「ここが“デサーレチ”か……ヤベぇな」
「はい、ウワサ通りのクソ土地でございますね」

 しばらく馬車に乗って、俺たちは“デサーレチ”に着いた。
 想像以上に荒れ果てている。
 地面はひび割れ、木々はやせ細り、たまに出てくる動物たちもやせ細っている。
 生命力の象徴である雑草ですら、ぐったりだった。
 そして……。

――瘴気だらけじゃねえか。

 そこかしこに瘴気が這いずり回っている。
 土地が荒れているのもそれが原因だろうな。

「ほ、ほんとにこんなところに村があるのか?」
「はい、それは間違いございません。ユチ様、あちらをご覧くださいませ。小汚い小屋が見られます」

 確かに、向こうの方にチラホラと小屋が見えた。
 しかし、めっちゃボロい。
 息を吹きかけただけで壊れそうだ。
 というか、俺のせいでルージュまで口が悪くなってきた気がする。

「こ、こんにちは。“デサーレチ”の領主になったユチ・サンクアリですが……」

 村の入り口らしきところで声をかける。
 だが、全然反応がない。

――りょ、領民は死んじまったのか……?

 すると、村人に付き添われてヨボヨボの婆さんが歩いてきた。
 背中がめっちゃ曲がっていて、見るからに死にかけだ。
 杖ですら持つのが大変そうだった。
 いや、周りの領民たちも具合が悪そうだな。
 頬はやせこけていて、手足だって棒のように細い。

「ワシは村長のソロモンと申します。旅人の方ですかな? あいにくと、ここには何もございませんが」

 名前を聞いた瞬間、俺とルージュは顔を見合わせる。
 ちょっと待て、ソロモンって。

「もしかして、あの伝説の大賢者のソロモンさんですか?」

 にわかには信じられなかった。
 古の超魔法の使い手として知られる伝説の大賢者だ。

「いかにも、ワシは伝説の大賢者のソロモンですじゃ。今となっては、見る影もないですがの」
「そ、そうだったんですか……俺はユチ・サンクアリです。この度、デサーレチの領主に任命されました。こっちはメイドのルージュです」
「ルージュでございます」

 俺たちは握手を交わす。

「領主様でしたか、これは失礼しました。しかし、死ぬ前に領主様が見られるとは……これでワシも心置きなく逝けるというものです」

 ソロモンさんは、にこぉ……と優しい笑顔になった。
 その顔の周りには、天使の幻覚が見える。
 ソロモンさんは、ゴホゴホッと咳をしていた。
 しきりに胸の辺りを押さえたりと、とにかく具合が悪そうだ。

「あ、あの、体調が悪いんですかね? すみませんね、そんな時に来ちまって」
「気にせんでください。もう残り時間も尽きるってことですな」

 ソロモンさんは達観した様子でハハハと笑っている。
 頼むから残り時間とか言わないでくれ。
 冗談に聞こえないから。
 そのとき、ソロモンさんの背中に何かが引っ付いているのに気づいた。
 見覚えのある黒い塊だ。

――あれ? 瘴気?

 サンクアリ家にいたヤツより、ずっとどす黒い。
 ソロモンさんの体を這いずり回っていた。
 そうか、こいつが原因で体調が悪いのだ。

「では、ワシはそろそろ失礼しますかな。お迎えが来たみたいですじゃ」

 ソロモンさんは心を決めた様子で固まる。
 その顔は怖いくらいに満足気だ。
 天使がソロモンさんの体から魂を引っ張っていく……。

「ちょーっと待ってください!」

 俺は慌ててソロモンさんを掴んだ。
 天使の幻影がパチン! と消える。

「なんですかな、領主様。もう少しでしたのに」
「も、もう少しとか言わないでください! 俺のスキルで瘴気を浄化できるんですよ!」

 ソロモンさんや領民はポカンとした。

「領主様に歯向かうようですが、それは不可能でございます。ワシはこれでも魔法に精通しておりましてな。あらゆる魔法や秘薬を試したのですが、全く効き目が無かったのですわ」
「それがなんとかなるんですよ! 俺は<全自動サンクチュアリ>ってスキルを持ってまして、自分の周りを聖域化できるんです!」

 簡単にスキルのことを説明する。

「そんなスキルが……」
「ですので、俺の近くに来てください」
「は、はあ……」

 俺はソロモンさんを近くに寄せる。
 聖域化できるのは、だいたい両手を広げた範囲くらいだからな。
 さっそく、魔力を込める。

『ギ、ギギギギィ!』

 すると、瘴気が苦しそうに悶え始めた。
 よしよし、いい感じだ。
 と思ったら、ソロモンさんが目を見開いた。
 いや、領民たちも驚いている。

「ま、まさか……どんな魔法でも効き目が無かった瘴気が……こんな簡単に……」

 聖域化するときは魔力を使うが、別に大したことはない。
 今まで疲れることなんか無かったしな。
 俺は淡々と魔力を込める。

――よし、そのまま消えちまえ。

『ギギギギ……キャアア!』

 瘴気が灰のようになり、パラパラと消えていった。
 俺の聖域に耐えられず、浄化されたんだろう。
 ぐぐぐ……と、ソロモンさんの背筋が伸びていく。

「ソ、ソロモンさん、具合はいかがですか?」
「す……すごい……呼吸がとてつもなく楽になりましたですじゃ! 胸の苦しさも無くなったじゃー!」

 ソロモンさんは大喜びして走り回っている。
 ちょ、ちょっと待ってくれ。
 すげえロリ幼女になったんだが。
 顔もツヤッツヤになって、さっきまでの死にかけ婆とはまるで別人だ。
 そして、今気づいたが俺の足元だけ楽園のようになっていた。
 ふんわりとした草が生い茂り、かわいい花が咲いている。

「な、なんだ、これ?」
「ユチ様のスキルによって、大地が聖域化したのです」
「な、なるほど」

 そのとき、荒れ地の方から数匹のゴブリンが走ってくるのが見えた。
 村を襲うつもりらしい。

「ヤ、ヤバい! ゴブリンだ!」
「僕たちを襲う気だ!」
「み、みんな戦いの準備をするんだ!」

 領民たちは慌てて戦闘準備をする。

「ユチ様はお下がりください。ここは私めが……」
「いいえ、ワシにお任せを!」

 ソロモンさんが颯爽と前に出る。

「<古の超魔法・エンシェントギガフレア>!」
『ピギイイイイイ!』

 ソロモンさんが言うと、ゴブリンたちが業火の柱に包まれた。
 空高くまでそびえ立つような、とんでもない大きさの業火だ。
 大きすぎて柱の先っぽが見えない。
 こ、これが古の超魔法かよ。
 あまりにもオーバーキル過ぎる。
 ソロモンさんはマジの大賢者だった。
 業火が静まったとき、ソロモンさんが叫んだ。

「ワ、ワシの力が戻ったじゃー! 領主様! なんとお礼を言えばいいのかわかりませんぞ!」

 ソロモンさんは大喜びで俺の手をブンブン振り回す。

「見ましたか、皆さま! これがユチ様のお力なのです! 神が姿を変え、この地に舞い降りたのです! このお方は生き神様なのです!」

 いつの間にか、ルージュが石の上に乗って演説していた。
 いかに俺がすごいかを、力強く訴えている。
 その顔は充実感溢れた感じで光輝いていた。

「「うおおおおおお! ユーチ! ユーチ! ユーチ!」」

 ルージュに煽られ、領民たちが俺の名前をコールする。
 さっきまでみんな死にそうだったのに、力に満ち溢れていた。

「き、奇跡じゃー! 神が舞い降りた! 領主様は生き神様だったのじゃー!」

 ソロモンさんはテンションが爆上がりで変な踊りを踊っている。

「生き神様! 次は私を浄化してください!」
「その次は僕を!」
「俺もお願いします! 生き神様ー!」

 あっという間に、領民たちに囲まれてしまった。

「あっ、いやっ、ちょっ……」
「皆さま、順番通りにお並びください! ユチ様は全ての方に御業を授けてくださいます!」
「「はい!」」

 ルージュの号令で、領民はいっせいに一列に並ぶ。
 村が歓喜に包まれる中、俺は領民たちを浄化していった。


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【生き神様の領地のまとめ】

◆大賢者ソロモン
 伝説の古文書に書かれていた、古の超魔法を扱える唯一無二の大賢者。
 世界に二人といない、無詠唱魔法の使い手。
 古の魔法を研究しているうち、体が幼児化してしまった。
 瘴気のせいで弱っていたが、ユチのおかげでかつてのパワーを取り戻した。
 人生はもう終盤だが、超魔法の爽快感にハマりつつある。
 推定年齢数百歳のロリババア。

◆デサーレチの領民たち
 劣悪な環境下でも、毎日逞しく生きていた善良な人たち。
 瘴気に汚染され弱っていたが、ユチのおかげで復活した。
 新しい生活の始まりに胸がワクワクしている。