「ゲホッ……す、すみませーん! どなたかいらっしゃいませんかー?」
デスリバーを聖域化して数日後。
村の入り口で誰かが叫んでいた。
「また来客か? デサーレチには意外と人が来るんだな」
「きっと、ユチ様目当てでございます」
門のところには、全身青い人たちが立っている。
一目見ただけでわかる、ウンディーネの一行だ。
全部で5、6人のグループみたいだった。
「ウンディーネかぁ、これまた珍しい来客だ」
「デサーレチに彼女らの好きそうな物はなさそうでございますが」
「それに具合が悪そうだな」
ウンディーネたちは体が濁っていて苦しそうだ。
本来なら美しい青色なのに、暗い色合いになっている。
「あの、大丈夫ですか?」
「どうぞ、こちらにいらっしゃいませ」
俺たちが呼んでいると、みんなしてノロノロ歩いてきた。
「ゲホッ……あなたがリーダーの方ですか……?」
「俺がリーダーというか、一応領主のユチ・サンクアリですけど。あの、どうされましたか? 体調が悪そうですが」
「誠に申し訳ないのですが……新鮮なお水を分けていただけませんか? もう何日もキレイな水を飲んでいないのです……ゲホッ」
そういえば、ウンディーネはいつもキレイな水を飲んでいないと体調を崩すと聞いたことがある。
「キレイな水なら無限にありますよ! ちょっと待っててくださいね! とりあえず、俺の家で休んでてください!」
「私めも運ぶのをお手伝いいたします。あなた方はこちらへ」
ウンディーネ一行を家に案内し、俺たちは急いで水を持ってきた。
デスリバーの<ライフウォーター>だ。
「はい、どうぞ!」
「す、すごくキレイなお水ですね! い、いただきます……!」
ウンディーネたちはゴクゴクゴクッ! と勢い良く飲む。
「ぶはぁっ! なんて美味しいんでしょう! こんなに美味しいお水は今まで飲んだことがありません!」
飲み終わるや否や、ウンディーネたちの濁った感じも消えた。
向こう側が見えちゃうくらいに透き通っている。
さすがは<ライフウォーター>だ。
一瞬で体力を回復させたようだ。
「元気になったみたいで良かったですね。それで、こちらにはどうして……」
「っていうか、この水は<ライフウォーター>じゃないですか!」
リーダーらしきウンディーネがハッとしたように叫ぶ。
それに続くように、みんなきゃあきゃあし始めた。
「こ、これがあの<ライフウォーター>!? ホントだ! <ライフウォーター>って書いてあります!」
「道理で普通の水より美味しいわけですね! 飲んだ瞬間、すごい衝撃を受けました!」
「こんな素晴らしいお水が飲めるなんて、私たちはどこまで運が良いのでしょう!」
ひとしきり騒いだ後、気を取り直したようにこちらへ向き直った。
「ゴ、ゴホン……申し遅れました。私たちはウンディーネの里からやってきました。私はリーダーのネーデと申します。この度は命を救っていただいて、誠にありがとうございます」
ネーデさんはとても丁寧にお辞儀する。
残りのウンディーネたちも一緒に深くお辞儀する。
非常に礼儀正しい種族のようだ。
ルージュは満足げな顔をしている。
「どっかのクソ狐とは全く違いますね。全ての来客がこうであれば幸いなのですが」
「ル、ルージュ! 静かに! ……それで、ネーデさんたちはどうしてここへ?」
ウンディーネのことはよく知らないが、ネーデさんは俺より年上な気がする。
何となくだが。
まぁ、物腰も落ち着いているし。
自然と苦手な敬語になってしまう。
「里長の令で、王様へ謁見に向かう途中だったのであります。ですが、途中で道に迷ってしまいこちらの豊かな領地へとたどり着いた次第です」
「そうだったんですか。そりゃまた大変なことで……」
「お恥ずかしい話、ここがどこかもわかっておらず……ここは何という領地でしょうか?」
「デサーレチです」
デサーレチと言った瞬間、ネーデさんたちは固まった。
かと思うと、プルプル震え出す。
その顔は恐怖でいっぱいだ。
「ま、まさか、ここがデサーレチなんですか!? 近づいただけで体が溶けて無くなるという、あの史上最悪の土地ですか!?」
「「……えっ」」
俺とルージュはびっくりする。
ネーデさんが叫んだ瞬間、お仲間のウンディーネたちも騒ぎ出した。
「デ、デサーレチ!? 地獄に最も近いという……あのデサーレチですか!?」
「作物は育たず、水も飲めず、死にたければそこへ行けと言われるデサーレチ!?」
「溶岩の沼があるなんてウワサもありますよね!? 数多の死が蔓延っていると言われるデサーレチですって!?」
マジか……。
散々な言われようだ。
フォキシーも驚いていたし、デサーレチの評判は最悪みたいだな。
ルージュが怒る前に俺は慌てて説明する。
「と、とりあえず、落ち着いてください! ここは確かにデサーレチです。ですが、俺のスキル<全自動サンクチュアリ>でこんなに豊かな土地になったんです!」
「「そ、それは、どういうことで……」」
スキルのことを簡単に説明した。
それを聞いて、ウンディーネの一行はまた驚く。
ネーデさんが恐る恐る話してきた。
「じゃ、じゃあ、この水も元々は飲めないくらい汚れていたのですか? こんなに美味しいお水がまさか……」
ウンディーネ一行は顔を見合わせて驚いている。
まるで信じられないといった様子だった。
「良かったらお土産に持ってってください」
俺はビン詰めした<ライフウォーター>や、<フレッシュブルレタス>やら<ジュエリンフィッシュ>やらを渡した。
「こ、こんなにいただけるんですか? し、しかも、このレタスやお魚だって途方もなく貴重な物ですよね」
「たくさんありすぎて、どうしようか迷うくらいなんですよ。水なんて無限にあるし、作物も魚も採っても採っても無くならないんです」
「「い、いくら感謝してもしきれません……」」
ネーデさんたちはひたすらに感動している。
じゃあ、これで……というところで、ソロモンさんが出てきた。
きっと、部屋の外で待ち構えていたんだろう。
転送の超魔法を使いたいのだ。
言われなくてもすぐにわかった。
顔に書いてあるからな。
「ユチ殿、こちらはどちら様ですか?」
「ソロモンさんです。大賢者の」
「「うえええええええ!? あの伝説の大賢者、ソ、ソロモン!?」」
そういえば、ソロモンさんは結構有名だった。
ネーデさんたちが驚きまくるんで、ソロモンさんも嬉しそうだ。
「そなたたちを王都まで転送して差し上げようぞ」
「て……転送までしていただけるのですか……! なんとお礼を言えば良いのでしょう! どうやって王都まで行こうか途方に暮れていたのです」
「転送用の魔法札をあげますじゃ。またここへ来たくなったら破きなされ」
「「ま、魔法札もいただけるのですか!?」」
ウンディーネ一行はわいわい喜んでいる。
何はともあれ、みんなが元気になって良かったな。
「それではユチ殿。本当に本当にお世話になりました。あなた様のおかげでこの命が救われました。この御恩は一生忘れません」
ネーデさんたちは涙ながらにお辞儀をする。
「俺たちも皆さんに会えて良かったですよ。どうぞお元気で」
「ぜひまたいらしてくださいませ。王都ではユチ様の素晴らしさをお伝えください」
「あ、いや、それは別に……」
「「はい! 喜んで!」」
俺はすかさず断ろうとしたが、ネーデさんたちの大きな返事でかき消されてしまった。
ソロモンさんが転送の準備をする。
「《エンシェント・テレポート》! この者たちを王都に転送せよ!」
「「皆さま、本当にありがとうございました!」」
ソロモンさんが言うと、ネーデさんたちは消えた。
王都に転送されたのだ。
「ふぅ~、やっぱり超魔法は気持ちいいですな~」
「いつもありがとうございます、ソロモンさん」
「なに、ワシも好きでやっておりますからの」
ソロモンさんの表情は清々しい。
チラチラ荒れ地の方を見ているが、あいにくとモンスターはいなかった。
「それにしても、瘴気はどこから来るんだろう。領民はみんな良い人だから、邪な心に引き寄せられたとは考えにくいが」
「ユチ様、あちらに瘴気が溜まっている山がございます」
ルージュが示す方向に小高い山があった。
そこもまた瘴気でいっぱいだ。
ここからあまり離れてはなさそうだな。
「よし、次はあの山に行ってみるか。瘴気があっても良いことなんか一つもないからな。手当たり次第に浄化しないと」
「お供いたします、ユチ様」
ということで、俺たちは山に向かうこととなった。
◆◆◆(三人称視点)
「何という素晴らしい領地だったのでしょう」
ネーデたちは上機嫌で王都を歩いていた。
まさか、デサーレチがあれほど豊かだとは思いもしなかった。
たくさんの貴重なお土産まで頂いてしまった。
「やっぱり、どんなことも自分の目で確かめないといけませんね」
ネーデの言うことに、ウンディーネ一行はうんうんと頷く。
デサーレチはクソ土地と言われるほど、最悪な土地として知られていた。
ところがどうだ。
そこには天国が広がっていた。
伝説の大賢者であるソロモンさえ定住している。
それどころか、幻の水と言われていた<ライフウオーター>まであったのだ。
里長も聞いたら驚くだろう。
「王様にもお話された方がよろしいのではないでしょうか?」
余韻に浸っていると、部下の一人が言った。
「それは良い案ですね。ぜひ、王様方にもユチ殿とデサーレチの魅力を知っていただきましょう」
ネーデたちウンディーネの一行は、ユチとデサーレチがいかに素晴らしいかを王様や王女様に話しまくった。
そして、その話はサンクアリ家の耳にも入るのであった。
「ゲホオオオッ! ゴホオオオッ! どうして、咳がこんなに止まらんのだああああ! 早く薬を持ってこいいいい!」
いくら薬を飲んでも、ポーションを飲んでも全く治らない。
夜も眠れなくなってきたし、頭がガンガンして倒れそうだ。
「かしこまりました! 少々お待ちください……クソッ、それくらい自分でやれよな、デブキノコがよ」
「なんだああああ? 何か言ったかあああ?」
「いえ! なんでもございません、エラブル様! すぐに準備いたしますので!」
とんでもない悪口を言われた気がするが、体調が悪くてそれどころではない。
使用人が出て行くと、クッテネルングがやってきた。
目の下がクマになっていて、脂汗も滴り落ちている。
「父ちゃまぁぁぁ、さっさとクソ兄者に仕返ししてよぉぉぉ」
どうやら、クッテネルングはポリティカ男爵家から婚約破棄されたらしい。
「貴様あああ、どうして婚約破棄などされるのだあああ。相手は男爵だぞおおお。この役立たずがあああ」
「だから、クソ兄者のせいだよぉぉぉ。あいつのせいでエフラルちゃんにフラれちゃったんだぁぁぁ」
伯爵家との婚約を破棄する男爵家など聞いたことがない。
何かしら嫌がらせをしたいところだ。
だが、セリアウス侯爵との商談が失敗したせいで、そんな経済的余裕はなかった。
「それにしてもおおおお! やたらとデサーレチのウワサが耳に入ってくるなああああ!」
クソ土地から姿を変え、天国のような素晴らしい領地になっているらしい。
「そんなのデマに決まっているよぉぉぉ。あのクソ土地が栄えるわけがないじゃないかぁぁぁ」
クッテネルングの言う通りだが、一概にウソだとは言えなかった。
フォックス・ル・ナール商会の会長やウンディーネの使者など、恐ろしく地位の高い者たちが言っているのだ。
「おのれええええ。ゴミ愚息を思い出したせいで気分が悪くなったああああ」
私の天才的な領地計画に口出しするヤツを追い出して、最高の日々がやってくると思ったのに。
「ガハアアアッ! ゲフウウウッ! だから、早く薬を持ってこいいい!」
ゴミ愚息を追い出してから、ますます体の具合が悪くなってきた気がする。
正直言って、歩くだけで倒れそうになる。
く、苦しい。
本当に私の身体はどうしたのだ。
「お待たせいたしました! お薬でございます!」
「さっさと、よこせええええ!」
「僕ちゃまの分は砂糖をたっぷり混ぜろぉぉぉ」
「承知いたしました! ……チッ、なんでこんなクソどもの世話なんかしなきゃいけねえんだよ」
「「何か言ったかあああ(ぁぁぁ)?」」
「いえ! なんでもございません!」
いくら質の悪い風邪だろうが、高価な薬を飲んでいれば治るだろう。
サンクアリ家は裕福なので、まだまだ大量に手に入る。
何も心配いらんのだ。
「まぁ、いいいい。ところで、例の者たちは来たのかあああ? ……ゲホオオオッ、ゴホオオオッ!」
薬を飲んだところで声を張り上げる。
すぐにむせるのが腹立たしい。
「は、はい……! いらっしゃったのは、いらっしゃったのですが……」
使用人どもはビクビクしている。
まったく、もう少しシャキッとせんか。
「オラ、どけよ!」
「きゃあっ!」
使用人が乱暴に跳ね飛ばされた。
私の部屋に汚い男たちが遠慮なく入ってくる。
全員柄が悪く、貴族とはかけ離れた境遇の者どもだ。
「俺はリーダーのアタマリってんだけどよぉ。アンタがエラブル? 太りすぎじゃね?」
Aランク盗賊団“アウトローの無法者”。
この辺りでは名の知れた盗賊グループだ。
その優秀な鍛冶能力であらゆる鍵を造れるらしい。
古代遺跡を荒らし、貴族の宝物庫を荒らし、貴重な宝を根こそぎ奪っていた。
「にしても良いとこに住んでんなぁ。どうせ、貧乏人から搾り取ってんだろ?」
本来ならば、屋敷の門をくぐらすことさえ叶わない。
しかし、今回限りの特別な仕事のため、やむなく屋敷に招き入れた。
中でも一番大きな男がずかずか出てきた。
「おっ、いいマットがあるな。ちょうど靴に泥がついていたんだ。拭かせてもらうぜ~」
不躾な態度と高い絨毯が汚され怒りそうになる。
だが、懸命に怒りを抑える。
今から大事な取引をするのだ。
余計な争いごとは避けたい。
「……貴様の無礼な態度は見逃そうううう。ところで、デサーレチは知っているかああああ?」
「ああ、もちろん知ってるぜ。あのクソ土地だろ? なんだ? お宝でもあんのか? まぁ、俺たちはこの屋敷のお宝でも我慢できるけどよお。 なぁ、お前ら?」
アタマリが言うと、部下たちもいっせいにゲラゲラ笑い出した。
一人も上品な人間がいない。
「さすがは、伯爵家だぜ! 高そうなもんがいっぱいだしよ!」
「お土産にいくつかもらっていくか! 売れば結構な金になりそうだ!」
「ちょっとくらい無くなってもわかんねぇんじゃね?」
アタマリは部下と一緒に、ゲラゲラ笑っている。
屋敷に似合わぬ、下品な笑い声が響き渡る。
それどころか、部屋の高価な調度品をベタベタ触りだした。
これ以上荒らされてはまずい。
私は慌てて用件を切り出す。
「仕事の依頼とは、これだああああ」
私は二枚の紙を渡す。
一枚はデサーレチに追放したゴミ愚息の似顔絵。
もう一枚は、クソユチにくっついていったルージュの似顔絵だ。
「なんだよ、このクソガキは? っと、こっちの女は、なかなか美人じゃねえか」
アタマリは似顔絵をまじまじと見ている。
「その男を殺せええええ。女は好きにして構わんんん」
私は初めから、あのゴミ愚息を殺すつもりだった。
だが、屋敷内で殺すのはさすがにまずい。
下手したら失脚もあり得るからな。
そのため、辺境に追放したのだ。
運悪く、盗賊団に襲われたとなれば世論も問題あるまい。
辺境の地で誰にも助けを求められず、たまたまやってきた盗賊団に襲われて死ぬ。
こんなに不運なことがあるだろうか。
「頭! 俺たちにも女の顔を見せてくださいよ!」
「ほお! 確かに、これは上玉だ!」
「ケケケケ! 楽しみが増えたぜ!」
盗賊どもは、ルージュの似顔絵に群がっている。
あの女もまた、私の誘いを断りおった無礼者だ。
せっかく屋敷に雇ってやったというのに、その恩を忘れおって。
だから、盗賊どもに似顔絵を見せたのだ。
今さらどうなろうと、私の知ったことではないわ。
「んで、報酬は?」
ひとしきり騒いだ後、アタマリは無遠慮に言ってきた。
こいつら盗賊には品性の欠片もない。
だが、金で動く分まだ安心できる。
「前払いで500万エーン。その男の首と引き換えに500万エーン払おう」
「全然足りねえな。その倍払えや。金持ちだろうがよ」
アタマリが言うと、部下たちはまた賛同しだした。
「1000万エーンで人殺しはできんわなぁ」
「おい、オッサン。俺たちのこと見くびってるんじゃねえの?」
「伯爵家ってそんなに貧乏なん?」
盗賊団は揃ってギャハハハ! と笑っている。
ゴミ愚息の殺害依頼などで、2000万エーンも払うのは気が引けた。
しかし、こいつらは盗賊団だ。
機嫌を損ねると何をしてくるかわからない。
仕方がない金を払うか。
「……良いだろう。倍額の2000万エーン払おう。これが前払いの1000万エーンだ」
私は金をアタマリに渡す。
アタマリは律義に金を数えると、上機嫌で出口へ向かう。
「まいどあり~! じゃあな、また頼むぜ~!」
「待てえええ、わかってるだろうなあああ! ちゃんとその男を殺すんだぞおおお! さもなければ、貴様らをおおお……!」
「な~に、心配すんなよ。これでも俺たちはプロさ。さっさとこの男を殺して女と遊んだら、残りの金もいただきに来るぜ。ちゃんと用意しておいてくれよ~」
盗賊団は下品に笑いながら出ていった。
「チイイイイ、余計な出費になったな……ゲホオオオッ、ゴホオオオッ!」
まずは、この体調不良をなんとかせんとな。
と、そこで、カーテンの影からクッテネルングが出てきた。
盗賊団が来るや否や隠れていたのだ。
こいつは偉そうなくせに臆病だ。
まったく、誰に似たんだろうな。
「2000万エーンも払ったのぉぉぉ!? 僕ちゃまの新しい馬車を買うんじゃなかったのぉぉぉ!?」
「黙れえええ! それに、払ったのはまだ1000万エーンだあああ!」
ともあれ、私は愉快だった。
これでクソユチを世の中から葬れる。
見ていろ、ゴミ愚息め。
貴様はもうおしまいだ。
今さら謝っても許さないからな。
せいぜい、残り少ない人生を楽しめ。
ゲホォォォッ、ゴッホォォォ!
「さて、ここが鉱山か」
「例外なく、ここもクソ鉱山でございますね」
しばらく歩いて、俺たちは山の麓に着いた。
ルージュとソロモンさん、領民も一緒だ。
危ないから来なくていいと言ったんだが、「御業を拝見したい」ということで、みんなついてきてしまった。
「ワシらは”死の鉱山デスマイン”と呼んでおりますじゃ。見ての通り、ここも近寄れないくらい、ひどい有様なんですじゃ」
デスマインはそれほど高くはなく、小高い丘って感じだな。
そこかしこに洞窟があるような山だった。
だがしかし、例のごとく瘴気がぐじゃぐじゃに溜まっている。
空高く飛んでいる鳥ですら、山に近づけないくらいだ。
「鉱山っていうくらいですから、鉱石とか魔石が採れたりするんですか?」
「昔は採れたらしいんですがの……今はサッパリですじゃ。それどころか、近づくことさえできませんでしたな」
「そうですか。じゃあ、さっそく入ってみますかね」
「お気を付けくださいませ」
なるほど……こいつはヤバいわ。
ちょっと入っただけでわかった。
洞窟の中には目の前が見えないほど、瘴気が溜まりに溜まりまくっている。
「うわぁ……何も見えないじゃん」
「とんでもないクソ洞窟でございますね」
俺たちだけじゃなく、領民たちもドン引きしていた。
「見ろ! 瘴気があんなにたくさんあるぞ!」
「いつの間に、こんなに溜まっていたんだ!」
「お願いいたします、生き神様! もはや、あなた様じゃないと進むことさえできません!」
俺は洞窟へ入っていく。
領民たちは期待に満ち溢れた目で俺を見ていた。
いや、背中に視線がビシバシ当たって痛いんだわ。
とりま、さっさと終わらせよう。
瘴気がテリトリーに入ったところで、魔力を込める。
<全自動サンクチュアリ>発動!
『ギギギギ……!』
すぐさま、瘴気の群れがブルブル震え出した。
俺は魔力を込め続ける。
頼む、早く消えてくれ。
領民たちの視線が痛いから。
『キャアアアアア!』
例のごとく、女の子のような悲鳴を上げて、瘴気はすうう……と消えていった。
それを見て、領民たちが大喜びする。
「さすがは生き神様だ! あっという間に、浄化してしまわれたぞ!」
「こんな御業が見られるなんて、生きてて良かったよ!」
「ああ、ありがたや! ありがたや!」
バンザーイ! バンザーイ! と歓喜の声がこだました。
「ユチ様、振り返って足元をご覧くださいませ」
「え、足元?」
後ろを見ると、洞窟の地面がキラキラ光っていた。
青や赤、黄色に光っていたりする。
「なんじゃこりゃ?」
拾ってみると、キレイな石だ。
「こ、これは宝石じゃありませんかの?」
ソロモンさんが慌てて拾い上げた。
ギラギラ光っている。
「え、宝石……ですか?」
「そうでございますじゃ! まさか、ただの道にこんなにたくさん落ちているなんて!」
ソロモンさんの言葉を聞いて、領民たちも気づいたようだ。
「おい、これはルビーじゃないのか!?」
「こっちにはサファイヤがあるぞ!」
「ここにはオパールが転がってるじゃないか!」
領民たちは大喜びで宝石を拾い集める。
宝石は拾っても拾っても、有り余るほど転がっていた。
「ルージュも少し持って帰ったら?」
「お言葉ですが、私めはそのような物に興味はございません」
「あっ、そうなのね」
そういえば、ルージュはあまりアクセサリーとか着けていなかった。
宝石よりキレイなドレスとかの方が良いのかな。
「私めの興味はユチ様のみに向けられております」
「は、はい……そうですか」
落ちている宝石はどれもこれも、すでに磨き上げられているかのようにギランギランに輝いている。
しばらく歩くと、水が溜まっている場所に出てきた。
小さな湖みたいだ。
たぶん、雨水が溜まっているんだろうな。
当然の如く、瘴気が溜まりまくっていた。
領民たちもギョッとしたように眺めている。
「マジかよ、なんつう瘴気の塊だ」
「恐ろしいまでに汚染されています」
「ひでえ……知らないうちにこんなに溜まりやがって」
湖の瘴気はじわじわと、洞窟の中を這いずり回っていた。
どうやら、ここが瘴気の源らしい。
「雨水と一緒に瘴気が溜まって、山全体に瘴気が移動しているようだな」
「デスマインを完全に浄化するには、このクソ湖の浄化も必須でございますね」
ま、まさか……。
「さあ、皆さま! ユチ様の御業のお時間でございます! お集まりくださいませ!」
ルージュはまた石の上に乗って演説している。
どうしてそう都合よく台があるのか……俺はもう諦めていた。
「生き神様の御業のお時間だぞー!」
「こうしちゃいられませんわ! みんな、集まって!」
「神聖なる沐浴のお時間だ! 見逃したら一生の損だぞ!」
瞬く間に領民が集まってくる。
「ル、ルージュ。湖は結構深そうだよ」
「ご心配なく、水深はユチ様の腰くらいまででございます」
ルージュが近くに落ちていた、木の枝らしい棒を湖に差し込んで教えてくれた。
確かに、俺の腰くらいまでの深さのようだ。
というか、なんで木の枝まで落ちているんじゃい。
「水は結構冷たいかも」
「ご心配なく。適度な冷たさでございます」
俺は水の中に手を入れる。
冷たくて気持ちよかった。
「皆さまもお待ちかねでございます」
「せ、せめて、領民の前でまた裸を晒すのだけはイヤだよ」
「お脱ぎできないのであれば、私めが脱がさせていただきます」
有無を言わさず、ルージュが服を脱がしにかかってくる。
恍惚とした表情だった。
「待て待て待て! 自分で脱ぐ! 自分で脱ぐから!」
仕方がないので、俺は服を脱ぐ。
ポチャンと湖に入った。
よし、<全自動サンクチュアリ>!
魔力を込めながら湖の中を進んでいく。
ちょうど中心にでかい瘴気の塊が浮かんでいた。
『ギギギギ……!』
俺が近寄っただけで苦しみだした。
やっぱり、どんなに大きくても効き目がバッチリなんだな。
早く消えようね。
『キャアアアアアア!!』
やがて、瘴気はあっさり消えてなくなった。
わあああ! と洞窟が盛り上がる。
これでこの鉱山も自由に出入りできるな。
「「よーし、さっそく採掘を開始するぞー! 生き神様への供物を捧げるんだー!」」
領民たちはカンカンと採掘を始めた。
供物という言い方は気になるが、どんな鉱石が採れるのか俺も楽しみだった。
――――――――――――――――
【生き神様の領地のまとめ】
◆“キレイな”死の鉱山デスマイン
村から少し離れたところにある小高い山。
木々は少なく、そこかしこに洞窟があるのが特徴。
それほど高くはなく、地質的にも登りやすい。
生き物が近づけないほど、瘴気に汚染されていた。
ユチのおかげで無事に浄化された。
何が採れるかはお楽しみ。
「ユチ様、もっと力を抜いてくださいませ」
「いや、ほら、もういいから」
領民たちがピッケルを振るう中、俺はルージュにマッサージされていた。
しかも、ただのマッサージではない。
パンツ以外の服は全て脱がされ、ルージュ特製のオイルによる怪しいあれだ。
地面にはマットを敷かれ、オイルを塗られ……やりたい放題だ。
これらのアイテムは全てルージュが持参してきた。
「力を抜いてくださらないとマッサージできませぬ」
「も、もう勘弁してくれ……!」
「ユチ様、いけません!」
逃げようとしたのだが、あっけなく捕まってしまった。
こ、これが元Sランク冒険者か。
有無を言わさぬい勢いだ。
ルージュはご満悦な表情で俺の体を撫でまわす。
瞬く間に、俺の全身はヌルヌルのオイルまみれになっていた。
洞窟内の僅かな明かりでも、ぬらりと艶めかしく光っている。
「お気持ちはいかがでしょうか、ユチ様?」
「は、恥ずかしいですね」
ここまで来たら、早く終わってくれることを祈るしかない。
幸いなことに、周りには誰もいない。
俺は領民たちへ強い念を送る。
来るなよ、来るなよ……?
「あっ、生き神様が裸でくつろいでいらっしゃる」
「見れば見るほど、本当に神聖な体つきだな」
「おーい、みんな。生き神様がマッサージを受けてらっしゃるぞ。見学させていただこう」
そのわずか一秒後、ぞろぞろ領民たちが集まってくる。
あろうことか、その場に座り込みだした。
採掘に参加していない領民たちは、温かい目で俺たちを見ている。
そして、石の台(これまた都合よくあった)に寝かされたパンツ一丁の俺。
だんだん、俺はいたたまれない心境になってきた。
「生き神様! 採取できた鉱石を見てくだされ! こりゃまたすごい鉱石が採れましたぞ」
洞窟の奥からソロモンさんが、ハイテンションかつ美しいフォームで走ってきた。
と、思いきや、俺たちの怪しい光景へ釘付けになる。
「……って、お楽しみ中でございましたな。これは失礼いたしましたじゃ。皆の者! 生き神様がお楽しみ中じゃ! さあ、もっと向こうの方で採掘するのじゃ! 邪魔しては悪いぞよ!」
ソロモンさんは何やら満足気な顔で洞窟の中へ戻っていく。
領民たちもハッとしたようだ。
「確かに、そうだよな。生き神様もお疲れなんだ。俺たちが近くで騒いでいたら迷惑だ」
「いつも私たちのために頑張ってくださっているのよ。たまには発散しないとね」
「さあ、みんな。生き神様はお楽しみ中なんだ。あっちに行くぞ」
みんな納得したような表情でその後を追って……。
「ちょーっと、待ってください!」
「あっ、ユチ様! まだマッサージは……!」
俺は大慌てでソロモンさんたちを引き留める。
特殊な趣味と思われるのだけはご勘弁だ。
「いかがされましたですじゃ? ワシらのことは気にせず楽しんでいただいて……」
「ど、どんな鉱石採れたんですか!? 見せてくださいよ!」
誤解を解くのはまた今度にして、とりあえず話題を逸らすのだ。
「ああ、そうじゃった! 皆の者! 生き神様に鉱石をお見せするのじゃ! 生き神様もきっと驚きますぞ!」
俺たちの目の前に、たくさんの鉱石が運ばれてくる。
「うおおお、すげえ」
「まさか、あのクソ鉱山からこれほど素晴らしい鉱石が採掘できるとは」
これまたとんでもないレア素材が選び放題だった。
<テンパレギュ石>
レア度:★7
周囲の温度を一定に保つ。石とは思えないくらい軽い。
<フローフライト鉄鋼石>
レア度:★9
この石から作られた装備や建造物は、魔力を供給することで浮遊する。加工性にも優れており、とても頑強な鉱石。
<ウィザーオール魔石>
レア度:★8
虹色に輝く魔石。この石で作られた装備品を持つと、魔力が何十倍にも増幅される。魔術の才が無い者も魔法が使えるようになる。装飾品としても価値が高い。
<ラブラヒールストーン>
レア度:★7
持っているだけで体力と魔力が少しずつ回復する石。怪我や病気も癒せる。ピンクや緑の淡い色合いが富裕層に人気。
<永原石>
レア度:★9
魔力を保存できる石。一度魔力を込めると、半永久的に同じ量の魔力を生産し続ける。石の大きさで容量は決まっている。
<ゴーレムダイヤモンド>
レア度:★10
大人の拳大くらいはある世界最高峰レベルのダイヤモンド。恐ろしく硬い上に、恐ろしく割れにくい。古のドラゴンでさえ傷をつけることはできない。これで作られたゴーレムが古代世紀を滅ぼしたとかなんとか。
「……いや、マジかよ」
デスリバーの時もそうだったが、さらに上回るほどのレア素材だ。
こんなの冒険者ギルドの人間とかが見たら、涎が止まらないんじゃないか?
どいつもこいつも、おいそれとは手に入らんぞ。
しかも、一つや二つではない。
<ゴーレムダイヤモンド>はやはり少ないようだが、それでも有り余るほど運ばれてくる。
思っていたより、デサーレチはすごい場所だったのかもしれない。
「こんな鉱山がこの世に存在するのか?」
「私めの知る限り、全世界でもここだけでございます」
俺は半裸のまま、ずっと疑問に思っていたことを呟いた。
「どうしてこんなにたくさんレア素材が採れるんだろう? 鉱山だけじゃなくて、畑も川も目が飛び出るほど貴重な素材だらけだったよな」
「きっと、ユチ様の前世の善行が結晶となって大地から出てきているのでしょう」
ルージュは自信満々な顔でうなずいているが、さすがにそれは違うだろうよ。
「ワシも考えたんですがの。元々、この土地にはたくさんの高級素材があったんだと思いますじゃ。そこに生き神様のスキルによって土地全体が聖域化し、素材の生産スピードが格段に上がっているのですじゃよ」
「へぇ~、そんなことがあるんですかね」
にわかには信じられなかった。
だが、ソロモンさんが言うのだからそうなんだろうなぁ。
「いずれ、しっかりとした調査をしてみましょうぞ。もしかしたら、この土地は世界でも特別な場所かもしれませんですじゃ」
「私めは古代世紀と深い関わりがあると考えております」
「ハハハ、そんなまさか」
二人が突拍子もないことを言い出すので、思わず笑ってしまった。
古代世紀とは、すでに失われた超文明時代のことだ。
今よりずっと、動物も植物も魔法も色んな技術も栄えていたと聞く。
空を飛ぶ城、天にも届くくらい巨大なゴーレム、深海まで行ける馬車……。
ほとんど伝説上の扱いとされているモンスターたちも、たくさんいたそうだ。
「生き神様、ルージュ殿の言うことは十分可能性がありますぞ」
「古代世紀と関係があれば、この土地は世界的にも重要な土地となります」
「いやいやいや、ありえないって。さすがに都合良すぎでしょうよ。アハハハハ」
これだけは確実に言えるが、古代世紀とデサーレチは絶対に関係ないはずだ。
まったく、二人とも冗談が下手だなぁ。
「ひいいい! 誰か助けてくんねぇかー!? おで、こんなとこで死にたくねえよー! お頼み申すー!」
「「誰か助けておくんなましー!」」
すっかり恒例となってしまった、ルージュにマッサージされている時だった。
荒れ地の方から叫び声が聞こえてくる。
「な、なんだ!? 誰かの悲鳴が聞こえるぞ!」
「行ってみましょう、ユチ様」
「よ、よし……と、その前に服っ!」
「ユチ様! そんな時間はございません!」
「あっ、ちょっ!」
半裸のまま連れ出される。
荒れ地の方で、小柄な人たちが大きなモンスターに襲われていた。
おまけに、敵はゴブリンやスライムなんかのザコではなかった。
「うおっ、Aランクのメガオークじゃねえか! こりゃ大変だ!」
Bランクモンスターであるオークの上位種だ。
魔法攻撃はできないが、その代わりに強靭な肉体を持っている。
こいつも筋肉ムキムキなので、一撃でも殴られたら大怪我をしてしまいそうだ。
「ユチ様、まずはあの者たちをこちらに呼びましょう!」
「よ、よし!」
俺とルージュは大声を張り上げる。
「おーい! こっちだー! 早くこっちに来ーい!」
「こちらに逃げてくださいませー!」
俺たちが叫んでいると、彼らも気付いたようだ。
全速力でこちらに走ってくる。
意外と足が速くて、メガオークを置き去りにしてきた。
「お、おい、大丈夫か!?」
「ぶひゃー! 助かったー! おではもう死んじまうのかと思ったぞー!」
「「わてらも助けてくれーい!」」
飛び込んできたのは、ドワーフの一行だった。
みんな小柄で立派な髭を生やしている。
先頭にいたドワーフ娘が一番豪華な格好だった。
もしかしたら、この子がリーダーかもしれん。
「怪我はないか!? 大変だったな!」
「ユチ様のお近くにいれば安心でございますよ」
メガオークは荒れ地の方からジリジリと近づいてくる。
俺たちを見て慎重になっているようだ。
だが、引き返す様子はない。
それどころか、気持ち悪くニタりと笑っていた。
「ひいいい! またあいつが来たー! お助けー!」
ドワーフ娘は俺の後ろに隠れる。
メガオークはかなり強力なモンスターだ。
何と言ってもAランクだからな。
村の中に入ったら結構な被害が出るかもしれない。
「ルージュ、ここで食い止めるぞ」
「仰せのままに。私めが処理して参ります」
あっ、そうか。
ルージュは元Sランク冒険者だった。
そういえば、彼女のバトルはまだ見たことがない。
ちょっと楽しみかも。
ルージュがメガオークに向かおうとしたときだった。
「生き神様! ワシにお任せくださいですじゃ!」
ソロモンさんがシュババババッ! とやってきた。
「ソ、ソロモンさん、めっちゃ足速いですね。畑の方にいたはずじゃ……?」
「騒ぎを聞きつけて、大急ぎで走ってきましたじゃ! あのモンスターを倒せば良いのですな! 超魔法が使いたく……いや、困っている人の助けが聞こえたのですじゃ!」
ソロモンさんはウキウキしている。
古の超魔法が使えそうだからだ。
しかし、この距離で使うのはさすがに危ない気がする。
「ユチ様、ここは私めにお任せください」
超魔法が炸裂する前に、ルージュがスッと出てきた。
不気味なほど静かな所作でメガオークへ向かう。
いつの間にか、彼女の両手には短剣が握られていた。
ど、どこから出したんだ。
『ガアアアア!』
うおおおお、メガオークの生咆哮だ。
さすがにAランクモンスターだな、結構迫力があるぞ。
しかし、ルージュは全く怖気づいていない。
静々と歩き、メガオークの目の前に着いた。
『ゴアアアア!』
すかさず、メガオークが殴りかかる。
ルージュはピクリとも動かない。
お、おい、危ないぞ!
「ユチ様の領地に無断で入ろうとするのは私めが許しません」
ルージュが音もなくナイフを振るう。
俺に見えたのはそれだけだった。
キラリと日の光を受けて、ナイフの軌跡が見えただけだ。
『グオオオオオ……オ?』
その直後……メガオークが分解された。
身体が爆発したとか、切り裂かれたとかではなく、分解されたのだ。
メガオークの体が目玉や皮、爪、肉などなど、体のパーツに分かれて地面へ落ちる。
しかも落ちるだけじゃなく、部位ごとに整理整頓されていた。
「「……え?」」
俺もソロモンさんも領民たちもドワーフ一行も、呆然とするしかなかった。
あまりにも一瞬の出来事で、何が何だか意味不明だった。
ルージュはハンカチで短剣を磨きながら歩いてくる。
ふんわりとしたメイド服にさえ、一滴の血もついていなかった。
キュッキュッと拭く音がその恐ろしさを増している。
――こ、これがSランク冒険者の実力か……。
領民たちは愚か、ソロモンさんですらプルプル震えている。
「な、なんという恐ろしい力の持ち主ですじゃ」
「ル、ルージュさんめっちゃ強いな……」
「さ、さすがは生き神様のお付きの方だ」
「エ、Aランクのメガオークがあんなに簡単に倒される……いや、分解されるなんて」
なんか、ルージュなら一人で魔王軍も倒せそうだな。
「ユチ様」
「は、はい!」
いきなり、ルージュに話しかけられビクッとした。
俺も分解されてしまうのだろうか。
ちょうどいい具合に裸にされてるし。
「素材も売れるので回収しておきましょう。後で私めがまとめておきます」
「う、うん、そうだね」
ルージュが短剣をしまったのを見て、ようやく安心できた。
「助けてくれてホントにあんがとな! おではドワーフ王国の王女ウェクトルと申すもんだ」
「え? 王女様だったんですか? これはまたお偉い方ですね。俺は一応領主のユチ・サンクアリと申します、どうぞよろしく……いてててて!」
ウェクトルさんはめちゃくちゃ力が強い。
握手しただけで手がヒリヒリした。
「まぁ、とりあえず俺の家に案内するのでついてきてください」
「どっひゃー! それにしても、すんげえ領地だなぁ! おでの国より栄えてっなー!」
「「こんりゃあ、えれーことだなー!」」
ドワーフ一行は案内されながら村を見て、めっちゃ驚いている。
感情豊かな性格らしい。
そのうち、俺の家に着いた。
「んで、ユチ殿! ここは何という場所なんかいな?」
「あ、デサーレチです」
まぁ、わかっていたが、デサーレチと聞いてドワーフ一行は固まった。
そして、その直後みんなで大騒ぎし始めた。
「ここはデサーレチだったかいな!? この世で最も死に近い土地と言われる、あのデサーレチ!?」
「あらゆる苦痛が存在しているという、あのデサーレチだってーな!?」
「死ぬより辛い苦しみを味わいたかったらそこに行け、と言われるデサーレチ!?」
ドワーフ一行はどっひゃー! と驚いている。
なんかまたリアクションの激しい来客だな。
ルージュがピキピキし始めたので、俺は慌てて本題に移る。
「そ、それにしても、皆さんはどうしてあんなところにいたんですか?」
道に迷ってしまったのだろうか。
「おでたちは探し物をしてたんよ。<ゴーレムダイヤモンド>って知ってっか? オーガスト王国の王様へ献上品を作ったはいいが、<ゴーレムダイヤモンド>だけ手に入らなくてなぁ。素材集めの旅に出たんよ。そしたら命の危険ばっかりでな! ガハハハッ」
ウェクトルさんたちはめっちゃ軽いノリで話している。
いや、そんな笑い話で済ましていいのか。
「<ゴーレムダイヤモンド>ならたくさんありますよ。使えそうなのあります?」
引き出しから適当にゴソッと出した。
「「ヴぇっ!?」」
ドワーフ一行は目を点のようにして固まる。
何度か見たような光景だった。
「「そ…………そんな簡単に出てくるのー!?」」
どっひゃー! どっひゃー! と祭りのように騒いでいた。
「他にも、<フローフライト鉄鋼石>とか<永原石>とかあるんですけどいります? というか、鉱山に案内しますよ」
「「!?」」
そのまま、デスマインに連れて行く。
彼女らの喜びようは言うまでもなかった。
ひとしきりお土産を上げて、家に帰ってくる。
「ユ゛チ゛殿! ごんな゛ずばらじい土地は初めでだ!」
ウェクトルさんたちは、涙と鼻水をダバダバ流して喜んでいた。
「あ、ありがとうございます。帰りはソロモンさんに王都まで転送してもらいますからね」
「「大賢者のソロモンまでいるだ!? 王都に転送!? この土地は天国だったかいな……グジュッ!」」
床が汚れたのでルージュがピキる。
「ソ、ソロモンさん! 転送お願いします! 超魔法使ってください!」
「ほいきた! 待ってましたですじゃ! さて、お主らには転送用の魔法札もあげますじゃ。ここに来たくなったら破りなされ」
「「そんな待遇まで……グジュグジュグジュッ!!」」
床の盛大な汚れもルージュのピキりも限界だ。
「じゃ、じゃあ、また来てくださいね」
「「この御恩は一生忘れませんだ!」」
「《エンシェント・テレポート》! この者たちを王都に転送せよ!」
「次来るときはハンカチを持ってくるようにお願いいたします」
ということで、無事にウェクトルさんたちも王都に転送された。
「それでは、ワシは荒れ地の方に行ってみますかの。まだメガオークの残りがいるかもしれんですからな」
「いや、絶対にいませんって! ちょっと、ソロモンさん!」
興奮しているソロモンさんを引き留めるのは、なかなかに大変だった。
◆◆◆(三人称視点)
ウェクトルたちは興奮冷めやらぬ様子で王宮へ向かっていた。
「姫様、これで王様へ無事に献上できまする」
「ユチ殿には感謝してもしきれんだ。ユチ殿は救世主だったんね」
ドワーフ王国とオーガスト王国は、古くから友好的な関係を結んでいた。
その印として、互いに献上品を交換するのが習わしだった。
だが、最近は近くの魔王領が慌ただしくなって、採掘計画が上手くいっていなかったのだ。
それにしても、とウェクトルはデサーレチのことをずっと思い出していた。
――あんなに貴重な鉱石の山は見たことないだ。いずれ、絶対にまた行くんだかんな。
ウェクトルたちの献上品を見て、オーガスト王と王女は歴代で最高に喜んだ。
デサーレチの話を聞いて、さらに驚き興味を抱き、彼らの話は夜まで続く。
そして、そのウワサはサンクアリ家にまで届くのであった。
「さてと、だいぶ村は聖域化できてきたな。あのデサーレチがこんなに栄えるとは俺も思わなかったぞ」
「ユチ様の御業のおかげで、目まぐるしく発展しておりますね。では、マッサージを再開いたします」
「い、いや、だから、もう……」
俺は色々諦めながら領地を見ていた。
ひび割れていた地面は消え、全て柔らかそうな草地となっている。
まぁ、畑はジャングルだけど元気が良いってことだよな。
デスリバーも日の光を受けてキラキラと輝いている。
デスマインなんて霊山みたいな雰囲気だ。
心なしか輝いて見えて、なかなかに美しい光景だった。
ここがあのクソ土地だったなんて、誰も信じられないだろう。
「へえ! ずいぶんと栄えてるじゃねえかよぉ! とんでもないクソ土地ってウワサじゃなかったのか!? ええ!?」
村を眺めていると、やたらうるさい男の声がした。
荒れ地の方からだ。
そういえば、村の中や奥にある畑や川は聖域化したが、荒れ地はまだだった。
村の入り口を境に、瘴気まみれの土地と聖域が区分けされているって感じだな。
「また来客か? 最近は良く来るな」
「いいえ、ユチ様。あの者どもは客ではないようです」
ルージュが険しい顔をして、荒れ地の方を睨んでいる。
村に向かって十数人の男が歩いてきた。
ずかずかこちらへ向かってくる。
相手を威嚇するような凶悪な服装なんだが……どうした?
見るからに商人ではないよな。
かと言って、冒険者でもなさそうだ。
「頭ぁ! あんなところに村がありますぜ!」
「まるで入ってきてほしいと言ってるみたいじゃないかよ!」
「こりゃあ、お邪魔するしかないですぜ! ちょっくら休ませてもらいましょうや!」
どいつもこいつも、質の悪そうな瘴気がまとわりついている。
ほっといたら死んでしまいそうなくらいだった。
「あんなに栄えてりゃ、旅人を丁重にもてなすのは当たり前だよなぁ! 楽しみでしょうがねえや! おい、お前ら、裸のヒョロい男がいるぞ!」
「「ギャハハハハハ! なんだよ、あいつ!」」
悪い奴アピールがすごいな、こりゃまた。
先頭にいるヤツなんか、袖のところがビリビリに引き裂かれた服を着ている。
ズボンに至っては穴だらけだ。
モンスターに襲われたのだろうか。
「こんなところに何しに来たんだろう? 商売のつもりじゃなさそうだし」
「見たところ、盗賊団の類のようです。きっと村を襲いに来たのでございます」
「ゲッ、マジかよ。盗賊団かぁ」
騒ぎを聞きつけて、ソロモンさんもやってきた。
「どうしましたかの、生き神様」
「ああ、なんか盗賊っぽい人たちがこっちに来るんですよ」
盗賊団はみんな、胸の辺りにひょこッと瘴気が見える。
邪悪な心の持ち主のようだ。
ソロモンさんは男達を見ると、ニッコリ笑った。
「どれ、ワシが超魔法で八つ裂きにしましょうかの」
「いえ、私めが処理いたします」
ソロモンさんは超魔法を、ルージュは分解の準備を始める。
「あっ、ちょっ、待っ」
領民たちもぞろぞろ集まってきた。
「いや、お二人の手を煩わす必要もありません。俺たちが戦います」
「そうですよ。私たちにやらせてください」
「なんか気持ちが高ぶってきたな」
いつの間にか、みんな筋骨隆々になっていた。
村で採れる作物やら魚やらを食べているから、自然とパワーアップしたんだろう。
盗賊団なんか一撃で葬り去りそうだ。
「では、みんなで行きましょう。私めについてきてくださいませ」
「「はーい」」
「ちょーっと待ったあああ!」
彼らの前に慌てて立ちはだかった。
裸で死ぬほど恥ずかしいが、そんなこと気にしていられなかった。
「生き神様、どうして止めるのじゃ?」
「ユチ様はお休みになられていてよろしいのでございますが」
ソロモンさんもルージュも、ポカンとしている。
本当に、どうして止めに入ったかわからないようだ。
「いくら盗賊団でも殺しはダメですよ!」
ソロモンさんは何らかの覚悟を決めた顔をしている。
「ワシはもう我慢するのやめたですじゃ」
「一番我慢しなきゃいけないとこー!」
ルージュの手には短剣が握られていた。
「さて……」
「頼むから、短剣はしまってくれー!」
領民たちに至っては、誰が真っ先に盗賊団をぶちのめすかで相談していた。
「実は私、格闘術を習ったことがありまして。最近、また訓練を始めたんですよ」
「実は俺、剣術にハマっていて。最近、巨大な岩を砕けたんだよ」
「実は僕、ソロモンさんに魔法を教えてもらってまして。最近、<エンシェント・ファイヤーボール>を覚えたんですよ」
「タンマ! タンマ! タンマ! タンマ! 殺しはダメ!」
必死にみんなを説得するが、全然戦闘態勢をやめない。
「いや、そんなことを言いましても……ワシだってそろそろ超魔法でスッキリしたいのじゃ」
「ユチ様に向かってあのような暴言。万死どころか億死、いや兆死に値します」
俺の領地で殺人事件など起きてほしくない。
超魔法なんか使ったら、あいつらが木っ端みじんに吹っ飛ぶ。
ルージュに至っては、生きたまま例のアレをやりかねない。
ど、どうすればいい。
そんなことをしていたら、盗賊団が村の入り口まで来てしまった。
「おい、お前が領主のユチ・サンクアリかよ? ずいぶんと弱そうなヤツだな」
先頭にいる男は、太陽を想像させるようなツンツンした髪型だ。
「俺たちはAランク盗賊団〔アウトローの無法者〕だ。ボンボンのお坊ちゃまでも名前くらいは聞いたことあんだろ? ええ?」
「〔アウトローの無法者〕……」
屋敷に閉じ込められていた俺でも、名前くらいは聞いたことがある。
あらゆる金庫や倉庫を破ってしまう盗賊団だ。
「名前が重複しておりますじゃ」
「クソダサいグループ名でございますね」
二人の指摘にアタマリたちは額がビキッとしていた。
言っちゃいけないことだったらしい。
「父親が直接殺しを頼むなんて、よっぽど親子仲が悪いみたいだなぁ! ま、恨むんなら自分のしょぼい人生を恨んでくれや」
何がそんなにおかしいのか、ギャハハハ! と大笑いしている。
というか、父親が殺人を依頼したってマジか。
本当に俺が邪魔のようだ。
アタマリが余裕の表情で村の敷居を跨ぐ。
「あっ、勝手に入らないでくれよ」
「へっ、俺様に命令すんじゃねえ。今からぶっ殺してやるからな。ビビッてちびるんじゃねえぞ」
同時に、その身体にくっついている瘴気が苦しみだした。
『ギギギギ……』
聖域化の効力はまだ存分に残っているらしい。
自動で浄化されていくようだ。
「こんなクソガキを殺すだけで2000万エーン貰えるなんてな。楽な商売だぜ」
「ユチ様……」
「ああ、瘴気が浄化されているな」
アタマリは何やら言っていたが、瘴気が気になってそれどころじゃなかった。
『ギギギギギギギ…………キャアアアアア!』
あっという間に、アタマリの瘴気が消え去った。
「おい、聞いてんのか!? まあいい。一発で楽にしてやるからじっとしてろよ。さあ! さっさと死…………ここで働かせてくださああああああい!!!」
突然、アタマリが叫び出す。
さっきまでのヘラヘラした感じはどこかに消え去っていた。
それどころか、ビシリと直立不動で立っている。
「え? い、いきなりどうした?」
「領主様、いや、ユチ様! どうか私ども〔アウトローの無法者〕をここで働かせてください! 我が命、燃え尽きるまでユチ様のために使います! こんなに美しい気持ちになったのは始めてです!」
ビシーッという音が聞こえそうな勢いでお辞儀する。
とてもキレイな直角だった。
「か、頭? どうしました?」
「何を言っているんです?」
「俺たちはこいつを殺しに来たんですよ?」
盗賊団もポカンとしている。
「うるせえ! お前らも早くユチ様に忠誠を誓うんだよ! ユチ様、申し訳ございません! 私の教育の不届きのせいでございます! どうか、どうか、お見逃しください!」
必死にペコペコするアタマリを見て盗賊団が殺気立った。
「てめえ! 頭に何しやがった!」
「頭が謝ることなんか、絶対にないんだよ! ズタズタに引き裂いてやる!」
「簡単に死ねると思うな!」
勢い良く村に入ってくる。
そして、彼らの瘴気も消えていく。
『ギギギギギ……キャアアアアアア!』
「「この野郎! ぶち殺してや…………俺たちもここで働かせてくださああああい!」」
いきなり、アタマリと同じく直立不動の直角お辞儀をしてきた。
あまりの急展開に理解が追いつかない。
「な、なにが、どうしたんだ?」
「おそらく、生き神様の聖域によって改心したんでしょうな」
「瘴気と一緒に彼らの邪悪な心も浄化されたと考えられます」
そんなことがあるのか?
でも、確かに瘴気は消え去ってるしな。
「ほら、もう大丈夫だぞ。辛かったよな」
「生き神様の近くに居ればもう安心だ」
「さあ、俺たちと一緒にここで働こう」
領民たちが優しく彼らの肩を抱く。
「「はい、よろしくお願いします……うっ……うっ……ユチ様に出会えて本当に良かった……!」」
(元)盗賊団たちは、泣きながら領民に連れて行かれる。
何はともあれ、危機は去ったらしい。
――――――――――――――――
【生き神様の領地のまとめ】
◆“キレイな”Aランク盗賊団〔アウトローの無法者〕
あらゆる倉庫や金庫を破っていた盗賊団。
アタマリを頭とした十数人のグループ。
もう少しでSランクになれそうだった。
ユチの作った聖域により改心し、人生をユチに捧げることを誓う。
実態は優秀な鍛冶職人の集団。
「さあ、ユチ様。まだまだこれからでございますよ」
「い、いや、もうずいぶんと時間が経っているような気がするのだが……」
相変わらず、俺はルージュによる卑猥なマッサージの餌食になっていた。
無論、身につけているのはパンツのみだ。
どう頑張っても、毎回毎回半裸にされちまう。
「せ、せめて、特製オイルとその手つきはやめてくれないだろうか……」
「お断りいたします。無理な注文でございます」
ルージュにピシリと断られてしまった。
前から知っていたが、彼女は結構意思が強いタイプなのだ。
こうなったら、自然に飽きるのを待つしない。
と言っても、せいぜい一週間くらいで飽きるだろうしな。
気長に待つだけだ。
「それにしても、瘴気たちはどこから来るんだろう?」
「私めも気になっておりました」
俺が村を聖域化する度、瘴気は浄化されて消えていく。
だが、しばらくすると、どこからか新しい瘴気がやってくるのだ。
聖域化のスキルもパワーアップしたようで、以前より持続力が伸びていた。
だから、ほっとけば勝手に消えちまうのだが、やっぱり気になっていた。
「領民たちはみんな良い人だから、邪な心に引き寄せられているとは考えにくいけど」
「どこかに吹き出し口のような物があるのでしょうか」
「なるほど……それはあり得るな。だとすると、もう一度領地を詳しく探した方が良いな」
そんなことを話していると、ソロモンがやってきた。
「生き神様、そんな渋い顔をしてどうされましたかな?」
「ええ、瘴気がどこから来るのか考えてまして……」
ソロモンさんも一緒に考え出した。
やがて、ポンッ! と手を叩いた。
「そうじゃ! おそらく、村で一番大きな木が原因かと思いますじゃ」
「一番大きな木……ですか?」
「詳しく教えてくださいませ」
「実際に見た方が早いですじゃ! 生き神様、さっそく行きましょうぞ!」
「だ、だから、服を……!」
「ユチ様はそのままで素敵でございます」
「お願いだから、ちょっ、待っ」
結局、半裸で連行される。
諸々諦めてソロモンさんについていく。
「いつ見ても、生き神様のお身体は神々しいな」
「ああ、涙が出るほど素晴らしいよ。もはや、見ているだけで癒されるようだ」
「あのぬらりとした質感がたまんねえや」
俺がほぼ全裸で歩き回ることも、すっかり定着してしまった。
この辺りもいずれどうにかしないとな。
最近に至っては、来客にも裸で対応することが多い気がする。
オーガスト王国の王女様とか来たら大変だぞ。
まぁ、絶対にあり得ないけど。
アタマリたちはと言うと、毎日村で汗を流して働いていた。
「おい、お前ら! 仕事があるって最高だな! 俺なんか毎日幸せだよ!」
彼らは自作した鍛冶場では、アタマリが槌を振るいながら泣いている。
部下たちも涙を流していた。
「頭の言う通りでさ! 働くのがこんなに素晴らしいことなんて、ユチ様にお会いするまで知らなかったぜ!」
「これが生きがいって言うんだろうな! ユチ様に出会ったおかげで生きる意味が見つかったぞ!」
「ああ、なんて幸せな生活なんだ! 俺は一生ここに住み続けるぞ! デサーレチで存分に仕事をするんだ!」
彼らの服装や見た目もめっちゃくちゃ変わっていた。
髪型は清潔そうな短髪になり、衣服は動きやすい鍛冶師みたいな格好になっていた。
どうやら、領民たちが散髪したり服を分けてあげたらしい。
凶悪な雰囲気は消え去り、むしろ爽やかなキラキラエフェクトが出ている。
どこからどう見ても、立派な鍛冶職人たちだった。
「そのうち、俺たちが迷惑をかけた人たちへ謝りに行かねえとな! お前らもそう思うだろ!?」
アタマリが額の汗を拭き、部下たちに話しかける。
「おっしゃる通り! 俺たちは心を入れ替えたんだ! これからは真面目に真剣にユチ様、人様のために働くぜ!」
「今になって思えば、なんで盗賊なんかやっていたんだろう!? 恥ずかしくてしょうがねえや!」
「盗んだ宝も全部返して、壊した倉庫やら金庫やらも全部直しに行くぞ! ああ、今から楽しみになってきた!」
デサーレチに来た時とは想像もつかない変化だ。
彼らがこんなに真面目になるなんてなぁ。
人間変われば変わるもんだ。
いずれはデスマインで採れた鉱石の加工もやりたいと言っている。
「ユチ様がいらっしゃったぞ! 礼っ!」
「「ユチ様! 我々に生きがいのある仕事を与えてくださり、誠にありがとうございます! 未来永劫、ユチ様のために尽くします!」」
例のごとく、直立不動の直角お辞儀で挨拶された。
彼らは芸術品のように規則正しく並んでいる。
むしろ、こっちが恐縮するほどだった。
「いや、だから、そんなにしなくていいから……」
「永遠に崇め続けなさい」
「「はいっ!」」
彼らのおかげで、村の建物はどんどん立派に豪華になっていった。
掘っ立て小屋みたいだったのが、今や王都顔負けの家並みだ。
デサーレチは元々広いので、みんな大きな平屋に住んでいる。
俺の家に至っては……もはや宮殿のようになりつつあった。
今まで住んでたところでいい、と言ったんだが、どうしてもやらせてほしいとのことだった。
「ユチ様! 仕事が遅くて申し訳ございません! ユチ様のお屋敷は、村で一番最高の家にいたしますから! もう少しだけお待ちください! お前ら、気合入れていけよ!」
「「はいっ!」」
まだ工事中だが、全容がなんとなく見える。
横長の平屋みたいで、適度なとんがり屋根がセンス良く配置されている。
屋敷というか、もはや小さな城だな。
近くだと全体が見えないくらいだ。
「アタマリたちは意外と美的センスもあったんだなぁ。というか、村に着てからそんなに経っていないのに、ここまでできるってすごいじゃないか」
「襲って来た時からは想像もつきませんね」
そのうち、大樹が見えてきた。
遠目からでも瘴気が噴き出しているのがわかる。
「生き神様なら、きっとあの樹も浄化できるはずじゃよ」
「ユチ様、どうぞ御業を見せてくださいませ」
俺たちの前にある樹はとても大きい。
その分、瘴気もたくさんあった。
ここを浄化すれば、村全体も安心だろう。
さてさて、最後の瘴気退治になるかもしれんな。
「うっ、こりゃまたすげえ瘴気だな」
「とんでもないクソ大樹でございますね」
大樹の幹は見たこともないくらい太かった。
大人が10人くらい手を結んでも囲んでも、まだまだ余るくらいだ。
葉っぱは、そのほとんどが枯れ落ちていてしまっている。
太い枝も皮が剥がれていて痛々しかった。
おそらく、というか絶対に瘴気のせいだろうな。
「今にも倒れそうじゃないか。ん? なんか樹が動いているような気がするな」
俺たちが近くにいくと、大樹がユラユラしたように見えた。
まるで、何かの合図を送っているような……。
「きっと、ユチ様に浄化されるのを待っていたのでございます」
「ハハハ、そんなまさか、樹に意思があるわけでもあるまいし」
葉っぱにも幹にも、どす黒い瘴気がまとわりついている。
樹はボロボロでひび割れているところまである。
誰がどう見ても、今にも倒れそうな老木といった感じだ。
要するに、ほとんど枯れかけだった。
よくもまぁ、腐らずに生えているもんだ。
「この大樹はワシがデサーレチに来たときから、ずっとここに生えておりましたじゃ。どこから来たのか、誰にもわかりませぬ」
「へぇ~、確かに古そうな樹だよなぁ……見るからに樹齢がすごそうですよね」
大樹からはブシュゥ……ブシュゥ……と瘴気が噴き出している。
全体が瘴気の巣となってしまっていた。
近づくのもためらうほどだった。
デサーレチを覆っていた瘴気は、ここが原因だったんだろう。
「こいつを浄化すれば、もう新しい瘴気はやってこないだろうよ。よし、さっそく……」
ルージュが演説を始める前に、素早く聖域化させたい。
最近は、なんかスピードも上がってきたしな。
上手くいくはずだぞ。
これ以上晒されるのはやめてほしいところだった。
「皆さま方、お集まりくださいませ! ユチ様の御業のお時間でございますよ! これを見逃すと一生の損でございます!」
例のごとくルージュが演説してしまったので、領民たちが集まってくる。
お忍び浄化計画は早々に破綻した。
「生き神様の御業が何度も見られるなんて、至福の瞬間でございます!」
「これを見るために生きているようなもんだ!」
「ほんと、この村で生活していて良かったぜ!」
領民たちは大盛り上がりだ。
「おい、お前ら! いったん作業は中断だ! ユチ様のところに行くぞ! 俺たちを改心してくださった御業のお時間だ!」
アタマリまで部下を引き連れてやってきた。
領民たちと一緒に、ハイテンションで騒ぎまくる。
「見ているだけで心がキレイになるようだ! 病みつきになるな、これは!」
「ユチ様のお力は他では絶対に見れないぞ!」
「何て素晴らしい光景なんだろう! ここに来れて、俺たちは本当に運がいい!」
結局、村中の人達が集まってしまうこととなった。
仕方がない、そうと決まったらさっさとやるか。
世界樹の根元に行き、魔力を集中する。
<全自動サンクチュアリ>発動!
ゆっくり世界樹の周りを歩きだす。
瘴気が次々と苦しみだした。
『ギギ……ギ』
『ギギギギギ』
『ギッギギッギ』
幹の根元近くの瘴気はもちろん、葉っぱや枝にくっついているヤツらもブルブルしている。
俺の<全自動サンクチュアリ>は上空の方にも効果があるんだな。
地面だけかと思っていたが、そうでもなかったようだ。
『『ギギ……キャアアアアア!』』
俺のスキルに耐えられず、瘴気は消え去っていく。
そして、瘴気が消えたところからどんどん変化が現れた。
葉っぱは明るい緑になり、枝は丈夫そうになり、幹は立派な皮で覆われ始め……樹も生命力を取り戻しているのがわかる。
「あのデスドラシエルが輝きだしたぞ! 生き返っているんだ!」
「生き神様に出来ないことなんて、もはや何もないんじゃないか!?」
「神から与えられし聖なる力だー!」
領民たちもわあああ! と盛り上がっている。
ひとしきり歩いていたら瘴気は全部消えちまった。
「ユチ様、デスドラシエルをご覧くださいませ」
「こりゃぁ、さすがのワシもぶったまげたじゃよ!」
少し下がってデスドラシエルを見上げる。
大きな樹なので、近くでは全体が良く見えなかったのだ。
「こりゃぁすげ……」
幹は艶が出るほどの漆黒の皮で包まれ、葉っぱは鮮やかな緑色になっていた。
その全身はキラキラと輝いてる。
さっきまでの老木感はどこかに行ってしまったようだ。
<死の大樹デスドラシエル>
レア度:★12
非常に貴重な古代種の大樹。葉っぱ一枚一枚に不老不死の力が宿っている。何十年かに一度、特別な実をつける。その実からは精霊が生まれると言われている。
「レ・ア・度・12だって!? そんなことあり得るのかよ!?」
諸々のレア度の最高は10なのが常識だ。
それを2つも超えるなんて……さすがは古代の樹だ。
「「やったー! バンザーイ! 村の大樹が復活したぞ! これで村も安泰だ!」」
領民たちのボルテージはマックスだ。
デスドラシエルの周りで、どんちゃん騒ぎのお祭りが始まる。
彼らは本当に嬉しそうだ。
そりゃそうだよな、ずっと瘴気に汚染されていたのだ。
俺は領主の務めが果たせたようで、少しホッとしていた。
「では、ユチ様もマッサージの方を始めましょう。特製オイルとマットも持って参りましたので、準備万端でございます」
「こ、ここでやるの? せめて、服をだな……」
「ユチ様、こちらにちょうど良い具合に平らなスペースがございます」
領地が歓喜の渦に包まれていく中、俺はいつまでも服を着れないのであった。
――――――――――――――――
【生き神様の領地のまとめ】
◆“キレイな”死の大樹デスドラシエル
村で一番大きな樹。
推定樹齢は数千年。
瘴気に汚染され、瘴気の巣と化していた。
実態は古の世界樹の流れを引いているとんでもなく貴重な大樹。
瘴気にやられ死にかけていたところをユチに救われた。
何が実るかはお楽しみ。
「ほおー! これがあのデサーレチですか! 発展したとウワサで聞いていましたが……なんとまぁ、こんな立派になって! ほおー!」
いつものごとく、半裸マッサージされている時だった。
村の入り口で誰かが叫んでいる。
なんか、最近どんどん人がやって来るようになったな。
いや、ちょっと待て。
また村を襲う輩じゃねえだろうな。
「普通のお客さんか、招かれざる客かどっちかな」
「ご心配なく、ユチ様。不敬な輩は私が分解いたしますので。さあ、参りましょう」
「だ、だから、服を……!」
入り口まで行くと、白髪の爺さんが村を覗いでいた。
偉大な魔法使いをイメージさせるくらい顎髭が長い。
瘴気はくっついていないから、悪いヤツではなさそうだ。
「あの、どちら様ですかね? 俺はデサーレチ領主のユチ・サンクアリと言いますが……」
「突然訪れてすみませんの。私はオーガスト王立魔法学院の学長をしております、レジンプトと申します」
「え!? マジですか!? なんでまたそんな偉い人が……」
オーガスト王立魔法学院と言えば、王国でトップの学院だ。
一番最初に出来た学校で、その歴史は数千年はあると聞く。
何人もの有名な魔法使いを輩出している学院だ。
「が、学長でいらっしゃるんですか? どうしてこんなところに……?」
「なに、会議ばかりで疲れましてね。息抜きがてら旅をしてたんですよ。今も会議があるはずなんですが、もうそんなの知らんですわ。ハッハッハッハッハッ」
レジンプトさんは楽しそうに高笑いしている。
い、いや、それは大丈夫なのか?
「と、とりあえず、村の中へどうぞ。大したおもてなしもできませんが」
「お入りくださいませ、クソサボり学者様」
「こ、こら、やめなさい!」
レジンプトさんにも聞こえたはずだが、変わらずニコニコしていた。
俺はホッとする。
結構心が広い方なのかもしれない。
村の中をざっと案内する。
「いやぁ、しかし……本当にここがデサーレチとは、にわかには信じられませんなぁ。以前来た時は、見渡す限りのとんでもない荒れ地でしたのに……」
今やデサーレチはかなり豊かな村となっていた。
地面には柔らかい草が生い茂り、キラキラと輝いている。
村を吹き抜ける風でさえ、癒しの効果があるような爽やかさだった。
領民がきちんと整備してくれているので、道も歩きやすい。
家だってアタマリたちがせっせと建てているので、王都みたいな雰囲気だ。
「いったい、何があったんですかの?」
「元々ここは瘴気に汚染されまくってたんですが、俺のスキル<全自動サンクチュアリ>で聖域化しまくったんですよ」
事の経緯を簡単に説明した。
レジンプトさんは唖然とした様子で聞き入る。
「まさか……あの瘴気をそんな簡単に浄化できるスキルがあるとは……私も初めて聞きましたぞ。オーガスト王立魔法学校にもいないでしょう。あなた様はすごい人物なのですな」
「はぁ、そんなにすごいんですかね」
外の事情は良く知らないんだよな。
ずっと屋敷に閉じ込められていたから。
「せっかくですので、もっと見学させてはいただけませんかな?」
「ええ、どうぞ」
まず、俺たちは畑に案内した。
デスガーデンだ。
相変わらずジャングル畑になっていた。
「ここが村の畑です。デスガーデンって名前なんですが、すごいレア作物が無限に収穫できて……」
「ぬお!?」
レジンプトさんは目をまん丸にして固まる。
「あ、あの~、レジンプトさん?」
肩をちょんちょんとするが、全く反応がない。
「返事がございませんね。死にましたか?」
「ルージュ!?」
「こ、こんな素晴らしい畑が……この世にあるのですか……」
レジンプトさんは畑を見たまま、プルプルと震えている。
「あの世にはあるかもしれません。一度逝かれてみてはいかがでしょうか?」
「や、やめなさいよ、ルージュ」
「す、すごすぎる……!」
そして、興奮冷めやらぬ様子で畑に飛び込んだ。
「これは<フレイムトマト>ではないですか!? あそこに実っているのは<フレッシュブルレタス>!? こっちにあるのは、げ、げ、げ、<原初の古代米>ですよ!? 私も見たのは初めてです……! こ、ここは宝の山だー! ひょえーい!」
レジンプトさんは畑の中を子どものように走り回る。
地面に寝転がったり、ツタによじ登ったり、はっちゃけている。
子どもたちと楽しそうにはしゃぎまわっているので、止めるに止められない。
「なんか……色々ストレスが溜まっていたみたいだな」
「しばらくそのままにしておきましょう」
少しすると、レジンプトさんが帰ってきた。
「さて……お見苦しいところを見せてしまいましたな」
今度はデスリバーに連れて行く。
「ここが水源の川です。死の川デスリバーなんて呼ばれてますが、それはそれはキレイな川でして……」
「こ、これはまさかの<ライフウォーター>じゃないですか!? しかも、この川全部!? そ、そんなことあるー!?」
驚きのあまり、レジンプトさんのキャラが崩壊してしまった。
「ま、まぁ、さすがに俺も最初はビックリしましたね。でも、本当だったんですよ」
「死の川ですって!? とんでもない! これは命の川ですよ!」
レジンプトさんは手で水を掬って、大事そうにすすっている。
と、思ったら、子どもたちと一緒にバシャバシャ泳ぎ始めた。
「レ、レジンプトさん!?」
「あれでは子どもと大して変わりませんね」
「いや、ほら、疲れているんだろうからさ、そういうことはあまり……」
しばらく泳ぐと、ご満悦な顔で上がってきた。
「ふうう……楽しかったですぞよ……さて、服を乾燥させますかね。ちょっと失礼、<ワーム・ドライ>!」
温かい風で服を乾かしている。
魔法学院の学長だもんな、これくらい楽勝なんだろう。
「他にも色々ありまして、あっちに鉱山があるんですが、行ってみますか?」
「ぜひぜひ! お願いします!」
ということで、今度はデスマインに連れていく。
「この鉱山からは激レアな鉱石が……」
「ウィ、<ウィザーオール魔石>がこんなにたくさん! こっちには、<ラブラヒールストーン>! <ゴーレムダイヤモンド>まで!?」
レジンプトさんはしきりに、はぁーっとか、ほぉーっとか驚いていた。
「お土産に少し持って帰ります?」
「……え……いいんですか」
「どうぞどうぞ、いくら採掘しても永遠に出てくるので」
お土産に色んな宝石やら鉱石をちょっと渡す。
最後に、デスドラシエルまで連れて来た。
「つい最近浄化できたんですが、死の大樹デスドラシエルと呼ばれていた大きな樹です。この樹が瘴気の巣になっていたんですよ」
幹が太くて高い樹がズドーンとそびえ立っている。
これもまた、キラキラ輝いているようで見事な光景だった。
「……ぃえ?」
レジンプトさんはまた口を開けたまま固まってしまった。
「だ、大丈夫ですか? レジンプトさん?」
「ユチ様。彼は昇天してしまったようですね。度重なる驚きに耐えられなかったのでしょう」
「だから、そういうことを言ったらダメだって……」
「こ、こ、こ、これは、古の世界樹の末裔ですよ! 古代世紀は何千年も前に滅びたはずなのに……ありえない……ぜ、ぜひ、詳しく調べさせていただけませんか……?」
「調査ですか? 別に良いですよ」
レジンプトさんは、今までで一番驚いている。
やっぱり、この大樹が最も貴重なようだ。
そのうちソロモンさんが歩いてきた。
「生き神様~、ここにいらっしゃったんですじゃね。ちょっとこっちに……」
「お、お師匠様!」
ソロモンさんを見た瞬間、レジンプトさんがすごい勢いで膝まづいた。
「んぬ? お主はレジンプトではないか。いやぁ、久方ぶりじゃの。まさか、デサーレチで会うとはの」
「はっ! 私もお師匠様にまた会えて幸せでございます! 突然姿を消してから数十年。どこを探してもいらっしゃらなかったのに、こんなところにいらっしゃるとは……」
「え? ソロモンさんって、レジンプトさんの師匠だったんですか?」
「ああ、そうじゃよ。どれ、元気にやっておるかの?」
レジンプトさんは感激したように、ソロモンさんと握手している。
しばらく、二人は楽しそうに話していた。
「さて、お主を魔法学院まで転送してやろうかの。もちろん、魔法札もあげるじゃよ。お主もこれくらいはさっさとできるようになりなされ」
「送っていただけるのですか……! お土産までいただけるし、なんて素晴らしい土地なんだ……! ユチ殿、本当にありがとうございました!」
「まぁ、またいつでも来てください」
ソロモンさんが転送の準備をする。
「《エンシェント・テレポート》! この者をオーガスト王立魔法学院に転送せよ!」
「お帰りになったらユチ様の素晴らしさをお伝えなさいませ」
「はい、承知しました! それでは、ユチ殿! またお会いしましょう!」
ということで、レジンプトさんは笑顔で転送されていった。
「さて、弟子との再会を記念して景気づけに超魔法を一発……」
「やらないでくださいね!」
◆◆◆(三人称視点)
オーガスト王立魔法学院に帰ったレジンプトは、まず色んな人に怒られた。
「学長! 探したんですよ、どこに行かれていたんですか!?」
「突然いなくなるのは止めてくださいって、いつも言ってるじゃありませんか!」
「会議だって書類の確認だって、やることは無限にあるんですよ! そこんとこわかってるんですか!?」
こっそり自室に帰ったつもりだったが、待ち構えていた部下たちに捕まってしまった。
部屋の中に勢揃いしていたのだ。
四方八方からけたたましく怒鳴られまくる。
「お、おお……ふ……ちょ、ちょっとした散歩じゃよ」
上手く誤魔化したつもりだったが、全然ダメだった。
「一週間かかる散歩ってなんですか!? それは散歩とは言いません! 旅行です!」
「ちゃんと仕事してくださいよ! 学長で止まると、ずっと進まないんですから!」
「諸々伸ばすのはもう限界です! さ、会議に行きますよ!」
ぎゃいぎゃい怒鳴られながら、会議室へ連行される。
レジンプトはがっかりしながら、ユチたちのことを考えていた。
――そのうち、またユチ殿のところに行こう。
デスドラシエルの調査もそうだが、それ以上にレジンプトはユチとデサーレチが気に入っていた。
学院の特級標本に相当する貴重な素材の数々……あれだけの数と質を見たのは初めてだ。
それも全て、あの素晴らしいユチ殿のおかげなんだろう。
何より、あそこに行けば童心に帰れるような気がするのだ。
ルージュという美人からの罵倒も素晴らしかった。
――仕方がない、面倒な会議に行くか。デサーレチのことを皆に報告せんといかんからな。そういえば、今日は王様と王女様もいらっしゃると聞いていた。ちょうどいいタイミングじゃ。ユチ殿とデサーレチの素晴らしさをお話しよう。
レジンプトはデサーレチで経験したことを、それはそれは楽しく詳細に国王と王女に話す。
ユチとデサーレチに対する彼らの興味心は、もはや留まるところを知らない。
そして、その話はサンクアリ家にも届くのであった。