「ほおー! これがあのデサーレチですか! 発展したとウワサで聞いていましたが……なんとまぁ、こんな立派になって! ほおー!」

 いつものごとく、半裸マッサージされている時だった。
 村の入り口で誰かが叫んでいる。
 なんか、最近どんどん人がやって来るようになったな。
 いや、ちょっと待て。
 また村を襲う輩じゃねえだろうな。

「普通のお客さんか、招かれざる客かどっちかな」
「ご心配なく、ユチ様。不敬な輩は私が分解いたしますので。さあ、参りましょう」
「だ、だから、服を……!」
 
 入り口まで行くと、白髪の爺さんが村を覗いでいた。
 偉大な魔法使いをイメージさせるくらい顎髭が長い。
 瘴気はくっついていないから、悪いヤツではなさそうだ。
 
「あの、どちら様ですかね? 俺はデサーレチ領主のユチ・サンクアリと言いますが……」
「突然訪れてすみませんの。私はオーガスト王立魔法学院の学長をしております、レジンプトと申します」
「え!? マジですか!? なんでまたそんな偉い人が……」

 オーガスト王立魔法学院と言えば、王国でトップの学院だ。
 一番最初に出来た学校で、その歴史は数千年はあると聞く。
 何人もの有名な魔法使いを輩出している学院だ。

「が、学長でいらっしゃるんですか? どうしてこんなところに……?」
「なに、会議ばかりで疲れましてね。息抜きがてら旅をしてたんですよ。今も会議があるはずなんですが、もうそんなの知らんですわ。ハッハッハッハッハッ」

 レジンプトさんは楽しそうに高笑いしている。
 い、いや、それは大丈夫なのか?

「と、とりあえず、村の中へどうぞ。大したおもてなしもできませんが」
「お入りくださいませ、クソサボり学者様」
「こ、こら、やめなさい!」

 レジンプトさんにも聞こえたはずだが、変わらずニコニコしていた。
 俺はホッとする。
 結構心が広い方なのかもしれない。
 村の中をざっと案内する。
 
「いやぁ、しかし……本当にここがデサーレチとは、にわかには信じられませんなぁ。以前来た時は、見渡す限りのとんでもない荒れ地でしたのに……」

 今やデサーレチはかなり豊かな村となっていた。
 地面には柔らかい草が生い茂り、キラキラと輝いている。
 村を吹き抜ける風でさえ、癒しの効果があるような爽やかさだった。
 領民がきちんと整備してくれているので、道も歩きやすい。
 家だってアタマリたちがせっせと建てているので、王都みたいな雰囲気だ。

「いったい、何があったんですかの?」
「元々ここは瘴気に汚染されまくってたんですが、俺のスキル<全自動サンクチュアリ>で聖域化しまくったんですよ」

 事の経緯を簡単に説明した。
 レジンプトさんは唖然とした様子で聞き入る。

「まさか……あの瘴気をそんな簡単に浄化できるスキルがあるとは……私も初めて聞きましたぞ。オーガスト王立魔法学校にもいないでしょう。あなた様はすごい人物なのですな」
「はぁ、そんなにすごいんですかね」 

 外の事情は良く知らないんだよな。
 ずっと屋敷に閉じ込められていたから。

「せっかくですので、もっと見学させてはいただけませんかな?」
「ええ、どうぞ」

 まず、俺たちは畑に案内した。
 デスガーデンだ。
 相変わらずジャングル畑になっていた。

「ここが村の畑です。デスガーデンって名前なんですが、すごいレア作物が無限に収穫できて……」
「ぬお!?」

 レジンプトさんは目をまん丸にして固まる。
 
「あ、あの~、レジンプトさん?」

 肩をちょんちょんとするが、全く反応がない。

「返事がございませんね。死にましたか?」
「ルージュ!?」
「こ、こんな素晴らしい畑が……この世にあるのですか……」

 レジンプトさんは畑を見たまま、プルプルと震えている。

「あの世にはあるかもしれません。一度逝かれてみてはいかがでしょうか?」
「や、やめなさいよ、ルージュ」
「す、すごすぎる……!」

 そして、興奮冷めやらぬ様子で畑に飛び込んだ。

「これは<フレイムトマト>ではないですか!? あそこに実っているのは<フレッシュブルレタス>!? こっちにあるのは、げ、げ、げ、<原初の古代米>ですよ!? 私も見たのは初めてです……! こ、ここは宝の山だー! ひょえーい!」

 レジンプトさんは畑の中を子どものように走り回る。
 地面に寝転がったり、ツタによじ登ったり、はっちゃけている。
 子どもたちと楽しそうにはしゃぎまわっているので、止めるに止められない。
 
「なんか……色々ストレスが溜まっていたみたいだな」
「しばらくそのままにしておきましょう」

 少しすると、レジンプトさんが帰ってきた。

「さて……お見苦しいところを見せてしまいましたな」

 今度はデスリバーに連れて行く。

「ここが水源の川です。死の川デスリバーなんて呼ばれてますが、それはそれはキレイな川でして……」
「こ、これはまさかの<ライフウォーター>じゃないですか!? しかも、この川全部!? そ、そんなことあるー!?」

 驚きのあまり、レジンプトさんのキャラが崩壊してしまった。

「ま、まぁ、さすがに俺も最初はビックリしましたね。でも、本当だったんですよ」
「死の川ですって!? とんでもない! これは命の川ですよ!」

 レジンプトさんは手で水を掬って、大事そうにすすっている。
 と、思ったら、子どもたちと一緒にバシャバシャ泳ぎ始めた。

「レ、レジンプトさん!?」
「あれでは子どもと大して変わりませんね」
「いや、ほら、疲れているんだろうからさ、そういうことはあまり……」

 しばらく泳ぐと、ご満悦な顔で上がってきた。

「ふうう……楽しかったですぞよ……さて、服を乾燥させますかね。ちょっと失礼、<ワーム・ドライ>!」

 温かい風で服を乾かしている。
 魔法学院の学長だもんな、これくらい楽勝なんだろう。

「他にも色々ありまして、あっちに鉱山があるんですが、行ってみますか?」
「ぜひぜひ! お願いします!」

 ということで、今度はデスマインに連れていく。

「この鉱山からは激レアな鉱石が……」
「ウィ、<ウィザーオール魔石>がこんなにたくさん! こっちには、<ラブラヒールストーン>! <ゴーレムダイヤモンド>まで!?」

 レジンプトさんはしきりに、はぁーっとか、ほぉーっとか驚いていた。

「お土産に少し持って帰ります?」
「……え……いいんですか」
「どうぞどうぞ、いくら採掘しても永遠に出てくるので」

 お土産に色んな宝石やら鉱石をちょっと渡す。
 最後に、デスドラシエルまで連れて来た。

「つい最近浄化できたんですが、死の大樹デスドラシエルと呼ばれていた大きな樹です。この樹が瘴気の巣になっていたんですよ」

 幹が太くて高い樹がズドーンとそびえ立っている。
 これもまた、キラキラ輝いているようで見事な光景だった。

「……ぃえ?」

 レジンプトさんはまた口を開けたまま固まってしまった。

「だ、大丈夫ですか? レジンプトさん?」
「ユチ様。彼は昇天してしまったようですね。度重なる驚きに耐えられなかったのでしょう」
「だから、そういうことを言ったらダメだって……」
「こ、こ、こ、これは、古の世界樹の末裔ですよ! 古代世紀は何千年も前に滅びたはずなのに……ありえない……ぜ、ぜひ、詳しく調べさせていただけませんか……?」
「調査ですか? 別に良いですよ」

 レジンプトさんは、今までで一番驚いている。
 やっぱり、この大樹が最も貴重なようだ。
 そのうちソロモンさんが歩いてきた。

「生き神様~、ここにいらっしゃったんですじゃね。ちょっとこっちに……」
「お、お師匠様!」

 ソロモンさんを見た瞬間、レジンプトさんがすごい勢いで膝まづいた。

「んぬ? お主はレジンプトではないか。いやぁ、久方ぶりじゃの。まさか、デサーレチで会うとはの」
「はっ! 私もお師匠様にまた会えて幸せでございます! 突然姿を消してから数十年。どこを探してもいらっしゃらなかったのに、こんなところにいらっしゃるとは……」
「え? ソロモンさんって、レジンプトさんの師匠だったんですか?」
「ああ、そうじゃよ。どれ、元気にやっておるかの?」

 レジンプトさんは感激したように、ソロモンさんと握手している。
 しばらく、二人は楽しそうに話していた。

「さて、お主を魔法学院まで転送してやろうかの。もちろん、魔法札もあげるじゃよ。お主もこれくらいはさっさとできるようになりなされ」
「送っていただけるのですか……! お土産までいただけるし、なんて素晴らしい土地なんだ……! ユチ殿、本当にありがとうございました!」
「まぁ、またいつでも来てください」
 
 ソロモンさんが転送の準備をする。

「《エンシェント・テレポート》! この者をオーガスト王立魔法学院に転送せよ!」
「お帰りになったらユチ様の素晴らしさをお伝えなさいませ」
「はい、承知しました! それでは、ユチ殿! またお会いしましょう!」

 ということで、レジンプトさんは笑顔で転送されていった。

「さて、弟子との再会を記念して景気づけに超魔法を一発……」
「やらないでくださいね!」


◆◆◆(三人称視点)


 オーガスト王立魔法学院に帰ったレジンプトは、まず色んな人に怒られた。

「学長! 探したんですよ、どこに行かれていたんですか!?」
「突然いなくなるのは止めてくださいって、いつも言ってるじゃありませんか!」
「会議だって書類の確認だって、やることは無限にあるんですよ! そこんとこわかってるんですか!?」

 こっそり自室に帰ったつもりだったが、待ち構えていた部下たちに捕まってしまった。
 部屋の中に勢揃いしていたのだ。
 四方八方からけたたましく怒鳴られまくる。
 
「お、おお……ふ……ちょ、ちょっとした散歩じゃよ」

 上手く誤魔化したつもりだったが、全然ダメだった。

「一週間かかる散歩ってなんですか!? それは散歩とは言いません! 旅行です!」
「ちゃんと仕事してくださいよ! 学長で止まると、ずっと進まないんですから!」
「諸々伸ばすのはもう限界です! さ、会議に行きますよ!」

 ぎゃいぎゃい怒鳴られながら、会議室へ連行される。
 レジンプトはがっかりしながら、ユチたちのことを考えていた。 

――そのうち、またユチ殿のところに行こう。

 デスドラシエルの調査もそうだが、それ以上にレジンプトはユチとデサーレチが気に入っていた。
 学院の特級標本に相当する貴重な素材の数々……あれだけの数と質を見たのは初めてだ。
 それも全て、あの素晴らしいユチ殿のおかげなんだろう。
 何より、あそこに行けば童心に帰れるような気がするのだ。
 ルージュという美人からの罵倒も素晴らしかった。

――仕方がない、面倒な会議に行くか。デサーレチのことを皆に報告せんといかんからな。そういえば、今日は王様と王女様もいらっしゃると聞いていた。ちょうどいいタイミングじゃ。ユチ殿とデサーレチの素晴らしさをお話しよう。

 レジンプトはデサーレチで経験したことを、それはそれは楽しく詳細に国王と王女に話す。
 ユチとデサーレチに対する彼らの興味心は、もはや留まるところを知らない。
 そして、その話はサンクアリ家にも届くのであった。