙手をする。
 その表情は晴れ晴れとしていた。
 頼むから俺のシリーズは止めてくれよ。
 と、言いつつ、俺は安心していた。
 優秀なメイドで元Sランク冒険者だからな。
 きっと、素晴らしい提案をしてくれるだろう。

「ユチ様のお顔が刻印された饅頭を作るのです!」
「「おおお~!」」

 ……って、おい。

「具材は畑や川で採れた物を使うとして、ユチ様のお顔の再現にこだわりたいところでございます」
「それでしたら、私たち〔アウトローの無法者〕にお任せください。最高品質の焼き型をお作りします!」

 アタマリがドンッ! と胸を張っている。
 すかさず、俺は抵抗した。

「で、でも、そんなにたくさん作ったらアタマリたちが大変なんじゃないの?」
「ユチ様、ご心配なく! むしろ、私たちは仕事が増えて嬉しくてたまりません!」

 その顔は光り輝いている。
 彼らの楽しみを奪うなどという酷いことはできなかった。

「では、これらの特産品は“ユチ・コレクション”として大々的にシリーズ展開していきましょうじゃ! もっともっと生き神様の良さを外の世界に伝えるのですじゃ!」
「「おおお~!」」

 ソロモンさんの発言に、みんな揃って拍手する。
 満場一致もいいところだった。

「ユチ様もよろしいでございますね!? 私めはこれ以上ないほど素晴らしい計画だと思いますが!」
「そ、そうだね……良いと思うよ……」

 うん、いいよ。 
 みんなが楽しければ、もうそれでいいよ。

「ではさっそく、村の者たちにも知らせなければいけませんじゃ!」
「私めがお呼びいたします! 皆さま方~、お集まりくださいませ~!」

 瞬く間に、領民たちが集まってくる。
 結局、俺になす術は一つもなく村の特産品()作りが始まった。


――――――――――――――――
【生き神様の領地のまとめ】
◆ユチ・コレクション
 デサーレチの特産品として作られる品々。
 現時点で確認できるのは、ユチの1/6スケールフィギュア(半裸)、ユチ饅頭(表情違いで3種類)。
 どちらもユチの再現度が非常に高い。
 今後、何が増えるかはお楽しみ。
「さっ、ユチ様! 次は剣を構えるポーズでお願いします!」
「あ、あの、もう疲れたんですけど……」
「何をおっしゃいますか。まだまだこれからでございますよ」

 その日は珍しくマッサージをされていなかった。
 だが、半裸だ。
 ルージュがしきりに俺の体をスケッチしている。
 何でも、フィギュア製作の設計図なんだそうだ。
 結局、カッコいい衣装などは微塵もなく、俺の半裸フィギュアが作られることになってしまった。

「な、なぁ、やっぱりフィギュアは止めようよ。誰も俺の人形なんか欲しくないって。ましてや裸のなんてさ……」
「いいえ、私めは200体ほどいただきたく存じます」

 フィギュア所望の数が著しく増えていた。
 ルージュは嬉々としてスケッチを進めていく。
 チラッと見えたが、とんでもなく上手かった。
 まるで俺がそのまま紙に入っているかのようだ。
 ということは、非常に精工なフィギュアが出来てしまうということだ。

「せめて、もう少しデフォルメした感じにしようよ。俺だとわからないくらいに……」
「お断りいたします」

 わかってはいたが、ピシリと断られてしまった。
 そういえば、アタマリたちは量産するとか言っていたよな。
 つまり、村中に俺の分身的な小型フィギュア(半裸)が置かれかねない。
 ま、まずいぞ、何とかしなければ……。
 また偉い人が来たときにどう説明すればいいのだ。
 王女様とか来たらさすがにヤバい。
 まぁ、絶対に来ないだろうけど。

「ユチ様! 失礼いたします!」
「うわぁっ!」

 突然、アタマリたちが入ってきた。

「ど、どうしたのかな?」
「村の素材の加工を鍛錬したく、様々な装備品をお造りいたしました! ぜひ、見ていただけませんか!?」
「装備品を造ったの?」
「はい! ユチ様のフィギュアをお造りするまでに、少しでも鍛冶能力を高めておきたかったのです!」

 アタマリたちの目は、見たこともないほど光り輝いている。
 今さら止めることなど不可能だった。

「いや、ほら、そんな気合い入れてくれなくていいからね……」
「では、さっそく俺たちについてきてください!」

 このままだと、また裸で連れ出される。

「わ、わかった! 服を着るから、ちょっと待ってくれ!」
「私めのスケッチは終わっておりませんので、そのままでいてくださいませ。装備品をチェックしながらスケッチを続けさせていただきます」
「か、勘弁してくれ~!」

 裸のまま連れて行かれると、村の真ん中に装備品が山積みになっていた。

「こ、これ……全部、アタマリたちが造ったの?」 
「はい! 全身全霊で造らせていただきました!」

 俺たちの目の前には、恐ろしいほどまでに強いアイテムが置かれていた。

「ワシも少~しだけアドバイスしたじゃよ~」
「うおおおっ、ソロモンさん!」

 いつの間にか、ソロモンさんが俺の後ろに立っていた。
 びっくりしたなぁ、もう。
 それにしても、この装備たちはすごいぞ。


<ゴーレムの金剛剣>
レア度:★10
 <ゴーレムダイヤモンド>から製造された剣。同レベルの素材から造られた装備でないと受け止めることすらできない。

<魔法対無敵鎧>
レア度:★9
 <リフレクティング・マジカルシェル>と<プラチナ砂金>が混ぜられている鎧。シェルと砂金の破片は、鎧の中で流動性を持つ。自動的に魔法の反射と無効化を行う。物理的な耐久力も超一級品。

<大賢者の杖・量産タイプ>
レア度:★8
 伝説の大賢者ソロモンが使用する杖を参考に製作された。<ウィザーオール魔石>が含まれている。魔力が少ない者でも、この杖を装備することで大賢者の8割ほどの力を出せる。

<ポータブル式バリスタ・試作タイプ>
レア度:★7
 個人での使用と持ち運びが可能とされたバリスタ。弾性力を増幅する魔法が込められている。僅かな力でも地面を大きく抉るほどの射出力を誇る。

<自動飛行のからくり馬車>
レア度:★9
 <フローフライト鉄鉱石>から造られた浮遊できる馬車。<永原石>も使われているので、動力の補給は半永久的に不要。これを元に、空を飛ぶ城の設計が進められている。


「す、すげえ……どれもこれも、王国騎士団のレベルを遥かに超えているぞ」
「これだけ武器や防具があれば、敵襲があっても問題ないと考えられます」

 さすがは、元Aランク盗賊団といったところか。
 アタマリたちの鍛冶スキルは王国でもトップクラスかもしれないな。
 シンプルな装備が多いので、領民たちでも扱いやすそうだ。 
 だがしかし……。

「俺の顔が描いてあるのだが……」

 剣にも鎧にも、全ての装備品に俺の顔が刻印されている。

「はっ! むしろ、そこに一番こだわりました!」

 おまけに、刻印はうっすらと光っている。
 きっと、これもまた特殊な技術が込められているのだろう。
 もはや、俺にはどうすることもできなかった。

「そのうち、空を飛ぶ城や巨大なゴーレムなど、古代世紀の文明が復活するかもございませんね」
「ハハハ、ルージュは何を言ってるのよ。それはさすがにないって。色んなすごい人たちが失敗しまくっているのに」

 古代世紀の復活なんて聞いたこともない。
 文献自体はわずかながらも残っているから、それを頼りに復活を試みた人はたくさんいるらしい。
 だが、失敗の嵐だ。
 そもそも、必要な超激レア素材が全く手に入らないのだから。
 例えゲットできても、今度はとんでもなく優秀な人材を幅広く大量に集めなけらばならない。
 そんな土地がどこにあるのだ。
 ルージュは何でもできる代わりに冗談が下手らしいなぁ、ハハハハハ。

――――――――――――――――
【生き神様の領地のまとめ】
◆デサーレチの装備品“ユチ・シリーズ“
 村で採れた素材を元に製造された装備品。
 全てレア度が★7以上という驚異のアイテム群。
 共通して、ユチの顔が刻印(うっすらと光る)されている。
 今後、何が増えるかはお楽しみ。
「早くしろぉぉぉ! お茶会に遅れたらどうするんだぁぁぁ!」

 今から大事なお茶会だというのに、使用人はちんたらしている。

「し、しかし、本当に出席なさるのですか? クッテネルング様は招待されてないはずでは……それに、お身体の具合が……!」
「うるさいぃぃぃ! 僕ちゃまの言う通りにしろぉぉぉ! 馬車の準備をするんだぁぁぁ!」
「も、申し訳ございません!」

 僕ちゃまが怒鳴りつけると、使用人は慌てて出て行った。
 今日はバロニール男爵家でお茶会が開かれると聞いた。
 招待状はもらっていないが、僕ちゃまは参加できる資格は十分に持っている。
 何と言っても、名誉あるサンクアリ伯爵家の次期当主だからね。 

「さっさと馬車を出せぇぇぇ、このノロマァァァ」
「……承知いたしました。チッ、このデブキノコジュニアがよ」
「何か言ったかぁぁぁ」
「いえ、何でもございません!」

 僕ちゃまが催促して、ようやく馬車が動き出す。
 これから楽しみに待っていた貴族のお茶会だ。
 まぁ、お茶会とは名ばかりに良い結婚相手がいないか探す会だね。
 エフラルちゃんに婚約破棄された傷もだいぶ癒えてきたから、新しい婚約候補を探すのだ。
 だけど、楽しみな反面、心配なこともあった。

――僕ちゃまはモテるからなぁ。
 
 女の子が僕ちゃまを取り合って喧嘩でも起きたらイヤだな。
 結婚できるのは一人だけだし。
 いや、父ちゃまみたいに結婚してからも関係を持てばいいか。
 まったく、モテる男は辛いなぁ。

「デブキノコジュ……クッテネルング様、お屋敷に着きました」

 少しばかり走って会場に着いた。
 貴族向けの馬車がたくさん並んでいる。
 どんなかわいい子がいるのか想像すると胸が高まるぞ。
 屋敷に歩いていくと、初老の執事が出てきた。
 
「いらっしゃいませ。あなたはどちら様でいらっしゃいますか? ……って、瘴気が!」

 僕ちゃまを見て、鼻を押さえている。
 サンクアリ伯爵家に向かって、なんて偉そうなヤツなんだ。

「僕ちゃまはサンクアリ伯爵家のクッテネルングだぁぁぁ! そこをどけぇぇぇ!」
「ク、クッテネルング様ですって!? しょ、招待状の方はお持ちでしょうか!?」

 執事は手で顔を覆っている。
 いい加減にその不敬な態度を直せ。
 
「あるわけないだろぉぉぉ! サンクアリ伯爵家の方が偉いんだぁぁぁ!」
「お身体の具合が悪いようですし、お引き取りいただけますでしょうか……!?」

 進もうとするが、入り口にいた執事が立ちはだかる。

「うるさいぃぃぃ。僕ちゃまに指図するなぁぁぁ。貴様の評判を下げてやってもいいんだぞぉぉぉ」
「あっ、クッテネルング様! ……ぐっ、瘴気がすごくて近寄れない!」

 執事を押しのけずんずん進む。
 庭を進んでいくと、テラスに座っている女の子たちが見えてきた。
 3、4人くらいで集まって、ドレスを見せあっていた。
 
「そちらのドレスはどちらで買われましたの? 花柄の刺繍が素晴らしいでございますわ」
「フォックス・ル・ナール商会の新作ですことよ。一番お気に入りですの」
「最近はフリル少なめのデザインが流行っているそうですわね」

 なんと、エフラルちゃんがいた。
 端っこに座って、ころころ笑っている。
 いつ見ても可愛いじゃないか。
 いや、他の子達もみんな美人揃いだ。
 僕ちゃまを呼ばなかったのは、やっぱり取り合いになってしまうからだろうな。
 そして、少し離れた木の近くに男どもが数人いた。
 まったく、邪魔なヤツらだな。

「エフラル様、あちらの立派な殿方がチラチラ見ていますわよ。エフラル様とお話したいのではなくて?」
「ハンサリム子爵家のご長男、クルード様ではありませんか。お話されてはいかがでしょうか? エフラル様も気になっているんでしょう?」
「そ、それは……」

 エフラルちゃんは顔を赤らめ下を向いてしまった。
 具合が悪いのだ。
 早く僕ちゃまのキスで治してあげなきゃ。

「エフラルちゃんんん、また会えて嬉しいねぇぇぇ」

 エフラルちゃんは僕ちゃまを見ると固まった。
 大きな丸い目をさらに見開いている。
 きっと、僕ちゃまを差し置いて、他の男と仲良くしているところを見られてしまったと思っているんだろう。
 
「大丈夫だよぉぉぉ、僕ちゃまは優しいからねぇぇぇ」

 僕ちゃまは両手を広げて走り寄る。
 いっそのこと、みんなを愛してあげるよ。

「「ぎゃあああ!!」」

 僕ちゃまの姿を見たとたん、みんなが一斉に逃げ出した。

「だ、誰か助けてー! 気持ち悪いー!」
「じいや! じいやー!」
「瘴気まみれの男性が近づいてくるわー!」

 わき目もふらず、一直線に逃げて行く。
 
「待ってよぉぉぉ、どうして逃げるのさぁぁぁ?」

 追いかけていると、エフラルちゃんが転んでしまった。
 膝から血が出ている。
 大変だ、僕ちゃまの唾で消毒してあげないと。
 舌を伸ばして顔を近づける。

「いやーーーー!!」
「エフラルさん! 私の後ろに!」

 と、そこで、男が立ちはだかった。
 僕ちゃまの目の前で両手を広げている。

「貴様は何だぁぁぁ。今すぐそこをどけぇぇぇ」
「私はハンサリム子爵家のクルードです! あなたこそいきなりなんですか! 招待状もなしにやってきて! みんなイヤがっているんですよ!」
「なんだと、このぉぉぉ! サンクアリ伯爵家に向かって、その偉そうな態度はなんだぁぁぁ!」

 怒鳴りつけていると、バロニール男爵家の衛兵が走ってきた。

「おい、貴様はなんだ……うっ、すごい瘴気だ!」
「このままじゃ、ここも汚染されてしまうぞ!」
「今すぐ屋敷から追い出せ! ……ぐっ、瘴気が!」

 使用人が謝りながら僕ちゃまをひきずっていく。
 
「すみません! すみません! 本当にすみません!」
「離せぇぇぇ、どうして僕ちゃまが悪者になっているんだぁぁぁ!」

 押し込まれるように馬車に詰め込まれ、サンクアリ伯爵家に帰ってきた。

「デブキ……クッテネルング様! さすがにあれはまずいですよ!」
「なんだとぉぉぉ!? 貴様ぁぁぁ、僕ちゃまに逆らうのかぁぁぁ!」
「うわぁっ! 瘴気の唾が飛んでくる!」

 使用人は大慌てで逃げて行った。

――クソ兄者のせいで、色んな女の子に嫌われたじゃないかぁぁぁ! もう許さんぞぉぉぉ!

 僕ちゃまは古のドラゴン復活に関する書物を集めまくる。
 偉大なスキル<ドラゴンテイマー>があれば、古のドラゴンですらテイムできるはずだ。
 どうやら、復活には色んなレア素材が必要なようだった。
 だが、何の問題もない。
 どれもこれも、サンクアリ家の資産を使いまくれば容易く手に入る。
 よし! 絶対にクソ兄者を葬り去ってやるぞ!
「す、すみません……どなたか……いらっしゃいますか……ぐっ」
「「だ、誰か……」」

 ルージュにマッサージ兼スケッチされている時だった。
 村の入り口で誰かの声が聞こえてくる。
 また来客だろうか。
 だが、様子がおかしい。
 とても苦しそうな声だ。

「なんかヤバそうだぞ。怪我人かな」
「急ぎましょう、ユチ様」
「わ、わかったから、服をっ……!」
「そんな時間はございません」
「ちょっ、待っ」

 半裸のまま引きずられていく。
 急いで村の入り口に行くと、冒険者パーティーがいた。
 全部で4人だ。
 みんなボロボロで疲れ切っている。
 
「あ、あの、どうしました? 大丈夫ですか? 俺は領主のユチ・サンクアリと言いますが……」

 先頭にいたリーダーらしき人に話しかけた。
 眩しいくらいの金髪に、明るいブルーの目が印象的だ。
 冒険者なのは間違いないだろうが、良いところのお坊ちゃんって感じもする。
 同い年に見えるが、俺より大人っぽい。

「と、突然、申し訳ありません……僕たちは冒険者パーティー〔キングクラウン〕です」
「え!? 王国でもトップクラスに強いと言われるSランクの……!」

 〔キングクラウン〕はオーガスト王国の勇者パーティーだ。

「そして、ぼ……僕はブレイブ・グロリアスと申します」
「ということは、あなたが勇者のブレイブさんですか?」
「は、はい、そうです……」
 
 すげえ、本物の勇者だ。
 初めて見たぞ。
 しかも、グロリアス公爵家と言ったらオーガスト王国の三大名家の一つだ。
 
「俺は……大剣使いのラージスだ」

 黒い短髪で筋肉ムキムキの男性が名乗る。
 この人も全身が傷だらけだ。
 背中に担いだ大きなソードも刃こぼれしてしまっている。

「アタシは……女拳闘士のボクセルよ」

 隣にいるのは、紫色のショートヘアの女性。
 ラージスさんほどじゃないが、こちらも筋肉質だった。
 身体に切り傷がいっぱいだ。

「私は……魔法使いのウツニと申します」

 さらに隣にはグレーの長い髪の女性。
 立派な杖を持っていたが、先っぽの方が折れてしまっていた。

「皆さん、ボロボロじゃないですか。さっ、早く村に入ってください。ルージュ、デススワンプにご案内しよう」
「承知いたしました」
「森の方に、怪我に良く効く沼があるんですよ。沼と言っても、温かいお湯ですから安心してください」
「か、かたじけない」

 俺たちはブレイブさんたちを、デスドラシエルの森へ連れていく。

「僕たちは修行の旅に出ていたのですが、強敵との連戦が続きまして……魔王軍の配下との戦闘などもあり辛くも勝利したのですが、心身ともに限界を迎えてしまったのです。おまけに、道に迷ってしまいましてね。どうしようかと思っていたところ、こちらにたどり着いたのです」
「そりゃまた大変でしたね」

 荒れ地の方には強いモンスターが多い。
 魔王軍の配下なんていったら、なかなかに大変だったろう。
 やがて、デススワンプに着いた。
 ほかほかと温かい湯気が立っている。
 ブレイブさんたちはびっくりしていた。
 
「レ、レア度10!? なんてすごい沼なんだ……」
「ここに入っていると、怪我が治っていきますよ。まずは、ゆっくり休んでください」
「ユチ様の成分も入ってございますよ!」
「そ、それは言わなくていいからね!」

 いつの間にか、ルージュは着替えとかタオルとか色々用意していた。
 ここは彼女に任せて、一度家に帰る。
 ようやく服を着れるぞ。
 と、思ったら、俺の服がなかった。
 ルージュがどこかにしまってしまったらしい。

「お、おい、どこにあるんだよ。せっかく裸から解放されると思ったのに」

 探していたらルージュが戻ってきた。

「ユチ様、皆さま上がりました。今は、向こうの屋敷でお食事の準備をしております。どうぞ、ユチ様も来てくださいませ」
「わかった、すぐ行くよ。ところで、俺の服がないんだけど、どこにしまったの?」
「皆さまお待ちでございます。さあ、参りましょう」
「た、頼むから、服を着させてくれ~い」

 結局、半裸でブレイブさんたちのところに行く。

「ユチ殿、本当にありがとうございました。おかげさまで、元気が回復しました。怪我も完治しております。こんな素晴らしい土地は初めてです。しかも、鍛冶職人の方々が装備を修理してくださるとのことで……お礼のしようもございません」

 ブレイブさんたちが丁寧にお辞儀する。
 テーブルの上には、お馴染みの作物や魚なんかが並んでいる。
 ちょっと心配していたが、俺の半裸フィギュアは置いていなかった。
 どうやら、まだ試作品しか出来ていないようだ。
 量産体制に入るのはまだまだ先になりそうだな。
 ああ、良かった。
 と、そこで、ルージュが嬉しそうに丸い何かを持ってきた。
 ま、まさか……。
 
「どうぞお召し上がりくださいませ。特産品の“ユチ様饅頭”でございます。中の具材はこちらで採れた食材を使っております。表情違いで3種類ございますので、お好みの物をお召し上がりくださいませ」

 俺の顔が描かれた例の饅頭だ。
 どっさり持ってきた。
 こっちの焼き型は完成してしまったようだ。

「おお、美味しそうなお饅頭ですね! いただきます!」
「俺はこんなに美味いもん食ったことねえや!」
「アタシもこれ、気に入ったよ!」
「食べるだけで元気が出るようですわ!」

 みんなは美味しそうにバクバク食べる。

「ユチ様もお召し上がりくださいませ」
「う、うむ……」

 ルージュがグイグイ薦めてくる。
 仕方がないので、俺は微妙な気持ちでかじった。
 なんか、共食いしている気分になるのだが。
 意外と美味かった。
 そのうち食事も終わり、ブレイブさんが静かに切り出した。

「ユチ殿、あなた様は僕たちの恩人でございます。あなたに出会えなければ、今頃どうなっていたかわかりません」
「いやいや、困っている人がいたら助けるのは当たり前ですよ」
「それで、こちらの素晴らしい土地は何という場所なんですか?」
「あ、デサーレチです」

 何となく予想はしていたが、ブレイブさんたちは固まる。

「そ、それは誠ですか!? あらゆる苦しみがはびこっているという……あのデサーレチですって!?」
「足を踏み入れただけで体が溶けてなくなるという、あのデサーレチだと!?」
「死神の住処というウワサの、あのデサーレチ!?」
「魔王領よりはるかに劣悪でこの世の掃き溜めと言われている、あのデサーレチなんですの!?」

 みんなわあわあ大騒ぎだ。
 さりげなくルージュを見たが、やはりピキっていた。
 相手が勇者パーティーでも容赦なしだ。

「ユチ様! 頼まれていた装備の修理が終わりました!」

 ちょうどいいタイミングで、アタマリがやってきた。

「ありがとう、じゃあこちらの方々にお渡しして」
「こ、こんなすぐに修理ができるのですか!? しかも、前よりさらに強い装備になっているじゃないですか!?」

 ブレイブさんたちが驚いていると、ソロモンさんもやってきた。

「生き神様~、ちょっとよろしいですかの~。フィギュア製作でお聞きしたいところがあるんじゃが」
「「えええ!? 伝説の大賢者、ソロモン様までいらっしゃるのですか!?」」
「おや、これは〔キングクラウン〕とな。また珍しい来客じゃ。ここは良いとこですじゃよ~。後で転送してしんぜようの。魔法札もあるじゃよ」
「「!?」」

 ひとしきりりわいわいしたところで、勇者パーティーは王都へ帰るということになった。

「ユチ殿、本当にありがとうございました! この御恩は一生忘れません! こんな素晴らしいお土産の数々までいただいて、お礼のしようもないです!」

 ブレイブさんたちは、デサーレチの素材をたくさん持っている。
 俺の饅頭も。

「あ、あの、やっぱり饅頭はいらないんじゃ……」
「何をおっしゃいますか、ユチ殿! 今から王都のみんなに配るのが楽しみですよ!」
「は、はあ……」
「<エンシェント・テレポート>! この者たちを王都に転送せよ!」
「「本当にありがとうございました! またお会いしましょう!」」

 ということで、ブレイブさんたちは王都に転送されていった。
 なぜかルージュは悔しそうな顔をしている。

「ど、どうしたの?」
「ユチ様のフィギュア製作が間に合わなかったことが悔しくてなりません!」

 それに合わせて、ソロモンさんやアタマリまで悔しがり出した。
 
「生き神様の素晴らしさを皆に伝えるチャンスが……!」
「私は自分の不甲斐なさが申し訳ないです!」
「そ、そんなに真剣にならなくていいですからね……」
「さあ! フィギュアの量産体制を早く整えましょう!」 
「「おおお~!」」
 
 結局、すごい勢いでフィギュア製作が始まってしまった。
 

◆◆◆(三人称視点)


 王都に戻ったブレイブたちは、晴れ晴れとした気持ちだった。
 デサーレチという豊かな土地のおかげで、無事に王宮へ帰ってこれたのだ。
 もしユチたちに出会わなければ、彼らは死んでいたかもしれなかった。
 魔王領の様子を探ってくるという、重要な任務も達成できなかっただろう。

「僕たちも、もっと修行しないといけないな」

 ブレイブの言葉に〔キングクラウン〕も頷く。
 彼らは任務報告とともに、デサーレチとユチの素晴らしさを国王と王女へ事細かに話す。
 どこから漏れ出たのか、彼らの話はサンクアリ家の耳にも入るのであった。
 そしてその夜、王女がこっそり城を抜け出したことは誰も知らなかった。
「さて、次は盾を構えるようなポーズで……」
「も、もう勘弁してくれ~」
 
 相変わらず、半裸スケッチされている時だった。

「ユチ様! フィギュアが完成しましたよ!」
「生き神様に瓜二つじゃ!」
 
 バーン! と扉が開けられ、アタマリとソロモンが入ってきた。
 いつの間にか、俺のプライベートは欠片も残さず消え去ってしまった。

「では、こちらのテーブルにセッティングいたしましょう」
「承知しました!」
「ワシも手伝うじゃよ!」

 みんなは楽しそうに人形を並べていく。
 
「「おおお~!」」

 パチパチパチと拍手が響き渡る。
 ルージュが嬉しそうに話しかけてきた。

「ユチ様、ご感想はいかがでしょうか?」
「う、うん……良くできてるね……本当に」

 目の前のテーブルには、男の半裸フィギュアが並んでいる。
 どこかで見たような顔だった。
 <ゴーレムの金剛剣>らしきソードを構えているヤツ……。
 <大賢者の杖・量産タイプ>っぽい杖を持っているヤツ……。
 膝を抱えて座っているヤツ……。
 というか、全部俺だ。
 めっちゃ精工にできていて、俺がそのまま1/6の大きさになったみたいだ。

「俺たちの持てうる全ての力を使って、お作りいたしました! お気に召していただけましたか!?」
「ワシはこれ以上ないほど素晴らしい出来だと思いますがの! どうですじゃ、生き神様!?」
「私めは感動して言葉もございません」

 みんな、それはそれは晴れやかな顔をしている。
 大仕事をやり遂げた感でいっぱいだった。

「量産体制も完了し、すでに村中へ配置いたしました! ぜひ見てください!」

 アタマリが興奮した様子で喋る。

「え……」

 絶望した気持ちで家から出る。
 そこかしこに、俺の半裸フィギュアが鎮座されていた。

「そして、このフィギュアは魔力を込めれば動きます!」

 アタマリの言葉に、さらに俺は絶句した。

「……はい?」
「<ウィザーオール魔石>などを砕いて混ぜているので、動かすことができるのです! やってみますね! それ!」

 アタマリが魔力を込めると、フィギュアが動き出した。
 小さくなった俺が裸で踊っているみたいだ。

「「おおお~!」」

 一同(俺以外)、歓喜。

「そのうち、<フローフライト鉄鉱石>なども使って、空を飛べるようにもしましょう!」
「それは素晴らしいアイデアでございます。私めも協力いたします」
「そうじゃ! 村の者たちにも知らせようぞ!」

 みんなが盛り上がっている中、俺は色々諦めていた。
 せめて、服を着たバージョンが作られることを祈る。

「すみませーん。こちらに素晴らしい土地があると聞いてきたのですが、どなたかいらっしゃいませんかー」
「ひ、姫様、お待ちください! もっと慎重に……!」
「大丈夫です。女に大切なのは度胸ですからね」

 入り口の方から、女の人の声が聞こえてきた。
 鈴の音が鳴るような、やけに美しい声だった。

「また来客みたいだ。最近は本当に良く来るなぁ」
「きっと、ユチ様の評判を聞きつけてきたのでしょう」
「ルージュが何を言おうと、今回は絶対に服を着るからね」

 幸いなことに、俺の服はすぐ後ろにあった。
 手を伸ばせば余裕で届きそうだ。

「いいえ、ユチ様。せっかくですので、フィギュアと見比べていただきましょう」
「え? い、いや、ちょっと……タ、タンマ~!」

 半裸のまま引きずられていく。
 来客がチラッと見えてきた。
 お姫様みたいな格好の人と、その侍女みたいなポジションにいそうな人だった。

「な、なんか、王女様っぽい人が来ているんだが」

 屋敷に閉じ込められていた俺でも、王女様の顔くらいは分かる。
 サラサラの銀髪ロングヘアーに、夕日の太陽みたいなレッドの眼。
 くるんとした可愛らしいまつ毛。
 ま、まさか、本物じゃねえよな。
 いや、さすがに違うだろう。
 王女様がどうしてこんなところに来るんだってーの。
 
「あちらにいらっしゃるのは、オーガスト王国のカロライン王女様でございますね。お忍びでいらっしゃったのでしょうか」

 な……に……?
 本物の王女様……だと?
 まずいよ、まずいよ、まずいよ?

「ル、ルージュ、頼むから服を着させてくれ」 
「いいえ、ユチ様の素晴らしさを知っていただく良い機会でございます」
「あっ、ちょっ!」

 あっという間に、カロライン様の前に連れ出されてしまった。
 半裸で。

「こんにちは、突然の訪問失礼失礼します。私はオーガスト王国の王女、カロラインです。あなたが領主のユチ・サンクアリさんですか?」
「は、はい……そうでございますね」

 ……終わった。
 王女様の前に半裸で出てしまった。
 もうこれは監獄行きだな。
 “王女様に裸を見せつけた罪”だ、きっと。

「あの……王宮にいらっしゃらなくて良いんですかね。いないとわかったら、王宮が大騒ぎになると思うんですが……」
「ご心配ありがとうございます。ですが、全く問題ありません。私の分身を置いてきたので」
「え? ぶ、分身……ですか?」
「私はこう見えても、色んな魔法が得意なんですのよ」
「そ、そうなんですか、すごいですね」
「私の分身なので、私にそっくりですわ。まぁ、当たり前なんですけどね。父上もずっと騙されておりますわ」

 カロライン様はウフフフフと上品に笑ってらっしゃる。
 さすがは王女様だ。
 俺より肝が据わっている。
 
「色んな方たちが、あまりにもデサーレチとユチさんの素晴らしさをお話になるので、気になって来てしまったのですわ」
「い、色んな方たちが……ですか?」
「はい。フォックス・ル・ナール商会の会長さんやウンディーネの里からの使者さん、ドワーフ王国のお姫様、オーガスト王国魔法学院の学長さん……最近だと、勇者パーティーの皆さんも話していましたわ」

 いや、マジか。
 みんなデサーレチのことを王女様にも話していたのか。

「私もぜひ見学させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「え、ええ、それはもちろん」

 ということで、カロライン様と侍女を案内することになった。

「これがデスガーデンですね。畑から激レア作物が無限に収穫できます」
「まあ! なんと素晴らしい!」

 カロライン様は口に手を当てて驚いている。
 やがて、領民たちもやってきた。

「生き神様~! またすごい作物が採れましたよ!」
「これも全部、生き神様のおかげですね!」
「俺たちのために、一生懸命領地を良くしてくれて本当にありがとうございます!」

 みんなして、わあわあ嬉しそうだ。

「さ、騒がしくてすみませんね」
「いえいえ、領民に信頼されているのはとても良いことですわ」

 その他、デスリバーやデスマイン、デスドラシエルなどを見せたが、とにかく感嘆していた。
 デススワンプにも入ってもらい、ゆっくり休んでいただいた。
 その都度、領民たちが生き神様~! とやってくるので、少々騒がしかったかもしれなかったな、申し訳ない。
 湯からあがって家に帰り、例の饅頭を食べている時だった。

「それにしても……」

 と、カロライン様は感心したように呟く。

「な、なんでしょうか?」
「ユチさんは、領民から本当に信頼されているのですね。皆さん、ユチさんとお話している時が一番楽しそうですわ。ユチさんのお人形もたくさん並んでいますし」
「は、はぁ、そうなんですかね」

やがて、案内も終わったので、お帰りの時間となった。

「こんな素晴らしいお人形までいただきまして、本当にありがとうございます」

 カロライン様は嬉しそうに俺の半裸フィギュアを抱えている。

「そうだ、良いことを考えましたわ。王宮でこのお人形を流行らせましょう」
「さすがは、カロライン様でございます。これ以上ないほど、素晴らしいお考えでございますね。ぜひ、私めからもお願いいたします」
 
 ルージュとカロライン様はがっしりと握手を交わす。
 互いに心の通じる同志と出逢えて嬉しいようだ。

「それでは、カロライン様。ワシが王都まで転送して差し上げますじゃ。魔法札もあげるから、また来たくなったら破ってくださいですじゃ」
「本当に大賢者のソロモンさんまでいらっしゃるんですね。そんな方まで住んでいるとは、ユチさんの人柄の賜物ですね。ありがとうございます。絶対にまた来ますわ」
「<エンシェント・テレポート>! この者を王都まで転送せよ!」

 ということで、カロライン様は笑顔で転送されていった。

「ユチ様、フィギュア製作の方を急いで進めた方が良さそうでございますね。いずれ、王宮に献上することになるかもしれません」
「ハハハ……そうね……」

 色々疲れて、乾いた笑いしか出なかった。 
 

◆◆◆(三人称視点)


 王宮に戻ったカロラインは、こっそり部屋に入った。
 
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ただいま帰りましたわ、分身さん」

 魔法を解除してベッドに横たわる。

「それにしても、本当に魅力的な方でしたわね」

 カロラインはユチフィギュアを撫でながら呟いた。
 死の荒れ地と知られていたデサーレチをあそこまで発展させるなど、誰にでもできることではない。
 土地の豊かさもそうだが、何よりユチが領民たちから信頼されていることに感動した。
 そして、カロラインはユチが追放された経緯もある程度知っていた。

「デサーレチに追放されたら、逃げ出したく思うのが普通でしょうに……それをあの方は逃げずに領主として発展させたのですよね」

 そうなのだ。
 彼は決して領民たちを見捨てようとしなかった。
 カロラインはその姿勢に感嘆していた。

――ユチさんこそ、この国の次期国王にふさわしいのかもしれませんね。

 フィギュアの方は、お気に入りのポーズは大切に取っておくとして、王宮の令嬢や侍女たちにも見せてあげよう。
 そして、ユチフィギュアは王宮内で密かに流行していくのであった。
「ゲホオオオオ……早く次のポーションを持ってこいいいい! ……ハアハア」

 相変わらず、ポーションやら薬やらが全く効かない。
 もはや、身体強化のポーションで無理やり体を動かしていた。
 一瓶50万エーンの物を一日5、6本のペースで飲んで、ようやく身体が少し動かせる。
 ものすごい勢いでサンクアリ家の資産が減っていく。
 そろそろ、笑い飛ばせなくなってきたぞ。
 こうなったら、使用人の給金を延期するしかない。
 先月も未払いだったが、払えない物は払えない。

「「エ、エラブル様……今月のお給金をまだ頂いていないのですが……というか、先月のお給金はいつ頂けるんでしょうか……」」

 そう思った瞬間、使用人どもがぞろぞろやってきた。
 今月の支払い日から2週間ほど経っている。

「こ、今月の給金も無しだあああ! 来月にまとめて渡すううう!」
「「そ、そんな……!」」

 使用人たちはガーン! と衝撃を受けた。
 と、思いきや、いっせいに突っかかってきた。

「困ります、エラブル様! 毎月頂かないと生活できません!」
「子どもたちのご飯を作ってあげられませんよ!」
「お願いですから給金を払ってください! このデブキノコ!」

 使用人どもが私を取り囲む。
 とんでもない悪口を言われた気がするが、体調不良と人の圧でそれどころじゃなかった。

「「黙れえええ! 黙れえええ! 黙れえええ! 私に対して口答えをするんじゃないいいい!」」
「「うわあっ! 瘴気が!」」

 一斉に使用人どもは後ずさる。
 ふんっ、このザコどもが。
 この私にたてつこうとするな。
 すると、使用人の一人が恐る恐る紙を渡してきた。
  
「エ、エラブル様……フォックス・ル・ナール商会から請求書が届いておりますが……」
「ぬわぁにいいいい!」

 使用人から紙の束を奪い取る。
 気絶しそうなほど、高い金額がびっしり書いてあった。
 

<古代世紀の儀礼箱>
レア度:★8
 古代世紀で特別な儀式の時に使われていたとされる小さな箱。古のドラゴンを復活させるのに必要。クッテネルングは300万エーンで購入した。

<エンシェントドラゴンの血>
レア度:★9
 古のドラゴンと呼ばれるエンシェントドラゴンの血。古代世紀で誰かが採取した。小ビンに保管されている。クッテネルングは700万エーンで購入した。

<エンシェントドラゴンの逆鱗>
レア度:★10
 古代遺跡より発掘された大変貴重な素材。クッテネルングは2000万エーンで購入した。


 知らないうちに、フォックス・ル・ナール商会からレア素材を大量に買っていた。

「いったいこれはなんだああああ!? 誰がこんなに買ったのだあああ!」
「デブキノコジュニア……ではなく、クッテネルング様です!」
「なんだとおおおお!? クッテネルングウウウウ、どこにいるんだああああ! 出てこいいいい!」

 怒鳴りつけると、クッテネルングがフラフラしながらやってきた。

「なんだよぉぉぉ、父ちゃまぁぁぁ」
「この請求書はなんだああああ!」

 目の前に紙の束を叩きつける。
 クッテネルングはバツが悪そうに目を逸らした。
 私はボカりと殴りつける。

「この愚か者おおお! こんな大金を使い込みおってええええ!」
「いたぁぁぁ! なんで殴るんだよぉぉぉ!」

 クッテネルングはびーびー泣いていた。
 ポーション代やら何やらで、今すぐ3000万エーンなど払えん。
 ツケにするしかない。

「どうしてこんな物を買ったのだあああ!」
「そ、それはぁぁぁ、古のドラゴンを復活させるためだぁぁぁ」
「なにいいいい?」
「僕ちゃまの<ドラゴンテイマー>でテイムして、クソ兄者に復讐してやるんだよぉぉぉ。あいつのせいで僕ちゃまは女の子たちから嫌われたんだぁぁぁ」

 クッテネルングはジタバタ足を踏み鳴らしている。
 こいつもゴミ愚息に復讐したいのか。
 ふむ……。 
 〔ジェットブラック〕を送っているから、ユチの死は確定だ。
 だが、万が一のこともある。
 念のため、更なる策略を用意しておいてもいい。
 
「エ、エラブル様……」
「今度はなんだあああ!」

 また使用人がきた。
 何度追い払ってもやってくる。
 こいつらはグールか。

「王宮からの使者がいらっしゃってますが」
「な、なんだとおおお」

 オーガスト王国の貴族は、定期的に王様へ領地の報告をすることになっている。
 そういえば、今日がその日だった。
 ゴミ愚息の嫌がらせを考えていたら、すっかり忘れていた。
 ぐっ……まずいぞ。
 そうだ。
 
「体調不良で行けないと伝えておけええええ!」

 体調が悪いのは事実なのだから、別に問題はないはずだ。
 よし、とりあえず今回は誤魔化そう。

「で、ですが、前回の報告の時も体調不良だと仰られていたような……」

 使用人の言葉に私は固まる。
 しまった。
 そうだった。
 税金を重くしたばかりだったから、前回も体調不良だと断っていたのだ。
 何度も何度も休んでいると、領地経営の適正が無いと判断される。
 領地の没収……ゆくゆくは爵位まで取り上げられる危険まである。

「ぬうううっ……ぐうううっ……」
「エラブル様、早くしないと使者の方がお帰りになってしまいます」
「黙れええええ、そんなことわかっておるわあああ!」

 対策を必死に考える。
 そうだ。

――デサーレチのウワサを確かめる良い機会かもしれないぞ。

 もし、ウワサがウソならば……。 
 私はニタリとほくそ笑む。
 ウソの話を広めたとして、ユチを陥れてやる。 
 万が一にも、〔ジェットブラック〕が失敗することはあり得ないが、念には念を入れておこう。
 ゴミ愚息の逃げ場を完全に無くしておいてやる。
 いや、むしろ……。

――クソユチを詐欺師ということにしてしまおう。

 例えユチがウソを吐いていないとしても、そんなことは後からどうとでもなる。
 よし、筋書きは完璧だ。
 やはり、私は頭が良いのだな。
 
「使者には先に行けと言っておけえええ! お前は馬車を用意するんだああああ!」
「承知いたしました……デブキ……エラブル様」

 適当に準備したら、さっそく馬車に乗り込む。

「デブキ……エラブル様、資料などはご用意しなくてよろしいのでしょうか?」
「黙れえええ! この私に口答えするのかああああ! さああああ、さっさと馬車を出せええええ!」
「わ、わかりました! ……クソッ、絶対に復讐してやるからな」
「なんか言ったかあああ!」
「いえ! 何でもございません!」
 
 王様と王女様の前でユチの化けの皮を剥がしてやる。
 そうすれば、あいつはもうおしまいだ。
 デサーレチでのたうち回って死ぬがいい。
 私は明るい気持ちで王宮へ馬車を走らせた。
「エラブル様、王宮に着きました」
「よしいいいい。そのまま進めええええ」
  
 王宮の門を過ぎ、城内に入る。
 オーガスト王国では爵位によって、王族との距離が決まっている。
 直に室内で謁見できるのは公爵家くらいのものだ。
 サンクアリ伯爵家と言えども、バルコニー越しに謁見するのが精一杯だった。
 少し進むと小さな広場に着いた。
 今日は、ここで領地の報告をするのだ。

「お前はここで待っていろおおおお」

 馬車から降りて歩を進める。
 さて、どんなことを言ってゴミ愚息を陥れてやろうかな。
 そうだ。
 この際だから、サンクアリ伯爵家の諸々の出費もあいつに肩代わりさせてしまおう。
 考えていたら楽しくなってきたぞ。

「失礼ながら、貴殿を通すわけにはいきません! お引き取りください!」

 広場へ向かっていたら、いきなり衛兵たちが立ちはだかった。
 槍を交差して私の行方を阻む。

「なんだ、貴様らはあああ! 私はサンクアリ伯爵家のエラブル様だぞおおお! 道を開けろおおおお!」

 衛兵たちを思いっきり怒鳴りつける。
 男爵家や子爵家との違いを見せつけてやるのだ。

「瘴気まみれの輩を王宮に招き入れるわけにはいきません!」
「なにを言っているのだあああ! ふざけたことを抜かすなあああ!」
「あなたの身体にたくさんくっついているじゃないですか! ほら、そこにも!」
 
 衛兵は揃って私の肩を指す。
 もちろん、そこには瘴気は愚か何も乗っかっていない。
 また瘴気うんぬんの話が出てきた。
 こやつらは何を言っているのだ?
 私のような美しい存在に瘴気がくっついているはずがないだろう。

「やはり、あなたには見えないのですね! 心まで瘴気に汚染されているのですよ!」
「貴様らああああ、サンクアリ家に向かってそのような不敬な態度が許されると思っているのかああああ!?」

 私は衛兵たちに掴みかかる。
 こんなところで帰らされたら、それこそ領地が没収されてしまうだろうが。

「「うわぁっ! 瘴気が! ……クソッ、絶対にこれ以上城へ入れるな! 王様と王女様を瘴気男から守るんだ!」」
「誰が瘴気男だああああ!」

 衛兵たちを押しのけようとするが、ヤツらは頑なに動かなかった。
 早く王様に謁見しなければサンクアリ家の、いや、私の評判が落ちてしまうではないか。

「おい、どうした! 何を騒いでいるのだ!」
「なんですか!? 騒がしいですよ!」

 上の方から男と女の厳しい声が聞こえてきた。
 そう、まるで私を叱責するかのように。

「何だとおおお! この私に向かってずいぶんと偉そう……オーガスト王うううう! それに、カロライン様ああああ!」

 バルコニーには王様と王女様が立っていた。
 王様はくすんだ灰色の髪に、切れ長の赤い目をしている。
 服の上からでも筋肉の盛り上がりがわかるので、常に体を鍛えているのだろう。
 王女様はストレートの輝く銀髪に、真紅の瞳がいつも以上に美しかった。
 どちらも鋭い目で私を睨んでいる。
 慌ててひれ伏した。

「これは失礼しましたああああ! まさか、オーガスト王とカロライン様とは思わずうううう!」
「黙れ!」

 王様に怒鳴られ、何も言えなくなった。
 あまりの威圧感に怖じ気づいてしまう。

「やはり、貴様は瘴気を引き寄せる愚か者だったのだな。その姿を見て確信した。瘴気を招き寄せる不吉な館があるというウワサは本当だったようだ」

 な、なに?
 王様まで何を言っているのだ。
 瘴気など、どこにもないではないか。
 そういえば、さっきの衛兵や使用人も似たようなことを……そうだ!
 今こそ、ゴミ愚息を陥れるときだ。

「それは全て私の愚息、ユチ・サンクアリのせいでございます! あいつが家から出て行くとき、何か魔法をかけたに違いありません! そのせいで我が屋敷は……」
「お黙りなさい!」

 今度は王女様に怒鳴られた。

「ユチさんを悪く言うことは、私が許しません! あの方は素晴らしい領主ですよ! ユチさんがどんなに領民のことを考えているのか、領民たちからどれだけ信頼されているか……あなた方は知らないでしょう! 私はデサーレチに直接行き、この目で確認しました!」

 い、いったいこれはどうなっているのだ?
 王様と王女様が二人して、ゴミ愚息の味方をしている。
 いや、それよりも……。

――カロライン様がデサーレチに行っただって!?

 混乱した頭では何が何だかわからなかった。

「そして私たちは、あなたがユチさんを無理やりデサーレチに追放したことも知っています。調べればすぐにわかりますからね。これは不当極まり無い行為です。伯爵家の当主ともあろう者がなんということでしょう。恥を知りなさい」

 心臓が跳ね上がった。
 ユチを追放したことを、王様と王女様に知られている?
 ダラダラ冷や汗をかき、鼓動で耳が壊れそうだ。
 まずいまずいまずい。

「ようやく我が輩も理解した。貴様に領地経営など無理だったのだ。サンクアリ家の領地は、貴様の館以外は全て没収とする」

 王様のセリフに、私は気絶しそうになった。
 りょ、領地の没収だと……?
 館以外は全て……?
 そうしたら……どうやって暮らしていくのだ?
 大量のポーション代の埋め合わせは?
 使用人たちの給金は?
 クッテネルングが買った素材の金は?
 その瞬間、“破滅”という二文字が頭に浮かんだ。
 
――サ、サンクアリ家の“破滅”……?

 有り得ない、有り得ない、有り得ない!
 我がサンクアリ伯爵家は王国でも随一の名家のはずだ!
 それが“破滅”するなど有り得ない!

「お、王様あああ、今一度お考え直しをおおお! どうか領地の没収はあああ……!」
「これから手続きを進めていく。次の満月までに館の瘴気を浄化できなければ、爵位の剥奪まで行うからそのつもりでいろ」

 吐き捨てるように言うと、王様も王女様も帰ってしまった。
 力が抜けてぐったりと座り込む。
 こ、これからどうするのだ?
 衛兵にズルズル引きずられるが、抵抗する気力もなかった。

「さあ、もうお前の時間はお終いだ。王様方は忙しいんだ。さっさと瘴気の館へ帰れ」
「ま、待てえええ……まだ話しはあああ……」
 
 無情にも目の前で門が閉められた。
 私は抜け殻のように馬車に乗る。

「エ、エラブル様……? 領地の没収と聞こえたのですが……給金はお支払いいただけますよね?」

 使用人の問いかけにも答えられなかった。

「クソ無能のゴミデブキノ……エ、エラブル様……? 給金の方は……」
「黙れえええ! いいから、さっさと馬車を出せええええ!」
「か、かしこまりました!」

 私は最悪の気分で馬車を走らせる。
 どうする、どうする、どうする!?
 これはさすがにまずい。
 必死に考えていたら、頭にある男が思い浮かんだ。
 ゴミ愚息のユチ・サンクアリだ。
 そ、そうだ……こうなったのも全部ゴミ愚息のせいだ!
 ユチのせいなんだ!
 もはや、私にはそう思うことでしか自我を保てなかった。
  クソユチめ、〔ジェットブラック〕に無残に殺されるがいい!
 願うように心の中で叫んだ。
「さあ、ユチ様、ご感想をお聞かせくださいませ」
「お、俺がたくさんいるなと思います」

 村の入り口でユチフィギュアの配置を確認させられていた。
 無論、本物との対比を確かめたいとのことで、俺は半裸だ。
 フィギュアたちは、入り口の上にズラリと並んでいる。 
 揃って荒れ地の方を見ていた。
 
「せ、せめて、村の入り口に置くのはやめようよ。どんな村かと思われるか……」
「何をおっしゃいますか。ユチ様の素晴らしさはもっと全面的に押し出すべきでございます」

 フィギュアは無事に量産体制が整ったようで、村の至るところに置かれていた。
 俺にはもうどうすればいいのか見当もつかない。 
 と、そこで、ルージュが険しい顔で荒れ地を見た。

「どうしたの、ルージュ? まさか、荒れ地にまでフィギュアを配置するんじゃ……」
「いいえ、ユチ様。また招かれざる客が来たようです」
 
 荒れ地の方をよく見ると、一人の人間が歩いてくる。
 真っ黒の服に身を包み、風が吹いても顔が見えることはなかった。

「誰だろうね。やたら黒いが」
「おそらく、漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕でございます」
「え!? あのウワサに聞く……」

 どんな仕事でも100%達成すると言われている漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕か。
 まさかデサーレチに来るとは……。
 というか、どんだけ黒が好きなんだ。

「またデサーレチを襲いに来たヤツか」
「ここは私めにお任せくださいませ。ユチ様はこちらでお待ちください」

 ルージュは荒れ地に向かって歩き出す。
 いつの間にか、その両手には短剣が握られていた。
 止める隙もなく、〔ジェットブラック〕に歩いて行く。
 敵も気づいたようで、二人は荒れ地で向かい合う。

「さて、ユチ様の安寧を阻害しようとする者は何人たりとも許しません」
「フンッ、貴様が殺害対象の付き人か。依頼人からは皆殺しにして良いと言われているからな、容赦はせんぞ」

 〔ジェットブラック〕が喋り終わったとたん、その手には黒いナイフが握られていた。
 取り出す仕草さえ見えなかった。
 ピリピリとした空気が張り詰める。
 まさしく、手練れ同士の戦いだ。
 ルージュが勢い良く斬りかかる。

「はっ!」
「遅いっ!」

 ジェットブラックはルージュの攻撃をひらりとかわした。

「ユチ様には絶対に近寄らせません!」

 すかさず、ルージュが短剣をふるう。
 そして、〔ジェットブラック〕はすんでのところで避ける。
 息を呑むような、一進一退の攻防が続く。
 やがて、ソロモンさんやアタマリ、領民たちも集まってきた。

「生き神様、あの黒いヤツは誰ですじゃ?」
「漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕って言ってました」 
「「〔ジェットブラック〕!? こりゃ大変だ!」」

 その名前を聞くと、みんな驚愕していた。
 やはり名の知れた暗殺者らしい。

「ユチ様を襲いに来やがったヤツですね。おい、お前ら、急いで装備を持ってこい!」

 みんな後ろの方で、慌ただしく色んな武器や装備の準備を始める。

「あんなに接近戦をしてたら、援護しようにも難しいぞ!」
「ルージュさんから目を離すな!」
「一瞬の隙をついて援護するんだ!」

 みな、ルージュと〔ジェットブラック〕の攻防を見守っていた。

「はっ! くらいなさい!」
「うぐっ!」

 そのうち、ルージュの回し蹴りが〔ジェットブラック〕の脇腹にヒットした。
 さすがは元Sランク冒険者だ。
 相手が暗殺者だろうが、まったく引けを取らない。
 吹き飛ばされた〔ジェットブラック〕は、ズザザザザッ! と俺の方に転がってきた。
 〔ジェットブラック〕はむくりと起き上がる。
 フードで顔は見えないが、ニヤリと笑っているようだった。

「し、しまった! ユチ様、お逃げください!」

 ルージュが猛ダッシュで走ってくるがとても間に合わない。
 領民たちからも微妙に距離がある。
 急いで逃げようとしたら、つまずいて転んでしまった。
 〔ジェットブラック〕はナイフを掲げる。
 同時に、ヤツの体にくっついている瘴気が苦しみだした。
 村の中に入ってきたからだろう。

「覚悟っ!」
「うおおおお、ヤベぇ!」
『ギギギギギ……キャアアアアアア!』

 とっさに顔を覆って目をつぶる。
 俺の人生もここまでか!
 だが、いつまで経ってもナイフが降って来ない。
 ど、どうした?
 恐る恐る目を開けると、〔ジェットブラック〕がナイフを振りかぶったまま固まっていた。

「な、なんだ?」
「貴様~なんだぁその顔は~私を見るときはもっと笑顔にならんか~」
 
 〔ジェットブラック〕がナイフを投げ捨てて、俺に抱き着いてくる。
 かと思うと、スリスリ頭を擦り付けてきた。

「ナデナデしてくれないと殺してしまうぞ~この愚か者~」
「は? な、なに?」

 いきなりの急展開に理解が追いつかない。
 さっきまでの殺気は消えている。
 上手いことを言ったつもりはないが、本当にそんな感じだった。

――な、なんなんだ、いったい? どうした?

 〔ジェットブラック〕の顔を隠している長いフードをめくる。
 暗殺者とは思えない、プラチナブロンドのド派手な髪が出てきた。
 その髪からはゴールドの瞳が覗いている。

「え……女?」

 あろうことか、〔ジェットブラック〕は女性だった。
 やたら美人で暗殺者っぽさは皆無だ。

「そうだぁ~、我はこう見えても女なんだぞ~」

 くねくねまとわりついてくる。
 
「お、俺を殺しに来たんじゃないの?」
「だからぁ~貴様を殺すのはやめたのだぁ~」
「え? あ、暗殺者は?」
「そんなのもう引退だっつ~のぉ~」

 〔ジェットブラック〕は人差し指で、俺の胸をぐりぐりしてくる。
 円を描くように触ってくるのでくすぐったくてしょうがなかった。
 ソロモンさんたちも唖然としていた。

「きっと、生き神様の聖域で改心したのじゃよ」
「は、はぁ、なるほど……」

 しかし、すごい変わりようだな。

「そ、それで、誰に依頼されたんだ?」
「貴様の父親のエラブル・サンクアリだぁ~」

 いや、マジか。
 また父親かよ。
 俺はもはやため息しか出なかった。
 と、そこで、ルージュがすごい勢いで走ってきた。
 ビリッとジェットブラックを引き剥がす。

「さて、この不届き者を分解しましょう」

 スラリと短剣で斬りかかる……。

「タ、タンマー!」

 慌ててルージュを止めた。
 
「……ユチ様、この者の味方をするのでありますか?」
「そうじゃなくてね! さすがに人殺しはまずいって話で……むごっ!」
「ほらぁ~早くナデナデしろ~」
「離れなさい、このクソ暗殺者」
 
 〔ジェットブラック〕がまとわりついてくるが、ルージュが即引き剥がす。
 みんなは温かい目で見ていた。

「生き神様はモテますの~、ワシの若い頃に似てますじゃ」
「私はユチ様が羨ましいですわ、ハハハハ」

 さっきまでの緊張感は消え失せ、ほんわかした空気が漂っている。
 というか、とりあえず服を着たい。
 二人の美人にベタベタされる裸の男はさすがにまずい。
 
「ユチ様から離れなさい、このクソ暗殺者」
「離れるわけないだろうが~」
「た、頼むから服を着させてくれー!」

 その様子を、ユチフィギュアが静かに眺めていた。


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【生き神様の領地のまとめ】
◆漆黒の暗殺者〔ジェットブラック〕
 どんな依頼(主に暗殺)でも100%達成することで、裏の世界では名を馳せていた。
 黒いナイフが主要な武器。
 戦闘力は極めて高く、ルージュと対等に戦えるほど。
 ユチの作った聖域により改心しふにゃふにゃになる。
 本名はちゃんとあるらしい。