「ひいいい! 誰か助けてくんねぇかー!? おで、こんなとこで死にたくねえよー! お頼み申すー!」
「「誰か助けておくんなましー!」」

 すっかり恒例となってしまった、ルージュにマッサージされている時だった。
 荒れ地の方から叫び声が聞こえてくる。

「な、なんだ!? 誰かの悲鳴が聞こえるぞ!」
「行ってみましょう、ユチ様」
「よ、よし……と、その前に服っ!」
「ユチ様! そんな時間はございません!」
「あっ、ちょっ!」

 半裸のまま連れ出される。
 荒れ地の方で、小柄な人たちが大きなモンスターに襲われていた。
 おまけに、敵はゴブリンやスライムなんかのザコではなかった。

「うおっ、Aランクのメガオークじゃねえか! こりゃ大変だ!」

 Bランクモンスターであるオークの上位種だ。
 魔法攻撃はできないが、その代わりに強靭な肉体を持っている。
 こいつも筋肉ムキムキなので、一撃でも殴られたら大怪我をしてしまいそうだ。

「ユチ様、まずはあの者たちをこちらに呼びましょう!」
「よ、よし!」

 俺とルージュは大声を張り上げる。

「おーい! こっちだー! 早くこっちに来ーい!」
「こちらに逃げてくださいませー!」

 俺たちが叫んでいると、彼らも気付いたようだ。
 全速力でこちらに走ってくる。
 意外と足が速くて、メガオークを置き去りにしてきた。

「お、おい、大丈夫か!?」
「ぶひゃー! 助かったー! おではもう死んじまうのかと思ったぞー!」
「「わてらも助けてくれーい!」」

 飛び込んできたのは、ドワーフの一行だった。
 みんな小柄で立派な髭を生やしている。
 先頭にいたドワーフ娘が一番豪華な格好だった。
 もしかしたら、この子がリーダーかもしれん。
 
「怪我はないか!? 大変だったな!」
「ユチ様のお近くにいれば安心でございますよ」

 メガオークは荒れ地の方からジリジリと近づいてくる。
 俺たちを見て慎重になっているようだ。
 だが、引き返す様子はない。
 それどころか、気持ち悪くニタりと笑っていた。

「ひいいい! またあいつが来たー! お助けー!」

 ドワーフ娘は俺の後ろに隠れる。
 メガオークはかなり強力なモンスターだ。
 何と言ってもAランクだからな。
 村の中に入ったら結構な被害が出るかもしれない。

「ルージュ、ここで食い止めるぞ」
「仰せのままに。私めが処理して参ります」

 あっ、そうか。
 ルージュは元Sランク冒険者だった。
 そういえば、彼女のバトルはまだ見たことがない。
 ちょっと楽しみかも。
 ルージュがメガオークに向かおうとしたときだった。

「生き神様! ワシにお任せくださいですじゃ!」

 ソロモンさんがシュババババッ! とやってきた。

「ソ、ソロモンさん、めっちゃ足速いですね。畑の方にいたはずじゃ……?」
「騒ぎを聞きつけて、大急ぎで走ってきましたじゃ! あのモンスターを倒せば良いのですな! 超魔法が使いたく……いや、困っている人の助けが聞こえたのですじゃ!」

 ソロモンさんはウキウキしている。
 古の超魔法が使えそうだからだ。
 しかし、この距離で使うのはさすがに危ない気がする。

「ユチ様、ここは私めにお任せください」

 超魔法が炸裂する前に、ルージュがスッと出てきた。
 不気味なほど静かな所作でメガオークへ向かう。
 いつの間にか、彼女の両手には短剣が握られていた。
 ど、どこから出したんだ。

『ガアアアア!』

 うおおおお、メガオークの生咆哮だ。
 さすがにAランクモンスターだな、結構迫力があるぞ。
 しかし、ルージュは全く怖気づいていない。
 静々と歩き、メガオークの目の前に着いた。

『ゴアアアア!』

 すかさず、メガオークが殴りかかる。
 ルージュはピクリとも動かない。
 お、おい、危ないぞ!

「ユチ様の領地に無断で入ろうとするのは私めが許しません」

 ルージュが音もなくナイフを振るう。
 俺に見えたのはそれだけだった。
 キラリと日の光を受けて、ナイフの軌跡が見えただけだ。

『グオオオオオ……オ?』

 その直後……メガオークが分解された。
 身体が爆発したとか、切り裂かれたとかではなく、分解されたのだ。
 メガオークの体が目玉や皮、爪、肉などなど、体のパーツに分かれて地面へ落ちる。
 しかも落ちるだけじゃなく、部位ごとに整理整頓されていた。

「「……え?」」

 俺もソロモンさんも領民たちもドワーフ一行も、呆然とするしかなかった。
 あまりにも一瞬の出来事で、何が何だか意味不明だった。
 ルージュはハンカチで短剣を磨きながら歩いてくる。
 ふんわりとしたメイド服にさえ、一滴の血もついていなかった。
 キュッキュッと拭く音がその恐ろしさを増している。

――こ、これがSランク冒険者の実力か……。

 領民たちは愚か、ソロモンさんですらプルプル震えている。

「な、なんという恐ろしい力の持ち主ですじゃ」
「ル、ルージュさんめっちゃ強いな……」
「さ、さすがは生き神様のお付きの方だ」
「エ、Aランクのメガオークがあんなに簡単に倒される……いや、分解されるなんて」

 なんか、ルージュなら一人で魔王軍も倒せそうだな。

「ユチ様」
「は、はい!」

 いきなり、ルージュに話しかけられビクッとした。
 俺も分解されてしまうのだろうか。
 ちょうどいい具合に裸にされてるし。

「素材も売れるので回収しておきましょう。後で私めがまとめておきます」
「う、うん、そうだね」

 ルージュが短剣をしまったのを見て、ようやく安心できた。

「助けてくれてホントにあんがとな! おではドワーフ王国の王女ウェクトルと申すもんだ」
「え? 王女様だったんですか? これはまたお偉い方ですね。俺は一応領主のユチ・サンクアリと申します、どうぞよろしく……いてててて!」

 ウェクトルさんはめちゃくちゃ力が強い。
 握手しただけで手がヒリヒリした。

「まぁ、とりあえず俺の家に案内するのでついてきてください」
「どっひゃー! それにしても、すんげえ領地だなぁ! おでの国より栄えてっなー!」
「「こんりゃあ、えれーことだなー!」」

 ドワーフ一行は案内されながら村を見て、めっちゃ驚いている。
 感情豊かな性格らしい。
 そのうち、俺の家に着いた。

「んで、ユチ殿! ここは何という場所なんかいな?」
「あ、デサーレチです」

 まぁ、わかっていたが、デサーレチと聞いてドワーフ一行は固まった。
 そして、その直後みんなで大騒ぎし始めた。

「ここはデサーレチだったかいな!? この世で最も死に近い土地と言われる、あのデサーレチ!?」
「あらゆる苦痛が存在しているという、あのデサーレチだってーな!?」
「死ぬより辛い苦しみを味わいたかったらそこに行け、と言われるデサーレチ!?」

 ドワーフ一行はどっひゃー! と驚いている。
 なんかまたリアクションの激しい来客だな。
 ルージュがピキピキし始めたので、俺は慌てて本題に移る。

「そ、それにしても、皆さんはどうしてあんなところにいたんですか?」

 道に迷ってしまったのだろうか。

「おでたちは探し物をしてたんよ。<ゴーレムダイヤモンド>って知ってっか? オーガスト王国の王様へ献上品を作ったはいいが、<ゴーレムダイヤモンド>だけ手に入らなくてなぁ。素材集めの旅に出たんよ。そしたら命の危険ばっかりでな! ガハハハッ」

 ウェクトルさんたちはめっちゃ軽いノリで話している。
 いや、そんな笑い話で済ましていいのか。

「<ゴーレムダイヤモンド>ならたくさんありますよ。使えそうなのあります?」

 引き出しから適当にゴソッと出した。
 
「「ヴぇっ!?」」

 ドワーフ一行は目を点のようにして固まる。
 何度か見たような光景だった。
 
「「そ…………そんな簡単に出てくるのー!?」」

 どっひゃー! どっひゃー! と祭りのように騒いでいた。

「他にも、<フローフライト鉄鋼石>とか<永原石>とかあるんですけどいります? というか、鉱山に案内しますよ」
「「!?」」

 そのまま、デスマインに連れて行く。
 彼女らの喜びようは言うまでもなかった。


 ひとしきりお土産を上げて、家に帰ってくる。

「ユ゛チ゛殿! ごんな゛ずばらじい土地は初めでだ!」

 ウェクトルさんたちは、涙と鼻水をダバダバ流して喜んでいた。

「あ、ありがとうございます。帰りはソロモンさんに王都まで転送してもらいますからね」
「「大賢者のソロモンまでいるだ!? 王都に転送!? この土地は天国だったかいな……グジュッ!」」

 床が汚れたのでルージュがピキる。

「ソ、ソロモンさん! 転送お願いします! 超魔法使ってください!」
「ほいきた! 待ってましたですじゃ! さて、お主らには転送用の魔法札もあげますじゃ。ここに来たくなったら破りなされ」
「「そんな待遇まで……グジュグジュグジュッ!!」」
 
 床の盛大な汚れもルージュのピキりも限界だ。
 
「じゃ、じゃあ、また来てくださいね」
「「この御恩は一生忘れませんだ!」」
「《エンシェント・テレポート》! この者たちを王都に転送せよ!」
「次来るときはハンカチを持ってくるようにお願いいたします」

 ということで、無事にウェクトルさんたちも王都に転送された。

「それでは、ワシは荒れ地の方に行ってみますかの。まだメガオークの残りがいるかもしれんですからな」
「いや、絶対にいませんって! ちょっと、ソロモンさん!」

 興奮しているソロモンさんを引き留めるのは、なかなかに大変だった。


◆◆◆(三人称視点)


 ウェクトルたちは興奮冷めやらぬ様子で王宮へ向かっていた。
 
「姫様、これで王様へ無事に献上できまする」
「ユチ殿には感謝してもしきれんだ。ユチ殿は救世主だったんね」

 ドワーフ王国とオーガスト王国は、古くから友好的な関係を結んでいた。
 その印として、互いに献上品を交換するのが習わしだった。
 だが、最近は近くの魔王領が慌ただしくなって、採掘計画が上手くいっていなかったのだ。
 それにしても、とウェクトルはデサーレチのことをずっと思い出していた。

――あんなに貴重な鉱石の山は見たことないだ。いずれ、絶対にまた行くんだかんな。

 ウェクトルたちの献上品を見て、オーガスト王と王女は歴代で最高に喜んだ。
 デサーレチの話を聞いて、さらに驚き興味を抱き、彼らの話は夜まで続く。
 そして、そのウワサはサンクアリ家にまで届くのであった。